#001
誰かが言っていた。
【森からはマイナスイオンが出ているから涼しいんだ。】と。
あれは嘘だ。
細々と続く獣道は、プラスイオンともいえるむせそうなほどの草いきれに包まれ、肌に絡みついて離れないしつこい暑さを生み出していた。そのせいで僕も靴の中に、草いきれならぬ"靴いきれ"を生み出した。
靴いきれもさながらだが、おでこから目ん玉・首から胸なんかをめがけて伝っていく汗や、それでひっついた前髪の方が気になって仕方がなかった。それでも、リュックからタオルを取り出すめんどくささには勝てず、汗たちは僕の身体のちょっとしたくぼみなんかに、しばらくたむろすることとなった。
そんな汗たちはとても敏感で、ちょっとした風でも温度変化で『風、キテマス!』と教えてくれる。
「ふぅ、涼し~い。」
羽音で気づいた。小鳥が数羽周りでホバリングしていること、そして風が吹いてるんじゃなくて扇がれていることに。
おかげで一瞬、この暑さを忘れることができた。
鳥たちは僕みたいに汗をかかない、けれどせわしなく翼を動かすホバリングは、鳥といえども汗をかきそうなくらいで、
「ありがとう、もう大丈夫だよ。僕の肩で休んでいいからね。」
と、思わず喋りかけた。
小鳥たちはなぜか、僕の肩ではなく頭の上でくつろぎ始めた。
『天然の巻き毛に既視感でも感じたのかな.............?』
なんて思いながら、濡れて縮れた長い前髪に目をやる。
目線を移した前髪の隙間から見える野ウサギが、時々止まって振り返る。心なしか森を案内してもらっているように感じるのは、きっと気のせいではないはず。暑さのせいか、しまいにはこの野ウサギが、ウサギ穴にでも入ってしまったらどうしようか、なんて考え始めていた。
でも僕は気づいた、この野ウサギは"白"くない。
「そうだよね、僕が行きたいのは不思議な世界のお茶会じゃない.........王都なんだから!」
「ピッ!」
頭の上から甲高い活を入れられたところで森は開け、兵士に守られた立派な関所や人のごった返す市が目に飛び込んでくる。プラスイオンがとか草いきれがとか散々言ってたくせに、熱気の渦巻く人混みに飛び込みたいだなんて馬鹿みたいだ、でもそのくらい興奮していた。
だってここは王都【ファトゥーセ】、この小さな世界の理想郷なのだから。