ずいずいイケメン化計画『恋文編①』
そんなわけで、エドが隣国へ旅立ってから二週間。
「リイナ様。またも届いていましたよ♡」
「あ、はい……」
メイドさんがニヤニヤと持ってきてくれた封筒を、私はげんなりとしながら受け取った。桃色に花の押し模様が可愛らしい封筒だ。宛名を見れば、言わずもがな婚約者の名前。
「読まないのですか?」
「……一人で読みます」
「うふふ、どうぞごゆっくり」
口に手を当て、ゆっくり扉を締めるメイドさん。少し年上のとってもいい人だけど、噂話が大好きな人。だからきっと毎日届くラブレターの話も街中に広めてくれること間違いない。まったく、守秘義務とかどうなっているんだか。
そんな愚痴で現実逃避しながら、私は封筒を開けた。便箋を開くと、とても男性の文字とは思えない綺麗な文字がしたためられている。
愛しのリイナへ
この留学も半分が過ぎました。毎日寝る前にリイナのことを思い浮かべているんだけど、一度も夢に出てきてくれないんだ。そんなに僕を焦らしていると、会った時に大変なことになっちゃうよ? なんて、僕としては襲う理由が出来るから嬉しいんだけどね。
今日は外国との商業取引を見学させてもらったよ。文化が異なる人と話すのも、とても新鮮だね。でもやっぱり、僕はリイナと話している時が一番楽しいなぁ。
ねぇ、リイナは今日何をしていたの? 何時に起きたの? 何回僕のことを思い出してくれた? どんな人と、どんなことを話した? 何を食べた? 何時に寝るの?
どんな些細なことでもいいんだ。君からも手紙がもらえると嬉しいです。
僕は今日も君に思いを馳せながら目を閉じることにするよ。きっと夢には出てきてくれないんだろうけど、その分思いを募らせておくからね。帰ったら全部受け止めてね。
君だけのエドワード=ランデールより
アホですか? 襲うとか何をきっかりしっかり明記しちゃっているんですか。てか、質問事項多すぎるんですけど。一日の行動予定を書いて送ればいいのでしょうか。
私は大きなため息を付いて、便箋を封筒に戻し、机の上に置く。
こんなお手紙が一日三回、朝・昼・晩。
もう一回言う。一日三回、朝・昼・晩!
あの人は一体いつ働いているのか不安で不安でしょうがない。それに正直物価がわからないのだけど、こんな中世ファンタジー世界に郵便なんて馬鹿にならない費用なんじゃなかろうか。
そんな色々なことを考えてしまい、お返事書けないこと二週間。
色とりどりの便箋の山が、また一つ増えてしまった。
元病人リイナ=キャンベル。たとえ生活の中心であった婚約者が遠方へ行こうとも、ずっと引きこもってるわけではありません――――と言っても、過保護な親が学校へ通うことを許してくれないので、行ける場所はせいぜい城くらい。家庭教師の授業がない時にお父様に付いていって、仕事の間自由に散策していていいよ、てくらいです。ちなみに街を一人歩きするのはもってのほか。護衛を雇う話も「僕以外の男と⁉」と婚約者様が反対されたのでナシとのこと。
そんなわけで、今日も自由なようで不自由な私の行く先は、唯一と言っていいお友達の所。
「今日のおやつは何かな~」
焼きおにぎりにお味噌汁にポテトチップス。おはぎにお好み焼きに、こないだはスイートポテト。芋類が多いが、それは彼が芋剥き係だからご愛嬌。
「そろそろ芋ようかんとか出て来るのかなぁ」
軽い足取りでいつもの厨房裏へ向かった時である。
「ショウさー……」
この時間ならいつも大量の芋の皮むきをしているはずの見習いコックが、誰かと話し込んでいた。木々の生い茂る城の外壁から少し離れた場所。神妙な面持ちで話しているかと思いきや、相手の男がショウの襟ぐりを掴み上げて――――
「ちょっと! 何しているの⁉」
駆け寄りながら声を上げる。すると、ショウと話していた相手の男は茂みの中へと逃げていった。「ふぅ」と一息吐いたショウが、こちらを向く。
「キャンベル令嬢ともあろう方が、そんなドタドタとはしたないのでは?」
「なっ。仕方ないでしょ! お友達の危機だったんだから!」
「友達?」
目を丸くしたショウが、自身を指差す。
「もしかして、俺のこと?」
「当たり前――――」
同意しかけて、息を呑む。
その反応。もしかしてショウは私に気があったのでは? 少女漫画でよくあったやつだ。
ほら、幼馴染だったり腐れ縁ぽい感じの男の子が実はヒロインのことが好きで、主人公たちの恋を応援しているように見せかけつつも、内心葛藤しているやつ。そしてたいていヒロインに告白するも「やっぱりあの人じゃなきゃ」と振られ、主人公たちの結婚式で少し悲しそうに花びら投げているあれだ。そして人気投票でちゃっかりしっかり一位獲る人。なんやかんや、私もそのポジショニングキャラが大好きだったクチである。
あーそうか。そのシチュエーションか。まさにヒロインから「友達」と断言されちゃって、わかっていたはずなのにショック受けちゃっているやつだ。
「ご、ごめんなさい……私には心に決めた人が……」
「あの……一人で盛り上がるのやめてくんない? なんかすごく俺に失礼な妄想繰り広げていただろう?」
ジト目で睨んでくるも、きっと照れ隠し。
「ショウさんの気持ちは嬉しいけど、あの王子相手に婚約破棄は難しい――――」
「もういい喋るな何を思ったのか十分理解した。俺とリイナちゃんは生涯仲良しお友達、オーケイ?」
「……オーケイ」
なんか怒っている気配を察知して私が頷くと、またしてもショウは大きなため息を吐く。
「なんかドッと疲れが出たな。おやつにしようか。今日は暑くなってきたし、水羊羹作ってきたぞ」
「わぁ、すごい! 小豆なんて用意出来たんだ?」
「似たような感じの豆を見つけてな。どちらかというとテングサ……寒天の方が大変だったんだけど……まぁ、食べてみてのお楽しみだな」
そう喋りながら、いつもの定位置へと歩きだすショウ。なんとなく気になって周りを見渡すも、ショウを殴ろうとしていた男の姿はどこにもない。
「ねぇ、さっき話していた人は大丈夫なの?」
「……あぁ、先輩コックだよ。俺が生意気だからって目を付けられていてさ。今日も因縁付けられていただけ」
はっきり見たわけでないが、相手はショウがいつも着ているコックコート姿ではなかったはず。まぁ彼が言うなら、今日は非番だったり休憩中だったのかな。
「ふーん……大変なのね」
「そりゃどーも。きみのおかげで、王子からの覚えもいいしな。妬まれるのも仕事のうちさ。働いたことのないお嬢さんにはわからないだろうけど」
「……それは嫌味?」
「いんや。僻み」
でもショウだって前世で専業主夫なら、あまり働いてなかったんじゃないのーなんて思いつつも、「はいよ」と目の前に懐かしの和菓子を見せつけられたら、そんなのどうでも良くなった。




