戦車の闘い Act5
戦闘は無情の鐘を鳴らす。
味方にも・・・敵たる者にも。
建物の影から現れたエギレス軍戦車が次なる敵戦車に発砲しようとした。
車体を現し、自らの姿を敵に晒して・・・
「なっ?!なんだと?俺は眼がおかしくなっちまったのか?」
車長で砲手を兼ねる指揮官の眼に映った敵戦車。
第一撃を掛けた相手とは全く違う車体に眼を見開く。
「全車に命令だ!あの蒼く輝く紋章を掲げた戦車に注意しろっ。
あの長く太い砲は危険だぞ!もしかするとマチルダの正面装甲を破られるかもしれん!」
こちらに向かって突っ込んで来る敵部隊の中に、一両だけ時別な車両がある事に気が付いた。
他の車両よりも圧倒的に大きな砲塔を持ち、長く太い砲をこちらに向けて来る戦車に。
「6両で集中射撃をかける!」
指揮官は6両全てで、目標の一両の攻撃を指令した。
敵が動いている間に、仕留めてしまおうと考えて。
当時の戦車には、スタビライザーというシステムは搭載されてはおらず、
行進中の射撃で目標に命中させることは、余程近寄らねば無理であると思われたからだ。
進出、目標の捕捉、停車、射撃・・・これが基本であり、必中の原則であるから。
エギレス側は射撃可能な停車中、敵である日の本戦車はこちらに向けて進行中。
先ずは先制射撃で目標の1両を仕留めようと考えるのは当然でもあった。
「出てきましたでしゅっ!」
機銃にしがみ付いて叫ぶナオの眼に、建物から湧いて出て来たような戦車が映る。
「思った通り、あれはマチルダクラスの戦車でしゅっ!」
大きな車体を斜めに向けて、被弾面積を極力晒さない様に出て来た敵の姿。
ぎりぎり砲塔から突き出た砲をこちらに向けて、建物を遮蔽物としたマチルダの姿。
しかもあちらこちらの建物に、都合6両の戦車が居る事が解った。
「敵は6両っ、全部マチルダでしゅぅっ!」
こちらの7両に対し、相手は6両。しかも全てマチルダであることが観測できた。
「ナオ、解っているわ。奴等には私が脅威に映っているでしょうね」
照準器に入っている一両の砲身が旋回し、自分に向けられてくるのが解った。
観える6両全ての砲塔が旋回して、自分に向けられてくるのが・・・
「アキナ、このまま停まらず突っ込んで。勿論射弾回避は任せるけどね」
蒼き髪を靡かせたミユキが落ち着いた声で命じる。
まるで幽鬼のような、低くしゃがれた声で。
蒼き瞳は澱みながら、敵に照準を絞ってゆく。
瞳の奥に紅く澱む光点を煌めかせて。
闇に堕ちかけた心を表すかのように。
「ヒロコ、射撃開始と同時に次弾装填。
次射も徹甲榴弾(AP-HE)、敵戦車全てに向けて放つから。
命じられる前に装填して・・・頼んだわよ?!」
攻撃を掛ける直前に、ミユキが装填手ヒロコに命じる。
「りょ、了解です!」
いつもと違う、低い声で命じられたヒロコが戸惑いつつも復唱を返すと。
「ナオ、全車に援護射撃を命じる。奴等の足止めと、隙あらば側面を狙う様に」
中隊の魔鋼チハの中で、もう一両だけが75ミリ砲を持っていた。
第2小隊長車である4号車、ミユキが乗車している魔鋼チハ改と同じ車両。
その一両だけがマチルダに有効な射撃が出来ると思われて。
「第2小隊長に、穿甲榴弾(タ弾)の使用を許可して。
あの弾なら100ミリは貫通出来る筈だから・・・」
マチルダの装甲を側面ならば、貫通出来ると踏んだミユキの命令が下される。
照準器には一番最初に出て来た車両が映っていた。
相手が撃つ前に撃破出来るか・・・それが可能というのならば。
走行中射撃で、命中出来るのか。
相手は停まっているのだが、こちらは揺れ動く車体だというのに。
照準器の中で、目標としたマチルダは上下にブレ続けているというのに。
「射撃する!
