とっとこイケメン化計画『ドレス編②』
「ふふ、落ち着いた?」
「お、おかげさまで……」
腫れた目を冷たいハンカチで抑えながら、私がエドがメイドさんに頼んでくれた温かいお茶を一口。嬉しそうに笑っているエドの顔を直視できない。
「な、なんでそんなに嬉しそうなんですか?」
「え? だってリイナの泣き顔見ちゃったんだよ? 僕が意地悪したから、泣いちゃったんでしょ? 男としてこれほどそそることはないよね?」
えーと、その言葉の意味は分かりかねるのですが……。
追求してはいけない雰囲気を察し、小さく咳払いをする。
「そ、それで、結局私のドレスを作るんですか?」
「うん。さっきの布でシンプルに仕立てさせようと思っているよ。もっと可愛らしい方が良かったかな?」
桃色の可愛らしい髪に、それに相応しい愛らしい顔立ち。そんな『リイナ』にはフワフワのプリンセスドレスが似合いそうな気もするが、
「まぁ、私は頂戴する立場なので……お任せします」
そう告げると、エドは満足げに頷いてから、顎に手を当てた。
「それであとは僕の衣装なんだけどさ……どうしたいいかなぁ?」
「どうしたらと言いますと?」
「うん。もちろんリイナとドレスに合わせるつもりではあるんだけど……別に全部が全部嘘吐いたわけじゃなくてね。自分で自分の服を選ぶとか初めてで、どんなの選べばいいのかわからないんだ」
「初めて?」
エドワード王子だって、聞く所によると『リイナ』より年上の十八歳だ。それだけ生きてきて服を選んだことがないとか、見目最悪の白豚王子だったとはいえ呆れるしかない。
だけど、エドは当たり前のように「全部使用人が選んでくれるしね」なんて言って。
私の常識とする価値観や環境との違いにめまいを感じながら、私はまたお茶を一口飲んだ。そして気付く。
「このお茶……」
透き通る鮮やかな緑。ほのかに香るお米の風味。昔、家でお母さんが入れてくれたお茶にそっくりな優しい温かさに目を丸くすると、エドはニッコリと微笑んだ。
「それ、見習いコック――――リイナも知っているよね。ショウと相談して、開発を進めているものなんだ」
え? なんでショウと知り合いなこと知っているの? てか、一緒に開発って? ショウのレシピが採用されていることは知っているけど(ダイエット食のこともあるし)、お茶の開発って?
そんな脳内の疑問色々を、エドはなんてことないとばかりに「まぁ、そんなことより」と流して話題を変えてしまう。
「僕ってどんな色が似合うのかな?」
そこからかい。
服とか以前に色からかい。
「……好きな色は?」
「リイナの好きな色」
答えになってないやい。
私は大きなため息を吐いて、改めてエドの顔をまじまじ見た。
王子様王道のキラキラした金髪。白い肌。目の色が――――見えない。
「ねぇ、エド。今更ですけど」
「どんなことでも言って。リイナに興味持ってもらえるだけで僕は嬉しいんだ」
そう朗らかに微笑む彼の目は、長い前髪の奥にあって。
「私、エドの瞳をまともに見たことがないです」
「それはどんな比喩なんだろう?」
いや、言葉そのまま。前髪が邪魔で見えないってことなんだけど。
「その前髪、邪魔ではありませんか?」
私が率直に尋ねると、エドは「あーこれ?」と自分の髪を掴む。
「言われてみればそうだね。前に切ったのはいつだったかなぁ? ここのところリイナと過ごす毎日が楽しすぎて、すっかり忘れていたよ」
いいえ、私は覚えています。出会った時からあなたの髪は適当なざんばらでした。
「せっかく痩せてカッコよくなっても、そんな髪型じゃ台無しです。切ってください」
「じゃあ、リイナが切ってくれる?」
はい、読めてた! そんな流れになるだろうことは、今までの経験上学んでます。
「前髪だけでいいのでしたら」
そのくらい、毎日お風呂に同行したり、中庭で愛を叫ばされたりしたことに比べれはお茶の子さいさい。いくらでも切ってやらぁというもの。
嬉しそうにエドが「じゃあ、ハサミ用意させるね。よく切れるけどリイナが絶対に怪我しないようなやつ」とメイドさんに言いつけ、あっという間に用意される銀色のシンプルなハサミ。
「リイナ、ハサミの使い方はわかる?」
「大丈夫です」
私を何歳だと思っているんだか……呆れつつもハサミを受け取ると、メイドさんがエドの首周りに大きな布を巻く。
「床はあとで掃除させるから、気にしないでいいからね」
そう言ってエドはソファに座ったまま、姿勢良く動かなくなった。
「いつでもどうぞ」
「……目は閉じておいてくださいね」
花びらが舞っているかと錯覚するほど嬉しそうに待たれると、こっちは緊張してしまうのだが……。
女は度胸。たかだか前髪を切るだけだと、己の胸に再確認して、私は彼の髪に手を伸ばす。
サラサラとした毛ざわりは、私が言いつけて手入れさせているもの。本当、最初のギトギト状態だったらこうして触れるだけでも嫌だったなぁ、なんて苦笑して、私はハサミを動かした。
シャキッと刃が交差すると、ハラハラと金糸が落ちていく。
その奥にあった星々のようにきらめく瞳が、ゆっくりと弧を描いた。
「はじめまして、僕のお姫様」
それを見て、私の心臓が警鐘を鳴らす。
やばい。絶対にやばい。
完全に私の理想とする王子様が、そこにいたから。
「えへへ。邪魔なものがなくなると、リイナがよく見えていいね」
はにかんで。そんなことを言う王子様が可愛くて。それなのに、私のハサミを持つ手に触れながら、
「リイナが僕に刃を向けるのも、たまにはいいものだ。ゾクゾクする」
そう笑う目に、私の背筋が震えてしまって。
思わずハサミを落として、エドがそれを拾おうと視線を逸した瞬間、
「し、失礼しますっ!」
私は慌てて、その場から逃げてしまった。
やばい。本当にやばい。
このままでは、完全に堕ちてしまう。
これはきっと、恋ではない。
あの物語たちのような、綺麗なものではない。
爽やかな、私の理想とする少女漫画みたいな爽やかなものではない。
もっと、ドロドロとした底なし沼のような。
あるいは、二度と這い上がれない地獄のような。
そんな予感から、私は思わず逃げ出すことしか出来なかった。




