東洋の魔女 Act-9
ガポール要塞に逃げようとするのか?
生き残った敵は仲間にどう教えるというのか?!
重戦車に搭乗する6人の戦車兵は眼を疑った。
5発の砲弾の内、1発は確実に敵戦車を捉えられた筈なのに・・・
「馬鹿な!無傷だというのか?!」
砲手は狙う敵戦車に火花が散ったのを観た。
砲塔正面に命中した17ポンド砲弾の命中痕がある事に、間違いでは無いと確信した。
「車長!我々の砲が奴にはききません!
17ポンド砲弾を弾き返しやがりましたっ!」
砲手の絶叫が、車内を震わせる。
75ミリ徹甲弾を弾き返された・・・あの中型戦車が?!
車内の誰もがパニックに貶められた。
自分達の乗る超重戦車でさえも、弾き返すなんて無理なのに。
絶対の自信が脆くも崩れ去る時、戦意を喪失した乗員はパニックになる。
しかも、敵の砲弾は確実に自分達の戦車にダメージを与えて来るのだから・・・
「馬鹿な、そんなことがある訳が無い!
戦車について未開の民族だと聴いていた日の本人が・・・
我々に歯向かえれる車体なんて造れる筈が無いんだ!」
自分の眼で観ても信じられないのか、車長が頭を掻き毟る。
「しかし、我々の前に居る敵は、間違いなく17ポンド砲弾を弾き返したんですよ?!
情報部のお偉いさん方は我々に嘘の情報を流していたんじゃないのですか?!」
砲手が振り返り、二人の装填手と共に言い募る。
「砲手の言う通りです!お偉いさん方は俺達を送り込む為に嘘を言っていたんですよ!
我々の戦車が敵より劣っているのを隠す為に!」
仲間の事を口汚く罵る乗員達を制しきれなくなる車長が。
「今は戦闘中なんだぞ!死にたくなかったら奴を葬るんだ!」
車長に言われるまでもない。
砲手も装填手達も、必死に射撃を継続していた。
唯、射撃してもなかなか命中させられなかったのだが。
一方、敵の中戦車は撃つ度に味方に命中させてくる。
その光景を観ているエギレス軍兵士達は、戦闘を継続する意思を喪いつつあった。
「こんな馬鹿な事が?!重戦車5両が束になって中戦車1両を倒せないなんて。
まるで悪魔と闘っているんじゃないのか?!」
一人の言った喩えが、重戦車5両に蔓延する。
「そうだ、これはきっと悪魔の為せる技に違いない。
奴等の国、日の本には古から悪魔が棲んでいると聞いた事がある!」
また一人が勝手な思い込みを言うと。
「いいや、俺が聞いた話によれば日の本には魔女が住んでいると聞いたぞ。
そう言えば、日の本海軍には女性士官もいるそうだ。
海軍の奴等に因れば、俺達が知らない秘密兵器を扱う魔女だそうだ!」
どこから訊き齧って来たのか、
海上を封鎖された海軍が出会った敵艦に居たとされる女性についての憶測に尾ヒレがついていた。
「・・・魔女・・・だって?!」
エギレス人にも馴染みがある名称。
魔法使いの女性を表す名称なのだが、闘う者達にとっては恐怖の的でしかなかった。
「魔女・・・そうだ!魔女なんだ、奴は!」
75ミリ砲弾の直撃を受けても全くダメージを与えられ無かった中戦車が、砲撃を加えて来る。
「に・・・逃げよう。ここから逃げ帰るしかない。
こんな植民地で死ぬのはごめんだ。
何の為に支配者連中の捨て駒にされなきゃならないんだ!」
パニックに拍車をかけた<魔女>というキーワード。
「そうだそうだ、魔女が相手ならしょうがないじゃないか!
俺達は人間なんだぜ?魔法使いに勝てる訳がないじゃないか!」
指揮官車を置き去りにして、隊形を崩し始めるTOGⅡ重戦車部隊。
「馬鹿野郎!逃げるな闘えっ、後ろを向けたら他の敵にだって撃ち抜かれてしまうぞ!」
指揮官の戦闘継続命令にも従おうとせず、4両は思い思いに後退し始めた。
「ここから引き下がれば要塞は丸裸になってしまうんだぞ!
貴様等にはそれがどういう事になるのかが解らないのか?!」
必死の制止を振り切って逃げる4両は、たったの1両の中戦車の姿が魔女に観えたのだろうか?
逃げれば生き残れると思っていたのだろうか?
人はパニックになると、周りの状況を観測するだけのゆとりを失う。
唯・・・命を賭けた戦場では、喪う事に繋がりかねない・・・命を。
島田魔鋼戦車隊によって、戦闘は終焉に向かっていた。
たった1両で重戦車5両と渡り合っていた指揮官車には、数発の至近弾と1発の直撃弾が加えられていたのだが。
「少佐!第2中隊と、我々の5両が左右に展開しました!」
ヒロコが砲弾を持ちながらスリットから観えた状況を報告する。
「よしっ、全車両に攻撃命令を!
敵は逃げ腰になっている、足回りを壊すだけで脱出するかもしれない!」
マコトが命じたのはあながち間違ってはいないと感じた。
「そうよ、無益な殺戮なんてするものじゃないわ!
