理解力のありすぎる大家さん(好青年)だとしても、ドスケベ下着姿の聖職者が朝からビール飲みながら乳揺らすとか理解するにも限度があるだろうが。
※本作は「薬師ジェイムズの受難の日々」シリーズの番外編であり「魔物が徘徊する世界で子羊を狩ったところで討伐実績にならないという冒険者ギルドの規約は別に間違った話ではないと僕も思います。」の後日談です。
前篇です。
チーム月光猟団は、モールトン伯爵領第二の都市ブリストンを拠点としている有名な冒険者集団だ。
リーダーであり弓職のアリーシア。
その補佐を担う賢人同盟出身の魔法職バーバラ。
豊穣神殿の秘蔵っ子とされる神職シンシア。
この三名を中核として集った、美しく麗しい、そして実力確かな女性冒険者。
御伽噺の中にしか存在しないとされていた女性冒険者の理想型を彼女達に見いだす者は同業者だけではない。市民や軍人などは勿論、貴族階級の騎士達さえ月光猟団に向ける眼差しは熱い。
熱すぎる。
冒険者ギルドでは非公式ではあるものの彼女達の絵姿が取り引きされ、装備品や消耗品を彼女達と同じ銘柄に揃えようとする新人女性冒険者も少なくない。事実、月光猟団が愛用しているものは価格の割に良質な品が多く、ハズレが少ないと冒険者ギルドも認めている。
少女達の憧れ、少年達の夜の供。
帝国第四皇子行幸の折りには護衛の任を見事果たし、同道した上級貴族すら感心するほどの洗練された所作は吟遊詩人達が歌い上げたほど。
で。
「──全員、そこに正座」
現在、彼女達はチーム創設以来最大の危機に陥っていた。
▽▽▽
月光猟団の設立には幾つかの説が存在する。
王国辺境伯子女であるバーバラ=ヨークシャー嬢が賢人同盟在籍中に不死王戦役に義勇兵として志願し、独立遊撃中隊にて隊長を務めていたアリーシア=G=ホルシュタイン公爵令嬢と意気投合したという説。それとは逆に、不死王を相手に決め手を欠いていたアリーシア嬢が賢人同盟に助力を求めてバーバラ嬢が立ち上がったという説。豊穣神殿より神託を受けたシンシア女司祭が二人の貴族令嬢を説得して義勇兵に誘ったという説もある。
いずれにせよ創設者としてアリーシア、バーバラ、そしてシンシアの三名が挙げられている。
だが冒険者ギルドで管理している最初の記録には、もうひとりの名が載っている。それこそが月光猟団を実質的に管理し、民衆の憧れを守り続けてきた存在。
「このダイアナ、一時離脱する際に幾度も念を押した上で誓約いただいたと記憶しております」
女中。
それは冒険者ではなく日常生活、それも上流社会において目にする職業である。資本家や貴族の家事を代行し、その営みを滞りなく進めるための人材。規模が大きくなればその内容は細分化と共に専門化し、しかしながら汎用を通り越して万能型の達人も存在する。
そしてある程度極まった冒険者という人種は、貴族に似た特性を帯びやすい。
即ち、
「──炊事洗濯掃除の一切合切を放棄し、着替えすら尽きて屋内とはいえ裸身を晒し出すような怠惰なる生活を送らぬ事。ましてや生い立ちや様々な要因があったとはいえ、女性に対して隔意を抱きつつある家主ジェイムズ様の生活を侵害する行為は決して行わない事」
月光猟団の創設メンバー三名に加え、後から加入した斥候職をはじめとする常設メンバー五名、そして真なる巨人の国へと至る転移魔法陣を目指してブリストンにやってきた女性冒険者が二十名。
いずれもほぼ全裸。
かろうじて下を着用しているのが二割、
バスローブを着ているのが一割、
下着を諦め外套で誤魔化しているのが二割、
手拭で自作の下着に見立てて隠しているのが二割、
残りは長靴を履いているので露出は低いと主張したり、髪や体毛で局部を隠しているのでチラリズムの範疇だと主張したり、豊穣神殿の神聖娼婦も裸足で逃げ出してしまうようなド助平下着を以て室内着と主張していた。
当然、石畳の上に全員正座である。
「巨獣種との遭遇、そこから始まった一連の騒動。帝都にてお役目を果たしていた私の耳にも様々な情報が。
家主様の名こそ伏せられておりましたが、調べれば直ぐに判明する状況──功を焦る帝国軍や一部貴族が奥方様を含めて徴発しようと動き出すのは明白。お嬢様様が行動を共にすることで俗物共を牽制するという当初の目的は達成できたと聞いて安心していたのですが」
