事変勃発 Act2
居留民達が隊を成して逃げ来る。
不穏な時局に際し、身に迫る危険を察知して。
そう・・・南の土地に嵐が近づいていたから。
鋼鉄の嵐が・・・・
軽戦車と呼べるのかどうか。
二人乗りの軽車両が、丘陵地帯に隠れていた。
元々は運搬用の車両として造られた無限軌道の偵察軽車両、略してTK94式。
機銃を搭載する小さな砲塔を持つ事から、
偵察車両として捜索大隊などに補充されていた小さ過ぎる戦車。
二人の乗員が為すべき事は唯一つ。
敵状を味方に報じるのみ・・・
全長が3メートル程の小型車ならではの仕事と云える。
但し、敵状を探る小型車には有効な反撃手段は有りはしないともいえる。
敵に先んじて発見できなければ・・・
「斥候の捜索隊から、報告は?」
戦車隊は進撃路を確保する為陣を構えて待っていた。
「まだありません、もう報告時間は当に過ぎていますが・・・」
指揮官たちの会話を漏れ聞いて、ミユキは心配を募らせていた。
― もしも、敵が先に布陣を終えたのなら、攻撃は強襲になる・・・
部隊が集結するのを待って、敵陣に先制攻撃を掛ける予定だったが。
情報を求めた指揮官に因り送り込まれた捜索隊との連絡は未だとれていない様だった。
ー 敵の規模も布陣さえも判らない状態で突入するのは危険過ぎる!
闘いに不慣れな自分でさえもそう考えるというのに。
指揮官達は自隊の装備に自信があるというのか、闇雲に攻撃命令を下そうとしていた。
カムーラン湾から一路南下した日の本軍は紛争の激化を受けて、
当初より目的であったエギレス王国の植民地に向けて進撃していた。
各方面からの情報では、海軍は艦隊を以って周囲を封鎖し、陸軍の援護となしていた。
また、目的地であるガポール要塞には植民地から派兵された現地駐留軍の総数は凡そ3万名とされていた。
要塞までに至る各要衝にも、派遣された部隊が陣を構えている筈であった。
ミユキが属する第5師団の前に現れたのも、要衝の一つであったのだが。
「陣地に籠る敵部隊の規模は懼れるに足らん。
こちらが全力で突きかかれば、早々に引き上げるだろう」
何を基準にそう言えるのだろうか?
敵の規模もどこに主力を置いているかも判らないというのに。
「こちらには戦車がある。
敵の防御陣地を踏みにじれれば、勝手に退散するだろう」
敵陣がどのような物かも判らないというのに、陣地を踏みにじれるものか。
それ以前に陣地が何処にあるのかさえも、判明していないのにどこへ進めば良いのか?
あまりに杜撰な戦法を、指揮官が決めようとしている。
唯突きかかれば勝てるとでも思っているのだろうか?
「我々戦車隊は何処へ向かえば良いのですか?
歩兵と共同できなければ敵にむざむざ殺られに行くようなものです」
危険を認知している魔砲戦車隊指揮官向田中佐が意見具申したが。
「ならば、敵陣を掌握しながら闘えば良いではないか。
機動力は歩兵よりも圧倒的に戦車が上なのだからな」
師団司令部の高級参謀達は執り合おうとはしなかった。
「では、戦車隊独自の戦闘方法でも構わぬと仰られるのですね?」
同席していた捜索隊指揮官の佐伯中佐が意を汲んで唱えた。
「要は、敵を敗走させれば良いだけだ。その他の事など関知せん」
司令部の参謀からも捜索連隊長の意見を呑む声が上がった。
「では、この佐伯にお任せくださいませんか。
戦車隊との連携を執り、前面に展開する陣地を破ってみせましょう」
捜索連隊と云っても、装備しているのは前書のテケ車のみ。
それに戦車隊を付け加えるだけで、どのような戦法が採れるというのだろう?
「向田君、君の隊と我が隊で特別挺身隊を作ろう。
機動力を生かした戦い方をみせてやろう」
見せてやろう・・・と、中佐は言った。
その相手が敵だけではない事は、戦車に乗る者が一様に感じていた言葉。
未だに戦争の主兵力が砲兵や歩兵に在ると、古い理念に拘る者に教えんとしていた。
師団主力は後方を進み、挺身隊は独自の判断で行動する事となった。
戦車の機動力を生かした戦法とは?
但し、行動するには油が要る。
デーゼルオイルが無くては動かす事も出来ない。
佐伯挺身隊長は補給の面だけが心配の種だった。
連隊規模の補給が滞れば、進む事も退く事もままならない。
ならば、補給が滞らない内に敵を退かせねばならないと判断した。
「我々の部隊だけでも相当な油が要るからって。
まさか光野中隊だけで敵後方を突けだなんて・・・」
ミユキは命じられてしまった事に不満を漏らす。
「ですがぁ、我々だけで戦争が出来るのならぁ、好き勝手できるじゃないでしゅかぁ!」
無線手が大きな声で言い返して来る。
「そーですよぉ、相手が戦車を繰り出してくるんなら、相手になれば良いんですからぁ!」
操縦手も振り返って同意して来る。
「光野中尉はそんなことを言っておられるのではないっ!
