希望の御子 Act-5
宴を早々に辞去し、夕闇が迫る道をひた走る。
待たせている彼女の元へ、図書館へと。
宮中での晩餐会を辞去する前に賜った、手荷物を大事そうに抱え込んで。
「もうこんな時間になっちまった!
ミユキ・・・怒ってるかな?待ちくたびれちゃってるだろうな?」
自分が待っていてと頼んだから。
素直なミユキの事だから、きっと離れずに待ってくれている。
「急いで行かないと。ミユキの悲しむ顔が眼に浮かぶよ」
息を切り、全力で駈ける。
もう直ぐ・・・視界に図書館が観えて来る。
もう直ぐ、ミユキに伝えられる。
手に捧げ持つ褒賞を渡す事が出来るのだと。
夕日が差し込む図書館で。
ミユキは蒼乃の姿をした別人の前で崩れ落ちた。
「あ・・・あああ。私、私が・・・人じゃないって?
造られし者だって言うの?機械によって作られた人形だというの?」
信じられず、自分の手を見詰める。
「正確には違う。あなたの思っている人形ではない。
この世界自体が機械によって創造された物なのだから。
ミユキは悪魔の機械に因って仕組まれた、殲滅の鍵を握る者として生み出された。
世界のどこかに居る審判の女神を呼び覚ます為の道具として生み出されたの。
1000年に一度、審判の時を迎える世界。
繰り返される破滅と再生の為に、あなたは生み出されたの」
蒼乃の口から告げられたのは、人類の終末の時が間も無く訪れる。
その破滅の引き金が自分に在るという事。
「私の記憶には、確かに育ての親しか存在しない。
どれほど思い出そうとしても、両親に訊いても教えて貰えなかった。
捨て子だったという事さえ教えて貰えなかった」
ミユキは過去を振り返り、自分がどこの誰であるのかさえ分からないと思った。
記憶に在るのは神社の巫女となった幼き日。
父母に厳しく育てられてきた自分が、捨て子だったなんて考えもしなかった。
「ミユキ、あなたは捨て子じゃないの。
捨て子なら親がいる筈よ、産んだ親が。
でも、あなたは機械に因って生み出されたの。
クローン・・・って、知らないでしょうけど。
あなたは数千年前に死んだ人間の遺伝子から生み出されたの。
この地球という星が本当に滅んだ時に、死んだ娘の遺伝子から生み出されたの」
― 死んだ者から生み出された?
ミユキは混乱する。
死んだ者が甦れる訳がないから・・・と。
だが、月の住人ミハルは言う。
「理解不能って顔ね。
いいわ、本当の事を話してあげる。
この世界は造り物なの、我々生き残った人類によって実験台として造られたの。
世界を破滅に導いた戦争というモノを、人類は破棄できるのかという実験の為。
1000年に一度、造られた人類に審判が下される。
1000年間眠りに就いた殲滅の機械が発動するかどうかは、
審判の女神と呼ばれる者によって決まるの。
女神が己が眼で観た出来事により、殲滅の機械は発動する・・・
人間が戦争を放棄できたかどうか、同じ歴史を歩もうとしていないか。
ミユキ・・・あなたはその女神を呼び覚ます鍵なの」
聴いていたが・・・
教えられたのだが、信じる事は出来ずにいた。
「私が・・・女神を呼び覚ますの?
人間を滅ぼす事になるの?それが本当ならマコトは?蒼乃は?
みんな、みんなの命を奪い去る事になるの?」
告げられた言葉が、心に闇を差し込む。
呼び覚ました女神はきっと人類を消滅させる機械を発動させてしまうだろう。
そう・・・自分も戦争に赴いてきたのだから。
もし、女神を呼び覚ます事になったとして、人類が戦争を捨てられていない今。
間違いなく訪れるのは・・・人類の殲滅。
「もう一度訊きたい。
あなたは私の事を女神を呼び覚ます鍵だと言った。
・・・造られた人形とも。
もし・・・私が居なくなれば、女神は蘇らないの?」
ミユキの心に愛する人の顔が浮かぶ。
蒼乃、マコト・・・戦友たち。
そのどれもが愛おしく思えて・・・
「私が居なくなれば、人類は審判を受けずに済むのなら。
私は自分の命を絶つわ。そうすれば・・・審判は下されない筈?」
自らの消滅の代わりに、皆を救わんと思った。
月の住人が言う事が間違いないのならば。
「ミユキ、残念だけど。
あなたが喪われても、この世界のどこかに居るという審判の女神は蘇る。
鍵という者が喪われたとしても。
鍵が無ければどうする?無理やりこじ開けられてしまうのよ?