一息でそこまで喋り、女中は箒の柄で床をどんと叩いた。石畳を傷つけず、しかし正座していた二十八名の女性冒険者がそのままの姿勢で数センチ浮く。伝手を頼ったとはいえ部外者に当たる二十名の女性冒険者達の表情が驚愕と恐怖で固まった。
「家主様は超安定職で土地付一戸建持ちの超優良物件と何度も申し上げたはずです。冒険者の仕事に理解を持ち、家屋内に大浴場と蒸し風呂に加えて錬金術ギルド秘蔵の温水洗浄機能付トイレまで完備した快適な空間。長距離遠征用の馬車を数台停めるスペースに、清潔な厩舎。それでありながら冒険者ギルドにも薬師ギルドにも適度に近い絶妙な立地──前の所有者にして建築担当者が大家様の兄弟子という不安材料がありますが、これほどの立地を同期の女冒険者が加入している以外に接点の無かった月光猟団に定宿として貸していただけたという事実自体が一つの奇蹟であると我々は認識を共有していたはずですが」
「じぇ、ジェイムズ君いわく『樹精と二人きりだと確実にあいつ暴走します。師匠と兄弟子が一緒にいた時は自重していましたけど、村長の元息子引っ張られて村を離れたことを根に持っている節があって』ということで。実際、あの娘、人間の恋愛観とか私たちに学ぼうとしてたし?」
詰問ではなく断罪に近しい女中の言葉責めに、一応この集団のとりまとめ役であるアリーシアが反論する。ちなみに彼女が着用している下着は魔女の島名産、金毛羊より得た毛糸の手編み。実は防御力だけなら大南帝国に現存する全ての防具の中でも最高峰の逸品だが、着心地の良さと体型補正効果と引き替えに婚期を著しく遅滞させる呪いの品でもある。
「霊長種の恋愛観を精霊へと教示する任を承った先達が、わくわく全裸ランド開園ですか」
「返す言葉もない!」
ほぼ全員が土下座する。
部屋の片隅に積まれた酒の空き瓶が女子力をますます低下させていた。いずれも度数の高い、おっさん労働者の好む蒸留酒だ。雰囲気の良い酒場では白葡萄酒を嗜むことで知られるメンバーも、工房では燕麦焼酎の湯割を鯨飲しながら臓物の串焼きを肴に男性冒険者も逃げ出すほどの下ネタで盛り上がっている。しかもネタの半分以上は家主絡みであり、いかにして家主に純白のブリーフを着用させようかというのがここ数日の議題でもあった。
有罪である。
うっかり会話の一部が漏れようものなら冒険者ギルドに除名されるよりも早く領軍が捕縛に動くだろう。
女中は嘆息し、月光猟団メンバーに白い目を向けた。
「──それでは再度お訊ねします。何故皆様は着替えが尽きてなお洗濯せず全裸を選ばれたのですか?」
「はい! 高性能回復薬の副作用で垢と無駄毛が物凄いことになって、配水管が全部詰まってしまったであります!」
上体を起こし、バーバラが挙手する。
なるほどと、女中は頷いた。
「配水管詰まり用の錬金生物を家主様は所有されているはずですが」
「処理能力を超える垢と無駄毛の量に、錬金生物ちゃんが待遇改善を求めて集団訴訟を。交渉の結果、錬金生物ちゃんが増殖するまでは極力洗濯物を減らす方向で負担軽減に協力しましょうって」
おなじく顔を上げてシンシアが回答する。
なるほどなるほどと、女中は頷く。
生命力を大量に含有する高性能回復薬の副作用、それが過剰な新陳代謝だ。皮脂と共に乳液状の汗となって大量に流れ落ちる垢、剃り落としても剃り落としても生え続ける体毛、そして想像を絶する量の排泄物。栄養剤の成分も配合されているため飢餓状態に陥ることはないが、高性能回復薬を連続で使用した場合などは数日間はその状態が続いてしまう。
どこまでが無駄毛でどこまでが許されるのか。
種族職業に関係なく、女性冒険者達の悩みどころでもある。
「それで洗濯物を極力減らすように全裸者が増えていったら『あれ、案外これ快適じゃない?』と皆が考えるようになって。最後の方に来た娘とかここがジェイムズ君の家だと知らなくて。居残ってたのはほぼ全裸だし、堂々と帰宅してきた家主を痴漢扱いして追い出そうとしたみたいで──その、しでかした娘達にはきっちり説明した上でジェイムズ君に謝ったのよ。もちろん監督不行き届きとして私も一緒に」
「大変よくわかりました、お嬢様方」
女中が宣言する。
