とっとこイケメン化計画『ドレス編①』
それは、ダンスパーティ本番の一週間前。
金持ちの考えは未だよくわからないが、恋人のいる男性はパーティのたびにドレスを贈る風習があるらしい。それなのに、私の婚約者は言った。
「ねぇ、ねぇ、リイナ! 僕はどんな服を着たらいいの?」
「……はい?」
「どんな格好したら、リイナをより綺麗に引き立ててあげられるかな? 僕じゃあよくわからないから、一緒に選んでもらえないかな?」
半裸の王子は、日に日に目に毒となっていた。まだ多少脇腹に肉が乗っているものの、肩幅も広く、服を着た状態ではよくわからなかったが胸板も厚い。お風呂上がりのいい匂いがする状態で、保湿効果のありそうな油脂を塗ってあげている最中、ズイッと顔を寄せられ両手を握られてしまったら、
「あ、はい」
と、頷く以外の選択肢などなく――――
そして衣装を選びに、てっきり衣装部屋に行くものかと思いきや、
「王子、こちらの布ですが――――」
通された部屋は、応接間だった。そこにはこれでもかと巻かれた布が置かれており、スケッチブック片手に行商人ぽい人が説明や質問を重ねていた。その話を優雅にお茶を飲みながら聞くエドの袖を私はそっと引っ張る。
「エ、エド……衣装を選ぶんじゃないんですか?」
「うん? だから選んでるじゃない」
さも当然とばかりに私に笑みを向けてから、行商人に「その隣の生地を見せて」と指示を出すエド。
「さすがはエドワード王子、お目が高い。こちらの生地は、聖女と名高いリイナ様に相応しい希少価値のある――――」
「まぁ、そういうのはいいんだけどさ。少しリイナに当ててみてもらってもいいかな?」
「も、もちろんでございます!」
そして、なぜだか私に充てがわれたのは、濃紺の布だった。一見地味な色かと思いきや、よく見るとキラキラと細かい刺繍が入っており、素人目からしても高そうなのが一目瞭然。
それを見たエドが「うん」と顎を撫でる。
「すごく似合っているよ、リイナ。すごく大人っぽく見える。今回は晩餐会も兼ねているし、肩を出したドレスをこれで作ったら、きっと僕は昇天しちゃうんじゃないかな」
「相変わらず、王子は姫にベタ惚れですな。想いが通じたようで私も――――」
「だから余計なことは言わないでいいから」
ピシャッと行商人さんの言葉を遮りつつも、エドはマイペースに小首を捻る。
「あーでもやっぱり他のにしようかなぁ。こんな色っぽいリイナを他の人に見せたくないしなぁ。ねぇ、リイナ。僕はどうすればいいと思う? この際だから、一生僕の部屋に閉じ込めておけばいいのかな?」
「はっはっは。リイナ様、如何なさいますか?」
いやぁ、行商人さんも笑ってエドの機嫌を取ろうとしているようだけど、如何も何も笑い事じゃないぞ。とても和やかに、そして物騒なことを言われて気がするぞ? でもそれを言及する前に、私には訊かねばならないことがある。
「なんで、私で布合わせしているんですか?」
「リイナのドレスを作るからだよ」
「なぜ、私のドレスを? エドの衣装を選びに来たのでは?」
そもそもなんで布から? とツッコみたいところだが、そこから訊くと話がややこしくなるからグッと呑み込んで。だけど、エドは相変わらずの穏やかな笑みのままだ。
「そうだよ。僕の衣装を選びに来たんだよ」
「それなら――――」
「でも、リイナを引き立てるための衣装なんだから、リイナの衣装が決まらないとどうにもならないでしょ?」
「え、それは――――」
「あ! リイナ。既製品でいいとか、すでにあるのでいいとか言わないでよね! リイナと出る久々のパーティなんだから。ここで節約とか言ったら、僕泣いちゃうよ?」
「あ、あのぉ……」
「ふふ。リイナと踊るの楽しみだなぁ。何年ぶりだろうね。リイナずっと最近具合悪かったから……またリイナと一緒に踊れるなんて、僕は嬉しいんだ」
もう、そういうこと言われちゃうと、私は弱いってば……。
頭に過ぎるのは、前世で叶えられなかったたくさんの約束。
また〇〇に行こうね。
また〇〇しようね。
家族と交わした約束を、私はいくつ破ったのだろう。
そう言ってくれた両親の顔をふと思い出した時、エドは私の肩を揺らした。
「リ、リイナ! どど、どうしたの?」
「エド、また話し方が……」
「泣かないで。ごめん、騙すような形で連れてきて、僕……」
エドがそっと私の目から涙を掬う。その指の温かさに、私はようやく泣いているのだと気が付いた。
考えても仕方ないと、思い出さないようにしていたけれど。
たとえ生まれ変わった先が、夢みたいなお姫様生活だったとしても。
たとえ前世が、病気で苦しいものだったとしても。
懸命に私を支えてくれた両親を、死という形で悲しませてしまったこと。
どう考えても親不幸だった私が、今更泣いたところで何になるんだか。
だから、私は無理やり笑顔を作る。
「あぁ、やっぱり適当に丸め込んで、ドレスを作るつもりだっ――――」
軽口で終わらせて。怒らせて。また吃ってと文句を言わせて。
そんな心の中のワガママごと、エドは私が苦しいと思うくらい力強く抱きしめてしまう。
「ごめんね。大丈夫だから。ごめんね」
謝罪と。慰めの言葉と。
「僕は、君に出会えて良かったと思っているよ」
そんな優しい言葉を言われてしまえば、私は顔をクシャクシャに歪めることしか出来なくて。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
――あーもう、行商人さんが居づらくなって部屋を出て行っちゃったじゃない。
そんなこと言う余裕すらなく、エドの胸に顔を埋める。
いきなり泣いてしまってごめんなさい。
私が『リイナ』じゃなくてごめんなさい。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
その理由を口にすることが出来ず、私の啜り泣く声は、エドの温もりの中で溶けてしまう。




