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89話 月影vsヒロ

『水城 優輝選手が有無を言わさずの瞬殺なら、鯨井選手は相手の動きを見極めてのワンパン、でしょうか。対する天王寺 月影選手は、炎の防御結界と巧みな剣技で、不動の要塞の如くほとんどその場から動かず相手を倒す達人。いやが上にも期待が高まりまぁす!!』

『私もこの組み合わせは期待していました。月影選手は、鯨井選手の格闘術の師匠とも言える関係なので』

『つまりは?』

『師弟対決って、燃えませんか?』

『確かに! 色んな意味で注目の一戦のようです、皆様刮目して見ましょう!!』

「両者、構え!」


 実況の区切りを見計らってから、レフェリー先生がそう促す。


「……」

「え?」


 ヒロは指示通り構えたけれど、月影ちゃんは逆に模擬剣を床に置いてから直立する。


「……ひとつ、提案を……」


 ちらとヒロを見てから、レフェリー先生に視線を向ける。なんだろ?


「この試合……の……防御結界……というルール、は……どうでしょうか……?」

「ふむ……」


 月影ちゃんの提案に、レフェリー先生は顎をさする仕草をして考え込み、しばらくしてから副審の先生を呼んで審議を始める。


「月影ちゃんからああいうこと言い出すなんて、珍しいね。それだけ自信があるってことかな」

「んにゅ? どゆこと?」


 アキには、月影ちゃんのセリフは聞き取れなかったらしい。


「……この距離で月影さんの言ったこと正確に聞き取れたの、優輝さんくらいだと思うわ」

「やっぱ優輝さんの聴力異常だよなぁ」

「優輝だからな」


 というか、僕以外は聞こえてなかったようだ。姉さんはどっちか不明だけど。


「てなわけでぇ、ツキちゃんなに言ったかおせぇてぇ〜」

「えっとね――」


 説明を乞われたので口を開いたけど、


『ただいま情報が入ってまいりました! どうやら月影選手は、いわゆるハンディキャップ戦を提案し、許可されたようです!』

「え?」


実況者君の方が始めたので、口を閉じた。


『月影選手は試合開始と同時に防御結界を展開、それを2分以内に打ち破られた場合即リタイヤする、と宣言致しました! 自身の防御結界に余程の自信があるようです!』

「ぇえ!?」


 実況者君の説明に、ヒロが驚いて月影ちゃんを見遣る。

 それに対して月影ちゃんは、


「困難……ですか……?」


 いつもの無表情のままだけど、首を傾げるような仕草をして明らかに挑発する月影ちゃん。なかなか珍しいけど、多分仲の良いヒロだからこその行動だろう。


 それを受けて、ヒロは嬉しそうに笑みを浮かべ掌を拳でパシッと打ち鳴らし、


「その勝負、受けて立ちます!」


気合のこもった声でそう応えた。





「レディィィィ……ゴオォォォォ!!」


カーン!!


「《黒鉄くろがね障壁》」

「え!?」


 駆け出したヒロが、驚きで急停止する。当然、月影ちゃんから視線は外していないけど。


 月影ちゃんは宣言通り、開始と同時に防御結界を展開した、けど――いつもの燃える壁ではなく、薄灰色で半透明な壁が現れた。


 防御結界は無属性精霊術、つまりは精霊術士なら誰でも使える、防御性精霊術だ。

 そこに各人で精霊属性を付与して、僕なら《雷電結界》、炎属性の月影ちゃんなら《炎熱障壁》と名付けて使っている。

 僕のは《雷電結界》にかなりアレンジを加えて、攻防一体の《迅雷》というオリジナルの精霊術として昇華しているけど……今月影ちゃんが使った《黒鉄障壁》は、何の属性も付与していないように見える。


「……言っていません、でしたが……」


 それを証明するように、月影ちゃんが説明する。


「この通常結界の、強度は……《炎熱障壁》より、硬い、です……」


 魔獣戦時の防御結界は基本的に、無属性の壁盾に属性付与をして「触れるとダメージを受ける壁」にするのがセオリーだけど。

 それはつまり、結界術と攻撃性精霊術を組み合わせて使っているわけで。無属性の結界単体で展開すれば、一つの術に集中出来る分、幾分か強度を増すことが出来る。だから、月影ちゃんの言っていることは確かだし、結界術の基礎を学んでいれば誰でも知っている。


 そんな結界術の常識を、口下手な月影ちゃんがわざわざ口に出したということは。


「2分、ね」


 ヒロが順調に成長していれば2分以内に破壊できる、と踏んでの制限時間なのかもしれない。


 確かヒロは、全力パンチ一撃で《炎熱障壁》を破ったことあったはずだから、2分以内も無理ではない……かも。


(でも、月影ちゃんも《黒鉄障壁》にかなりの自信を持ってのハンデ戦だろうし。どうなるか見ものだね)


 さて、それに対するヒロだけど。


「破ってみせます! はぁぁ……!」


 《黒鉄障壁》の前に立ち、拳を腰ダメに構え細く長く息を吐き出し霊力と精霊力を高めて拳に集中させる。

 そうして20秒程溜め込んだ地精霊術の力が凝縮された拳を、真正面から叩き込む!


「《岩砕拳がんさいけん》!」


ガイィン!!


