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事変勃発 Act3

敵陣地に夜襲をかける魔鋼戦車隊。


指揮を執るのは第3中隊長、光野中尉である

南の空に星が瞬く。


煌々と指す月明かりの中、

掩体壕に潜む者達は今夜も何事も無く過ぎるとばかり思っていた。


闘いは遥か北方で始まると信じ込んでいた。


故郷を遠く離れた異国にまで出征させられた植民地軍の兵士達は、

自国の為とも思えない戦闘に駆り出された事を嘆き、闘う前から厭戦気分であった。

自分達の上官は遥か後方に居るだけで、前線へは視察に訪れるだけだったから。


掩体壕で束の間の平和を貪るように眠る兵士達には、

故郷に残してきた家族の夢を観る事だけが唯一の拠り所であっただろう。



それでも、軍隊である。

当然の事、突発の事態に対応するように訓練されて来た筈であった。

殆どの者が眠りに就いている中、歩哨を配置する事を怠っていた訳では無かった。

眠い目を持ち堪え、立ち番をしている数人の当番兵が警戒に当たっていた・・・



「おい、俺達はなんでエギレス王国の手先にならなきゃいけないんだ?」


当直の兵が横に居る植民地兵に言い募る。


「そんなの決まってるじゃないか、俺達の国が支配されているからじゃないか!」


睡魔に悩まされていた同州の友が苛立ったように答える。


「そりゃーそうだけどよ、故郷からわざわざこんな僻地まで連れられて来て。

 身に憶えもない土地を護れだなんて言われたって、闘う気にもなれねーんだよ」


言い返した兵は、既に厭戦気分になっているようだ。

帝国主義に飲み込まれた小国に、はるばる守備隊として派遣されていたのは、

植民地から募られた兵隊ばかりであった。

危ない場所を護らされるのは、こう云った自分達が王国民だと自覚のない植民地兵と、

一部の本国から派遣されて来た曰く付きの士官達だった。


「そうだよなぁ、戦争なんて辞めて帰りたいよなぁ」


独りの気持ちは、周りに居る兵達が同じく思う偽らざる本心。


「でもよ、日の本軍が攻めて来るって言っても、遥か北からだろう?

 ここまで辿り着けるかも判らねえんだろ?」


上級士官達が自分達に豪語していた額面通りなら。

劣った軍隊である日の本軍が攻め寄せる訳がないと教え込まされていた。

もし、攻め寄せて来たとしても、北の陣地で持ちこたえれば良いのだとも…


「そうよ、北の陣地には悪いけど。

 俺達の陣地にはやって来れねえよ、出動を命じられなきゃ闘わなくて済むだろうさ」


二人は眠気を誤魔化す為にも話し合っていた。

もしも黙って歩哨を務めていれば、もっと早くに気が付いていたかもしれなかったのに。







3中隊1号車のキューポラで夜光塗料の塗られた時計の針を見詰めるミユキが。


「突撃開始まで後5分!」


腕時計から眼を戻し、薄っすらと夜目に映る敵陣を見据えた。


「中隊長!各車突撃準備完了でしゅーっ!」


無線手を兼ねる青野あおのなお上等兵が、機銃の装填を確かめて報告する。


「うん、各車に予定通りに行動せよと命じて!」


もう一度辺りの状況を確かめてからハッチを閉じたミユキが。


「アキナ!なるべく排気炎を出さない様に気を付けて。

 火が観えたら目標にされちゃうからね?」


操縦手の野末のすえ 明奈あきな上等兵に命じる。


「りょーかぁい!」


抑揚の付いた答え方をしたアキナがギアをニュートラルから1速に入れる。

キューポラから降りたミユキが左舷にある砲手席に腰を下ろすと。


「中隊長、第1撃はどうしますか?」


装填手の伍長、色部いろべ 寛子ひろこが弾種を訊ねてくる。


「そうね、多分・・・榴弾で善いと思うわ!」




敵陣地への夜襲を目論む、独立魔鋼戦車大隊第3中隊である光野中隊が待機していた。

敵陣地の側面に廻り込む事に成功したミユキの中隊に、攻撃命令が下ったのは僅か数十分前。


急ぎ敵陣を偵察した結果、殆どの火砲は北方に向けられている事が解った。

つまり、敵はまさか側面から攻撃されるとは考えてもいないという事。


挿絵(By みてみん)


