フェアリア皇国 Act-2
緊迫した状況になってきた。
島田家に訪れる危機。
ミユキはどうすれば善いのか?
朝早くからバタバタとした一日の幕が開く。
もう慣れたとはいえ目の回るような日課の始り。
「ほら、学校の準備は?
お顔を洗って、歯を磨いて。
こらっマモル!いつまでお姉ちゃんの服を掴んでるの!」
朝食を並べながら、二人の子を観て心が和む。
「ミユキ、今日は研究発表の日だから遅くなるよ」
主人のマコトは早々と玄関口へ向かう。
「はい、御同僚の方々と久しぶりに羽根を伸ばして来られれば?
遅くなられても起きておきますから・・・ね?」
玄関まで見送りに来たミユキから鞄を受け取って、
「いや、久しぶりに羽根を伸ばすというより、それぞれの研究の事を訊きたいもんだ」
遊びに行く訳じゃないんだと、マコトが苦笑いを浮かべた。
見送るミユキの後ろからミハルとマモルの姉弟が走り寄り、
「ねぇねぇお父さん!お出かけするの?もしかしてお土産なんて持って帰って来る?」
「お父さんはお仕事なのっ!マモルはいっつも、お土産を強請るんだから!」
弟をたしなめる姉・・・というより。
「はいはい、期待しないで待ってるんだよ?なるべく早く帰るからね」
笑うマコトは、二人してお土産を欲しがっての作戦なのだと微笑ましく思えた。
「こらこら、あなたも。この子達の口車に乗せられちゃって」
にこにこ笑うマコトと子供達につられるように、ミユキもまた微笑んでいた。
「いってらっしゃーい!」
子供達とミユキに見送られて出勤するマコトが軽く手を振り家を出た。
「さてさて。今度は君達の番ですからね!」
尋常小学校に登校させる用意に執りかかろうと子供達を振り返るミユキだった・・・
そう。
それはいつもの光景。
普段と何も変わらない、幸せを感じる事もない。
いつも通りの<日常>の一コマだった。
子供が二人居る一家の主婦業は、朝早くから晩遅くまで毎日休める事もない。
忙しく日々を暮らしている内に、娘が産まれてから10年を迎えていた。
その日も特に代わり映えのない一日を過ごせると思っていた。
良く晴れた初夏の日差しが洗濯物を早々に乾かしてくれていた。
「はぁ、ホントこんな天気ばかりならお洗濯も苦にならないのに」
物干し竿に吊られた衣服の乾き具合を確かめて、片付けようと手に懸けた時。
「島田さん、速達ですよ!」
郵便配達員の呼ぶ声に手を停めた。
「はい、ご苦労様」
手渡しで受け取ったミユキが、差出人を観て首を捻る。
「あら、私宛?差出人は・・・三輪 蒼乃・・・えっ?!」
気が付いた時には封を切っていた。
最期に別れてからも何度か逢う事は出来たが、文通を交わす事なんて出来ないと思っていた。
それがこうして送られてくるなんて、感激を通り越して驚きとなった。
「えっ?!大事な用事があるから忍んできて欲しい?
場所はあの図書館?日時は・・・わぁっ!今日のお昼じゃないの!」
驚きが何回も重なる。
手紙を差し出したのにも驚かされたが、蒼乃から逢って話がしたいと求めて来た事も。
居ても経ってもいられなくなる。
振り仰いだ時計の針はもうお昼前を指していた。
「急がないと。蒼乃が待ってるんだ!」
若いころの様にとはいかないが、化粧をする手間も惜しみ服装だけを整えて玄関を飛び出した。
「蒼乃!久しぶりに逢えるんだね?蒼乃!」
心がときめく。
重要な話も気にはなるが、大切な人に再会出来ることが何よりも心を弾ませた。
三十路を過ぎても、二児の母と言えども、ミユキは少女のように心をトキメカセて走る。
あの図書館に。出会いと別れの図書館に・・・
___________
陸軍技術担当官である島田大佐は、目の前に座る少年に言葉を呑まされていた。
「どうですか?了承頂けないでしょうか?」
繰り返し叛意を翻す様に求めて来る。
「しかしそれは。私の一存では決めかねます。
本人にも納得いく説明をせねばならないのですから・・・」
マコトは銀髪の少年に頭を下げるよりは答えようが無かった。
「夫人の方には、それ相応の人物が説明に赴くとのことでした。
きっと今頃には、承諾を受けられておる筈ですがね。
あなたさえ了承して頂ければ、事は足ると思うのですがね?」
銀髪の少年は、言葉巧みに懐柔を試みて来る。
「条件はあなた方が望まれる通り、完治するまでの期間だけ。
そう、一時的な物になる筈ですが。何か問題でもあるのでしょうか?」
手を組んで机の上に置いた少年の眼がマコトを射抜く。
ー これが一国を代表するという事か。
少年とは言えど交渉術に長けるのは生まれ育った環境によるものなのか?
フェアリア公使カスターという少年がこれ程まで真摯に求める訳とは?