観測兵も砲兵隊の支援も無しに、敵陣へ突っ込む事に不満を言われているのだ!」
装填手がミユキの考えを受け取って、若い上等兵に教えた。
「うん、ひろ子伍長の言った通りだから。
敵がどこに居るかを見つけられれば問題ないけど。
無我夢中で闘うだけじゃぁ、危険な話だからね」
霧里霧中で斬り込む事は、無謀としか思えない・・・そう言いたかったのだ。
しかも自分の指揮する中隊、魔チハ9両だけで敢行せよと命じられたのだ。
「それもそうなのですが、よりによって我が中隊に白羽の矢が立つなんて」
ひろ子と呼ばれた伍長が愚痴る。
「私達の中隊が、一番訓練の成績が良かったからじゃないのでしゅかぁ?」
無線手兼機銃手の上等兵がキューポラのミユキに訊いた。
「そんな処かしらね?成績上位も問題があるって事かもね、ナオ?」
緩やかに揺れるキューポラから、機銃手の名を呼んだミユキが。
「なるべく燃料を喰わない運転で頼むわよ、アキナ」
操縦手の上等兵に頼んだ。
「りょーかい!」
ギアを変えたアキナ上等兵が片手を挙げて了解の合図を返して来る。
「それにしてもですよ車長、なぜこれだけ大きな車体になったのにですよ?
専門の砲手が置かれないのでしょうか?」
装填手のひろ子伍長がキューポラに居る車長で、砲手を兼ねるミユキに訊いた。
「その件はね、どうやら人員不足が災いしているんだって」
まだ、黎明期の魔鋼戦車には、全員が魔法力を持つ少女が配置されていた。
独りの魔法使いだけでは機械の安定が出来ないともくされていたから。
後に、一人の魔法使いで十分作動が安定すると判断が下される迄、
魔鋼戦車には魔砲少女が全装備に配置され続けた。
魔鋼戦車部隊に配属された魔法使いの少女は総数64名。
全車が魔チハでは無かったが、4人乗りという事では変わりがなかった。
「それは・・・どうしようもありませんね。
魔法使いだと自認できる人なんてそうそうは居ないですものね」
ひろ子装填手が肩を竦めて納得する。
「それともう一つ。
この魔チハだから4人じゃ広く感じるけど、他の車両じゃ5人なんて乗れっこないもの」
ミユキが偵察隊のテケを観て教えた。
未だ戦車の何たるかが確立されていない時代に現れた魔チハの方が、別物とも云えた。
「世界中で5人乗りの戦車を探す方が難しいんじゃないのかしらね?」
自分がいる砲塔の大きさが、世界中を探しても異状に大きいと感じられた。
そうはいっても手順通りに砲撃するには、やはり5人に分担する方が善いと思える。
魔チハの乗員は4人。
操縦手のアキナ上等兵。
前方車体機銃手兼無線手のナオ上等兵。
車長の補佐役でもあり装填手のひろ子伍長。
そして車長で、中隊の指揮を執るミユキ中尉は、砲手をも兼任していた。
光野中隊は、命により連隊とは別行動を託されていた。
挺身隊主力から離れ、大きく迂回しつつ敵陣後方へと向かう中隊。
それは後に、東洋の魔女兵団とも畏怖の念で呼ばれる事になるミユキ達の初陣であった。
僅か9両の中戦車による強襲戦が、時代の幕を開ける事になる。
魔鋼の戦車が齎す戦果が、どれ程の物か。
誰にも解かり得なかった。
味方にも、敵にも・・・
事変が勃発したのはミユキ達が敵陣へ斬り込む6日前の事だった・・・
日の本は全面戦争に持ち込む前に決着を図ろうと考えていた。
局地戦で圧倒し、エギレスを協議の席に着かせる。
植民地であるガポールからの撤収、もしくは通商の保護保全を目的としていた。
建前では・・・だが。
本当の目的は当時植民地からの開放を謳う原住民達への介入、そして傀儡政権の樹立。
軍閥に因る政治への関与が、日の本から遠く離れた異国を戦地へと貶めたのだ。
利害が一致などする訳も無いというのに。
海外へ利を求める帝国主義は、ぶつかり合えば戦争へと発展するというのに。
エギレスも、日の本も海外の利益を我が手に握らんと争う事になった。
それが今始まったーガポール事変ーの真実である。
事変の拡大に因り、被害を被るのは果たして誰なのか。
戦闘を行う者には、いつの日にか解る時が来るのだろうか?
戦闘は目前まで迫っていた。
主力から離れ、敵陣深くまで回り込んだミユキ中隊9両。
目前の陣地は夜闇にかすんで見えていた・・・
次回 事変勃発 Act3
放たれる砲弾。吹き飛ぶ陣地。敵も人間なのだと気付く者は居たのだろうか?
ミユキ、初陣!!