フェアリア皇国 Act-5
フェアリアへとやってきた島田家。
まだ、何もかもが幸せだった頃・・・
フェアリア皇国・・・
此処は北欧に位置し、長く突き出た半島の国。
古くから優秀なる鉄鉱石を産出し、海外に輸出して外貨を稼いでいた。
鉄の文化が広められ、フェアリアの利権を狙う者達が何度も攻め込もうとしたが。
「その度毎に、リイン王女が率いる皇国軍が撃退したの・・・」
「すぅーすぅー・・・・」
絵本の伝説を読み終えた頃には、もう寝息をたてていた。
「寝ちゃった?・・・マコトったら」
暗くなった部屋から出て来たミユキを迎えたミハルが訊く。
「うん、ぐっすりね。ミハルはまだお勉強なの?」
学年で2つ上のミハルは11歳をフェアリアで迎えようとしていた。
「うん、どうしても覚えられない事があって・・・くっしゅん!」
半島の国に冬が訪れようとしていた。
暖房が行き届いているのだが、却って慣れないミハル達には体温調節が巧くいっていないようで。
「あら?風邪でもひいたのかしら?大丈夫ミハル?」
「大丈夫大丈夫!お母さんは心配性さんなんだから!」
そう答えたミハルの頬は、熱でもあるかのように赤くなっていた。
机に向かっているミハルの眼がどうみても熱があるように観えたミユキが。
「もうっ!熱があるわ。勉強は明日からにして、今日はもう寝なさい!」
おでこに手を当てると、直ぐに風邪だと判断する。
「だってぇーっ、寝る前に覚えないとぉー!」
机から引き離したミユキが無理やりベットまで連れて行き。
「こんなに熱があるのに、勉強したって頭に入らないでしょ?
さぁ、今日はもう休むの。しっかり治してから頑張りなさい」
布団をかけてやりながら、ふて腐るミハルを嗜めたのだが。
「じゃーぁっ、お母さんが早く良くなるおまじないをしてくれるのなら・・・寝ちゃう!」
甘えるミハルにため息を吐いて。
「仕方のないミハルねぇ。待ってて、髪飾りを着けて来るわ」
ダイニングにあるキャビネットから紫色の箱を取り出すと。
「蒼乃・・・あなたはどうしてるの?元気になってくれてるかしら?」
碧き魔法石が輝く髪飾りを左髪に着けて、昔を思い出す。
「この石をくれたあなたは、どう暮らしているかしら?」
一頻懐かしい思い出を蘇らせ、ミハルの元へ戻る。
「さぁて。風邪なんて一発で善くなっちゃうおまじないをしてあげるからね」
枕元まで来たミユキが左手を布団に翳し唱え始める。
「お母さん?綺麗な石だね、何のおまじないをしてくれるの?」
布団の中から見上げるミハルが訊いて来るのを。
「うふふ。内緒・・・とっても良く効くおまじないよ」
微笑みながら魔法の呪文を唱えだす。
「聖なる光を受け継ぎし、我の力を以って祓い清めん。
強き光を以って闇を祓わん。
大いなる力を以って、宿る闇を斬り祓わん・・・」
唱えられた呪文が<如来の石>を輝かせる。
魔法石から出る力が、左手からミハルの身体へと注がれる。
治癒魔法・・・魔砲の力を癒しの力に変換し、傷ついた者を回復させる。
「あれ?!なんだか熱い身体から熱が退いて行くような?」
幼い身体を回復させる魔法力。
ミユキの力が、未だ衰えてはいない証明。
「どう?ミハル。身体が軽くなったでしょう?」
風邪をひいていたミハルの身体から、悪い菌が消え去る。
それは闇に傷ついた者へ与えられる回復魔法と同じ効力とも云えた。
「うん、すごいね?お母さんはお医者様より凄いね?」
「そうかしら?ミハルも凄いのよ、魔法みたいに効いたのだから」
母娘は不思議な力に微笑んだ。
いつかは・・・いつの日にかは同じ力を手にするようになれると信じて。
フェアリアに来てから数か月が経った頃・・・
「嫌だぁーっ!お母さんの所に行くんだぁ!」
泣きながら訴える弟を宥めていたが、幼い姉の手ではどうにもならなくなってしまった。
「マモル!いい加減にしてよ。私の方が泣きたくなるじゃない!」
学校から連れ立って帰ると、両親は研究所に出払ってまだ帰宅していなかった。
弟マモルは慣れない言葉の壁に友達をなかなか作れず、ホームシックに罹ってしまったようで。
「お母さんに逢いたいよぉ!お父さんの処に行きたいよぉ!」
両親の職場に行くと泣き叫んで、ミハルを困らせていた。
「そんなこと言ったって。入らせて貰える訳がないじゃないの!」
これまでも何度かマモルが困らせていたのだが、今日は特に酷かった。
泣き喚くマモルに困り果てたミハルも涙ぐんでしまい、とうとう・・・
