希望の御子 Act-4
語られるのは誰のことか?
目の前に居るのは一体?!
物語の深層部分が拓かれます・・・
誰かが観ているような気配が感じられたのは、蒼乃の変化に気が付いた時だった。
薄暗い書棚の前に佇んだ蒼乃の瞳の色が、以前とは違って碧く光っていたから。
ー あれ?蒼乃の瞳は鳶色だったの筈なのに。今は碧くなっている?!
目の前に居る三輪の宮は、本当に自分の知っている蒼乃なのか?
本当の蒼乃なら、誰も知らない自分との約束を覚えていると思った。
「ねぇ蒼乃。旅立つ前に交した約束を果たさないとね?」
既に蒼乃の方から出向いて来てくれて約束は果たされたのだが。
交した約束を覚えているのなら、きっと蒼乃はなぜと訊き返して来るだろう。
・・・だが。
「ええ、そうね。私の出会った女神も望んでいるもの」
ー 違う・・・この蒼乃は。
私の蒼乃じゃない!
咄嗟にミユキは蒼乃から離れる。
碧き瞳の蒼乃から。
「アナタは誰?私の蒼乃とは別人なのね?」
警戒したミユキに蒼乃の姿を執る者が細く笑うと。
「別人じゃないわ。蒼乃は蒼乃なの。
唯・・・借りているだけの事・・・あなたと会う為に」
今の今迄、蒼乃だとばかり思い込んでいたのだが。
「借りている?もしかして闇の者なの?
人の身体に宿るなんて、闇の者にしか出来ない筈だわ!」
闇祓いの巫女でもあったミユキが咄嗟に身構えるが。
ー そうだった、魔法石が無かったんだ!
自分の魔法石は碧のが授けた宝珠と同化させてしまい、今は力を出す事が出来ずにいるのを思い出した。
ー こんな時に。迂闊だった・・・どうしよう?
大切な蒼乃に、見知らぬ者が宿ってしまっているのに。
今の自分では何も出来ないと悔しがるミユキ。
「ちょっとミユキ。何かとんでもない勘違いをしていない?」
蒼乃の口からは、普段と変わらない優し気な声がかけられる。
「勘違い?いいえ、私はあなたから蒼乃を取り戻すだけよ!」
言い返したミユキに、何者かを宿した蒼乃が肩を竦めて。
「だぁからぁ!蒼乃の身体を借りているのは妖しい者じゃないんだってば!
私を目覚めさせた蒼乃に頼んであるんだから、少しだけ話させてって!」
宿りし者は、ミユキの警戒心を振り解こうとする。
「ミユキという神官巫女は、この世界でも有数の魔法使いだと蒼乃から教えられたの。
だからお願いに来たの、世界を救う者を宿して貰いたくて」
碧き瞳の蒼乃から聞いたのは、あまりに現実離れしたお願いだった。
「はぁ?!世界を救う者・・・ですって?」
訊ね返すミユキに、蒼乃の声が教えるのは。
「そう。この歪な世界を救う為、あなたの中に宿らせて貰いたいの。
世界を破滅へと導くモノを修正する為に。
それと・・・私の弟を探し出す為に・・・ね?」
意味が全く分からない。
どうして自分に宿りたいのか。
どうして世界を破滅へと向かわせる者が居るのが解るのかと。
そして・・・どうして蒼乃に宿り、自分に頼むのかと。
「どうやら訳が解らないようね。
私が何者かを告げれば少しは分かって貰えるのかしら?」
蒼乃の身体を借りたという者が、右手の人差し指を立てて。
「ミユキにだけ。あなたにだけ教えるわ。
この世界に魔法がある訳と、私という存在がここに来た訳を」
指先から蒼き光が渦を巻いて噴き出される。
「いいことミユキ。
私はこの世界の人間ではないの。
ここより遠く離れた月の裏側から降りて来た人工知能とでも呼ぶべき存在なの。
とある宿命を背負わされた人間だったモノ・・・そして悪魔の機械から世界を護る者。
私は<ミハル>と呼ばれるプログラム。
人類の未来を背負わされた月の住人・・・月の女神と呼ばれし者なの」
蒼乃に宿る者が教えて来た。
何を言っているのかちんぷんかんぷんのミユキとは違い、
書棚の中で蒼く光を放つ古文書から呟かれるのは・・・
「月の・・・月の<ミハル>・・・か。
この時から既に覚醒が始っていたのね・・・私が産まれる前から」
古文書の中には、誰にも知られていない者が宿っているのか。
蒼き光は直ぐに消えて行った。
まるで要件を終えたかのように・・・自らの意志なのかは分からないが。
狐に抓まれたような顔で蒼乃を観る。
教えて来た宿りし者の話が飲み込めなくて。
「あの、つまり。
あなたは月から来た女神様なんですか?
