戦車の闘い Act3
不測の事態に考えが纏らなかった。
敵に因って受けた味方の被害。
それが何を意味していたのかを、自らが知る事になるなんて・・・
市街地の建物を遮蔽物としたエギレス王国戦車隊。
半ば姿を隠し、攻め寄せる敵に砲を向けていた。
指向された砲は2ポンド砲。
口径4センチに過ぎない砲でも、当時の戦車には有効だと目されていた。
この52口径2ポンド砲(オードナンスQF2ポンド砲)を装備する重量27トンの戦車は、
歩兵戦車として開発された、強力なる装甲を誇る中戦車であった。
あまりに厚い装甲であるが為と、動力性能の低さが足回りの不備を招き、
本車の行動力を著しく制限し、歩兵戦車たる所以ともなっていた。
但し、歩兵戦車として開発された経緯を考えれば、痛し痒しなのかもしれない。
そのマチルダⅡと呼ばれる装甲中戦車は、日の本陸軍の間でも情報が入っていた。
前面装甲が75ミリもあるマチルダを如何にして撃破出来るのかが、焦点になっていたのだ。
砲塔も75ミリの厚い装甲で護られ、当時の57ミリ砲を搭載する陸軍保有戦車では撃破不可能とされていた。
だが情報を手にした機甲科は、対抗手段を造った。
新たな戦車と、新式砲を作っていたのだ。
それは、事変が勃発する数週間前の事だったという。
間に合ったのは僅かに16両とも、18両とも謂われる。
貫通性能を高めた47ミリ砲を持つ、新型戦車。
僅か16両が魔鋼戦車隊として南方に送り込まれた。
もう2両の同型戦車に於いては、その砲より口径が大きな車両であったとされる。
車体も同型に比べて僅かに大きく、装備されてある砲塔も大きい。
機甲科は実地検査を兼ねて送り込んだという。
砲兵科の車両だったという説がある車両は、本来は魔ホイとでも呼ぶのが相当だろうが。
(作者注・ホは砲戦車の<ホ>、イは第1番設計車という意味の<イ>)
口径75ミリの短砲身装備車両を搭乗員達は、便宜上47ミリ砲型と区別する為に魔鋼チハ改と呼んだ。
スリム川周辺の市街地に潜む9両のマチルダは、接近する車両に砲を向けた。
「指揮官より命令、市街地に入られる前に各個撃破せよ!」
2ポンド砲に装填されたのは徹甲弾。
装甲を貫通させられる鋼の弾頭を持つ対戦車戦に適した弾だ。
元々、マチルダの砲は強固なトーチカを撃ち抜く為の、速射砲を改良した戦車砲を搭載していた。
初速792M/sを誇り、距離457メートルで52ミリの貫徹力があったこの砲で、
市街地の遮蔽物に隠れて敵を狙いすましていた。
川の前面に拡がる市街地まで僅かに1キロへと、ミユキの第3中隊が近寄った時だった。
「敵には対戦車陣地がある模様でしゅ。
第1中隊から報告が入りましたでしゅ!」
無線から聞こえた通報を傍受したナオ上等兵が、砲手席に居るミユキに伝える。
「うん?対戦車砲陣地がそうそう造られている訳がない筈よ?」
市街地の真反対に位置する第1中隊からの報告ならば、第2中隊が支援に向かうだろうと踏んでいた。
それに反対側であるこちらに、敵は注意を払ってはいないだろうとも思っていた。
「各小隊に、一応注意を促しておいてナオ」
中隊長として各小隊の行動にも気を使わねばならないミユキが、心配しているのは敵に攻撃を掛けるタイミングだった。
敵が第1中隊に気を奪われている今こそがチャンスであり、急ぎ挟み撃ちに攻撃すれば味方の援護にもなる。
「全車、陣地戦に備え!榴弾装填!」
この時ミユキの頭の中にあったのは、報告に在った対戦車砲との闘いだけだった。
市街地を包囲攻略せんとした魔鋼戦車隊の第1中隊と救援に向かった第2中隊の各車は、
違った方向からの射撃を受けて混乱した。
射撃を加えてくる場所が特定できない・・・陣地からの射撃とは思えなかった。
射撃を受けた普通のチハの内2両が擱座し、搭乗員が脱出を余儀なくされていた。
敵弾は対戦車砲だとは考えられるのだが、発砲位置が微妙に換っている。
重い対戦車砲を簡単に移動出来るとは思えない。
機動出来るとしても、迅速な配置転換がこれ程までに可能だとは思えない。
考えられる事は唯一つ。
姿が見えなくても、隠れているとしても。
熟練の機甲兵には相手の正体が伺い知れた。
魔鋼戦車隊指揮官である向田中佐は、直ちに配下の戦車隊に警告させた。
「連隊指揮官車から警告れしゅ!敵は機動する車両なり。
対車両戦、対戦車戦用意。魔鋼隊は敵戦車に備えよ・・・でしゅ!」
ナオの声が心臓を鷲掴みにする。
聞こえた敵の正体に、心拍数が跳ね上がる。
早鐘の様に心臓の音が高まり、血の気が退いてしまう。
ミユキは命じてしまった自分の早計さに、舌打ちをする間も無く叫んだ。
「ナオっ!各車に緊急命令を。全車対戦車戦に備え!徹甲弾に弾種変更せよ!」
一度装填してしまった弾を抜き取る手間。
その瞬間にも、敵が撃って来るかも知れない。
いくら魔法戦車と云えども、敵に先手を取られればどうなるかは分からない。
「ヒロコっ!徹甲榴弾よ、徹甲榴弾に弾種変更っ、急いで!
