黄昏の時代に Act5
朗らかに・・・笑顔で手を振るミユキを見送った。
仲間の女子隊員達の元へ帰って行く姿を。
黒い髪を紅いリボンでポニーテールに結い上げたミユキ。
何度も振り返ってマコトに手を振る女の子。
「そうだよなぁ、ミユキさんは女子だものなぁ・・・」
マコトは走り去る女子隊員の姿に、ぼけっと見とれていた。
「僕にお弁当を造るんだと息巻いていたけど・・・本当にくるのだろうか?」
軍隊の中にある者が、勝手な事を許される筈もないと思う。
だから、ミユキがあのように言っていても、来る事は出来ないだろうと考えた。
「まぁ、逢えただけでも奇跡の様なものだから・・・
また・・・逢えるだろうし、女性部隊がここに駐屯している間は」
もしも逢いに来れなくても、こちらから出向けばいいさ・・・そう単純に考えていた。
手を振り駆け戻って行った後ろ姿に、マコトは少しだけ・・・女性らしさを感じてしまった。
「さて・・・と、心もリフレッシュ出来たし。頑張るか!」
両手をあげて背伸びすると、
「ああ、不思議だな。彼女に逢えただけで身体が嘘のように軽くなった気がする!」
まるで魔法でも掛けられたのかと思える程、心身ともに癒されたと感じた。
「ああ、そういえば。ミユキさんは神官巫女で魔法使いだと言っていたなぁ」
この時、マコトは気が付くべきだった。
彼女が現れた訳を、深く追求するべきだったのかもしれない・・・
呉の港に夕闇が訪れた。
軍港近くに建設された特別な区画。
そこには陸海軍合同の研究所が設けられていた。
何を造っているのか、何を試験しているのか。
内情を漏らさぬ為、警戒は常に厳しい筈だった・・・のだが。
「マーコト様ぁ!ご休息されませんか?」
突然誰も残っていない研究室に、ミユキの声が響く。
「うわっ?!本当に現れた!」
実験を監視していたマコトも叫んで応じてしまう。
「まぁっ、幽霊みたいに・・・あ。驚かせてしまいましたの?」
「ま、まぁ・・・ね?」
キョトンと見詰めるミユキに、困ったような顔で肯定すると。
「あああっ、ごめんなさい!申し訳ございませんっ!」
ミユキらしいと言えばそれまでなのだが。
この娘には悪気なんてありっこないと分るから。
「いや、僕のほうこそ。ミユキさんが来てくれるなんて・・・驚くというより。
本当に約束を守る娘なんだなぁって、感心したんだ。
それに・・・それを造って持って来てくれたんだろう?嬉しいよ」
ミユキの手には、大きな風呂敷とポットが持たれていたから。
「(ぱああぁっ)はいぃっ!お約束いたしましたから!」
嬉しいと告げられたミユキの顔が華開く。
そういったミユキが手近な机を探すと、
「あの、そこに置いても宜しゅうございますでしょうか?」
手に捧げ持った風呂敷とポットを差し出した。
重たかったのだろうと感じたマコトが慌てて促す様に。
「ごめんっ、気が利かなくて!」
机の上に散乱した書類を片付け始めた。
「と、と、と、トンでもありませんっ。私が急に現れたからっ!」
慌てふためくミユキに笑い掛け、マコトが机に置く様に眼で勧める。
「あ・・・はい」
マコトの笑みに頷いたミユキが風呂敷を机に置こうとした時、何気なしにマコトが受け取ろうとする。
風呂敷を持ったミユキの手と、マコトの手が触れ合った。
「///////(真っ赤)」
ビクンっと身体を固くしたミユキの顔が赤く染まる。
「うん?どうかしたのミユキさん?」
手と手が触れただけなのに、ミユキの手が停まってしまった。
真っ赤になった顔を背けて・・・震える手で風呂敷を持ったまま。
「・・・?」
固まったミユキからポットを取り、続いて風呂敷を受け取ろうとする。
捧げ持ったままのミユキの手に、またマコトの手が触れると。
固まったままのミユキが小さく叫んだ。
「・・・にゃぁ・・・マコト様のお手てがぁ・・・」
全く男性に耐性が無いのか・・・それとも?
マコトに風呂敷を手渡し・・・というか、掴み取られた姿のまま固まっている。
「どうかしたの、ミユキさん?風呂敷を開いても良い?」
机に載せた風呂敷を指差したマコトの声で、やっとのことミユキが我に返ると。
「あ、あああっ、私がやりますので!
マコト様はお座りになられて、お待ちくださいませぇっ!」
真っ赤な顔のまま、慌てて風呂敷から3段お重箱を取り出した。
傍目で観ても立派な重箱から現れ出たのは。
「あの、お口に合いますか・・・分かりませんが。
お好きな物だけでもお召し上がり下さいませ・・・」
3段重ねの重箱から現れたのは、目にも艶やかな料理の山。
まるでお節料理の様な、まるで割烹料亭が仕出ししたかのような・・・
「これ・・・ミユキさんが?
