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死んだおじいちゃんに会いに行った話

作者: 青島陵

 高校から帰った夕方のご飯前、おばあちゃんと一緒にコーヒーを飲んでいた。

 おばあちゃんがする話は、決まっていつもおじいちゃんの話だった。


 おじいちゃんは僕が一歳のときに死んじゃったから、僕はまったく覚えていないわけなのだけれど、おばあちゃんの話でだいたいの人物像みたいなのは分かっていた。


 まず、おじいちゃんは少年時代から天涯孤独だったんだ。これだけでもびっくりな話なんだけど、おじいちゃんの人生はまさに劇的なんだよ。


 おじいちゃん、中学を卒業したと同時に働き出したらしいんだけど、それから4年経った頃かな、そのとき初めておばあちゃんに出会ったんだって。


 おばあちゃんが言うには、お互いに一目惚れだったらしいんだけど、その真相はもう分からないや。


 でも、結果としては、おじいちゃんは出会って間もなく、おばあちゃんを奪って遠くへ、つまりは僕が今住んでいるところに移ったんだ。

 おじいちゃんは天涯孤独で、おばあちゃんはその地の地主の末娘だったので、当然おばあちゃんサイドは大反対。

 それでおじいちゃんとおばあちゃんは、駆け落ちっていう選択肢を選んだんだね。

 それを聞くと、おじいちゃんも一目惚れだったっていうのも、案外本当かもしれないな。



 そうして今日も、おばあちゃんはおじいちゃんの話をする。

 二人がこっちに来てからどれほど苦労してどれほど働いたか。

 それに二人の息子、つまりは僕のお父さんとおじさんがどんな子どもだったかってことも話してくれるんだ。


 僕としてはその話は結構面白いから、コーヒーをおかわりする程度には長く聞いていられるけれど、お母さんやお父さんに聞くともう聞き飽きたようだった。

 よかったよ、今はこの場に僕だけで。特にお母さんなんていたら、お互いに余計なことを言って喧嘩になるに違いないだろうからね。

 僕がおばあちゃんの話を聞くと、おばあちゃんはいつもこう言うんだ、「お前は優しい子だねえ」ってさ。

 やめてよ、照れるじゃん。


 とにかく、僕はおじいちゃんに、というより、おじいちゃんが生きていた時代に、ちょっとだけ興味を持ち始めていた。


 今を生きるってのが信条の僕だけど、それとこれとは別だということにしておいてくれよ。



 三杯目のコーヒーを飲み干したとき、もう時計は六時をさしていたので、僕は今いるおばあちゃんの家の隣にある自分の家に帰った。


 いつも通りに晩御飯を食べると、風呂に入って歯磨きをして、そしてベッドに入って目を閉じたんだ。

 そう、目を閉じて、そのまま眠ったんだ。


 でも、気づくと僕はベッドの上にはいなかった。ではどこにいたんだと言われてもそれは僕には分からない。だって、そこは見たこともないところだったんだから。


 というかそこは、特定の場所というものですらないって感じだったよ。

 なんて言うか、何もない空間、みたいな。


 それで僕がぼーっと突っ立ってたら、なんだかゲームに出てくる選択肢みたいなのがそこに突然現れたんだ。

 そこにはこう書かれていたよ。


『おじいちゃんに会いますか?』


 ってさ。その下にYesとNoの二択付きで。

 僕はそのときは自我というものがあったのかなかったのか、それも分からない状態だったと思うんだけど、そのときはなぜか躊躇なくYesを選んだね。

 自我があるか分からないって時点で、自我はないようなもんなんだろうけどさ。


 するとどうだろう、周りの景色がみるみると変わっていくじゃないか。

 気づけばそこはもうすでに『いつか』の『どこか』になってたよ。道があって、そのわきには田んぼが広がり、見渡す限りそこは田んぼばっかりだ。さらに空には夕焼けが綺麗に見えるんだな。


 僕はやっとそこで夢心地から醒めたって感じで、今不思議なことが起こっているって驚き始めたんだ。

 まずは思ったよ、「ここはどこだ?」って。こんな田舎知らないし、なによりさっきまで僕は寝ていたはず。なのにいきなり夕方ってどういうことだよ。


 まあ、ちょっと考えればたどり着くよね、これは夢だって結論にさ。

 でも、だとするとちょっとおかしいんだ。だってさっき言っただろう?もう夢心地から醒めたんだよ、僕は。

 意識もはっきりしてるし、頭を回転させることもできる。こんな夢、ありえるのかい?


 でも考えれば考えるほど、考えることができるってことが不思議に思えてしまう。


 だから僕はこうしたんだ。

 これは神様が僕にいたずらしてるんだってことにね。

 きっと人間の手では及ばないような変な力が働いて、僕は夢の世界にでも閉じ込められてしまったんだろう。


 きっとそうだよ。


 それはもう、そうということにしておくしかないと思うんだ。だって、どうしようもないだろう?