目標っ、一番左のマチルダ。撃ち方始めっ!」
ミユキの左足が射撃ペダルを踏みこむ。
間髪入れず射撃音が車内に響き、硝煙と共に空薬莢が尾栓から飛び出した。
揺れ続ける砲身から撃ち出された徹甲榴弾は低い弾道を描き、目標へと紅い光を曳きながら飛んで往く。
目標到達迄時間にして1秒もない。
400メートルの距離をあっという間に飛んだ弾の行方は・・・
悲鳴を上げる事も、逃げ出す事も叶わなかった。
砲塔正面に突き立った徹甲榴弾は車内へ破滅的な破壊を齎した。
今の今迄、敵に阿鼻雑言を並べ立てていた砲手も、装填手も。
操縦ハンドルを握っていた操縦手は、一瞬の内に肉片と化した二人の姿を見たような気がした。
唯・・・その後で起きた爆発に因って、自分も同じ道を追う事になったのだが。
「エバンスが殺られた!奴の砲は俺達の装甲をものともしないぞ!」
指揮官が驚愕の事実に狼狽える。
狙っていた敵から眼を離してしまって。
飛び来た敵砲弾が横に居た車両へと、狙い澄ましたように吸い込まれるのを唖然と見詰め、
想像もしていなかった結末に唯、叫ぶよりなかった。
第1撃はこちらの思う壺に嵌った。
しかし次なる攻撃では、逆にこちらが恐慌状態にならざるを得なかった。
突っ込んで来た敵戦車は、走行射撃で命中させてきたのだ。
偶然か、それとも敵には揺れる砲でも命中させれる技術が備わっているというのか。
味方の被害を観たエギレス戦車達は、迫り来る一両の中戦車の姿がハンニバルの像にも観えたことだろう。
「馬鹿なっ、偶然に決まっている。
エバンスは運が無かっただけの事だ!」
指揮官は仲間の死が、偶然に因って齎されたのだと言い切った。
命中した事が、彼の不運の所為だと。
混乱したエギレス戦車隊であったが、命令は敢然と執行される。
先に撃って来た先鋒の一両目掛け、集中射撃をかける事を。
「ファイアっ!」
指揮官自らが射撃する。
残った他の4両も、ほぼ同時に射撃した。
5両から撃ち出された2ポンド徹甲弾が、
砲塔が他の戦車よりも大型な、先頭を往く車両目掛けて飛んで行った。
吸い込まれる様に飛んで行った5発に、命中を確信した指揮官が、細く笑う。
「よし、命中だ」
自分達が放った弾に、絶対の自信を持って。確実に撃破したと認識して。
「アキナ!撃って来るわよ。緊急停止!」
初弾を放ち終えたミユキが命じた。
聞こえた声に何も考えずに従って、ブレーキを思いっきり踏み込むアキナ。
キャタピラが軋み、地面を噛む。
やや左方向に振られながらも、魔鋼チハ改の征き足が停められる。
その瞬間に。
「敵が発砲したでしゅ!」
ナオの絶叫が車内を緊張に包み込んだ。
ミユキの眼には赤黄色い弾が飛んでくるのが映っていた。
敵の4センチ砲弾が光の尾を曳きながら飛んでくるのが。
「護れ・・・魔砲よ。我に仇名す者に鉄槌を与える為に!」
蒼き瞳の中に、紅く染まった部分が垣間見えた。
魔砲の力以外に潜んでいるのか。
何かがミユキを支配しようとしているのか・・・
普段とは全く違う声、表情を見せるミユキが、右手の珠に呟く。
まるでミユキの呪いが放たれたかのように、砲塔正面装甲が厚みを増した。
防盾だけが100ミリ装甲だったのが、面積を拡大していく。
やがて砲塔正面全部が100ミリ厚装甲になった時。
ガツンと物凄い衝撃が2度、車内を揺るがせた。
揺るがせただけで、何もおきなかった。
