まだまだ続くよイケメン化計画『留学編』
サンサンと照る朝日が暑くなってきた。日本のジトジトした夏とは雲泥の差だが、コルセットにロングスカートが余計に煩わしい季節に違いはないらしい。
「まだちょっとお腹の肉が残っていてね」
そういう元白豚王子ことエドワード=ランデール王子との散歩は、毎日続いていた。それでもジョギングしながら謎の掛け声をすることは少ない。うん。「もっと普通にエドとお喋りしたいな♡」となんとか口説き落として、あの苦行からは解放されたのだ。それでも「昨日食べすぎちゃってさ。なんだか舌が回りにくくて」なんて言われて、強制的に参加させられる時もあるのだけど。
それでも日々の成果もあって、隣を歩くエドワード王子は昔と違い横顔が涼やかだ。なんだかちょっとだけイラッとする。
だけど、それは気候だけの問題ではない。
「そういえば、明日から留学に行くことになってさ」
「はい?」
いや、いきなり何を言い出すんですか。留学? 明日? それは一種の世間話ですか?
「先月のダンスパーティに参加してもらった隣国との交流の一貫でね。今度はうちがお礼にパーテイに招待されて、僕が行くことになったんだ」
「それは……国王の代理ってことですか?」
「まぁ、そんな感じ」
私もちょっとだけ勉強した。どうやらこの元白豚王子。あんな見た目だったにも関わらず将来有望。長男ということもあり、次期国王第一候補と持て囃されているのだという。現在国王もまだ四十代の働き盛りだから、当分先の話だと言われているが。
いやまぁ、それを知った時は本当に驚いたよね。思わずお父様に「まじで?」と三回聞いてしまった。だって、あの見た目だったんだよ? 「グフフ」て、本当に気持ち悪かったんだよ? そんなのが仕事できるなんて到底思えないじゃない――なんて本当は、ずっと入退院を繰り返してまともに働いたこともない私が言えることではないのだけど。
「それって、大役なんですよね? すごいじゃないですか」
「……どうしたの、リイナ。顔色悪いよ?」
ちゃんと褒めてあげたのに、足を止めたエドは浮かない様子の私の顔を覗き込んできてしまう。
あーもう、やめて。最近無駄に顔がよく見えるんだから。
でも私がむくれている理由がそうでないことくらい、自分でもすでに自覚している。
「別に、具合悪くないですよ?」
「でも不機嫌そうだよ?」
「そりゃあ、不機嫌ですから」
私の意地悪な返しに、エドが困った顔をした。
でもエドの方が意地悪なんだから。ちょっとくらい困ればいい。
「ごめんね。僕、なんでリイナを怒らせたのかわからないんだ」
シュンとしょげた子犬みたい顔で眉を下げるエドが「教えてくれないかな?」と疑問符を投げてくる。それに、私は口をますます閉ざした。
――寂しい。
それを告げたら、彼はどう思うのだろうか。
喜ぶのかな? それとも鬱陶しいと思うのかな?
普段の反応からすれば前者だと思う。だけど、こんな大事なことを前日まで言わなかったのだ。私一人が大袈裟な反応して、面倒な女と思われるのは悲しい。
私が彼の様子を上目で探ると、エドは完全に青ざめていた。明日に世界が崩壊するとでも言われたのかと思うくらいに。だからといって、私が謝るのも違う気がするから、
「……もう忘れてください!」
堰を切ったように言い放ち、一人でズンズン歩く。だけど側を離れないエドの追求は過剰になるばかり。
「そそ、そんなこと言わないで? どうしたの? お、お腹すいた? 少し早いけど、ご飯にする?」
「結構です」
「えーと……じゃ、じゃあ、久々におお、お菓子でも食べようか。すすすぐに用意するよ!」
「慌てると吃る癖を直す方が先決では?」
あーあ。嫌な女。一人で拗ねて、それこそ面倒くさい女。
一人でスタスタ歩いていると、いつの間にか立ち止まっていたエドの声が届く。
「しばらく、会えなくなっちゃうのに……」
そうですよ。しばらく会うことも話すことも出来なくなっちゃうんですよ。
別に前もって言われたからって、何が出来るわけじゃない。ただただ寂しいなと思う期間が増えるだけ。それでもダンスパーティのお返しなら、もっと早くに決まっていた話なんでしょう? だったら、すぐに教えてくれても良かったじゃない。
一緒に「寂しいね」と言い合う不毛な時間を、もっとくれても良かったじゃない……。
「て、手紙……!」
それでも、結局我慢できなくなるのは、もう私の方なのだ。
あーあ、本当に面倒くさいね。
「エ、エドは手紙をしたためたことはありますか?」
「え? まぁ……執務でもよく書くし、それなりには……」
「ラ、ラブレターは?」
「らぶれたー?」
しまった――ラブレターて言葉もこの世界にはないの? だけど、出てしまった言葉は戻らない。
「恋文です! 離れた場所にいても愛を伝える画期的で最先端の古代から伝わる前衛的な手段です!」
「いや、ラブレターはわかるし、まぁ昔からある伝統的な文化だとは思うけど」
なんだよ、わかるんかい。じゃあ、わざわざなんで聞き返したのさ。
私がジーッとエドを睨むと、彼は慌てて両手を振る。
「あっ、ごめんね! 決してリイナを馬鹿にしたかったわけじゃないんだよ! ただね、びっくりしたの。リイナがそんなこと言ってくれるなんて思わなかったから」
「……意味がわかりません」
「リイナがね、そんなむくれてまで寂しがってくれるなんて、思ってなかったんだよ」
エドの笑顔は花のようだった。
「ふふ、嬉しいなぁ。そっかぁ……リイナが寂しがってくれるのかぁ。僕、頑張ってラブレターいっぱい書くね」
暑くなってきた庭園では、大きめの花が咲き誇るようになっていた。緑も色濃く、その中でも王子の嬉しそうな顔は大輪の花より華やかで。
あーもう勘弁してよ、と額に手を当てるのは、この日差しのせいにしていただきたい。
「べ、別に寂しいから言ってるわけじゃありませんからね! イケメン王子たるもの、文字でも女の一人や二人口説けなくてどうするんですか、という話で――――」
「うんうん。大丈夫だよ。他国で浮気なんて絶対にしないから。そんな心配させないくらい、思いっきりリイナへの想いを書き連ねるからね」
「いや、あのだからそういうんじゃなくって――――」
「あー可愛い便箋を用意しておかないとなぁ」
会話がまったく噛み合っていないにも関わらず、エドは私の手を取って楽しそうに歩き出す。私もエドへ小言を返しながら、その手を握り返した。
きっと明日もいい天気になりそうだ。まだ朝だけど、そんな気がした。




