まさかのイケメン化計画『ダンス編②』
「というわけで、心身ともに疲れているので美味しいものを恵んでください」
「すごく今更だけど。足繁く俺の所に通ってて大丈夫なのか?」
「だってエドもひどいんだよー。『僕の足は肉厚だから、これくらい何ともないよ。大袈裟に反応しちゃってごめんね』なんて言いつつ、お風呂場で見たら足が痣だらけなんだも……もう罪悪感が、罪悪感が……」
「人の話は無視するわけね。しかしまぁ相変わらず一緒にお風呂とか、仲良いこって」
「今はそういう話じゃない」
「あーさいですか」
そう言いながら、いつもの厨房裏でショウが出してくれる前世の逸品。
薄布を広げるとそこには――――
「おはぎだぁ!」
「芋粉で作ったから、風味が強いけどな」
きなこのおはぎ。お見舞いに来てくれたおばあちゃんが、たまにこっそり持ってきてくれたものに、それはよく似ていた。少しクタッとしたそれを摘み上げると、ほのかに甘い匂いがする。頬張ると、たしかに記憶の中の味とは違う丸い風味に思わず「ふふ」と笑うと、ふわっときなこの粉が舞う。
「何だよ。不味かったか?」
それに私は咀嚼し終えてから、首を振った。
「そんなことないよ。これはこれで、すごく美味しい。緑茶が飲みたくなるね」
「あ、それわかる。でもこの国の茶葉は全部発酵させてるんだよなぁ」
そんな談笑とおはぎに舌鼓していると、突如ショウが切り出す。
「きみ、王子に転生したこと話したの?」
「いやいや、まさかまさか!」
私が慌てて否定するも、ショウは真面目な顔を崩さない。
「下手なこと夢みて暴露するとか、やめとけよ。おとぎ話じゃ世界を平和へ導く的な綺麗事並べているが、実際は普通に戦争してでも手に入れたいものだからな」
「戦争って……」
急に出てきた物騒な言葉に私はたじろぐも、ショウは真剣だ。
「数ヶ月生活して十分わかるだろう? 魔法でちょろまかしている所も多々あるが、『現代』に比べれば、基本的にこの世界の文明は何世紀も前のものだ。きみとしては些細な知識かもしれないが、それが大きな金を生む可能性を秘めている。そんな知識の元を手に入れようと……争いが起きてもおかしくない」
確かに。言われてみれば、そうかもしれないけど……。
その話に私が何も言えないでいると、ショウはようやく笑った。
「まぁ、そういうわけで。きみは今まで通り気楽でワガママな令嬢生活を満喫すればいいよ。霊人なんて、一人いれば十分だろうしな」
――ん? それってどういう……?
私が尋ねようとした時、「リイナ様!」と呼ぶ声に、私は振り向く。そこには、いつもエドのそばにいる近衛兵さん。いつも帰りの馬車の手配をしてくれているのだが、
「あれ? 今日は父の仕事が終わってから、一緒に帰宅する予定なのですが?」
「あ、いえ。エドワード殿下からの言付けでございます」
私が「なんでしょう?」と小首を傾げると、近衛兵さんは少し言いづらそうにしていた。
「しばらく朝の散歩は中止にしよう――――とのことです」
チュンチュンと、今朝も小鳥の囀りが私を起こしてくれる。
えぇ、別に寝れなかったわけではない。起こしてくれたから。起こされちゃったから!