敵弾は命中音だけを車内に響かせるだけで、影響を与える事も無かった。
「弾けたみたいです!直撃だったのに?!」
装填手のヒロコが両耳を押さえて眼を丸くしていた。
第1撃で僚車が擱座の憂き目にあったというのに。
この車体は敵弾を弾き、内部に居る者達にも影響を与えていない。
まるで魔法だな・・・そう思ったヒロコが。
「中尉!装填完了しています。今なら敵も正体を見せています!」
我に返り、射撃を求めた。
「焦らなくていいのヒロコ。
奴等を駆逐してやる、私の手でね・・・残らず地獄へ送り込んでやるわ!」
照準器を睨んだまま答えて来たミユキの声色は、何者かが憑りついてしまったようにも聞こえた。
「見たでしょ?この乗り物には奴等では歯が立たない事を。
エギレス戦車では私に歯向かう事なんて出来はしない事が・・・」
靡く髪色がどこか澱んで来ているような気がしていた。
振り返らずに照準器を睨み続ける中隊長の後ろ姿が、どことなく闇に沈んだようにも感じられた。
「・・・まさか、車長?」
ヒロコはその光景をどこかで観た事があると気付いた。
自分が陸軍に入る前、自分が魔法使いだと自認するきっかけになった出来事を。
<光野中尉・・・まさか、心を奪われかけている?>
魔法力を持つ者が、自らの意志とは違う行動を採ってしまった時。
<闇・・・悪魔に魂を奪われかけているというのか?>
目の前で魔力を放ち続ける姿には、何か別の人格が現れ出ているとも感じられたから。
装填手がミユキをそう感じている間も、戦闘は続けられている。
魔鋼チハ改を撃って来た敵5両に、味方が反撃をかけた。
5両の魔鋼チハが装備するのは高い貫徹力を誇る47ミリ砲。
残りの1両は、ミユキ車と同じ75ミリ砲弾を放つ。
各個が思い思いの敵に撃ちかけた結果は。
「1両撃破したようです!」
「やはり穿甲榴弾を撃ったチハ改に因ると思われましゅぅ!」
アキナとナオが、同時に観測報告を伝える。
建物の影から黒煙が吹き上がっていた。
それは敵が噴き出した炎上したという証でもある。
「・・・余計な事をするんじゃない・・・全車は私の邪魔をしないように退がっていろ!」
その声にナオもアキナも振り返る。
一体誰の声なのかと訝しんで。
二人が眼にしたのは、巫女の魔法衣に身を包んだミユキだった娘の姿。
「あ・・・」
「うわぁ・・・でしゅ?!」
黒髪に戻った。いや、違う。
黒目に戻った?・・・全く違う。
「光野中尉?どうされたのです?」
二人の顔から恐怖を感じ取ったヒロコが、砲の脇からミユキを見た。
「私が全ての仇を打ち倒してやるわ。誰にも邪魔なんてさせやしない!」
ヒロコの耳に聞こえてきたのは、悪魔の声なのか?
「この戦場に居る敵の命は、私に因って潰え去られればいいのよ!」
薄く笑む口元は醜く歪み、呪いの言葉を吐き続ける。
「死ね・・・死んでしまえ!私に刃を向けた罪を命で贖うが良いのよ!」
砲手席に居るのは光野中尉ではなかった。
憎しみと呪いの言葉を吐く悪鬼の姿に堕ちてしまった娘の姿。
呪いの言葉を吐き、魔砲を操る・・・唯の魔女でしかなかった。
「光野中尉?中隊長っ?!」
ヒロコの絶叫が車内に響き渡った・・・
襲い掛かる死の戦慄。
戦いには犠牲が憑き物。
それが戦場という地獄だと、ミユキは初めて気がつくのだった・・・
次回 戦車の闘い Act6
君は怒りに任せ力を奮うのか?!襲い掛かる悲劇に心を貶めるというのか?!