攻撃は戦車中隊長であるミユキの判断に一存される事になった。

そこでミユキは即断即決し、夜襲をかける事にした。

敵の戦力も掴めていないが、こちらの戦力も敵には掴めないだろう。

まして夜襲となれば尚の事・・・


腕時計が陽ののぼる1時間前を指した。


「ナオ!各車に命令っ、全車突撃せよ!」


無線手のナオに戦闘開始を命じた。


「アキナ!戦車前進っ!」


操縦手のアキナに突撃を命じる。

素早くアクセルを踏み込んだアキナに因り、魔チハは森の中から出撃を開始した。


「目標っ、敵側面の機銃陣地!榴弾装填!!」


第1撃は榴弾と弾種を決められていたヒロコが、一瞬の内に()()ミリ榴弾筒の装填を完了させる。


「装填よしっ、発砲準備よし!」


硝煙廃棄口(機関室扉)を開放させたヒロコが、車長であり、砲手を兼ねるミユキに復唱した。


「よしっ、砲撃開始。攻撃開始!撃ち方始めっ!」


無線手に向かって戦闘の開始を宣じ、自ら照準器を睨む。


ミユキの眼は、月明かりに映える陣地を捉えていた。


「射撃開始っ、撃てっ!」


陣地攻略戦の第1撃は、ミユキの放った1発から始まった。





話し合っていたから・・・聞こえていなかった。

それは言い訳に過ぎない。

歩哨たる者が務めを果たしていなかった事が、戦場を阿鼻叫喚の中へと貶めた。


二人の植民地兵達が異変に気が付いたのは、自分達の命が絶たれる瞬間の事だった。

砲撃音が横合いから聞こえた。

何が起きたのか判断するまでも無く、榴弾に因って機銃諸共吹き飛ばされてしまった。


「敵だ!敵襲だ!」


周りの兵達が狼狽えるのを誰も停めれずに、一緒になって逃げ腰になる。


光野中隊に因る砲撃で、陣地の兵達は飛び起きる。

砲撃音が湧き返り、陣地の中は早くも大混乱となる。

直ちに銃を持つ者は少なく、驚きのあまり陣地を放棄する者まで現れだす。


「何をしているんだ!陣地に戻って護り抜け!」


指揮官達は部下の植民地兵に叱責を投げる。

だが、浮足立った兵達の戦意は低く、ともすれば逃げ腰になってしまう。


「馬鹿野郎!逃げるな、闘え!」


指揮官は逃げ出す兵に向かって銃を構える。

現地に君臨していた支配者達の声に、耳を貸そうともしない兵達に向かって。


「逃げるなら敵前逃亡で射殺するぞ!」


浮足立った兵に向けて、闘う様に命じたつもりだったのだろうが。

一度浮足立った兵に対しては逆効果だった。


「そんなに闘いたいならお前達王国の兵で闘うと良いさ!

 俺達は故郷へ帰りたいんだ。こんな異国で死ぬ訳にゃいかねぇんだ!」


一人の兵隊が反抗する声をあげ、逃げ出そうと走り出した。


「待て!貴様っ、上官反抗罪で撃ち殺すぞ!」


逃げる兵に向けて銃を構えて・・・撃ってしまった。

当てるつもりではなかったのかもしれない。

だが惨い事に、弾は彼を打ち倒してしまった。

指揮官たる者がそのような態度を示した事に因り、植民地兵の戦意は喪失されてしまう。

勝手に陣を離れ逃げ出す者。

敵弾に吹き飛ばされる者・・・

そして、今迄上官と崇めていた者に銃を向ける者まで現れる始末になった。


最早この地を守備する事はエギレス王国軍には無理であった。

いや、王国軍の指揮官達には・・・と、言った方が善いだろう。




「左舷方向に対戦車砲!」


大混乱する敵陣地にあり、未だに抵抗するのは各種の砲を備えた砲陣地くらいだった。


「第3小隊が向かいます!」


次々と無線連絡が入るのか、ナオがひっきりなしに叫んでいた。

他の3人があまり被らない戦車帽を着け、

よく聞き取れないイヤホーンからの音を聞き分けている。

無線手としての任務の他に、機銃手として周りの敵にも警戒せねばならない。

多忙な仕事をこなすのは熟練者でなければ負担が大き過ぎた。


「ナオ!敵は浮足立っているわ。もう一押しだからね!」


ミユキの励ましにも応えられず、機銃を手に血走った眼を銃眼に着けている。


車内には硝煙が発砲する毎に噴き出し、機関部扉に吸い込まれていく。

戦闘中の魔チハにも敵弾が当たっている音がする、カンカンと。

抵抗する者達が未だに居る証拠。

戦車に向かって発砲して来る兵がいる。

だが、貫通出来ないと悟るや、懼れたのか銃を放り出して逃げ始めた。

小銃弾や機銃弾ではどこの部分をも壊せられない・・・そう、気がついたのだ。

つい数年前の八九式ならば、こうはいかなかっただろうに。



新型車両の初陣は、敵に恐怖を植え付けた。

植民地兵達の間で、後々にまで語られる事になる。

いずれは自分達にも戦車が欲しい・・・と。

敵と闘う為には、同じように戦車が必要なのだと。

逃げ行く者達は、いつか自分達の国が立ち上がる時に向けて思うのだった・・・



敵に戦車は居なかったのか、とうとう陣地を捨てて敵が退き始めた。

たったの9両で敵の陣地を陥落させれた事にもなる。

尤も、戦車を知らない敵兵が多く居たという事にも由るのだが。


ミユキ達の初陣は斯くも容易く成し遂げられる事となった。


唯、敵兵達の中でエギレス兵が殆ど居なかった事に因る陥落だった事を知り得ず。

唯、組織だった抵抗さえも受けなかった事によるとは分からず。


敵陣地の中で、戦車に踏みにじられた兵達の怨唆だけが残っていた。

どうして死なねばならなかったのだ・・・と。


戦車は陣地を踏みにじる。

それは守備する人をも踏みにじる行為だと気がつかないのか?


戦いは勝った者にも恐怖を与えるのか?!


次回 事変勃発 Act4

君の前に居る仲間は弱き者だというのなら、君は強いと言い切れるのか?

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