敵が戦車を捨てる気にさせられれば良いんだから!」
ミユキがマコトの考えを支持する。
「そんじゃーまぁ、お手本というやちゅを見せてくりゃしゃいナ!」
おどけた声がナオから掛けられてくる。
「そうだな、ミユキになら出来るだろうし。
一発喰らわせてみてよ、神官巫女っていう腕の見せ所だよ?」
射撃に信頼を置くマコトから依頼されたと思ったミユキが大きく頷くと。
「はい!誰も傷つけずに破壊してみせますから、動力系統を!」
照準器に中央で後退せずに踏みとどまる重戦車を捉えて。
「後部機械室に射撃しますっ、停止っ!」
走行間射撃を辞め、確実に命中させようと停止を命じる。
照準器の十字線に後部車体を捉えて・・・
「撃っ!」
気合を込めた射撃を放った。
曳光弾が敵指揮官車を撃ち抜く。
忽ち敵重戦車から炎と煙が立ち上り、転輪が停められる。
後部エンジンルームが破壊された重戦車はそれでも諦めずに砲塔を廻していたが・・・
「どうやら、降伏しないようね。
それならしょうがない・・・私達の出番と行こうか!」
至近距離まで迫っていた第2中隊のチハが、目標を決めた。
「大貫隊!射撃開始っ、目標は敵指揮官車!」
僅か50メートルにまで接近していたチハからの射弾が重戦車の側面を突き破った。
6両からの砲弾に因って、穴だらけになった重戦車から傷ついた兵が逃げ出す。
「よしっ、これで良いだろう!」
その様子をつぶさに観ていたマコトがキューポラに上がると、
「戦闘停止!逃げる敵を追いかけるな!
もう、彼等には闘う意思は残っちゃいないのだから!」
信号弾を頭上に向けて打ち上げたのだった。
「どうしてなのですか?追撃すれば全滅させれたのに?」
大貫中尉に無線手が訊いて来る。
「そりゃー私にも解らんが。
あの少佐殿には秘策でもあるんじゃないのかしらね?」
マコトの指揮を今迄とは違って、素直に受け入れられていた。
サチコは、この後どう命じられるのかが楽しみだった。
自分には思いもよらない策を執る男に興味が湧き、そんな自分に気付いて苦笑いを浮かべていた。
「島田少佐・・・か。
あの馬鹿巫女の許嫁じゃなかったらなぁ・・・アタックしたかもなぁ?!」
どこか、自分の中が変わったような気もしていたようだった・・・
「ご苦労さんでした、ミユキ。
これにて戦闘は終了にするからね」
両軍で最初の本格的な戦車戦になる筈だった闘いは、一方的な勝利となった。
M3軽戦車部隊は壊滅の憂き目を喰らい、重戦車は6両中2両もが擱座している。
生き残った戦車も引き上げて行った。
生き残った戦車兵達は、一様に恐怖の叫びを仲間達にあげる事になった。
自分達には日の本軍の戦車には歯が立たないと。
マチルダⅡ中隊が壊滅したのはマグレじゃないのだと。
日の本の戦車には<魔女>が居るのだと。
戦車兵達は観て来た通りの事を仲間に話した。
自分達の戦車では歯が立たないのだと。
日の本の戦車は、魔法を使うかのように姿を変えたのだと。
そう・・・戦車自体を進化させたかのように・・・装甲も砲身も・・・スピードさえも。
聞いていた仲間達にも恐慌状態が伝染していく。
まるで魔法をかけられた人形みたいに、恐怖が伝染する。
日の本の魔女が襲い掛かってくれば、自分達は生き残れないであろうと。
エギレスにも古き言伝えがある。
闇より出でた魔女により、闘う者は魂までも貶められて二度と帰って来れないという・・・
夜闇の宴・・・魔女の饗宴。
魂をも弄ぶという魔女が、もしも日の本の戦車に宿っていたのなら・・・
恐怖は一つの伝説をも創る事になる。
戦場の中で起きた無敵伝説が、東洋におけるエギレスの野望をも打ち砕く事になった。
「そうさ、僕の狙いは闘わずに勝つ事。
敵に恐怖を与え、敵愾心を打ち破る・・・
だから少数の敵を逃がしたんだ。
生き残った仲間から聴けば、信憑性は疑う余地もないんだからね!」
そう教えたマコトの顔を誇らしげに見つけるミユキ。
「やっぱり、マコト様はマコト様ですのね!
私の想像を遥かに超えられた・・・未来の旦那様なのですね!」
嬉しそうに手を取るミユキに照れながら。
「おやおや、ミユキもやっと人前で手を握れるようになったんだね?」
笑いながら島田戦車隊長が中隊長に言うと。
「えっ?!あひゃぁっ?!」
搭乗員にジト目で観られているのに気が付いたミユキが眼を廻した・・・・
ミユキの魔砲力に怯えを抱いた敵は・・・
引き下がっていく敵を追いかけなかった事が、やがて戦局を終焉へと導いた。
そう、敵をしてこう呼ばしめた<東洋の魔女>・・・と。
事変の終焉と共に、ミユキ達は帰還を許される事になる。
日の本へ帰れれば、待っているモノとは?!
次回 希望の御子 Act-1
君は光の声を聞く・・・そう、月の光のようなおぼろげな光の・・・