その場合、確実に世界は滅ぶ。
ミユキが鍵として存在しなくなれば、人類には確実な破滅しか残されないの」
生きていても破滅。
死んでも破滅。
教えられたのは死の宣告にも等しい事。
唯、生きている間にどれだけ幸せでいられるか。
そこには生きるという希望が残されていた。
「ねぇ、どれくらいの時があるの?
1000年毎に訪れる、審判の時までは?」
ミユキが月の住人ミハルに訊いた。
「・・・ちょうど18年。
今より18年後に・・・審判の時が来るわ」
教えられた残り時間を噛み締めて。
「私がこのまま生きていられれば、残り18年で何が出来る?
その時までに何をすればいいの?
数え38歳になるまでに、何が出来るというの?!」
「愛すべき人と伴に生き、愛する人の為に生きるの。
それがあなたという鍵が為すべき事。
いいえ、人間としてこの世界に産まれたミユキの為すべき事」
髪色がゆっくり黒髪へと戻って行く。
碧き瞳も、鳶色へと戻って行く。
「最期にミユキへ頼んでおくわ。
私に出会った事は秘密・・・心の中に仕舞っておいて。
悲しくとも辛くとも、あなたは生きていかなければいけない。
ミユキ・・・あなたには希望を産んで貰いたいの。
私が眠る場所を・・・育てて貰いたいの」
蒼乃に戻って行く時、月の住人が頼んだ。
「待って!あなたが眠る場所って?希望を産むって?
教えて!教えなさいよ!」
点滅を繰り返し、消えて行く碧き光。
書棚の陰でも光は静かに消え、古き書物に宿った者も去って行った。
まるで、何か重要な鍵を知ったかのように。
「私・・・私は。
このままで良いの?」
呆然と蒼乃に呟く。
瞳はもう綺麗な鳶色となって、蒼乃に戻っているのが解った。
「蒼乃・・・気付いているの?」
蒼乃の眼から涙が零れ落ちる。
「ええ、ミユキ。
辛いでしょうに・・・悲しいでしょうに」
蒼乃がミユキの肩を抱いて慰めようとすると。
「ううん、大丈夫だよ蒼乃。
まだ18年もあるのだから。
その間はきっと・・・きっと幸せになれるから」
反対にミユキの方が蒼乃に言った。
「蒼乃の方こそ。宮様なのだから、辛いでしょう?」
2年間、ずっと共に暮らした二人の間には。
もう別れの時が訪れていた。
蒼乃が決断を下し、ミユキが従った。
「私?私も・・・その内良い男が現れるでしょーね?!」
涙を拭いた蒼乃がミユキから離れて。
「でもねミユキ。私はいつまでもあなたを愛しているから。
どんな時代になっても、どれだけ離れたとしても・・・
必ずピンチになったら助けを贈るから。
ミユキにだけは苦しみを味合わせないから・・・」
微笑んだ蒼乃が言い切った。
「私も。蒼乃の身に異変が起これば、どんな時でも救いに来る。
蒼乃にだけは辛い思いをさせたくないから・・・ね?!」
二人が約束を交わした時、暗くなった正面扉が開いて飛び込んで来た人がいた。
手に捧げ持った鞄を差し出し、大き目な声で訊ねた。
「ミユキ!居るだろ?!遅くなってごめんよ!」
マコトの謝る声が図書館中に響き渡った。
どうやらミユキは自分に秘められた事実を受け入れた。
自分に課せられた運命に立ち向かう事に決めたようです。
残された時は18年・・・・そう。
ミハルが旅立つことになる・・・あの日です。
次回遂に・・・ミユキとマコトが・・・・
次回 希望の御子 Act-6
君は祝福される・・・そう!運命の人と共に!
作者注・次回ちょっと長いです。長いけど・・・お風呂回でもあります。
そして・・・今までに無いお風呂回でもあります・・・