「マモルの馬鹿ぁっ!もう知らないからね!」
母ミユキの頼み、お姉ちゃんがマモルを護ってと云われていたのに、
「そんなマモルなんて勝手に泣いてたら善いのよ!」
どうしようもない淋しさに負けて、弟に辛い言葉を投げてしまった。
「お姉ちゃんが怒ったぁ!」
びっくりしたマモルが一段と大きな泣き声を張り上げた時。
「こらっ!マモル。お姉ちゃんに謝りなさい!」
ダイニングに飛び込んで来たミユキの声が二人を包んだ。
「あっ!お母さん!」
喜色を浮かべてミハルが振り返ると。
「ミハルも、そんなに怒らないであげなさい。
ごめんね二人共、寂しかったんだろう?」
マコトの声にマモルが飛び起きる。
「お父さん!お帰りなさい!」
飛び起きたマモルがマコトに抱き着いて。
「寂しくなんてないよ、寂しくなんて!」
空元気を出して必死にしがみ付いたマモルを抱きしめ。
「よしよし、マモルは男の子だもんな。偉いぞ!」
頭を撫でて褒めると。
「うん!うん!お父さんの子供だもん!」
嬉しそうにマコトを見上げた。
「ミハルも。善く辛抱してくれたな、偉いぞ!」
マコトの声を聞いたミハルが逆に堰を切ったように泣き出してしまう。
「うえええーんっ、寂しかったようお母さーん!」
「あらあら。しょうのない子」
ため息を吐くミユキもしっかりと我が娘を抱きしめて、微笑んだ。
共働きの島田家にとって、夜の間だけが家族水入らずの一時を過ごせる貴重な時間だった。
まだフェアリアという国に慣れない姉弟にとって、頼れるのは両親だけなのだから。
幼い子供が不憫な事だけが、二人の親にとって一番の心配だった。
だから時間が許す限りは、子供達と一緒に過ごそうと願っていた。
時には皇都内を散策し、子供達と過ごした。
「綺麗な髪飾り!」
「本当だね!お姉ちゃんも着けたらいいのに」
とある店に寄った時、姉弟は品物に目を輝かせていた。
「あらまぁ!お人形さんみたいなお子さんねぇ。
あなた達、旅行者なのかい?」
店の奥から出て来た小母さんに微笑んで。
「いえ、こちらに移住してきた者なのです」
ミユキがあいさつ代わりに応えると。
「そうなのかい?それじゃあお近づきに安くしとくよ」
ウィンクをして商品を勧めて来る。
「ねぇねぇ!これをお姉ちゃんに買ってあげてよ!」
マモルが指を差したのは、綺麗な蒼い石の付いた髪飾り。
ぱっと見ただけでマコトにもミユキにも、それが只ならぬ石だと分った。
「うーん、お姉ちゃんにはまだ早いな。もう少し大きくなってからだな」
「そうよ、ミハルにはまだ早いから。そうね・・・代わりにこれを買ってあげるわ」
ミユキが手にしたのは紅いリボン。
「ええーっ?!お姉ちゃんにはリボンなの?」
マモルが反対したのだが、ミハルの方はそのリボンが気に入ったのか。
「わぁっ!お母さんのリボンみたいで綺麗!買って!欲しい!」
ミユキから受け取ったミハルが喜んでお願いしてくる。
「そうか、お母さんと同じ色のリボンだからね。よしよし、買ってあげるよ」
財布を出したマコトが小母さんに支払いを済ますと。
「ねぇねぇ!僕には?」
自分にも何かが欲しいと強請るマモルに。
「そうねぇ・・・それじゃあマモルにはこれを・・・」
ミユキが手にしたのは。
「うわぁっ!お母さんありがとう!」
碧き石の付いたペンダント。
「おいおいミユキ、良いのかい?」
マコトにはそれが唯の石では無いと分っていた。
ペンダントに着いた石には、何かの紋章らしきものが観えたから。
「良いのよ、いずれミハルには私から渡すから。
マモルにはこの石を持っていて貰う事にするから」
ミユキからペンダントを手渡されたマモルがミハルと一緒に燥ぎだすと。
「はいはい、それじゃぁ帰るとしようか。小母さんどうもありがとう」
追加で支払ったマコトが帰宅を促す。
<魔法の店ラウン>と描かれたガラス戸を押し開いて夜の街へ出る。
燥ぐ我が子に微笑むミユキの肩を抱いて、
・・・幸せな時間を過ごせたと感謝を告げて帰途に着く。
そう。
幸せな時間を過ごせたのは、姉弟がまだ幼い時の話だった・・・・
ミユキとマモルがまだ幼い子を育てていた時。
そこにはまだ幸せな時間があった・・・
そう。
まだフェアリアの闇が迫って来る・・・前の話だった。
次回 フェアリア皇国 Act-6
君は自分に秘められた力を知らない・・・そう、まだ幼過ぎたのだ
今回はラウン小母さんが登場しましたね?!え?知らない?損なぁ?!