「はぁ……なんで今日も早起きしちゃうかな……」
翌日。
久々にゆっくり寝れるぞー! 変なこと叫ばないで済むぞーなんて浮かれるのも、結局いつもの時間に目覚めてしまった。だけど、今日はお迎えが来ないはずなのに、それでも窓の外を何度も何度も見てしまう。
そんな自分に、ベッドの上で膝を抱えながらため息が出る。
「やっぱり、あんなにダンスの下手な令嬢は引かれるのかなぁ」
目を閉じて思い出すのは、あの痛々しげな痣のエドの足ばかり。「平気だよ」と笑うエドの前髪の下の目が笑っていないような気がしてならなかった。
せめて一人でも練習しようとお父様に講師を頼んでみたものの、「これ以上体力使って倒れられたら」と心配され、練習させてもらえない。こっそり部屋で復習していても、何がどうダメなのかさっぱりわからない。
詰んでいた。さすがの『リイナ』大好きエドワード王子でも、幻滅しておかしくないレベル。
よく読んだ異世界チート主人公たちは、本当に物語だったんだなぁと痛感する。こんな生まれながらも勝ち組人生をプレゼントされたにも関わらず、私はこんなにダメダメなのだ。
魔法も使えない。
チートできるだけの知識もない。
令嬢として当たり前の作法もダンスも何もできない。
ショウみたく料理などの特技もない。
前世では、ただただ入退院していただけの私だ。勉強も最低限しか出来ない。誰とでも仲良くなれるようなコミニュケーション能力もなければ、友達ひとりまともにいた経験がない。彼氏や婚約者なんているはずがない。
ただ私を心配して励ましてくれる両親に、たくさんの愛情をもらって。暇つぶしに漫画や雑誌を読んで、色々なことを妄想して。
そんな私が調子に乗って、王子をイケメンに育ててやるなんて息巻いた。
イケメンになった彼に釣り合うだけの『自分』がないのに。
だから、私は再び布団に潜る。モゾモゾとシーツの中で丸くなるだけ。
「なーにやってんだろ、私」
「暇なら僕とお出かけしようよ」
リイナ、と耳元で囁かれて。
私が慌てて跳ね起きると、そこにはだいぶスッキリ痩せたエドワード王子が、相変わらず柔和な笑みを浮かべていた。
「えええ、え、エドワード様⁉」
「もう、エドって呼んでくれないと食べちゃうよ?」
なんてほっぺたをツンツンされても、私はパクパクと何も言葉が出てこなくて。
「リイナ今日はお寝坊さんなんだね。どうする? まだ眠いなら、今日はやめておく?」
「え? あ……だって、今日から朝の散歩は中止なんじゃ――――」
「うん。散歩はね。リイナの理想にはまだ遠いのかもしれないけど、減量は上手くいっているからさ。ダンスの練習に時間を割いた方がいいかと思って」
あ、そういうこと……?
伝言の言葉足らずを責めるよりも前に、私の口からは不安が溢れる。
「私と踊るの……嫌じゃないんですか?」
「どうして? すごく楽しいよ」
「でも、一向に上達しないし」
「そんなことないよ。少しずつだけど、確実に上手くなってる」
その優しすぎる言葉に、私は自分の予想以上にホッと胸を撫で下ろして。
そんな自分に、私は「もしや」という考えが浮かんで。でも考えが結ぶまでに、エドが私に大きな箱を差し出した。
「これ、僕からのプレゼント」
「え?」
「ちょっとはしたないかもしれないけど、しばらくの間だけ我慢してくれないかな。なるべく人払いはするからさ」
箱を開けると、そこにはワンピースが入っていた。膝丈くらいの、前世で憧れていたようなワンピース。それを着せてもらって(相変わらず慣れないけど)、エドに連れて行かれたのはいつもとは違う園庭だった。
色とりどりの花が咲き誇る様は、まさにお花畑。芳しい香りに思わず感嘆の声を漏らすも、その花畑は少しだけおかしかった。花のない部分が、迷路みたいに道を作っているのだ。
「エド、ここは……?」
「土の上なら、足も痛くないでしょう?」
靴を脱いで、ズボンの裾を捲ったエドがその花畑に足を踏み入れる。一陣の風が吹いた。花びらが舞う中で、長身痩躯の王子様が私に両手を広げる。
「リイナ、おいで! この道の通りに僕がエスコートするから」
あぁ、そうか。
実を結んだ考えに苦笑してから、私はヒールを脱ぎ捨て、エドの胸に飛び込んだ。
「練習のために庭園を改造したんですか? やりすぎです‼」
「そうかな? 将来の花嫁さんのためなら、どうってことないと思うけど。それより、足は寒くない? こんな場所だから動きやすい方がいいかと思って、丈の短いのを用意させたんだけど」
「平気です」
なんてことない。むしろありがたい。足首まであるスカートを捌くのは、未だ苦労していたのだから。
――でも、じきに慣れなくちゃ。
王子の優しさに甘えてばかりいないで。
いつか『イケメン王子』の隣に立つに相応しい本物の令嬢になれるように。
たとえその足が薄汚れた土足であっても、一緒に足を汚してくれる人のためであれば。
「それでは、僕と一緒に踊ってくれませんか?」
差し出された手に、私はそっと手を重ねる。
胸にじんわりと広がる気持ちは、前世でも味わったことがない。それは息苦しいけど、心地良い。だから、きっとこれは病気ではないはずだ。
「あ、ごめんなさい!」
「ふふ、大丈夫。むしろもっと踏んで」
「もう、意地悪言わないでくださいっ!」
何度も何度も、私の足はもつれてしまう。
この気持ちの名前が『恋』ならいいな。
小説や漫画でたくさん読んで憧れた感情が、これならいいな。
――それは、私のささやかな願いだ。
そして、その光景もまたたく間に広まった。
それは毎朝花畑で踊る二人が、とても幸せそうだという噂だ。




