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花園姫  作者: ぶんぶん
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花を手折るのは誰なのか


小鳥は歌い、詩人は楽器を片手に詩を語る。街は今日も賑わい、人々が行き交う。自然に囲まれた美しいヴァンデー地方。


その領主、フィルセン・フィッツハーバートの溺愛してやまない一人娘、ラベンダー・フィッツハーバートは屋敷のバルコニーでアフタヌーンティーを楽しんでいた。


「今日も平和ねー」

「そうでございますねえ、お嬢様」


相槌を打つのは生まれた時から世話になっている乳母のメアリーだ。なくなった紅茶を注いでくれる。


「平和過ぎてやることがないわねー」

「その通りでございますねえ、お嬢様」


料理長の自信作だろうさくさくのスコーンを頬張りながら、ラベンダーは嘆息した。


ああ、やることがない。我がフィッツハーバート伯爵家は国王陛下からの信頼も厚く、最も大きな領地を賜っているというのに、父、フィルセンが優秀過ぎて娘のラベンダーには仕事なんて回ってこない。一応伯爵令嬢としてどこに嫁いでも恥ずかしくない教育は受けてきたし、今すぐ領主代行をしろと言われても問題なくこなすことはできるけれど、今のところどれも活用する場もなく錆びてしまいそうだ。


父は本当にすごいと思う。陛下が半分冗談で言った『この土地をやるから利益を2年で倍にしてみろ』なんて無茶振りを国王の大臣として働く傍で本当に成し遂げてしまうのだから。大臣としての仕事も領主としての仕事も並大抵でなくいっぱいあって忙しいはずの父なのだが、毎日絶対に屋敷に帰ってきてラベンダーと夕食をとる。多分常人の10倍は効率の性能が良いに違いない。


しかし父が優秀過ぎて出る幕のないラベンダーは毎日を持て余していた。本を読むか、気晴らしに1人で舞を舞ったり、刺繍をしてみたり、ヴァイオリンを弾いたり、庭のバラの世話をしたり。一通りのことをした後はこうやってゆったりと紅茶を飲む。


「こんなんじゃ、私ただの出不精じゃないのー!! 」

「んま! お嬢様ったら! そのように腕を投げ出して座ってははしたのうございます」


なんでもいいから体をばたばたと動かすとメアリーに注意されて、わかってるわよう、と姿勢を正す。ぶーっと頬を膨らませるラベンダーにメアリーは仕方ないと言った風に笑う。


「そうですわねえ……確かに旦那様は大変優秀でいらっしゃいますから、国大臣としてのお役目に加えてこの広大な領地の管理をしているというのに全く負担を感じさせませんわ」

「お父様がなにも仕事を残してくださらないから毎日やることがなくて、私このままじゃナマケモノになってしまうわ」

「まあ、お嬢様ったら!けれども、そうですね、毎日やることも変わらず ……しかしながら私、お嬢様も“そろそろ”ではないかと思っておりますわ」

「え? そろそろ? 」


何が?と聞こうとしたそのとき、廊下からバタバタと足音が聞こえてきた。


「ラッベンダーーーー!!! 」


ばーんと音を立ててラベンダーの自室のドアを開けたのは、息を切らした父、フィルセンだった。


「お父様! お帰りなさいませ、今日は特に早かったんですのね、言ってくださればお出迎えを——」

「お前の社交界デビューの日取りが決まったぞ! 2週間後の王宮でのエゼルバート第二皇子様の誕生パーティーだ! 」

「はい? 」

「んまあっ! お嬢様もとうとう!? 」

「そうだ! 」


メアリーが興奮した様子で立ち上がる。


「社交界でその美しさを知らしめるときがきたのでございますね!! 」

「そうだ!! 」

「ああ、お嬢様ならばその気品と美しさを持って会場中のいえ、皇子様達さえ虜にしてしまうこと間違いありませんわ! 」

「その通りだ!!! 」


メアリーとフィルセンが何やら燃えている。ラベンダーは話の展開に追いつけていなかった。頭の中で疑問符が飛び交っている。


「え、社交界って……え……? えええええええええっっ!? 」


故に時間差で反応してしまった。


だがよく考えてみれば不思議なことでもない。ラベンダーは今年で十七。社交界デビューにはむしろ遅すぎるくらいだが、メアリー曰くフィルセンのワガママで今まで先延ばしにされてきていたらしい。それを聞いてラベンダーは密かに憤慨したものだ。


