希望への譚詩曲ー受け継がれる光ー Act-2
幼年学校に編入を終えたミハルが、偶の外出日に帰宅したのだが・・・
フェアリア皇国にも帝国主義の脅威が迫っていた。
隣国である軍事大国ロッソアが領土の割譲を求めて来たのは紛争地帯だけでは無かった。
フェアリアより先に半島の付け根に当たる小国パランドォーを懐柔し、大陸との陸路を遮断したのだ。
これにより輸送が海路だけに絞られたフェアリアは、著しく経済が混迷する事となった。
ここに至り、フェアリア皇国は平時の軍備を改める事となる。
時に、フェアリア歴・新皇紀175年の春の事だった・・・・
「一か月に2日しか・・・帰れないんだよマモル」
新しい制服を着たミハルが弟の頭を撫でる。
「寄宿って言ったって、皇都の中なんだから。面会したかったら行っても良いんだよね?」
撫でられたままマモルが訊いて来るのを。
「うーん、特に用が無ければ駄目かもしれないよ?
今迄面会に来られた方を観た事がないから、どうとか言えないんだよ?」
ミハルが公営の幼年学校に編入して、ひと月が経とうとしていた。
寄宿を始めて初めての帰宅許可が下りた日、ミハルは家に戻っていた。
「でも、良かったねミハル姉、すっかり元気になって!」
マモルは姉の事をずっと心配していたのか、
戻って来た姉の表情が昔みたいに朗らかに観えて喜んだのだった。
「そう?同室した娘が善い人でね。直ぐに仲良くなれたんだ」
にっこり笑う姉の顔には、少しだけ頬に赤みが差したのが伺える。
「へぇ、ミハル姉って・・・女の子が好きなんだ?」
「えっ?!そ、そ、そんな事ないわよ!アルミーアは良い人ってだけよ!」
明らかに動揺を浮かべ言い返してきたミハルに、マモルはぷっと吹き出した。
「そ、そんなことよりお母さんは?お父さんとまだ?」
家に帰っても休日なのに両親の姿が見えなかった寂しさをマモルに訴えるミハルが。
「お休みを返上してまで・・・忙しいのかな?」
悲しそうに訊いて来る。
「それなんだけど。どうやら軍の威圧が掛かって来てるみたいなんだ」
マモルの表情が曇る。
たった一か月で状況が急変した事を、何も知らなかった姉に伝えた。
「姉さんも少しは聞いてるかもしれないけど。
ロッソアが態度を硬化させて領土の割譲を迫ってきてるんだ。
軍は認めず、軍備の強化に乗り出して・・・
特に陸軍が、お父さんの研究に口を挟んでるようなんだよ」
心配そうにマモルが教えてくれた。
「それで?
お父さんやお母さんはどう言っていたの?
人を救う為の研究だって言っていたのに、軍に協力しなければいけなくなったの?」
マモルの心配がミハルに伝わる。
お父さんが一番嫌っていた事が、実際になって来た事に。
「それが・・・お父さんやお母さんは拒んだんだけど、
他の研究者達は、挙って協力してるみたいなんだ」
自分達は元々この国に産まれた訳では無い。
だが、他の研究者達はこの国で生まれ育って来た。
愛国心からなのか、それとも強制されての協力なのか。
「だから、お父さん達は肝心な研究を手渡さない為に研究室に籠っているんだって。
それを軍に悪用されないように見張っているんだって」
幼年学校に編入される少し前に聞いた事のある、父マコトの研究内容。
王女を救う為に開発しているとある機械について、こうもいっていた。
「お父さんが言っていた、あの機械の事?
魂を抜き出し、機械に納める・・・それが軍隊にどう関係があるんだろう?
それにお母さんも言っていたっけ、魂を抜き出すには闇の力が必要なんだって。
それも並外れた力が、例えるのなら大魔王級の魔力が必要なんだって・・・」
その意味が齎す答えを考えるが、結果などが解ろう筈も無かった。
「そうなんだ、だから今日も遅くまで帰って来れないと思うよ。
ミハル姉にはすまないと言っておいてくれって、父さんも言っていたんだ」
ミハルが悲しまないように、マモルは気を遣った。
本当は父も母もミハルには伝えないようにと、言っていたのに。
「うん、じゃあ・・・今日はマモルと二人っきりで過ごそうね。
久しぶりにお料理でもするから、マモルは何が食べたい?