アキナ、緊急停車。周りの安全を確認します!」
市街地までの距離は僅かに500メートルにまで迫っていた。
もしも市街地の中に敵車両が隠れているとしたら、もう射程距離に入っている。
ミユキは戦車戦を未だに理解していなかった。
日の本戦車兵には対戦車戦という物を経験した者が、数えるくらいしか居なかったのだ。
誰にも教わる事が出来なかったから・・・ミユキの判断は何を教えるというのか。
市街地に建つ建物の角を利用して隠れていた者達には、願っても無い勝機と云えた。
「ラッキィー、敵は自分から停まってくれたぞ!しかも十分射程に入っている!」
車長用ハッチから双眼鏡で観測していた指揮官が口笛を吹き鳴らし。
「第1、第2小隊。各個に撃て!左端から第1目標とする。
距離500、停止目標に付き直接照準・・・撃て!」
ミユキ達の第3中隊第3小隊に目掛けて、発砲開始を命じた。
気が付いたのは発射焔が光ったから。
市街地の中から6発の砲弾が自分達中隊目掛けて飛んで来たから。
「しまった!」
ミユキの叫びはナオの叫びと重なる。
「車長っ!敵発砲っ、市街地からでしゅっ!」
飛んで来た徹甲弾が、一瞬の内に第3小隊目掛けて襲い掛かって来た。
魔鋼状態になるように命じてはいたが、、装甲が厚くなれるとは限らない。
ミユキの眼には入らなかったのだが、6発の砲弾に晒された3台の僚車は・・・
「中隊長!第3小隊2番直撃を受けた模様!」
右舷砲塔スリットから観測した状況をヒロコが叫ぶ。
「なんですって?!」
ミユキの声が上ずっている。
「車長!第3小隊長から報告、2番、3番破損っ。乗員を脱出させる為1番が盾になるとの事でしゅ!」
「なんですって?!」
ナオの報告にミユキの表情が強張った。
6発の砲弾が2両の味方を擱座させた・・・つまり味方の残りは7両。
たったの6発だったが、奇襲を受けた第3中隊の被害は甚大だった。
それにも増して、ミユキの思考さえもが奪われてしまっていた。
頭の中が受けてしまった被害が、自分が下した命令に因って起きてしまったからだと。
味方に損害を与える結果になった事で、ミユキの思考はパニックへと貶められたのだ。
「中隊長!早く動かないと狙い撃ちになります!」
いつも冷静なヒロコがミユキの肩を揺らすまで、恐慌状態から抜け出せていなかった。
「そ、そう!各車敵の射撃に注意っ。直ちに戦車戦を行います!」
まだ、頭の中では混乱を極めているミユキに。
「車-長っ!突っ込むのですか?退くのですか?」
アキナが進むのか退くのかを問い質してきた。
「つ・・・突っ込むのよ!敵の所在を確認しながら!
後退スピードじゃぁ、的になるだけだわ!
アキナ、蛇行しつつ接近して!全速力でよ!」
やっとまともな命令が下された。
もし、ミユキが後退を命じていたのなら、間違いなくもっと被害が出たであろう。
しかも敵の射撃を受けながら後退していけば、敵の位置さえも確認出来なかっただろう。
「残りの7両で敵を叩きます。
6発飛んで来たのだから、敵は少なくとも6両居る事になる!
各車徹甲弾装填、発見したら命令なく発砲せよ!」
姿の見せない敵に向かって突きかかる、ミユキ達第3中隊残存車両の前に姿を現すのは?
市街地まで500メートルの距離が、ミユキには数十キロにも思えていた。
至近距離にまで肉薄する事がどういう事なのか、ミユキにも搭乗員達にも分かりはしていなかった。
市街地から各個に射撃を行うエギレス軍に、日の本魔鋼戦車隊は突きかかる。
敵の砲火を潜り抜けようとして・・・
強烈な衝撃だった。
初めて受けた味方の被害に。
ミユキは自分の失敗だと心を貶めかけていた・・・
次回 戦車の闘い Act4
君の魔砲力は並外れていた・・・そう。始まりからソレを羽織れるなんて!