本番だイケメン化計画『パーティ編②』
それはそうだろう。
せっかくあそこまでお膳立てしてくれたにも関わらず、一週間練習をボイコットして、本番でもたくさんミスをしたのだ。その後すぐ下げられたことも、きっと態度やマナーが彼の婚約者として相応しくなかったからに違いない。
控室のような小さな客室に、誰もいない。エドが扉に鍵を掛けた音が異様に大きく聞こえた。
怒られる――――そう覚悟して唇を噛みしめると、エドは言った。
「寂しかった!」
「…………はい?」
「だからぁ、寂しかったの! リイナに一週間も会えなくて、すっごく寂しかったの! 寂しくて寂しくて寂しくて何度命を絶って天使の羽でリイナに会いに行こうと思ったことか!」
「いや、死なないでくださいその程度のことで」
「その程度じゃないもん! 死活問題! この世の全てはリイナに会えるかどうかにかかっていると言っても過言じゃない!」
「大袈裟すぎるでしょう! あなたにとって私はどれだけなんですか⁉」
「もう大好きに決まっているでしょう⁉」
ああああああもう恥ずかしげもなく言わないでください馬鹿王子!
私が頭を抱えると、エドは嬉しそうに「ふふ」と笑う。
「あぁ、リイナだ。僕のリイナ。少しだけ触っていい?」
「嫌です」
「ひどい! 一週間ずっと僕を避けてたのに? 毎朝毎朝迎えに行っても、一度も顔すら見せてくれなかったのにその仕打ちってひどくない? 僕すごく不安だったんだよ? まだ具合悪くなっちゃったのかな、それとも嫌われるようなことしちゃったのかなって。ずっとずっとずっとずっとずっと!」
「病気ではないと……言付けは頼んでいたはずですが……」
お父様は宰相だ。正直どんな仕事をしているのか今ひとつわかっていないが、それでも王子と仕事をすることも少なくないという。それに朝の迎えの際も、お父様が直々にお断りしている所を私も窓から何度も見ていた。だから伝わっていないとも考えにくいのだが。
だけど、エドはプンスカ頬を膨らませた。
「僕はキャンベル殿からリイナが病気だって聞いたよ!」
「え? そんなお父様が嘘を――――」
「恋の病だったんでしょ?」
途端、エドの顔がにんまりと歪んだ。
「そんなこと言われたらさ、僕一応リイナより年上だし。リイナの気持ちの整理がつくまで待ってあげなきゃかなぁ、て大人しくしていたんだけど……でもやっぱり寂しくてね。ねぇ、治った? もう恋の病治った? 僕。もう我慢しなくていい?」
いやいやいや。恋の病とか何言っちゃってんの、あのナイスミドル。なんか「お父さんいい仕事したよ☆」と親指立ててる良い髭面が思い浮かぶんですけどあのミドルガイ。
「な、何を我慢してたんですか?」
狼狽えつつも返した微妙に的外れの質問に、エドは今までにないくらいキラキラした笑顔で答える。
「もちろんリイナを。だよ」
そしてエドは、私をトンと軽く押す。ちょうど後ろには柔らかなソファ。ぽすんと強制的に座らされたと思いきや、そのままエドが私に覆いかぶさってくる。
「僕、言ったよね? こんな綺麗なリイナ、誰にも見せたくないって。部屋に閉じ込めて、独り占めしたいって」
顎を持たれ、影になったエドの顔が近い。二重がくっきりした整った顔だ。肌も綺麗になった。シャンデリアの明かりが逆光となっているものの、私の育てた王子様が妖艶に微笑む。それは完全に私の想像を越えていた。心臓が飛び出すほどうるさい中、ふと彼は目を伏せる。
「来てくれないかと思った……」
その言葉とともに、私の胸にポタッと雫が落ちた。
「君の姿を見るまで、すごくすごく不安だった。情緒不安定でごめんね。こんな王子、嫌だよね? でも、今だけ。少しだけだから……」
私の肩に顔を埋めてきた。濡れた肩が温かい。
啜り泣く間に「良かった、良かった……」と彼は何度も呟いていた。子供のように縋ってくるエドの背中に、そっと手を回す。なんて声を掛けたらいいのかわからない。『恋の病』なんて話を鵜呑みにしたなら、こんなに泣かないような気がするのだけど……。
いつも遠慮のない愛をぶつけてくるエドワード王子が、何を考えているのか。何を思っているのか。私が知るのは、ただ彼が『リイナ=キャンベル』をとても愛しているということだけ。
私は本当の『リイナ』じゃない。彼の愛した『リイナ』とは別人格の人間。ただ『リイナ』の姿をした別の人。
そんな私に、本当は彼に心配してもらう権利も、想ってもらう権利もないのだから。
かけていい言葉なんて、何も思いつかなくて。
「よし、もう終わり!」
そう顔をあげると、エドはニコリといつもの優しい笑みを見せてくれる。
「ねぇ、リイナ。最後に一つだけ聞いていいかな?」
「……なんですか?」
「僕は君の理想の王子様になれたかな?」
そんな『私』の理想になろうと、頑張ってくれる王子様。
何も知らず、頑張ってくれる王子様。
もしかしたら、そんなあなたを滑稽だと笑う人もいるのかもしれない。
でも、私の中にはただただ嬉しいと、慈しみたくなる気持ちでいっぱいになる。
あなたから本当に愛されたいと、そう願う私でいっぱいになる。
「はい、今日のエドはとっても素敵でした」
私が頷くと、エドは嬉しそうにはにかんだ。
「良かった――――今日は本当に来てくれてありがとう。僕も遅くなっちゃいそうだし、リイナはもう帰っていいからね。いつもの所に馬車を手配しておくから。宰相にも言っておくから大丈夫だよ」
「え、でも……」
正直あまり長居したい場所ではないけれど、
「他の人に見せたくないって言ったでしょ? それとも、本当に閉じ込められたいの?」
ムッと拗ねた顔を見るや、絶対にそこを譲るつもりがないようで。私が肩を落とすと、彼は「ふふ」と笑って踵を返した。
「それじゃあ、また明日」
また明日――――そう言うってことは、きっと明日の朝も迎えに来るのだろう。ダンスパーテイは今日で一段落だ。またお散歩やジョギングの日々が始まるのだろうか。
あの愛を叫び合うのだけは勘弁してほしいなぁと苦笑しながらも、私は「また明日」と言葉を返す。
たとえ、泥沼のような気持ちに足を踏み入れてしまうのだとしても。
彼が扉を締める直前、私とエドはお互い顔を見て笑い合った。そのささやかな約束が嬉しかったからだ。