(ちょっとお父様!? お父様のせいで私が嫁き遅れになったらどうしてくれるのよおおおお!! )


いろいろ突っ込みたいことはあったものの、ドレスの試着やアクセサリー、お化粧、ダンスのレッスンなど一気に予定が詰め込まれて忙しくなり、2週間はあっという間に過ぎていった。


そして今、ラベンダーは王宮に到着したところだ。


「うう……緊張する……」

「ははっ! 慣れてしまえばなんともなくなるよ。ラベンダーは色んな男に言い寄られるだろうから……ぐっ……うああああいやだあずっと私だけの可愛い娘でいてくれええええ!! 」

「落ち着いてくださいませ、お父様……」


ここまできてまだ往生際悪く可愛い娘を社交界デビューさせるのにためらいを見せる父にラベンダーはため息をつく。


親バカ込みの父の言葉は信用ならないのだ。いまさら社交界デビューだなんて……と陰口を叩かれるに決まっている。


ラベンダーはきゅっと唇を結んだ。先程から緊張しているのは王宮に行くことや社交界デビューに対してではなく、自分が周りに白い目で見られはしないか、という不安だ。

そんな不安の色を読み取ったのだろうか、ラベンダーの手を取り、フィルセンは静かに言った。


「大丈夫、君は綺麗だ。亡くなった妻、ジェレミアの美しさを確かに継いでいる。ジェレミアの美しいハニーブロンドに、薄いパープルの瞳。君は今日王宮に来る誰よりも美しいよ。誰も君を指差したりしない。ああ、私の可愛い娘を狙うけしからん男どもがいたらすぐに呼びなさい、私が蹴散らしてやるからね……」


ぱちんとウインクをして笑うフィルセンに、思わずラベンダーも笑顔になる。


「さて、では行こうか……」

「はい、お父様」


はじめての社交界でのエスコートは父親か、親戚に頼むのが通例だ。だからラベンダーも例に漏れずフィルセンにエスコートを頼んだのだが、忘れもしない。エスコートを頼んだとき、フィルセンは泣いて喜んでいて、ラベンダーは若干引いた。だがしかし、逆に父以外にエスコートしてもらいたいと思う人もいなかったので、結果的にはよかった。


差し出された手を握る。


「フィルセン・フィッツハーバート伯爵様、及び御息女、ラベンダー・フィッツハーバート伯爵令嬢様のご入場です——」


瞬間、会場が静まり返った。聞きなれない名前に皆が談笑をやめて振り返る。フィッツハーバート伯爵の息女といえば、伯爵が溺愛してやまないというハニーブロンドの『花園姫』ではないか。皆が二人の入場してくる階段に注目する。


少しして、美しい動作で階段を降りてくる二人。そしてはじめて直に見る『花園姫』に皆が息を呑んだ。


長くするりと指が通りそうなハニーブロンドに、淡い印象を持つ薄いパープルの瞳。透き通るように白い肌。対して赤い唇。


「美しい……」


誰かが思わず漏らした一言に、誰もが心の内に賛同した。


フィルセンに続いて、ラベンダーは国王陛下に挨拶をする。音を立てず流れるような所作で跪き、頭を垂れる。


「ご機嫌麗しく、帝国の太陽、国王陛下。お初にお目にかかりますフィルセン・フィッツハーバートが娘、ラベンダー・フィッツハーバートで御座います。この度は第二皇子、エゼルバート様の二十歳のお誕生日、まことにお祝い申し上げます。どうか王家の長い御繁栄をお祈り申し上げます」