私に作れるものなら何でも作るからね?」
吹っ切れたみたいに明るく振舞う姉の心を想い、マモルもミハルの軽口に乗る。
「そうだなぁー、じゃあミハル姉のオムレツが食べたいかなぁ?」
「うん、お任せあれ!」
笑い合う姉弟の顔を、春の陽が温かく彩らせていた。
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中央軍参謀本部。
此処には克て島田家を港まで迎えに出たヘスラー大佐が詰めていた。
「参謀次長、このままで良いのでありますか?」
黒縁の眼鏡をかけたヘスラーに、一人の青年将校が言い募る。
「早くしませんと、我々の計画が間に合わなくなる惧れが・・・」
焦燥感を滲ませる声が掛けられたのだが。
「そんな事は分っておる。真総統も急がれておられる事だからな」
ヘスラーは将校に対し尊大な態度で応える。
「では?いつ決行なされるのですか?」
了解していると告げられた将校が、ヘスラーに訊ねる。
「今は時期尚早なのだ、先ずは保険をかけておかねばならん。
ギャガンを派遣出来たのであろうな、ファブリットの学園に?」
「はっ!滞りなく。今頃は試験官として勤務しておると思われます」
即座に答えた将校に頷いたヘスラーの眼が、ニヤリと笑った。
「ミハルは馴染んで来ておりますでしょうか?」
白髪の軍人教頭に父であるマコトが訊ねた。
「はい・・・と、言いたい処ですが、まだひと月ですのでな。
馴染んで来てはいるようなのですが・・・大人しい娘なので」
ファブリットは正直に状況を掻い摘んで報告する。
「そうですか、昔は活発な娘でしたが・・・
前の学校で受けた扱いが抜けきってはいないのでしょう」
我が子が苛めに遭い、心に受けた傷が後をひいてしまっているのだと教える。
「そうかもしれませんが、我が校においては心配なさらず。
私がこの学園に居る限り、誓って眼をかけておきますので」
旧交のある友の娘だという事を差し引いても、眼鏡に違うような真似はしないと誓ってくれた。
「感謝申し上げます、ファブリット閣下。宜しくご指導賜りますよう・・・」
謝意を告げたマコトが、訪問した学園から帰ろうと校庭を歩いていた時。
「あ、あの子は?もしや・・・リーン王女ではないのか?!」
駿麗な姿で金髪を靡かせて歩いて行く娘に眼を採られた。
自分が救わんとしている娘に瓜二つの娘を目にして立ち止まった。
「あの娘が、話に訊いた影。
皇王が皇位を贈らんと欲する第4皇女・・・リーン・F・マーガネットでは?」
マコトは漏れ聞いていたリーンの身代わりである娘の事を見詰めた。
同じ名、同じ容姿。
確かに自分の研究所に存在する娘と全く同じ容姿にも観える。
「もし、生命維持装置の中に居る娘が飛び出して来たら。
あの娘と同じように歩いているのだろうな・・・」
すれ違っていく金髪の娘を見詰めてそう思った。
「だからこそ・・・救い出さねばならない。
あの娘を・・・この娘と同じ、陽の当たる場所へと戻してあげねばならない」
救うべき娘と同じ名を名乗っているであろう娘を見送って、マモルは踵を返した。
研究所では係の者達が状況を見詰めていた。
白衣を纏ったマコトが輪に入ると。
「お帰りなさいませプロフェッサー島田。今は落ち着かれています」
キュリアが振り返って迎えてくれた。
「キュリア君、君はもう看護学生に再雇用されただろうに」
春から自分の身の振り方を決め直したキュリアが、此処に居る事を訝しむと。
「はい、でも今日は休日ですので。最後のお手伝いに寄らせて頂いております」
微笑んだキュリアが答える。
「そうだったな、今日は日曜日だったな・・・」
微笑まれたマコトの視線の先にあるのは生命維持装置に囲まれた娘の姿。
初めて目にした時よりずっと大人になった娘の姿。
長い金髪のリーン皇女の眠り続ける姿だった。
「間も無く・・・時は満ちる。
間も無くだよ・・・ミユキ・・・」
リーンの眠る傍にある付属の機械に座り、目を閉じている妻に語り掛ける。
「約束の時だ・・・もう直ぐ・・・終わるんだよミユキ」
マコトの呟きが届いたのか。
ミユキが薄く瞼を開ける。
「やっと・・・解放される。
君を運命から解き放つ時が来るんだ」
開かれた瞼の奥に見えたのは・・・黒く澱んだ闇の色。
ミユキの身体に宿った悪魔の色が見て取れた・・・
ミユキはリーンを救う為に賭けに出ていた。
自らを闇に貶めることに因り、闇の力を発動させようと試みたのだ。
それは自らを貶めてでも成し遂げたいと願ったから。
そう。
もう、希望は託せたのだから。
魔砲の宝珠は娘に手渡せたのだから・・・
次回 希望への譚詩曲ー受け継がれる光ー Act-3
君が最期に願うのは?!時は今、終止符を打つべき時!
君はラストに何を観る?!




