冒険者というのは未知とか未踏とか未発見とかそういう言葉に弱いナマモノです。強さを求めるだけなら傭兵組合が熱烈歓迎いたしますぞ!
後篇です。
チーム月光猟団が屋内着衣の習慣を取り戻した三日後、家主ジェイムズが帰宅した。
「ロイズ村に帰省する予定だったんですけど、野暮用というか相談事を受けて出張してました」
壁や床のみならず天井に至るまで磨き上げられた工房の様子に驚きながら、ジェイムズは不在の理由を女中に告げた。
当初の予定では工房を引き払ってブリストンを完全に離れる予定だったのだが、薬師ギルドに泣きつかれ、冒険者組合にはしがみつかれ、商業ギルドには綺麗どころのおねいさん軍団をけしかけられた。一級薬師免状も得たし旅をしながら気楽な調薬生活……というかつての人生計画を実行するにはちょうど良い時機と考えたのだが、色々あって結局断念することになった。
真なる巨人達の国との接点を有するのはジェイムズただ一人である。冒険者という身分でなければ国家権力が即座に身柄確保に動く案件であり、霊木の樹精に憑かれた身でなければ様々な組織が実力行使で獲得に乗り出すであろう身の上だ。
本来ならば気軽に出歩くことが許される立場ではない。
『無事の御帰還を喜び申し上げます、家主様。この度は我が月光猟団達が大変なご迷惑を』
「いえ、軒先を貸して母屋を乗っ取られただけですから」
脇が甘かった自分の落ち度ですよとジェイムズは感情の起伏のない声で答える。将来有望な薬師を都市につなぎ止めるために薬師ギルドが手配した物件。兄弟子がかつて利用していた工房兼家屋ということで相当のいわくはあるが、住む分には極めて快適で冒険者チームの拠点として申し分ない施設なのは間違いない。
『破損遺失した機材消耗品に関しては可能な限りの現状復帰の上、三倍増で補填させていただきます』
これでは償いにもなりませんがと差し出した女中の獣皮紙には、月光猟団が補填したとされる物品目録が載っていた。
幸いにも家具類の破損は皆無であり、酒精や食料品そして石鹸などの日常的な消耗品は高品質のものが大量に購入されている。ついでとばかりに甘味を買い足しているのは、冒険者といえど年頃の女性かとジェイムズは微笑ましく見ていたが、目録の最後にある男性用下着十着分という記述に硬直した。冒険者としてそれなりの経験を積んだためか悲鳴こそ上げなかったが、女中へと向ける視線に多少の怯えが含まれていたのはジェイムズでなくとも致し方のないことだった。
『遺失の詳細が必要でしょうか』
「いらないので代わりに何を買ったのか教えてください」
懇願に近い。
ジェイムズの要請に応えてか女中が取り出したのは芳香放つ薄手の化粧箱であり、おそるおそる開いて隙間から中身を確認するや即座に化粧箱を再封印した。
『帝都で流行の逸品であると商業ギルドで説明を受けたのですが』
「尻の半分も隠せそうにないブーメランパンツが流行してるような帝都には二度と足を運びたくないと決意が固まりました」
隣の王国に工房を移設することすら半ば本気で考えつつ、ジェイムズは真顔で答えた。豊穣神殿で女性向けに奉仕している男性達が着用している物よりも過激なデザインと布面積だった。あるいは帝国貴族達の間ではこれがエレガンテなのかもしれないが、だとすればますます帝都には近づきたくないと若き薬師は将来に向けての方針を定めがくりと項垂れた。
◇◇◇
『──以上、多少の問題はありましたが家主様は現在自宅工房にて通常業務である調薬作業を再開されました。月光猟団は不審者対策として工房周辺の警護を続けております』
冒険者組合ブリストン支部。
チャールズ支部長代理をはじめとして商業ギルドなどブリストン市の主立った組織幹部を集めた報告会にて、チーム月光猟団の幹部級は事情報告を行っていた。
薬師ジェイムズの失踪。
巨獣種子羊の捕獲討伐にはじまり真なる巨人との接触を成功させた若き薬師は、良くも悪くも注目を集めている。特に隣国より大量に押し掛けてきた賢人同盟の学士や地の民達の狂乱ぶりは騎士達が幾度も治安出動を強いられるほどで、アリーシアら月光猟団は様々な方面から薬師ジェイムズの護衛を依頼されていた。
誤算があったのは、ブリストン市に押し寄せる冒険者達の数が想定よりも遙かに多く、宿さえ確保できず治安に不安の残る状態で野宿を選びかねない女性冒険者が多かったこと。
チーム月光猟団として彼女達の窮状を見捨てることができず、受け入れたこと。
そのほか女性冒険者達の尊厳に関わる幾つかの不始末が重なって月光猟団は護衛対象者を一週間も見失うという失態を犯した。幸いにも霊木の樹精より『ジェイムズは無事。デモしばらく人のメスには近づきたくないミタイだよ』という旨の生存報告が届いていたのだが、魔術探査でも彼らの居場所を特定することはできなかった。
発見できなかったのは他の勢力もだ。
