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戦車の闘い Act2

戦車隊は進む。

一路、敵陣地目掛けて・・・

荒野を奔る駿馬しゅんめのように。

佐伯挺身隊の攻撃は、偵察軽戦車に便乗して来ていた斥候兵からの報告で決まった。


敵陣地に配備されていたトーチカと、機銃陣地。

それとあらかじめ北方に向けられていた砲陣地。


佐伯支隊長が戦車隊に命じたのは、主だった陣地への奇襲攻撃だった。


命を受けた向田魔鋼戦車隊指揮官は、各中隊ごとに攻撃目標を設定させた。

向田中佐が直卒じきそつする第1中隊は、57ミリ短戦車砲を装備した通常のチハであり、

機銃陣地かトーチカの撃滅を図る為に、スリム市街地方面へと向かった。

一方ミユキ中尉が率いる魔鋼チハ第3中隊は、スリム左方面に展開しているであろう砲陣地、

若しくは迫撃砲陣地へと向かう事になっていた。

正面には第2中隊の魔鋼チハが両方向に向かえる体制で備えていた。

敵に有効な対戦車陣地が備えられてはいないとの判断の元で。


作戦は佐伯挺身隊の九七式偵察軽戦車テケが発見された時に始まった。

偵察軽戦車と云っても、武装は僅かに短砲身の37ミリ砲を備えているだけの車両。

そして装甲とも言い難い位の薄い鉄板しかないテケに、機銃陣地からの発砲が注がれた。


「指揮官から突撃命令でしゅっ!」


機銃から手を離したナオが、キューポラのミユキに命令を伝える。


「了解!中隊全車に突撃命令っ。戦車前進っ!」


操縦手のアキナに向けて進発命令を下すミユキが、手にした赤鞘を振り下ろした。


挿絵(By みてみん)


