戦車の闘い Act6
戦場の中で・・・
悲劇は誰の元に訪れるかなんて。
誰にも判る訳がない・・・
況して、心を闇に貶められかけたミユキには。
あっという間に戦車同士の闘いは五分に持ち込まれた。
エギレス軍残り車両は自分を含めて、此処に居るのは4両。
市街地の左方に展開させている1小隊3両を含めて7両。
但し、送り込んだ3両を呼び戻す事は出来なかった。
彼等も苦戦を余儀なくされていたから。
「隊長!前面の敵よりも、後方から近づく敵に注意を払ってくださいとのことです!」
機銃手の声がヘッドフォンから流れ出す。
切迫した声色で。
「後方だと?アッチにはコーネル小隊を送ってあるじゃないか?!」
小隊長の名を呼んで、指揮官が訳を問い質すと。
「隊長!コーネル小隊との無線は先程から取れなくなっています。
どうやら撃破されてしまったようです?!」
機銃手兼無線手が教えた状況に、指揮官は動揺してしまう。
「なんだと?!3両共か?!ブリキの棺桶如きに、マチルダ3両が一瞬で?」
確か、第1撃を放った後にコーネル小隊長が言って来たのは、
「奴等の戦車にはまともな砲が装備されていないと言っていたじゃないか。
しかも、命中した弾で撃破出来たとも言っていた筈じゃなかったのか?」
指揮官はどうして味方小隊が全滅したのか、訳が解らないと首を振るのだが。
「隊長、敵は直ぐそこ迄迫って来ています。
あの化け物戦車の相手をしていたら、装甲の弱い後部を撃たれかねません!」
まさに。
前門の虎後門の狼とでも、言った処か。
そう思った車長であり中隊長の指揮官が後部を観れるスリットに眼を着けると。
「あっ?!あれはっ!奴等が来やがった!」
気付くのが遅すぎた・・・
報告を受けた瞬間に対処すれば、少しは違う結末になったかもしれないのに。
残された4両の真後ろ。
距離にして僅かに50メートルもあるかないか。
至近距離に迫っていた敵戦車の姿が目に焼き付いた。
残敵は4両だと思われる。
味方の射撃に防戦一方になった敵は、攻撃すらかけられず引き篭もったままだった。
このチャンスに健在の6両が畳みかけるように砲撃しつつ接近を試みた。
ミユキの呟きは、無線手のナオが独断で指揮下の味方に報じてはいなかった。
眼に映った中隊長が、異常だと感じたから。
まるで何かに憑りつかれてしまっていると思ったから。
「光野中尉!しっかりしてくださいっ!」
ヒロコ伍長がミユキに掴みかかる。
「おいっ、アキナ!全速で後退しろ!
ナオ!各車に報告っ、光野中隊長敵弾で負傷!一時第1小隊の指揮を離れる。
各車は第2小隊長の命令に従えって・・・いそげ!」
二人に命じつつ、掴みかかったミユキを砲手席から離れさせる。
「何をするっ?!放せっ放しなさいよ!」
暴れるミユキを羽交い絞めにし、砲塔後部に連れて来ると。
「車長!正気に戻って!」
ヒロコは連れ出したミユキを押さえつけながら、隙を視て魔鋼機械の作動ボタンを解除した。
それまで蒼く光っていた魔鋼機械から唸りが消え、光っていた水晶からも魔力が消えると。
「うっ?!あれ・・・私・・・なにを?」
ミユキが苦し気に辺りを見回して自我を取り戻した。
「中尉、正気に戻られましたか?」
ミユキの声にいつもの温かみを感じたヒロコが、
「多分、暴走直前だったみたいです。機械に魂を操られそうになられていたんですよ?」
ほっと、ため息を吐きながら訳を教えた。
「暴走?!私が?どうして?」
キョトンとした中尉に、ヒロコは増々ほっとして。
「どうしてかは・・・分かりませんから。神様じゃないんですからね?」
意地悪気味に、ミユキに話す。
「えっ?!ええっとぉ・・・はい・・・」
ジト目で観られて助けを求めるように、機銃手を観ると、駄目でしゅとばかり手を振られるだけだった。
「何が・・・どうして?こうなったの?」