詳細を告げられた訳では無かった。
少年から知り得たのは、身分の高い少女の身体を治して貰いたいという事と、
ミユキを同伴して、いや。
家族全員を引連れて、国外移住せねばならない事。
尤も、ミユキはどうしても同伴させねばならないと言われたのが釈然とはしなかったが、
治療には絶大なる魔力が必要なのだと説明があったので。
「私よりも妻ミユキに用があるというのではないのですか?
魔法力が必要な治療というのは、一体何が目的というのですか?」
身分の高い少女を治療する為に魔力が必要というのが解せないのだが。
「いいえ、違うのですよ。
あなたが魔法力を使い、王女を救うのです。
あなたが研究なさっている魔鋼機械を使ってね」
俯いたカスターがマコトを見上げて答える。
「島田魔鋼戦車隊の情報は我が国でも掴んでいますからね。
あなたが今、研究なさっているとある機械についても・・・ですよ?」
銀髪の少年から漏れた言葉に耳を疑った。
軍内でさえも極秘に進められている魔鋼機械の情報を、他国の情報機関が知っている事に。
「あなた方日の本皇国は、その兵器を何に使われるおつもりなのか?
世界を我が手に握らんと欲するのか、それとも何かに懼れて開発しているのか?
僕達には解らない・・・悪魔の兵器を造る意味が」
思わず立ち上がり少年の蒼い目を見返してしまった。
「どこまで・・・情報を掴まれているのですか?」
訊き返す事しか出来なかった。
少年の眼に宿る疑いの眼差しに、言葉を失くして。
「いいえ、僕達にはこれと言った事は。
唯、あなたの研究している事が世界にどう影響を与えるのか・・・
それを知りたいだけなのですよ、実際に使えばどうなるのかを・・・ね?」
カスターという少年の恐ろしさが、魔法を研究する者を捕らえた。
この銀髪の少年は、魔鋼の力が世界に与える変化を求めてもいるのだと。
「魔鋼の弾は・・・喩えて言うのなら極大魔鋼弾とでも言える物ですが。
あの実験はまだ行えるものではないのです。魔法の力を持つ者を犠牲にする。
そのような実験は行う事なんて出来ないのですから。
誰も、何人さえも行ってはいけないのですから・・・」
「そうですか?それでは貴国で駄目なのなら・・・
我がフェアリアにて執り行えば良いではないじゃないですか?」
ー 悪魔だ・・・カスターという少年は悪魔に魅入られている?!
魔法使いと言え、命を取り上げる事になにも考えないというのか。
マコトはカスターという公使の後ろに居る者を観たような気がした。
「島田技術官、例えばの話ですからね。
僕が言いたい事はどんな手を使ってでもリーンを。
王女の目覚めを求めての話なのですよ。
どんなやり方でも、どんな犠牲を払おうとも。
必ず王女を救い出したいと・・・僕等の望みはそれだけなのです」
一人の王女を救う為には、犠牲を垣間見ないという。
喪われる命との差は何処にあるというのか?
マコトは真剣に願って来る少年の一途な想いには共感できたが。
「もし、極大魔鋼弾のシステムが必要と思われるのなら、その理由をお聞かせ願いたい。
フェアリア皇国にとってそれほど重要なお姫様なのなら、
どうしてそのような事態になったのかと併せて、包み隠さずに教えて貰いたい」
共感は出来たが、意味する処がまだ釈然としない。
マコトを見詰めたカスターの口が開いたのは、数分の後だった。
「今は申し上げられませんが、王女は悪魔に魅入られてしまったのです。
古から伝わる眠り姫の様に、誰かが目覚めの時を与えるまで。
何年も、何十年も眠り続ける事になるかも知れないのです。
西洋医療では無理でした、我が国も魔法術でも。
救いを求めたのは、あなた方魔法大国でもある日の本。
そして我々は知りました、希望の御子が存在している事に。
あなたとあなたの妻を知る事になったのです・・・」
一区切りしたカスターの口が、戸惑う様に言葉を切った。
それを口に出しても良いのかと、逡巡するかのように。
「島田・・・美雪。
かつて島田戦車隊に属し、無敵の要塞を打ち破った魔砲の魔女。
魔法を使う魔女にして、魔法の機械を使役する騎士。
我が国では魔鋼騎と呼ばれた魔女の最高位でもある御使い。
そして、我々が欲しているのは希望の御子とも呼ばれた魔砲使いミユキ。
女神を宿したと云われるミユキと、あなたの魔鋼技術を求めるのです。
王女リーンを闇から救い出す為、女神の力を使って貰いたいのです」
マコトはカスターという少年の知り得た事に、戸惑いすら感じなくなった。
最早、この少年が何と闘っているかが解り得たような気がしたから。
「カスター公使、あなたが今言われた事は。
悪魔と神との闘いにも等しいのではないでしょうか?