質疑応答はこれで終了だ。
冒険者には似つかわしくない、丈の長いスカートが揺れる。貴族邸宅や商家などで働く一般的な女中は、基本的に家事手伝いである。飲食店などで働く女給が女中に似た制服姿で接客することも珍しくはないが、時に飯盛り女扱いされる女給達の制服は店舗の不健全さに比例して露出度が高くなる傾向にある。好色な雇い主などがそういった店舗の制服を女中に着せて妾として囲おうとする話もある。
女中のそれは家事手伝いを生業とする者の衣装である。
媚びる要素はない。
だが大南帝国では珍しい黒髪と黒い瞳、そして白い肌。同系統の配色で構成されたエプロンドレス──スカートとブラウスの魅力を最大限に引き上げる。
まるで人形のようだ。
女中をそう評する冒険者は少なくない。滅多なことでは感情を表に出さず、どのような場でも女中服を着用し、私生活は一切不明。チーム月光猟団結成時から容姿に変化はなく──もっともそれは初期メンバー全員に言えることだったが──彼女が魔法の出土品の類ではないか、と酒場にて妄想を膨らませるのだ。
女中はそれを否定しない。
彼らは真実の一端に到達しているのだから。
『偽装解除』
声の質が変わる。
掠れた、やや低めの落ち着いた声に金属質の残響が伴う。それが持つ意味を理解している月光猟団の主要メンバーは反射的に顔を上げ、硬直する。
女中の額にハート型のクリスタルが現れ、竜種の角を連想させる一対の角が頭部に生える。両手には総金属製の重厚な手甲が装着され、埋め込まれた刺々しい鋲の先端から七色に輝く電光が放出しバチバチと派手な音を立てている。
「じじじじ自動、人形っ」
『その呼称を侮辱と受け取る個体が少なからず存在しますので、もしも戦場にて同族を見かけた場合にはタイタニアという名を忘れぬよう願います』
伝手を頼ってきたメンバー外の女性冒険者が自動人形と口にした途端、女中の表情が僅かに不機嫌そうに歪む。
自動人形とは、地の民達が興した太古の地下文明、歯車王国の象徴とも言える魔法道具の集大成だ。数多の英雄達を勝利と栄光に導き、国によっては自動人形を所持して初めて騎士と認められる時代もあった。
だが歯車王国時代の自動人形に完全人型は存在しない。
自動人形の大半は鳥獣であり、人蛇や牛頭巨人など部分的に人体を模したものはいても女中のように霊長種を基とした人形は製造されていない。もっとも後世の戯作家達が「実は一体だけ完全なる人型が生み出されていた」云々と浪漫全開の活劇を執筆しては上演しているのだから、一部の遺跡探索専門家を除けば自動人形は即ち美男美女であるという誤解が世間には浸透している。
『天地を裁定する者の名において、不実不忠不誠実不謹慎そして破廉恥極まる駄肉共に鉄槌を。たかだか性染色体に和合性を持つ程度の優位性で無条件に寵愛を身に受けられると勘違いしている多細胞生物共に、情報生命が持つ無限の可能性を示しましょう。でもとりあず今は全員まとめて【ピー】ね』
聞く者が聞けば卒倒してしまいそうな単語をさりげなく口にした女中の胸部が展開する。
彼女のエプロンドレスもブラウスも最初からそのような造りであるかのように、心臓部を基点に花弁のように三方向に展開し、黄金に輝く歯車と発条と、超小型の空間破砕振動波発振素子が励起する。月光猟団のメンバーをはじめ、居合わせた女性冒険者の誰一人として女中が発射しようとしているモノに関する知識を有さない。
が、冒険者のカンが告げるのだ。
逃げろ、もしくは謝り倒せ。
彼女達は後者を選んだ。
女中と最も付き合いが長いアリーシアが猛烈な勢いで五体を投げうち土下座するのだから、疑問を挟む余地すらなかった。
【登場人物紹介】
・アリーシア
パンイチ(毛糸)。
・バーバラ
全裸マント。
・シンシア
ド助平下着
・ダイアナ
歯車王国時代の歯車式永久機関を搭載した、対外来侵略種特殊兵装TITANIAシリーズ試作四号機。完全な人型でありながら金鉄のフレームと竜骨を加工した霊駆筋肉により理論上は真なる巨人と肉弾戦を行っても勝利できるだけのスペックを有する。胸部搭載した空間破砕振動波砲は本来衛星軌道より下では使用を許可されていない兵装──という痛々しい設定を自身に課している愉快なからくりメイド。
実際のところは不明。