転生したら勝ち組……だと思ったの
私は勝ち組だと思ったの。
絵本の中の花の妖精みたいな桃色の髪。南国の海のような綺麗な瞳。文句の言いようのない可愛らしい顔立ち。しかも王子様との婚約が決まっている御令嬢。
ね? 今回の人生は、幸せまっしぐらだと思うでしょう?
「嘘でしょ……」
私は病気で二十数年の人生をほとんど病院で過ごしていた。その人生に幕が下りて、気が付けばこの『リイナ=キャンベル』に。
リイナは十五歳のちょうど女の子盛り。だったら、今までは夢のまた夢だった『素敵な恋をしたい!』という願いを叶えられるのでは? しかもお相手は親も公認の王子様。素敵なロマンスが待っているに違いない!
と、お見舞いに来てくれた婚約者であるエドワード=ランデール王子と、意気揚々ご対面したのだけど――――
「ぐ、具合は……どうかな、リイナ。グフフッ」
そこには、白豚がいた。グフフと笑う、気持ち悪い二足歩行する金髪の豚。
無駄に立派な衣服を身に着けた白豚は、とにかく脂ギッシュだ。至る所にニキビがあり、「グフー」と呼吸をするたびに黄色い息が出ていそう。背が高い分、余計に体積が大きいのが厄介そのもの。せっかくの金髪もギトギトしており、あげくに前髪が長くて野暮ったいにも程がある。
「きょ、今日もね、リイナの好きなお菓子を持ってきたんだ。快気祝いとして特別なデザインで焼いてもらって、君の好きな紅茶味もたくさん詰めてもらったから――――」
可愛らしい箱を私に見せながら、婚約者は一生懸命説明する。そんな彼に、私は歪な笑みを浮かべるしかできなかった。
「ご、ごめんなさい。目眩が……」
前世とは違い、体調はすこぶる良い。だから、これは間違いなく気分的なもの。
それでも頭を押さえた私に、その白豚はションボリした様子で「そそ、それなら、ゆっくり……休まないとね」と、そそくさ帰って行きましたとさ。
――と終わってくれればいいんだけど、彼は私の婚約者。王子との婚約に対して「あんなブサイクなんて嫌っ!」と言えないことは、周りの雰囲気から容易に察せられる。
それから現実逃避に、窓辺に遊びに来る綺麗な小鳥と「うふふ」とそれっぽく戯れること一週間。転機はあっさりと訪れた。
薬でも使われたのか、気が付けばスイートルームのような部屋から岩壁の洞穴に様変わり。嫌でも色々と察するものである。
『リイナ=キャンベル』はいわゆる深窓の令嬢。病弱で、私の記憶が蘇る前数ヶ月間なんて、ずっと高熱にうなされていたらしい。
そんな王子の婚約者が、気が付けば見知らぬ場所にいたのだ。間違いない、これは誘拐っていうやつだろう。前世で散々読んだファンタジー恋愛漫画では、よくある展開だ。
どうしよう――という不安よりも前に、私の脳裏に過ぎったのは古い漫画だった。
それは、お姫様を誘拐したイケメン盗賊。彼らはお互い一目惚れし、世間の荒波に揉まれながら、その愛を深めていくというストーリー。
そうだ! あの白豚婚約者はその布石だったんだ!
結婚したくない令嬢が、ワイルドなイケメン盗賊に恋をするなんて、それもまた王道の一つだよね!
そんな私の耳に聞こえてくるのは、
「おかしら、上手くいきましたな」
「身代金で稼ぐもよし、手篭めにするもよし……クックックッ、酒がウメェなぁ」
祝賀のどんちゃん騒ぎの中、足音が近づいてくる。
さぁ! 早く私に会いに来なさい、おかしらとやら。
どんなイケメンかしら? 野性味溢れるのは、やっぱり黒の長髪? でも切れ長の瞳は金色だったり?