 さて、それはもういいとして、ここはどこだって話だった。


 と言っても、だいたい見当はついている。さっきの選択肢があっただろ?それで僕はYesを選んだ。だったら普通に考えて、ここはおじいちゃんに関係のあるところってことでまず間違いないだろうな。


 しかもこの田舎具合からして、多分おじいちゃんとおばあちゃんがかつて住んでいたところと見たぞ。


『おじいちゃんに会いますか』なんて書いてあったんだから、ここはきっとまだおじいちゃんが生きている時代なんだろうな。


 まあ、そうは言っても、だ。なにはともあれ、だ。


 こんなところ来たところで、手がかりが全くないってのが今は問題なんだよ。

 僕はおじいちゃんが昔住んでいたところも知らないし、昔のおじいちゃんの若い頃の顔も知らない。


 こんなのでどうやって探せというんだい、神様?


「あの、どうしたんですか?」


 突然声をかけられて振り向けば、そこには白いワンピースを着た若い女の人が立っていたんだ。いやあ、綺麗な人だと思ったよ。危うく惚れちゃいそうなくらいにね。


「人を探しているんです」


 僕が質問されたことに答えると、その女の人はさらに質問を重ねてくる。


「だれを探しているんです?」


「おじいちゃんを…じゃなくて、男の人を探しています」


 えっと、たしかおじいちゃんの名前は…


「野村実って名前の人なんですけど」


「そうなんですか。すみません、私はその人を知りません」


 女の人は律儀に謝ってくるから、僕もどんな態度を取ればいいのか分からなくなっちゃいそうだよ。


「いえいえ、そんな」


 我ながら気の利かない返しだとは思うよ。でもじゃあなんて言えばよかったんだい?

 すると、女の人はこんなことを言い出したんだ。


「もしよければ、私も探すのをお手伝いしましょうか?」


 そんなの、普通なら断るところだけど、なにせ今はなにも情報もないわけだ。さらに言うと、ここにいることさえ、どうしてか分かってないわけだよ。

 だからこれは願ってもない申し出だったんだな。

 僕はそんなことをちょいと考えたのち、こう答えたよ。


「本当ですか?ぜひお願いします」


 かくして、僕はこの女の人に協力してもらうことになったんだ。


「では、まずはなにをしましょうか」


 そう言われても、うーん、なにをしたらいいのだろう。

 まあ人探しと言ったら、聞き込みだろうな。


「このあたりの家を回って、野村実という男を知っているか聞いていきましょう」


「分かりました。私は東の方を、あなたは西の方を回りましょうか」


「そうしましょう」


 わりときっちりした人なんだな。

 とりあえず、僕は女の人とは逆方面の家を聞いて回ることになったよ。ひと通り聞いて何か分かったら、またこの場所に集合ってことにしてさ。



 で、僕は小一時間くらいかけて何十軒もの家を回ったわけだけど、結局誰も野村実という名前は知らなかったな。


 仕方ないからさっきの場所に戻ると、もう女の人はそこにいたんだ。

「どうでした?」って聞かれたから「ダメでした」って答えたら、女の人はこう言ったよ。


「一軒だけ、その人のことを知っていました」


 収穫ありの報告に、僕は顔を上げて女の人の目を凝視しちゃった。


 女の人曰く、野村実という人は、どうやらここから少し離れた山のふもとの町に住んでいるらしい。


 なんでそんなことを知ってる人がいたかって?その人は野村実と同じ職場だったんだ。


 ともあれ、それが分かればもうこっちのもんだよね。

 僕はその町に向かおうとしたさ。


 でもここで女の人とはお別れしようと思ったんだよ。そこまで付き合わせるのは悪いしね。


 でも女の人は言うんだ、「ここまで来たんだから、付き合わせてください」ってさ。

 僕も柄にもなく思っちゃったんだ、これも何かの『縁』じゃないかってね。


 それにこれはどうせ夢だから、どうなったっていいやとも思っちゃったのも、否定はできないかな。



 それで、僕たちは歩いてその町まで来たんだけど、その頃にはさすがに空は真っ暗になってたよ。かっこいい言い方をしてみると、世界は夜に包まれたってわけだ。


 時間はもう9時くらいになってたから、女の人に「本当に帰らなくても大丈夫なんですか?」と聞いてみたんだけど、女の人は「大丈夫ですよ」と言うだけで、特に問題なさそうだったよ。