『鋼鉄をハンマーで打ち叩いたような激しい衝突音! しかし《黒鉄障壁》に変わった様子はありません! はたして鯨井選手、2分以内に打ち破れるか!?』

(全力パンチでヒビすらない、か。凄いなあ……殺傷モードの僕なら行けるかな?)


 想像すると、ちょっとワクワクする。まあそれはそれとして。


「くっつぅ……ま、まだまだです!」


 ヒロは、強固な結界を殴った衝撃で手が痺れたらしく、殴った方の手を揉んで軽くマッサージし、再び結界へと向き直り腰ダメに構えて精霊術を練り始める。


「《岩砕拳がんさいけん》!!」


ガイィン!!


 今度はたっぷり30秒程かけて精霊力を練り込み、拳を叩き込む!


ピシッ――


「……」

『おおっと!? ヒビが入ったかのような音が聞こえましたがっ結界はいまだ! 健在です!!』


 よく見ると、殴った箇所を中心にしてヒビらしき線が走っていた。うん、ヒロもなかなか。


「ぐっ……はああぁぁ……!!」


 ヒロの表情からして、腕にかなりのダメージがあるだろうに、構わず続けて精霊力を練り込み始める。


 ヒロが溜めている間、《黒鉄障壁》はヒビが入ったままだ。どうやら、貼り直したり修復したりはせず、あくまで試合中一枚しか貼らないらしい。それも、月影ちゃんの防御結界に対する自信の現れだろうか。


「《岩砕拳がんさいけん》っ!!」


 三度の全力パンチ、時間的にもヒロの拳的にも多分これがラスト。


ゴガッ――


 先程までとは違う衝突音、そして、


「お見事……」


――ッガシャアン!!


分厚いガラスを打ち割ったような破砕音と共に、ついに《黒鉄障壁》が破壊された!


「や、やった!」


 砕かれた《黒鉄障壁》が徐々に空気中に溶け込むように霧散する中、


「……ですが――」

「ふぇ?」


月影ちゃんは、突き破って前進していたヒロの腕と服にしがみつくように掴み、


ダァン!!


「がっ!?」


一本背負いのようにヒロを床に叩きつける!


「――時間切れ、です……」

「うっぐぅ!」


 背中からしたたかに打ち付けられながらも意識は失っていかった、けど、


ゴスッ!!


「かはっ」


間を置かず飛び上がった月影ちゃんが、ヒロの鳩尾あたりに全体重の乗った両膝を落とした!


「うわ痛そう」

「ソダネ……月影ちゃん結構エグい攻撃するねん」

「はー……私も食らいたいですわ……」


 ……なんか聞こえたけど気にしない。


 膝落としを食らわした月影ちゃんはその反動で跳ね上がり、巻き戻し映像のように最初の立ち位置に戻っていた。その様子は、ちょっと目を離していたらその場から一歩も動いていないように見えただろう。強者感凄い。


「……っ……っ……」


 膝落としをまともに食らったヒロは、白目を向いてピクピクしていた……手加減は一切しなかったのがうかがえる。


「……ヒロの負け、で良いのかしら?」

「え? どう見てもKOされてるヒロの負けじゃないのか?」

「もし2分経過していなければ、月影ちゃんの負け惜しみ、とも取れなくないんじゃないかしら」

「あー、なるほどな」

「てゆかぁ、ハンデつけなかったらさぁ、どっちが勝ってたんかな〜」

「まあ、月影だろうな」


 友人達と今の試合の感想を交わしていく中、ヒロはタンカで運ばれていき、対戦エリアでは、主審副審先生とで審議が行われていた。サチさんが言った通り、2分以内だったかの確認だろう。



 数分後。


『情報が入って参りました! 鯨井選手が結界を破った瞬間のタイムは、2分2秒だったようです! そして鯨井選手はKO! つまりは!!』

「勝者、天王寺 月影!」


 実況者君に引き継いで、レフェリー先生が高らかに名を告げる。


『いや〜特殊なルールのもとでしたが、見応えのある試合でした! 結果は一目瞭然なので……珠州野守様、ご感想をどうぞ!』

『月影選手の結界も破壊後の動きも、非の打ち所がなくて素晴らしかったですね。対して鯨井選手ですけど……力強くて素敵でしたけど、結界を破ったら終わり、と思ってしまっていたようだから、そこはめっ! ですね』

『なるほど! なんにしても、さすがは守護者最有力候補者、素晴らしい試合でした!』


 咲さんの感想がなんか可愛かった。





「うーん、完敗でした!」


 次の次の試合が始まってすぐ、何事もなかったかのようにヒロが戻って来た。気落ちした様子はないから、試合内容に不満はないらしい。


「……(ぴと)」

「えっ? 月影さん、どうしたんですか?」


 唐突に、月影ちゃんがヒロに抱きついた。正確には、ヒロのお腹――鳩尾あたりに手を触れているようだ。


「……痛くして……ん、ごめんなさい……」


 申し訳なさそうに俯いて、そう呟く月影ちゃん。優しい。


「「月影ちゃん」さん可愛い!!」

「……!?」


 そのいじらしさに我慢出来ず、僕とヒロはサンドイッチするように月影ちゃんに抱きついた。

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