光と陰 Act-1
大切な物を手に出来た子供のように。
宝物を手にした冒険者のように・・・
ミユキは心の内を誰にも晒したくなかった。
手にしたマコトからの手紙を大事に・・・そっと胸に押し抱いて走る。
戦車の陰まで来ると、封筒に書かれた宛名を読む。
「ああ、マコト様・・・私宛に送ってくだされたのですね・・・」
封書を中から取り出して、読む前に深呼吸する。
ドキドキと心臓の高鳴りが、自分の耳までも聞こえそうなくらい。
初めて貰った手紙が、戦場に届いた奇跡に感謝して。
自分の後を追ってきたと聞いて・・・
「マコト様・・・お元気でしょうか?私は・・・何とか生きています」
手紙を開く時、一番に気が付いた事があった。
「生きて・・・いる?」
自分がこうして手紙を受け取れた影には。
「あの子達は・・・草葉の陰でどう感じているのだろう・・・」
自分はこうして愛しい人からの手紙を受け取れた。
でも・・・彼女達には大切な人達からの手紙どころか、仲間達の声さえも届かない。
自分だけがこうして内地からの手紙を受け取れている幸せを、彼女達はどう思っているのだろうと。
5号車の4人は今、草葉の陰で自分を観て羨んではいないのかと。
ミユキは手にした手紙を開いて読む気になれなくなる。
「マコト様・・・すみません。私だけが幸せではいけないのです」
手にした手紙を封筒に戻して、力なくうな垂れてしまう。
部下に申し訳ない・・・その想いが、読む事さえも躊躇わしてしまったのだ。
そう、ミユキは戦争という物を知らな過ぎた。
闘えば誰かが疵付き、誰かが倒れる。
それは敵だけではないという事を、今更ながらに気付いたのだった。
「敵も、味方も。戦えば疵付き倒れ・・・死が振り撒かれる。
どうして気付かなかったの・・・私は。
恨みも憎しみも無い人達に砲弾を撃っていた・・・その事に」
自分が放った弾に因り、幾多の人を傷付け死を与えて来たのか。
マコトの手紙を受け取った今になって、ミユキは自分が何をして来たのかを思い知る。
「私・・・私は。マコト様の元へは帰る事も叶わない。
汚れてしまった心と体で、マコト様にお逢いするなんて出来る訳がないもの」
手にした手紙へ、ポツンと涙が零れ落ちる。
知らず内に涙が溢れ、頬を伝って落ちていく。
「私はもう、マコト様の元へは帰ってはいけないのです。
人を殺めてしまったこの手で、触れる事は叶わないのですから・・・」
失われた希望に絶望を覚え、ミユキは涙を零す。
「マコト様・・・この手紙を死ぬまで大切に持っています。
これが私の宝物・・・最期の瞬間まで離しはしませんから・・・御許しください」
読む事も叶わない・・・今は。
部下達の後を追うまで・・・死を賜るまで。
ミユキは魔鋼チハ改の所まで戻って来ると、車体に手を置く。
この戦車が潰え去る時、自分も運命を共にしようと決意していた。
夜霧が夜の訪れを告げていた。
追いついてきた整備隊により、損傷を修理される戦車。
補給部隊に因って燃料弾薬の配給を受ける戦車隊。
損傷の内、どうにもならないまでに破壊された5号車を除き、8両の車体が広場に揃えられていた。
魔鋼戦車隊第3中隊の隊員達は、
整備を終えると思い思いに集まり車座になって今日の戦闘について話し合っていた。
輜重兵達から渡された弾の中に、見慣れぬ弾があった事について。
「色部伍長は、あの弾が何だか知っているのですか?」
第1小隊の2番車に乗っている砲手が訊ねてくる。
「ああ、勿論だ。あいつは魔鋼弾って言ってな。
なんでも魔鋼専用の弾らしいぞ、魔砲発砲時に使う弾らしいが。
私達の魔鋼チハ改には、必要がないけどな!」
自分の車両には穿甲榴弾という特殊な弾がある事を匂わせ、
「魔鋼チハなら、必要だろう?またマチルダに遭遇するかもしれないからな」
47ミリ砲を装備する他車ならば、という意味合いで話すと。
「確かにですね。
正面装甲には弾かれてしまいましたから。私達の魔砲力では貫通出来ませんでしたよ」
マチルダの75ミリもある装甲には、47ミリ戦車砲では撃ち抜けなかったと頷く。
「それじゃあ、あの弾でなら。正面装甲を破る事が出来ると?」
話の場に集まった仲間が、ヒロコが知っているのかと問いかけて来る。
「そりゃー、魔砲力にもよるけどな。
多分それなりの魔砲力があるなら、あの弾を撃てれば・・・だけどな?」
撃てれば・・・と、ヒロコが注文を付ける。
「撃てないのですか?ある程度の魔砲力がなければ?」
周りに居る者達が一斉に色めくのを。
「砲が変えられなきゃ、話にもならんって意味だよ」
笑って答えたヒロコが。
「ウチの中隊に居る奴だったら、皆変えられる筈だろ?