もしかして手作り?こんな短時間で?」
目を丸くしたマコトに、微笑んだミユキが。
「はい・・・急ぎましたのでこれだけしか。
明日はもう少し手の込んだ物でも・・・お気に召しませんでしたの?」
少し心配そうな表情を作って、上目使いに訊いて来る。
「お気に召さないも何も・・・凄いよ、これだけ作れるなんて?!」
豪華な重箱に相応しい艶やかな料理が、ミユキ手作りだと解った。
まるで化かされたのかと思える程の見た目。
品数としても申し分ない。
一の重には車エビの焼き物。だし巻き、きんぴらゴボウ、お麩菓子。
二の重に光るのはブリの照り焼き、焼き若鳥、酢の物、煮つけの蛤。
三の重には、広島特産の牡蠣を使ったみそ和え田楽、いかなごのくぎ煮、鯛のしぐれ煮・・・
全てのお重は、彩りよく並べられて食欲をそそる工夫が見て取れた。
あまりの立派さに、手を出しかねそうだなっと思える程。
「さぁ、お召し上がりくださいませ。マコト様」
ポットからお茶を注ぎコップを置いたミユキの顔は、どこか不安と期待の交った複雑な表情にも思えた。
見た目の凄さより、味が合うのだろうか。
もしも不味そうな顔にでもなれば、ミユキがどれ程悲しむのだろう。
そう考えてしまったマコトは、箸を持ちあげて熟考してしまった。
「あ・・・美味しそうに観えませんか?」
気が付けばミユキの表情が曇りそうだった。
「そんなことはないよ、目移りして箸をどれから着けようかと迷ったんだ」
確かに。嘘ではない・・・が。
「じゃぁ、だし巻きから・・・いただきます!」
だし巻き卵・・・マコトの選択や、如何に?
卵料理程、巧い下手の出る物はないというのに・・・
ミユキは、料理についての知識が豊富なのか。
マコトが一番最初に手を付けたのが卵料理だった事で、思わず身構えてしまった。
マコトのお箸がだし巻きに着く、縦割りに割って持ち上げられる。
箸に載せられた出汁巻き卵がマコトの口の中へと消える。
ミユキには一瞬の事が何時間にも思えていたのだろうか?
硬く身を固め、マコトの一挙手一投足を見詰める。
マコトは黙ったまま。
ミユキも唯、マコトに何を言われるのかと待ち構えるだけ。
二人の間に、数秒の沈黙が過ぎ行き・・・
「ミユキさん・・・・」
「はっ、はいいいいいぃっ?!」
名を呼ばれたミユキが耐えかねたのか、下を向いて答えると。
「美味しいよ、そんじょそこ等の料亭なんか眼じゃない程だよ!」
「/////////////(真っ赤っ赤)」
マコトの褒め文句に顔を紅く染めて俯くミユキに、
「ミユキさんは良いお嫁さんに成れるね?」
料理の腕を褒めたつもりだったのだが。
「そっ、そそそ、そんなぁ、お嫁さんだなんてぇ!」
何を想い違いしたのか、ミユキは真っ赤な顔を向けて眼を廻していた。
「?どうかしたのミユキさん?」
叫ばれたマコトが困ったように小首を傾げて訊き返すと。
「あ・・・?あああああああっ、私ってお馬鹿さんですっ!」
頭から湯気を噴き出して言い繕ってきた。
「あはははっ、ミユキさんって面白い子だね?」
マコトに一笑されたミユキは増々恥ずかしそうに身を捩っていた。
「それじゃあ、今度はこれを頂こうかな?」
箸を着け出したマコトに、ミユキが恥じらいながらも嬉しそうに微笑み返して来る。
二人はまるで恋人の様な時間を過ごした。
「そうだ、ミユキさん。訊いても良いかな?」
箸を停めたマコトが訊ねた。
「はい、私に答えられる事なら」
屈託のない笑顔で応じるミユキに、
「ミユキさんはどんな部隊に所属しているの?
女の子ばかりに観えたんだけど、女子専門の部隊なの?」
昼間に観た女子達について訊いてみると。
「ええ、そうなのです。
女子にしか扱えない武器を受領する為に。
私の所属する部隊にしか出来ない事らしいのです」
女性にしか扱えない武器。
そんな物が此処に在るとすれば・・・
「まさかとは思うんだけど。
ミユキさんの部隊って・・・みんな?」
言葉の端に、自分が行っている実験を匂わせる。
魔法と機械の融合・・・つまり。
「そうです、みんな各地から寄せ集められた魔法使いなのです」
魔法使い・・・未だに信じる者が少ないというのに。
自分が魔法を使えるなんて思いもしないであろうに・・・
自らが魔法使いと知る女の子達が集わされたというのか?
どうやって魔法使いなのだと判ったのであろう?
マコトは自分が行っている実験とミユキ達少女との因果関係を想い計る。
その結論は・・・
「ミユキさん、どうして軍になんかに入ってしまったの?!
魔法使いが僕の所属している工廠に来させられた理由を知ってるの?!」
思わずミユキに教えてしまいそうになる。
魔法と機械が融合した暁には、恐るべき結末が待っているのだと。
「マコト様?」
真剣な顔になって教えようとしているマコトに、純朴な少女の表情が影を差した。
ミユキはどうしてマコトに尽くそうとするのか?
その訳は・・・その内に。
さて、魔鋼機械を実験するには誰かが試験台にならないと・・・
もう此処まで話せば・・・判りますよね?
次回 黄昏の時代に Act6
君は何を望んで此処にいる?何が目的で此処に来た?