特に賢人同盟は高価な触媒を用いてまで薬師ジェイムズの居場所を探ろうとしたのだが、地脈を制御下においている霊木の樹精を出し抜いて探査することなど不可能に等しい。
「彼は無事に戻った。まずはその事実を喜びましょう。非公式ルートですが帝国も真なる巨人達との友好的な接触を望んでいると要望が届いています」
報告を受けてチャールズ支部長代理が他の同席者を牽制する。
地の民と商業ギルドは今回の失踪騒ぎで月光猟団を護衛より外すべきではないかと主張しているが、薬師ジェイムズと月光猟団の関係は巨獣騒動以前から続いているものだ。ジェイムズとしてもかつての仲間である斥候職カリスを保護してくれた月光猟団に信頼を寄せており、説明の不備こそあれどブリストン市の状況を鑑みれば彼女達の行為は治安維持に多大なる貢献だったと冒険者組合を通じて擁護の意思を伝えている。
「ところで薬師ジェイムズ殿は何処に居られたのだ」
月光猟団の排除は得策ではないと考えたのだろう、地の民の代表者が疑問の声を上げる。
「帝都、領都アレクシス、故郷ロイズ村。人手をかけて捜したが痕跡すら発見できなかった」
『それに関して家主様より預かり物と伝言を承っております』
女中の言葉と共に、弓職アリーシアと魔法職バーバラが別室に置いてあった荷を会議室に持ち込む。
果実酒の樽や金属製の全身鎧程度の大きさで、安物の麻布で幾重にも巻かれている。見た目よりは重量があるのか、優れた冒険者であるアリーシア達ですら苦労しながら女中の横に置く。
『説明よりも先に現物を見ていただきましょう』
麻布包みが解かれ、乳白色でエナメル質の光沢を持った鉱物が会議参加者の前に現れた。
幾つもの椅子が倒れる音が続く。
音の主は賢人同盟の学士と地の民がほとんどで、商業ギルドの代表者であるパシフィック氏は目の前にあるそれの見覚えのありすぎる造形と見覚えのない大きさに思考を停止しかけ、
「──は?」
『御明察。真なる巨人の第三臼歯、いわゆる親知らずと呼ばれている奥歯です』
パシフィックの呆然とした呟きに女中はにっこりと微笑み、チャールズ支部長代理はそうじゃないだろうと頭を抱える。
『親知らずは回復魔法では治癒できません。霊木の樹精様の助力もありましたが麻酔処理して引っこ抜いたそうです』
「……誰が?」
『もちろん家主様が』
簡単な歯科治療は薬師の業務でありましょう?
女中は小首を傾げて出席した薬師ギルドの代表者に同意を求め、ハイソウデスネという乾いた声で返答を得た。
『細かいところにも手が届くということで、虫歯に親知らず、歯槽膿漏等々、集落三つ分の面倒を見てきたそうです』
親知らずなどは素材として利用できそうなので譲り受けたと女中は営業スマイルを崩さず、ヨコセー調査サセローと叫ぶ賢人同盟と地の民の代表者達は拘束され転がされていた。
「帝国に献上してもなお各組織に配分できる程度には治療してきたみたい。討伐でも採集でもないから冒険者としての実績につながらないのが残念だわー、万年ヒラの冒険者だわー、せつねーですわー。とか棒読みで言ってたわ」
無意識に胃の辺りを手で押さえているチャールズ支部長代理とパシフィック氏に、弓職アリーシアは心底気の毒そうに依頼主からの言伝を届けた。
数週間後。
冒険者の実績規定を改訂するための会議が、アポロジア大陸中の冒険者組合幹部を集めて行われた。
「家畜とチーズと虫歯治療でヒラの冒険者を超一流に昇格させるとか無茶言わないでくださいよ」
当世の事情を鑑みて様々な意見が交わされたが、第二等級冒険者であるジェイムズの昇格は結局見送られることになった。
【登場人物紹介】
・アリーシア
月光猟団のリーダー。文武に優れ帝国貴族社会にもコネクションを持つ弓職。
・バーバラ
月光猟団の知恵袋。賢人同盟出身の王国貴族令嬢。発言はほぼないが会議中は賢人同盟を牽制している。
・シンシア
豊穣神殿出身の女性神官。出世街道に背を向け在野で人々の救済に生涯を捧げる決意をしている。
・ダイアナ
チーム月光猟団の要。万能女中であり、帝国貴族に時々ヘルプに出かけているほど。
・チャールズ冒険者組合ブリストン支部長代理
胃が痛い。
・パシフィック氏
胃が痛い。商業ギルドの若手幹部だが全部投げ出したい。
・賢人同盟の皆さん
探求のためなら多少の法令違反や拉致監禁は許されると信じている。
・ドワーフの皆さん
巨人の歯で武器作りたい。法律なにそれおいしいの。
・ジェイムズ
本編主人公。万年ヒラ冒険者。わくわく全裸ランドから逃げ出そうとしたら巨人の国に泣きつかれて虫歯治療に出かけることにした。貴重な標本を幾つも手に入れ、なおかつ現地の医療にも貢献している。
・霊木の樹精
ジェイムズと一緒に巨人の国へ。麻酔かけたり歯を抜いたりの肉体労働も手伝った。他の女がいないので非常に充実した日々を送った。超満足。