凛としていてはっきりとした声がその場に響き渡る。国王への忠誠を誓う彼女の言葉は、彼女がただ大切に守られている人形のような人間ではなく、意志の強さを持った強い女性であると感じさせた。


その後一通りの招待客の挨拶が済み、どこからかワルツが流れ、王宮は賑やかな雰囲気に包まれた。


「では私は少し国王陛下と他の大臣と話してくるよ。ラベンダーもパーティーを楽しんで」

「はい、お父様」

「くれぐれも人気のない場所に連れ込まれたり、怪しい男について行ってはいけないよ」

「お父様ったら、ありえませんわ」

「あり得るさ」


即座に否定したら即座に真面目な顔で否定された。


あはは、と曖昧に笑って父を見送った後、辺りを見回していると、不意に声をかけられた。


「あの、『花園姫』」

「え? 」


振り返れば少し自分より年上くらいの男性が手を差し伸べてきた。


「私、シェーンエラ侯爵家の三男、リカルドと申します。どうか私と一曲、踊っていただけないでしょうか? 」


ラベンダーは心のうちで仰天した。まさか話したこともない男性からいきなりダンスを申し込まれるとは思わなかったのだ。

それに自分が『花園姫』と呼ばれているのも初耳だ。最初自分のことと思わずスルーしそうになってしまった。しかしダンスを申し込まれてしまった手前、断る理由もないのでラベンダーは素直に頷いた。


「私でよければ」


差し出された手を取り、ダンスホールに進む。軽快なワルツのリズムに合わせてステップを踏む。


リカルドは驚いたように、顔を赤らめて言った。


「ダンスがお上手で驚きました。ステップがとても軽い」

「まあ、本当ですか? 頑張って練習した甲斐がありましたわ」


これは本当だ。ぶっちゃけ自作の舞を毎日適当に暇潰しに踊っていたせいで体はすっかり鈍っていて、この二週間で鬼のようなレッスンを受けたのだ。あんなに燃えているメアリーは初めてだった……


「練習なさったのですか? 」

「もちろん、でなければ貴方とこうして踊れないでしょう? 」


きょとんとして言ったらリカルドは顔を真っ赤にした。会場の雰囲気に当てられて熱でも上がったのだろうか、大丈夫かと問いかけようとすると、丁度ワルツが終わり、リカルドは一礼して手を離した。


「素敵な時間をありがとうございました、『花園姫』、いえ、ラベンダー嬢」

「こちらこそ、楽しい時間を過ごせましたわ、リカルド様。では」


失礼します、と一礼してリカルドが去っていくのを見送ると、また声をかけられた。


「お美しい御令嬢、私ともダンスを踊っていただけないでしょうか? 」

「先程のダンスを見ておりました。とてもお上手なんですね、私とも是非一曲」

「『花園姫』、はじめまして私は……」


(えっ、えっ、ええええ〜〜〜!?)


どうやらダンスを申し込んでも断られないと踏んだ男性陣に次々とダンスを申し込まれてしまった。

パーティーが終盤に差し掛かる頃にはラベンダーは随分疲れてしまっていた。それまでダンスを踊っていた男性に一礼すると、足早にラベンダーは会場から離れたバルコニーに出た。


「はあ……1日にこんなにいっぱい踊ったのは初めてね……」


窮屈で歩きづらいヒールを脱ぎ捨て、裸足になる。メアリーがいたら仮にも伯爵令嬢がなんてはしたない、と怒るかもしれない。でも今はここには自分一人しかいないのだから構わないだろう、そう思った。


もう日は沈んでいて、夜空には美しい月が浮かんでいる。雲が少ない夜だったようで星が綺麗に見える。バルコニーの手すりに肘をついて星空を眺めていた。


「星空から降りてきた妖精のようだね」

「!? 」


ぱっと振り返るとそこには一人の男性がいた。暗さに目が慣れてきてその姿が見えた時、ラベンダーは息を呑んだ。


夜に紛れぬ銀髪。端正な顔立ち。その男性は美しかった。

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