涙目でボケた事を呟くミユキ。
「中隊長!今は早く指揮を執ってください!」
後退し続ける車内で、アキナが求めるのは。
「味方が全車追い越してしまいましたから。指揮官が後から行くのは気が退けますよ?」
先陣を部下に任すのはどうなのかと命令を求めるのだった。
「えっ?!そんな?私達が一番前を走っていた筈じゃなかったの?」
自己喪失していた事にも気が付いていないのか、慌てて状況確認の為に砲手席へと戻る。
「あっ?!みんなっ?どうして突っ込んでるの?」
魔鋼機械を停められた魔鋼チハ改の砲手席で地団太を踏むミユキに。
「そりゃー光野中尉って人に聴かないといけませんでしゅよ?」
「?どうして私なのよナオ?」
返事したミユキに、3人が一斉にジト目で観る。
「ひぃっ?!どうしたのよ皆して?!」
たじろぐミユキに増々ジト目がきつくなったようだ・・・
中隊長車から蒼き光が失われた。
それは光野中尉に何かが起きた証だろう。
残された6両は復讐戦に入った。
マチルダの装甲を破れるのは残り1両の魔鋼チハ改。
この距離では・・・の話。
もっと接近できれば。
側面か後部を撃てれば・・・5両の車長は急ぎ接近を図る。
指揮を執る者が居なくても、訓練された仲間達は善く職務を実行した。
第2小隊長に指揮された5両は魔鋼チハ改の援護の元、近接射撃を加える為に突きかかった。
接近を赦すまいと砲撃に身を晒したマチルダに、47ミリ徹甲榴弾が突き当たる。
魔鋼の力で威力を増した弾が正面装甲に突き当たり、衝撃と小さな穴を穿かせた。
途端に操縦手でも負傷したのか動きが停まる車体に、次から次へと弾が命中し。
やがて集中射撃を受けた一両から薄い煙が吹き上がる。
煙を噴き出した歩兵戦車は、完全に動かなくなり砲身が垂れ下がる。
建物の影に隠れているのは残り3両。
隠れたまま出て来ない敵に、少しでも近付こうとしたのか。
第2小隊2番車が、潜んでいるであろう建物に車体を晒してしまった。
2小隊2番車と云えば、心神喪失になった無線手が乗る5号車だった。
「危ないっ!退きなさいっ!」
やっとの事で戦闘に再び介入出来る処まで近づいたミユキが、
建物からの射線に飛び込んだ5号車を見つけて叫んだのだが。
光は無情にも突き刺さってしまった。
しかも、件の無線手が乗っているであろう部分に。
左前方、車体の側面に命中光が奔った。
5号車は進むかに見えたが、往き足を停めてしまう。
「しまった!遅かった!」
無念の声がミユキから迸る。
「ナオっ、脱出しろと言えっ!」
ミユキを制したアキナの叫び。
ナオがいち早く無線で命じるより前に。
違う角度からの一撃を受けた5号車が忽ちの内に煙を噴き上げた。
「いかんっ、援護に向かうんだ!」
ヒロコが状況を鑑み、救出に向かえと叫んだ時だった。
5号車からハッチを開けて脱出する車長と砲手が観えたのだが・・・
二人が飛び出し、中に残る操縦手と機銃手をハッチから助け出そうとしていた。
どちらかの手を掴んだ車長の姿が目に焼き付いた。
・・・吹き飛ばされた砲塔の上に居た筈だったから。
5号車は次に受けた弾で、弾庫が誘爆して爆発炎上してしまった。
逃げ出せたのは装填手のみ・・・それも爆発に巻き込まれたのか姿が見えなくなっていた。
光野中隊長車の中は観てしまった光景に、声を失われていた。
無残にも果ててしまった戦友の姿に。
一両の魔鋼チハの最後に・・・自分達の未来を重ね合わせるように・・・
目の前で起きた悲劇は、誰が招いたというのか。
誰が好き好んで死神を呼んだというのか?
戦場には神など訪れてはくれないのだろうか?
戦いは突然に静寂を呼んだ。そう・・・死に逝く者達に安らかなれと願うように。
次回 戦車の闘い Act6
君は闘いに病み、唯・・・誰かに救いを求めて。




