まさかのイケメン化計画『ダンス編①』
跪く王子にロマンを感じない女子はいなんじゃないだろうか?
……語弊があるかもしれないけど、誰しも一度は憧れるだろう。跪いたイケメンがパカッと小箱を開く。するとそこには、キラキラ輝くダイヤモンド。
まぁプロポーズではなかったし、お給料三ヶ月分の物なんて準備されてなかったけれど(代わりに手の甲に余計なことをされた気がするけれど)。
少し前なら、白豚が眼下にいた所で嫌悪しか抱かなかっただろう。だから、私も何とも思わなかったのだが。その時はまだ子白豚のはずなのに、妙にドキドキしてしまって。
そんなことがあって、前世ならカレンダーを一枚捲った頃、私は油断していた。そのロマンは初めてだから有効なのであって、何度も経験すれば慣れてしまうものだと思っていたのだ。
「僕と一緒に踊ってくれませんか?」
金髪のイケメンが微笑を浮かべて、私に手を伸ばしてくる。
だけど私は、とある症状に見舞われていた。
目眩。動悸。口渇。
まばたきを繰り返し、ハクハクと口を動かすしか出来ない私に、王子はその体制のまま小首を傾げた。
「これでもダメ? なかなか『いけめん』の所作は難しいね」
今、何をしているかというと――――
一ヶ月後に、王城でパーティーが開催されることになった。大きな外交が上手くいったことへの慰労会みたいなものらしい。そこへ、当然王子である元白豚王子のエドワード=ランデール殿下と、宰相の娘であり、王子の婚約者である私『リイナ=キャンベル』も出席することになったのだ。
「うーん……ねぇ、リイナ。そんなにダンスの誘い方って大切なのかな?」
「どういうことですか?」
立ち上がったエドが、軽く足を曲げ伸ばしする。今日も律儀に職務を果たしている近衛兵さんやダンスの先生たちの視線を気にしながら、エドは私に耳打ちしてきた。
「お膳立てよりも、メインの方が大切だと思うんだけど……」
ギクッッッ!
私の肩が思わず上がる。ダンスパーティのメインとは、すなわちダンス。
……ちょっと振り返ってみてほしい。
私は日本という国で、ほとんどの日々を入退院に費やしていた二十代半ばの喪女だったのだ。この際病気のことすら関係ないだろう。普通の人生を送っていたとしても、いつどこで社交ダンスなんて覚える機会があった?
「そ、それは……足を引っ張ってしまうこと、大変申し訳なく――――」
「いやいやいや! そういうことが言いたいんじゃないんだよ、リイナ。むしろ僕が手取り足取り教えることが出来て、挙げ句に転びそうになったリイナに抱きつかれちゃったりして役得でしかないんだけど」
早口で手をワキワキさせて何言ってんだこいつは?
だけど、一息ついたエドが私に微笑を向けてきた。
「あーいうパーティの花って、女性だと思うんだよね」
「……どういうことですか?」
彼の言いたいことがわからず、再び同じ言葉を投げかけると、彼は私の長い髪をすくい、そっと口づけた。口づけた⁉
「着飾ったリイナは、絶対に綺麗だと思うんだ。それをより引き立てるのが男の僕の役目であって、僕がカッコよく見栄を張る必要はないと思うんだよ」
「お、お気遣いなく……」
思わず顔が熱くなる。自分のことなんて。まるで考えてなかったから。
確かに、この『リイナ=キャンベル』は可愛いから、着飾ったらもしかして男の人にチヤホヤされてしまうのかもしれないけど……。
でも、もし私が他の男の人からもモテるのだとしたら。
確か、外交相手の他国の王子も顔を出すという噂もある。もし、そんな相手から見初められることがあれば。
――別に、恋の相手はこの王子でなくても構わない……?