世界を救う為にやって来て、私に何かをさせようとしているのですね?」
元々は神官巫女であったから、神の存在も、悪魔の存在も知ってはいたが。
「私に世界を救う事なんて出来っこないですから。
その手伝いをしろって事なら分かりますが・・・」
何とか自分に告げられた神託を理解しようと努力してみたのだが、納得できない事ばかりだと思い。
「それで、月の女神様。
私に何をしろって言われるのですか?出来る事なら請け負いますが?」
出来かねるような事を引き受けるなんて無理だと言いたげだった。
「それはそうよね。
ミユキにはあの魔法石を授けたいの。あなたの魔法石と同化出来たのだから。
きっと私の事も同化出来る筈なの・・・私はあの石に宿って来たのだから。
千年周期の殲滅を終わらせられる希望として遣わされた私と・・・」
月の住人である<ミハル>が、そう告げた。
ミユキの魔法石に宿るのだと。
宿った後に、どうするというのかも。
「ミユキ、あなたは選ばれたの。
この蒼乃に教えて貰ったわ、あなたという娘が平和を愛している事を。
争う事を拒む心を持つ者だってね。
それは月の住人達が望んでいる事と同じ。
この世界から戦争を失くせる唯一つの心であり、月の意志でもあるの。
だから、愛する者との絆によって新たに産まれる子が、真の希望となる。
この世界の片隅に隠され続けた光を蘇らせて欲しいの」
月の女神が頼んで来たのは、ミユキに希望を産んで欲しいという事。
世界を救う福音が宿る子を誕生させて欲しいと頼んでいる。
ミユキに与えられた宿命は、人知を超えた神を宿すに等しい。
愛する者との結晶が、世界を救う粛罪の子なのだと。
「私が選ばれた?
どうしてなの?どうして世界を救わなきゃいけないの?
産まれる前から背負わされなきゃいけないの?
愛しい人との子に背負わせなきゃならないの?」
自分の子によって世界が救われる?
重すぎる宿命が、産まれる前から与えられてしまうというのか?
本当だというのなら、自分は子を宿してはいけない。
可愛い我が子に、背負わせるには重すぎると思った。
「ミユキ、あなたこそ。
あなたこそ、宿命の子なのよ?
千年前から始まった運命を背負って産まれ出て来たのはあなたなの。
あなたの記憶には両親は居たのかしら。
育ててくれたのは本当の父母だったかしら?」
月の住人の言葉に、ミユキは愕然となる。
その通りだったから・・・
「私は・・・光神社で育った。
父母は厳しく、魔砲力を磨く為に闇祓いの術を授けてくれた。
そう・・・父母は、魔法使いではなかった・・・」
魔砲の力は遺伝する。
両親のどちらかが魔法使いなら、自分は父母の子である可能性があったが。
「私の父母には魔法力なんてなかった。
つまり・・・私は父母の実子では無いという事」
以前から知ってはいた。分かっていたからこそ。
「そう・・・だから。帰るのが怖かった。
蒼乃にも言った事があるわ、私は帰れないと。
帰れば父母に会わせる顔が無いと・・・帰るべきじゃないのだと」
うな垂れたミユキが気が付く。
月の住人が何を言わんとしているかを。
「私は・・・本当の私は?
誰の子で、何者なの?知っているのなら教えて!」
女神にも等しい者に、訊ねてしまった。
聴くべきでは無いというのに。
「知りたい?知ったら・・・もう戻れなくなるのよ?」
「構わない。知らなきゃマコトにも迷惑が掛かるかも知れないのだから」
その時、ミユキの脳裏に映ったのは愛しい人の面影。
婚約を交わした男の優しげな顔。
「良いのねミユキ。
聴いてしまえばあなたはもう宿命に飲み込まれるしかないのよ?
・・・それでも構わないというの?」
碧き瞳で月の住人が念を押す。
頷いたミユキを観て、
「そう。
後悔しないでね・・・ミユキ」
蒼乃の姿で、月の<ミハル>が告げるのは?
語られたのは一体何故?
ミユキは決めたのだった。
譬え語られたことが真実だろうと。
自分は幸せを掴みたいのだと・・・諦めないのだと。
次回 希望の御子 Act-5
君は迎えに来た人の元へ・・・嫁に行くのかい?!はうぁっ?!