市街地から見えにくい森の中から、第3中隊9両がディーゼル音も高らかに進み出る。

第3中隊が装備しているのは魔鋼チハと呼ばれる魔法の中戦車。

9両の内、車長が砲手を務めるのは2両だけ。

後の7両は車長が装填手を務めていた。


「砲撃準備!ヒロコ、榴弾を装填!」


キューポラから降りたミユキが左舷の砲手席に着く。

命じられた装填手のヒロコが、重い75ミリ榴弾弾筒りゅうだんだんぽうを左の拳骨で装填する。


ミユキの乗る魔鋼チハともう一両だけが、他の7両よりも大きな口径の砲を備えていた。

通常のチハが、47ミリ戦車砲を備えてあるのに対し、2両だけは75ミリの短砲身戦車砲を備えていたのだ。


但し、口径が大きいというだけで、他の47ミリ砲を備えた魔チハより貫徹力が勝っている訳では無かった。



なぜミユキ達の乗る車両が装填手を必要とし、車長が砲手を務めているのか。

他の車両の装備する47ミリ砲の射撃装置が、

それまでの57ミリ榴弾砲と同じ肩付け方式を採られていたから、砲手が装填迄もこなしたからである。

それに比べて、75ミリ砲弾は片手では装填出来ない程の重さと長さを持っていた。

為に、専門の装填手が必要とされた。

装填手が車長を兼ねている通常のチハと、魔法を加える事で力を伸ばせられる魔チハ。

射撃を受け持つ者が砲に魔力を加えるには、やはり砲手が適任ではないのかと目されたからでもあった。



以前、ナオ達がミユキに言っていた通り、各部署に専門の人員を配置出来れば効率が良くなる。

この時代、まだ戦車の何たるかが確立されてはいなかった。

戦車に5人以上が乗り込むようになるのは、この事変の終盤。

ミユキ達の闘いの結果が、教訓として報じられてからの事だった。

それは魔鋼の技術に新たなる局面を与える事にもなるのだが・・・



第3中隊の各車が目標の陣地目掛けて殺到する。

敵陣地に観えたのは砲を北方に向けたまま、配置に就いている植民地兵。

指揮を執る者が慌てふためき指向させようと躍起になっている姿。


ミユキには憐れんでやる時間も無かった。

唯、目標を破壊する事のみに集中していた。


「撃ち方始めっ!全車攻撃始め!」


無線手ナオへ向かって叫んだミユキの手が電気発射握弊を押し込んだ。


くぐもった発砲音が車内に轟き、75ミリ榴弾が陣地へ翔ぶ。

機関部との境に着けられた換気扉に、発射硝煙が吸い込まれていく。

エンジンの吸気を車内から取り、機関部の点検を行う為の扉に向けて流れる煙。

車内に籠る事も無く眼が翳む様な心配はなかった、エンジンが壊れない限りは。


「目標破壊!第2目標に向かって!左舷11時の方向!」


照準器に入って来る敵陣地には、生き残っている野砲をこちらに向ける砲隊員が観えた。

目標までの距離はおよそ600メートル。

野砲の口径が何センチかは解らないが、直撃を受けてしまえばどうなのか解らない。


今迄の戦車なら、どんな小口径の砲だとしても貫通は免れはしないだろう。

小銃弾や機銃弾ならイザ知らず・・・


「ヒロコ榴弾!急いでっ!」


装填を急がせるミユキが電動旋回機ハンドルを操作して叫んだ。

砲塔の小さい普通のチハでは手動旋回だったが、75ミリ砲を装備する搭乗車は違った。

大まかな旋回は電動機で、照準を着ける際には手動で。

こんな技術も新たに付け加えられていた。

魔チハの中で、ミユキが搭乗する75ミリ砲装備機には。


目標が発砲する前にミユキが撃った。

榴弾が陣地で炸裂すると、数人の砲兵が宙を舞った。

それは砲が使えなくなった証でもあり、操作できる者が居なくなった証でもあった。


第3中隊各車は、各々の前にある陣地を次々に破壊、撃破していった。

7両の装備する47ミリ砲では榴弾としての能力が低く、数発の弾が必要だったようだが。


「各小隊から報告。各車異状なしでしゅ!」


ナオが報じた通り、奇襲は成功のようで味方に被害は無い様だった。


「そう、それなら良かった。このまま陣地を抜けて味方と合流しよう!」


ミユキは損害が無かったことに気を善くし、


「でも、前方の市街地付近は要注意するように。

 敵が隠れるとすれば建物の中だから、手りゅう弾を投げつけて来るかもしれないわよ」


市街地に入れば、壊されていない建物の中から歩兵が襲ってくるかもしれない。

出来るなら敵が後退してから市街地へは入りたいのだが。


「それじゃあ、観えている建物すべてに砲撃を掛けますか?」


ヒロコが次弾の榴弾を片手に訊いて来る。


「まさか、弾にも限りがあるのだから。

 居もしない敵に向けて撃つほど裕福じゃないでしょ?」


ミユキが残弾を気にするのには訳がある。

挺身隊に与えられた任務からして、この後も追撃戦を命じられる惧れがあった。

燃料は何とかなっても、弾の補給が間に合うかどうか。