あくまで、わずかな可能性のひとつではあるけれど。
ふと見えたそんな現実に私が視線を外すと、エドが小さく苦笑する。
「精霊に愛された人は、最期に奇跡を起こすっていうじゃない?」
精霊ってアレだ。転生してから数ヶ月で得た知識によれば、貴族が魔法を駆使するために力を貸してくれるっていう妖精だ。人間の目には見えないけれど、自然にも物にも宿っている……なんか付喪神的な要素もある存在らしい。
でも、なんで今そんな話……?
「人は魂を失ってしまったら、その身体が朽ちてしまうからね。それを防ぐために、他の魂を無理やり入れてしまうっていうおとぎ話。その魂が入れ替わった人は霊人として、世界に未知なる知識をもたらし、世界の発展を促すっていうさ」
そこまで話してから、エドは「まぁ、リイナなら知っていただろうけど」と付け足す。
その……まさにその『霊人』とやらが私だと思うのですが……すみません。私、世界を発展させられるほどのチート知識、何もないです。
そんな居たたまれなさに視線を逸らすと、顎を捕まれクイッと元に戻された。エドが長い前髪の下でニッコリと微笑んでいる。
「国としてはね、一人でも多くの霊人を囲い込んで、色んな知識を得たいところなんだけど……僕個人としては、そんなものよりもリイナ自身の方が大事だからさ」
その視線も、その声も。とても優しくて。
「だから僕、心配なんだ。あまりにリイナが綺麗になりすぎて、周りの男だけでなく精霊にまで目を付けられたどうしようって……ねぇ、リイナ。他の誰からも愛されないで。いつまでも、僕だけのリイナでいてほしいんだ」
「エドワード様……」
あぁ、胸が痛い。
それは、私の邪推に釘を刺されたからではない。
実感する。あの時から、じわじわと理解してしまう。
この私が育ててきたイケメンが愛情を向けている相手が『私』でないことを。
彼の求める『リイナ』が『私』でないことを。
そして私が胸の部分を掴んでいると、
「どうしたの、リイナ⁉ どこか苦しい? どこか痛い?」
体調不良を懸念したエドに、私は笑顔で首を横に振る。
「ごめんなさい。ちょっと……服が苦しくて」
「え?」
コルセットがキツイことにして誤魔化すと、エドが上から覗き込んでくる。
「あ、最近少しふくよかになったもんね。でも僕が好きだよ。ふふっ、その方がいつかの楽しみも増えるし」
痩せて軽く笑えるようになった王子だが……なぜだろう。私の耳には今こそ『グフフ』と気持ち悪く笑う声が聞こえて、
「なっ、なっ……どこを――――」
「御二方……仲睦まじいのは国民として、大変嬉しく思うのですが……」
コホンと咳払いしてから「いい加減、ダンスのレッスンに入っても宜しいですか?」と切り出す講師の人に、私たちは「すみません」と頭を下げるしかなかった。
セクハラに対する怒りをぶつけているわけではない。
「痛っ」
そう――何度もエドの足を踏んでいるのは、決して悪気があるわけではないのだ。
「リ、リイナ……さっきは怒らせて悪かったって……」
私には、ダンスのセンスが欠片もなかったらしい。
しかも、エドが異様に痛がるには理由があった。私がヒールなのに対して、彼は靴下だけ。靴を脱いでしまっていた。
「せ、せめて靴を履いて下さいっ!」
「嫌だよ。何かの間違えでリイナの足を踏んでしまったら、僕は命を絶って詫びることになっちゃうよ!」
なんでその程度で腹切り案件になるんだっての。私はどこぞの殿様ですか? むしろあなたが殿様じゃないですか。
「王子……まだいけますか?」
講師の質問に、エドの笑みは完璧だった。
「もちろんです! 引き続きご教授、お願いできますか?」
やめて……もうやめて……。
罪悪感を募らせるほど、絡まる足。ピカピカの床とは違う柔らかい感触。エドの小さな悲鳴。
やめて……もう解放して……。
それでも、講師の手拍子が鳴り響く。
エドが公務で呼ばれるまで、いつまでも。いつまでも。