なら、問題ないじゃないのか?」
魔鋼チハに乗る者達が、ヒロコの言葉に一応の安堵を浮かべる。
が、魔鋼チハ改にのる4人だけが難色を浮かべた。
「だけども、ウチ等はなぜだか変えれないのですよ。
折角中尉と同じ車両を預かる身なのに。なぜでしょう?」
中隊に光野車と同じ魔鋼チハ改がある。
全車両の内で、唯2台だけの75ミリ砲装備車両が。
「そいつは・・・私にも判らんのだが。
君ん処には穿甲榴弾が装備されているんだろ?じゃあ良いじゃないか?」
距離に拘わらず、100ミリの装甲を貫通する特殊弾。
光野車にも同じ弾が装備され、昼間の闘いでは見事に貫通撃破出来たのを思い出して、
「あれが撃てれば、今の処問題ないだろう?」
敵の戦車に対して、有効な射撃が出来ると教えたのだった。
「そうですが。問題は初速が遅くて、しょんべん弾になるってことですよ」
魔鋼チハ改の砲手が手を山なりに動かして、弾道が真っ直ぐに飛ばないと言い張る。
「そうだなぁ、折角の貫通力も当たらなきゃ宝の持ち腐れだもんなぁ」
砲手と同意だと言わんばかりに、同車の車長もため息を吐く。
「そいつは・・・訓練するしかないだろう?
それとも思いっ切って近寄るかしかないだろうな」
ヒロコも、ミユキだからこそ命中させ得たと思い直す。
「まぁ、私達の車体は元々支援戦車だから。
仲間の援護が出来れば良いんじゃないのか?撃破王なんて思いもしないよ」
中隊員達は挙って笑い飛ばす。
歓談の車座から少し離れた所では、夜霧の中を佇む影が独り。
ぼんやりと浮かぶ月を見上げるミユキの姿があった。
「あっ、光野中尉。ここにおられましたか」
第2小隊長の小田切軍曹がミユキを見つけて近寄る。
「ノリコ?何か用?」
中隊員から離れた場所に佇んでいたミユキが振り返る。
手に指令書を携えて来た軍曹が差し出しながら、
「光野中隊長、少し・・・良いでしょうか?」
指令書を受け取ったミユキに話しかけてくる。
「あいつ等の事をお考えならば、過ぎた事としてお忘れになられた方が善いですよ。
初めて部下を失われたショックは、解りますが・・・」
自分の小隊二番車を失った小隊長たる者が、中隊長に話すのは。
「自分が停めれなかったのが原因なのですから。
喪った事は残念な事ですが、戦闘に犠牲はつきものと。
・・・割り切られるのが良いと思います」
自分に責があると告げてから。
「もし、5号車が撃破されなかったとしても。
6両の敵と闘ってこちらだけ被害が出ないなんて、虫が良過ぎだとは思われませんか?」
戦闘という物が、味方に都合良く出来ている訳では無いと教えて来る。
「そう・・・よね。ノリコ・・・分かっているから」
小田切軍曹が言った言葉は、ミユキの心に突き立つ。
「自分達だけに都合よくはないってことくらい。
私の手でも敵を殺せたんだから・・・お互い様・・・だよね?」
受け取った指令書を握るミユキの手が、細かく震えていた事を軍曹は気付かなかった。
「そうですか。それなら・・・自分は何も言いません」
これ以上の差し出がましい言葉は必要ないとばかりに、軍曹は一礼して立ち去る。
「あ、そうそう、中隊長。師団本部かららしいですよ、その指令書は!」
立ち止まった小田切軍曹が振り返ると、指令書を指して笑みを浮かべた。
「えっ?!師団司令部から?どうしてそれを先に言ってくれなかったのよ!」
驚いたミユキが慌てて指令書に眼を通すと、そこに書かれてあった事とは。
「なになに?軍司令部より視察の為に高等官が訪れる?
しかも・・・私の中隊にぃっ?!」
光野中隊へ、師団本部からの命令書が届いた。
戦闘とは関係ないにしろ、視察されるとなると話は違う。
しかも、高等官ともなれば・・・
「こうしちゃいられない!下手をすればみんなに迷惑がかかっちゃう!」
飛び跳ねるようにミユキは中隊員達の元へ駆け寄り、指令書を振りながら喚くのだった。
「みんなっ!衣服を正して車両前に整列してて!
軍司令部からの視察が行われちゃうの!」
ミユキの叫びに、皆の顔がキョトンとなっていた・・・
心の中ではまだ・・・
誰かに救われたくて・・・・
その人が居てくれれば・・・そう願うのだった。
ミユキの願いは??
次回 光と陰 Act-2
君は・・・進級した人に何を求める?あなたは目の前に居る人を癒せるのか?!