しかも、自車両に備えられてあるのは他の車両とは違い、

積載量に余裕がない75ミリ砲弾だったからで、お互いに融通が出来なかった為である。


「そうですねぇー、徹甲弾で陣地を撃っても意味がないでしゅぅからねぇー」


機銃眼鏡で辺りを観測しながら、ナオが口を挟んで来る。


「お前は黙って無線に齧りついてろよ!」


操縦手のアキナがギアを変えながらぶっきらぼうに言い返す。


「へいへーい。損な役回りでしゅぅーっ!」


この無線手が居るだけで、どれほど殺伐とした車内が救われているのか。

操縦手との掛け合いが、ミユキの心を取り戻させる。


「そうよねぇ、ナオが言う通り。

 敵の車両でも現れない限りは宝の持ち腐れってやつよねぇ」


装填手のヒロコに目で合図する。

その眼が弾庫に頭を覗かせている弾に向けられて。


「折角内地から持って来た弾なのにねぇ。

 他の中隊では使っているのかしら?それとも使わず終いが良いのかしら?」


蒼い塗料が塗られた少数の弾。

弾庫に仕舞われて、出番を待つ弾とは。


「車長、こいつを使うのなら。

 相手は同じ戦車が相手だということですからね。

 使わず終いに終えれるのなら結構な事じゃないですか?」


装填手のヒロコが肩を竦めて言い返す。


「ごもっとも、でしゅー!」


揚げ足をとるナオがまた口を挟んで来ると、帽子をこつんとアキナが叩く。


「ちゃんと仕事しろよ!そんな事じゃ命令を聞き逃すぞ!」


無線手が命令を聞き逃したりすれば、それだけで作戦が齟齬をきたす。

しかもこの頃、日の本戦車に装備してある無線は雑音を拾いやすく聞き取れない事も多々あった。


「やってますってば、大丈夫でしゅから!」


機銃の取り付け部分下方にある無線機をトンと叩いて自信の程を伺わせる。

トンと叩いて言い切ったナオの顔がそこで変わった。

一瞬で・・・車内の空気が変わる。

今の今迄冗談をほざいていたナオの手が受話器に添えられたから。


「中尉!第1中隊に損害が出た模様でしゅっ。

 どうやら対戦車砲陣地があるようなのでしゅーっ!」


第1中隊の装備しているのは、通常の中戦車チハ。

装甲も魔チハより貧弱で、砲も頼りにならない短57ミリ榴弾砲だ。


「向田隊長はなんと言われている?

 第2中隊を向かわせる気だろうか?」


アキナが操縦桿を握り直してミユキの判断を待った。


「対戦車砲が相手なら、第1中隊でも対処出来るでしょう。

 でも、万が一に備えて・・・魔鋼態勢を発令します!」


ミユキの判断に曇りはない。

味方に損害が出たのなら、相手は戦車を倒す力を備えているという事。

備え無しにかかれば、第1中隊と同じ轍を踏む事にもなる。


「魔鋼準備、各車対陣地戦から砲撃戦へ移行。

 敵が対戦車砲を備えているのは間違いない!

 最悪の場合、敵戦車の出現も考慮に入れて!」


ミユキが命じたのは、勘が働いたから?

それとも何か危険を悟ったから?


中隊の前には、市街地の建物が迫っていた。

後方に川を控えた市街地が・・・攻略ポイントでもある橋の前に。




向田魔鋼戦車隊第3中隊の前に隠れていたのは。


「こっちにも来たぞ!ブリキの玩具が!」


砲塔内に緊張が奔る。

4人乗りの車内で、指揮を執る中隊長が。


「奴等に俺達の戦車がどれだけ優秀かを知らせてやらねばな」


余裕を見せて部下を激励した。


「このマチルダの装甲を破れる戦車を日の本の未開人が持っている筈が無い。

 欧州での戦闘で培われた技術を、盛り込んだ戦車に太刀打ち出来る訳もない!」


歩兵戦車として造られたマチルダは強固な装甲を誇っていた。


「それに奴等の戦車はブリキの缶詰という話だ。

 情報部に入っている新型戦車でも、2ポンド砲で打ち破れるという話だからな!」


装備されている4センチ口径の備砲ででも、簡単に撃破可能だと信じているようだった。


「そうでしょうか?もしも敵に側面の弱点を撃たれでもしたら?」


操縦手がそれでも心もとないのか訊き返すと。


「我々9両が束になって掛かれば済む事さ。

 敵に正面を向けて入れさえすればいい事じゃないか!」


指揮官はあっさりと言い返す。

それは未だ、戦車同志が闘った事のない世界での話。

この世界で戦車戦という物がどんなものなのかが解っていなかった時代の話・・・


戦車がどれ程重要な戦術兵器なのかを見せつける事になった、最初の闘いが幕を開けようとしていた。



戦場は目の前にあった。

闘う者達はお互いを慮ることなく奪い合う。


命の火が消えるまで・・・


次回 戦車の闘い Act3


君は戦場から生きて戻る事が出来るか?懐かしき人の元へと!

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