魔に捕らえられた王女を、僕達夫婦に助けろと言われたのではないのですか?」
頷く少年に、続けて教えるのは。
「あなたが今言われた。
ミユキに女神が宿っていると。
もし本当にそうだとすれば、悪魔は女神を求めないのでしょうか?
人質を採った利を活かし、女神を我が物に為そうとしませんか?」
人質の代わりに女神を差し出すような事にはならないのかと。
それが狙いなのではないのかと。
「お答えできるのは、人質交換など考えもしないという事だけ。
助け出せるのならどのような方策も厭わないのは事実ですが。
悪魔と交渉するなどは無駄と思います。
なぜなら悪魔は交渉など応じないでしょう。
いや、交渉するに見せかけ、裏切るのは古から常套手段として聞き及んでますから」
あっさりと答えられてしまった。
やはり、この少年は一筋縄とはいかない。
唯、真摯な瞳に湛えられているのは何かを憂う光。
「最期に。
フェアリア皇国とは、どのような国なのですか?
悪魔が居るような国なら、闇に覆われた国なのではないのですか?」
マコトは気持ちを整理する為にも、少年の言葉を待った。
「いいえ、我がフェアリアはその名の通り。
妖精や神が居られる神話の国です、昔から悪魔と神が争われる舞台。
あなた方日の本皇国にも似て、穏やかな良い国ですよ。
そして・・・我々にも与えられる事になるのです、<希望>を。
あなた方ご夫妻の手に因って・・・ね」
返された言葉に偽りは感じられない。
彼の国へ赴き、彼の国を救う手立てになれば。
それはミユキの運命にも影響を及ぼす。
人類の未来を託されたミユキという鍵に、どう影響するのか。
マコトの決心を感じたカスターが立ち上がり、手を差し出す。
躊躇い気味に握り返したマコトに、カスターが一言付け加えた。
「あなた方はこの世界を造り替えることになる。
いいや、魔砲の世界を造った創造主に立ち向かえる希望。
希望の女神を、我々フェアリアに授ける事になるでしょう」
この時の言葉は、マコトの脳裏に長く残る事になる。
希望の女神・・・思い出しては、それが誰を意味しているのかを考える時に。
図書館には珍しく誰も居なかった。
丁度お昼の時間と重なったのかと思ったが。
「蒼乃?!もう来てるの?」
久しぶりにその人の名を呼んでみた。
「私よ、ミユキよ?」
自分が変わり過ぎて判らないのかと思った。
野に下り、二児の母親になったから。
神官巫女だったころの面影など、微塵の無いと思ったから。
「呼ばなくても判るわ。
少し落ち着いたみたいだけど、変わらないわねミユキは・・・」
書棚の陰から声が掛けられる。
懐かしい声は、以前より幾分か低くなっている気がした。
「蒼乃?!どうかしたの、急に呼び出したりして?」
声の掛けられた方に歩み寄ろうとしたミユキへ、
「駄目よミユキ、来ないで。私を観ないで」
書棚の陰に居るであろう蒼乃は傍へ寄る事を拒んで来る。
「え?!何故?どうして観てはいけないの?
傍に寄ってはいけないの?」
愛し合っていると思いたかった。
今も変わらず信じているのに・・・
「ミユキとは違って、私は老いたの。
国を司れば心まで汚れてしまうの、そんな顔を見せられないの・・・」
それが本当なら、どうして呼び出したというのか。
会って話したいのはどんな理由なのかと。
「蒼乃、私は蒼乃が老いても何も変わらいわ。いつまででも愛しているから。
蒼乃が気にする必要なんてないのよ?
それに呼び出すなんてよっぽどの事があったのでしょう?」
構わず蒼乃のいる方に歩み寄る。
「ミユキ・・・ありがとう。
とっても大事な話なの、直に話さねばならないと思ったのよ」
陰に隠れていた蒼乃に寄り、フードで隠している顔を覗き込む。
「?!・・・蒼乃?」
そこには憔悴しきった宮のやつれ果てた顔があった。
「ど、どうしたのっ?何があったの?!」
落ちくぼんだ瞳の中に、何か触れてはいけないモノを感じ取ったミユキは後退ってしまった・・・
「ミユキ・・・私はとんでもない事を承諾してしまったの。
ミユキにとって、あなたの家族にとっても・・・」
まるで別人となってしまったかのような三輪の宮がそこに居た。
「ミユキと・・・家族を手放してしまった・・・私という愚か者は。
日の本から・・・遠く離れた闇の国へ。
拒み切れなかった、断れなかったの。
女神を呼び覚ます為だと言われたのに・・・ごめんなさい」
蒼乃からとうとう来るべき時が訪れたと告げられた。
月の住人が話した約束の日が訪れてしまったのだと・・・告げられてしまった。
マコトはカスターの誘いを断らなかった。
あえて火中の栗を拾いにいくというのか?
一方ミユキは蒼乃言葉に絶句していた。
いよいよフェアリアの闇が迫っていた・・・
次回 フェアリア皇国 Act-3
君は彼の国へ向えるのか?大切な人を置き去りにして・・・