 今更だけどこの女の人、なんだか不思議な人だなあ。


 それは置いといて、さて。


 こんな時間に交番を訪ねるのも少しばかり気が引けたけど、それが一番手っ取り早いと思ったからそうしてみたんだ。


 結論、それは正解だったわけで、すぐに野村実の家に着くことができたわけさ。


 そこはボロっちいアパートの一室で、おじいちゃんが若い頃は貧乏だったっていうのがよく分かった気がしたね。


 さてさて。


 ここまで淡々と進んできたわけだけど、あっけなく結末を迎えようとしていることに僕はやっと気づいたよ。


 いざおじいちゃんに会えるかもしれないと思うと、なんだか緊張してきちゃったけど、それでも実感は湧かないかな。


 呼び鈴なんてないから、僕はドアをノックしてみた。


 ノックした瞬間は手が震えていたのが分かって、不思議な気持ちになった。


 ちなみに女の人は、僕の後ろで静かに佇んでいるみたい。


 何秒か経ってドアが開いた。


「…どちらさま?」


 気だるげな声とともに顔を出したこの若い男の人が、間違いない、僕のおじいちゃんだった。

 なんともあっけない感動の出会いだったと思うよ、自分でも。


 気づいたら僕はおじいちゃんに言ってた、「おじいちゃんですか?」って。


 我ながら間抜けなことを口にしたと思ったけど、仕方ないじゃん、僕も感動やら驚きやらの感情がごちゃまぜになっちゃって、混乱してたんだから。


 モチロン、おじいちゃんはそれを聞いて、「はい?」という、圧倒的に正しい反応をしたよ。


 僕はそれを聞いてはっと正気に戻った気がして、「野村実さんですか?」といい直してみたんだ。そしたらおじいちゃんも「そうですけど」と言ってくれたよ。


 でも考えてみれば、僕はおじいちゃんに会ってどうしようと思ってたんだろうか。

 特に何も考えてなかったことに気づいて、僕は何を喋ればいいかわからなくなっちゃったんだ。まさかここで「僕はあなたの孫です」なんて言えるわけないしさ。


 そうすると後ろにいた女の人が言ったんだ。いや、呟いたって方が正しいかな。


「なんて素敵な殿方…」


 それが聞こえたのか聞こえてないのかは分からないけど、おじいちゃんもそのすぐ後にこう言ったんだ。


「なんて美しい女性だ…」


 って。

 女の人は僕の隣に来ると、「あの、お名前を伺ってもよろしいでしょうか」なんて言い出したよ。

 しかもおじいちゃんの方もまんざらでもなさそうなんだ。「野村実と申します。あなたは?」とか言っちゃって。

 でも次の瞬間、僕は耳を疑うことになったよ。だって、女の人はこう言ったんだ。


「私は、吉田貞子といいます」


 これが何を意味するのか、僕の阿呆な脳みそでは少々理解が追いつくのに時間がかかったよ。


 吉田貞子ってのはつまり、僕のおばあちゃんの名前なわけで、ということはこの女の人は僕のおばあちゃんってことになるわけで。


 そう、ずっとおじいちゃん探しを手伝ってくれていた女の人は、おばあちゃんだったんだ。

 しかもこれじゃあ、まるで僕がおじいちゃんとおばあちゃんを巡り会わせたみたいじゃないか。


「そんなことって…」と言いかけたが、そこで僕はこの空間に、というか自分に起きている異変に気づいてしまう。


 周りの景色が、僕の視野が、だんだんと暗くなっていくんだ。


 そこで僕は悟ったというか、理解したよ。理解できたよ。不思議とね。


 僕の役目は終わったんだってさ。


 きっと僕は、この2人を出会わせるためにここにきたんだろうなって、そう思えた。


 狭くなっていく視界の真ん中で、まるで最初から僕なんていなかったかのように2人が話しているのが見えた。

 幸せそうな顔だったよ、両方ともね。


 でも僕だって幸せなんだぞって、できればあの2人に伝えたかったな。

 だって、あなたたちが結ばれてくれたおかげで、僕はお父さんとお母さんから生まれることができて、今の人生を生きていることができているんだからさ。


 こんなに幸せなことってないよ。


 やがて僕の世界はなにも見えないものとなって、僕はそっと目を閉じた。なんだか、そうしろって言われている気がして。

 それは気持ちいいもので、まるで…そう。


 夢心地だった。


〜〜〜


 高校から帰った夕方のご飯前、僕はおばあちゃんと一緒にコーヒーを飲んでいた。


 おばあちゃんに僕は聞いてみたよ、おばあちゃんはおじいちゃんと、どうやって出会ったのってさ。なんでそんなことを聞いたのかは全然分からないけどね。


 おばあちゃんは「そうだねえ」と、なにか思い出すみたいに上を向くと、懐かしむような顔でこう言ったんだ。


「なんだか不思議な男の子に導かれたんだよ。それは、そう——」


 ——お前と同じくらいの、優しい男の子にね。

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