なんて私が寝たフリしながら、うっすら目を開けると……。
「可愛い面してやがるなぁ。とっとと食っちまうか」
「おかしら、傷物にしたら価値が下がってしまいますよ」
「ケッ、わかってらァ」
おかしらと呼ばれた男の顔に、私は絶句した。
むさ苦しい。その一言で全てが片付いた。黒の長髪や髭もボサボサで汚らしい。団子っ鼻もテカテカで、毛穴が離れていてもしっかり見える。てか、臭い。なんかとにかく獣臭い。というか、いくつよオッサン。
私は必死で寝たフリをする。見なかった。盗賊とロマンなんて夢を見てごめんなさい。私は何にも見なかった。だからお願い、とっとと私から離れてください。
そう必死に祈っていると、
「ほら、おかしら。みんながおかしらを待ってますよ」
なんて下っ端っぽい人の言葉に、おかしらは「チッ。しゃーねーなァ」と満更でもないみたい。どんちゃん騒ぎに戻っていく。
それに私がコッソリと安堵すると、
「眉間に思いっきりシワが寄ってたぞ」
小さく苦笑されて、私は思わず目を開けた。
酒樽の隣にロープで縛られた私に対して、彼は優しげな笑みを浮かべている。塩顔の地味な少年だが、顔の作りは悪くない。そんな少年がキョロキョロと周りを見渡しながら、ヒッソリと話しかけてくる。
「痛い所はないか? お腹空いてる?」
正直言えば、あちこちぶつけられたのか、節々が痛い。そして突然の環境の変化に、空腹なんか感じない。だけど如何にもみすぼらしい格好した少年の持っていた皿に、私は思わず目を見開いた。
「焼きおにぎり……?」
「あ、よくわかったな。食べるか?」
地味な茶色いおにぎり。芳しい焼けた醤油の香り。それに思わず、私は垂れそうになったよだれを慌てて吸い込んだ。
転生してから、およそ一週間。ファンタジーなランデール王国は、和食と無縁な食事事情だった。ほら、よく海外旅行に行くと和食が恋しくなるっていうじゃない? 私は海外なんて行ったことないけど。でもようは、そんな感じなのである。醤油バンザイ。おにぎり最高。
「た、たべりゅ――――」
そう首を伸ばした時だった。何やら、急にどんちゃん騒ぎしていた方が騒がしくなる。
「我ら第一王子直属部隊! キャンベル令嬢を誘拐した愚行、ここで改めさせてもらう!」
男の騒ぐ声は、怖い半分、不快半分。その中でガチャガチャ、キンキン、バタバタした様子に私が縮こまっていると――――
「リイナ!」
聞き覚えのある声に、顔を上げると。
「リイナ……無事で良かった……」
フゥフゥと荒い息遣いが変態チック。汗も掻いて醜さもアップ。だけど、王子のはずなのに先頭を切って駆けてくる彼に、私は自然と彼の名前を呟いていた。
「エドワード……様?」
「うん……た、助けに来たよ……」
安堵した様子の白豚がグヒグヒと鼻を鳴らしながら、私のロープを解いてくれる。
「さ、さぁ……早くここから離れよう」
「は、はい……」
差し出されたまんまるとした手を握ると、やっぱり汗ばんでいて気持ち悪かった。でも思いの外強い力で引っ張られ、払うに払えず。
「もう怖いことは何もないからね。リイナは安心して大丈夫だからね。ゆっくりお風呂にはいって今日のことはさっさと忘れていいからね。あ、お菓子食べる? 今は持ってないけどまた明日――――」
最低限の言葉しか返さない私に、今度は途端に口早だけど、王子はずっと声をかけ続けてくれた。だけど、むさ苦しい男たちが倒れる洞窟の中を抜けながら、私は振り返る。
白豚王子ことエドワード様。ありがとう。本当に助けに来てくれたこと感謝します。ちょっぴり見直しました。だけど私……どうしても後ろ髪引かれてしまうんです。
――あの焼きおにぎり。食べたかったなぁ……。
そして、私は思った――夢は待っているだけじゃ、叶わない。
前世ではやりたくても出来ないことがたくさんあったのだ。それを出来る身体があるのなら――――女は度胸。動いてナンボ。
「リ、リイナ……具合悪い所、ない……?」
おずおずと白豚王子が私に尋ねてくる。どうやらあの盗賊たちの処理を一通り終えてから、休むことなく私の屋敷にやってきたらしい。言っていた通り、また可愛らしい包装のお菓子を持ってきて。
誘拐される前に食べたけど、すごく美味しいクッキーだった。色んなお花模様が可愛らしく、味も上品。この世界のご飯はどうにも大雑把な味付けでうんざりしていたけど、王子の持ってきてくれたお菓子は確かに美味しかった。
ベッドから起きた私はまじまじと彼の顔を見た。うん、やっぱり醜い。こんな王子様とキスをしたって、正直吐き気しか感じないだろう。
「どどど、どうしたの? どこか……痛い?」
「……エドワード様」
「ううう、うん?」
「私のこと、お好きですか?」
優しい婚約者にそう尋ねると、ただでさえ赤らんでいる顔が、もっと赤くなって。正直二重顎しか気にならない。だけど、その首は縦に大きく頷いて。
「……ありがとうございます」
いい人なんだ。この人、見た目があれなだけで、すごくいい人なんだ。
そんな王子様が、私のことを好いてくれているのならば――私の理想の邪魔をしているのは、一つだけ。下手にワイルドな夢を見るより、こっちを改善した方がよほど堅実だ。
私は気が付いてしまったのだ――この白豚王子をイケメンに仕立てあげれば、全ては丸く収まるのだと。
「ならば、お願いがあるのですが」
「ななな、何だろう? リイナのたた、頼みなら……僕は何だってするよ?」
「それなら、私のために運動してくれますか?」
「どどどどど、どういうこと?」
私だって「お前の見た目が気に食わないんだ」なんて言うことが、すごく失礼だってことくらいわかっている。
「痩せて、カッコよくなってほしいんです」
それでも、もしも王子が頷いてくれるのなら……。
だけど、王子は何も答えずに固まっていて。私はおそるおそる窺う。
「いつ……お時間取れますか?」
「……いつでも」
すると王子は、今までにないくらい嬉しそうに微笑んだ。
「リイナが、一緒に付き合ってくれるのなら!」