78話 天王寺家へようこそ
その日の夕食時。
「もぐもぐごくんっ。そういや気になってたんだけどさ。学生の時は優輝さん、秘密を明かさず守り通してたんだよね?」
「まあ、途中まではね」
「でもさぁ。そのあいだ、ほんとに誰にも秘密バレなかったの?」
「ふむ。確か料理長殿には、速攻でバレていたはずだな」
「え、そうなの?」
「入学式の日の話だから、エリスが来る前に話しちゃった部分だね。言いふらさないって約束してくれたから、騒ぎにはなってないけど」
「じゃあ、他にバレたことある?」
「そうだね、あと1人……あ、そうだ。日記の時系列的に、その話をしようか」
「ふみゅ?」
――――――――――
寮に帰って、翌日の事。蒼月さんが1人で訪ねてきた。
「先日はお招きいただき、ありがとうございました。私も月影も、とても楽しく充実した数日を過ごせましたわ」
「ふふ、それはなりよりだよ。どういたしまして」
そう言って、お互いお辞儀し合う。
「それでですね。早速お返しを、と思いまして」
「僕も地元でみんなと過ごせてとっても嬉しかったし、気にしなくて良いよ」
「ええ、気にしてはいませんわ。なのでこれは、正確に言うなら、お返しを兼ねた個人的な頼み事込みなのです」
「頼み事?」
「はい。水城姉妹にのみ、です」
「……僕らに?」
……のみって部分に、なんとなく嫌な予感がしたけど。とりあえず話を聞こう。
「今、姉さんは留守にしてるんだけど。僕らに用事なら、話も2人一緒の方が良くない?」
「優輝さんが了承していただけるなら、瑞希さんは他の何を差し置いてでも優輝さんとご一緒したがるでしょう?ですので、問題ありませんわ」
「まあ、その確率は高いけれども」
んー……一体、何を頼まれるのだろう?
「というわけで優輝さん。お2人を是非。私の故郷に来て頂きたく、ご招待に参りました」
「……くぁ……ふぅ。よく寝た……」
僕らは、というか僕は、なんとなく嫌な予感はしたものの、蒼月さんが邪気のない素敵な笑顔でどうぞどうぞ是非おいで下さいと勧めてくるので、せっかくなので招待を受ける事にした。
「ほんと、車でよく熟睡出来るね、姉さんは」
天王寺家の門構えの前で停車した、執事の青崎さんが運転する高級車から降りて伸びをしつつ、まだ眠たげに欠伸をしながらそう言う姉さん。
蒼月さんの実家はかなり遠く、学園から僕らの実家に帰るよりも3倍は時間がかかった。朝6時くらいに出て休憩を挟んで、現在12時近くだから、例によって寝不足な姉さんが熟睡するのも仕方ない。
今回泊まらせてもらう事にしたのは、移動だけでそれだけ時間がかかるからだ。蒼月さんからは、日帰りは疲れるばかりだからお越しの際はぜひ天王寺家にお泊まり下さい、と強く勧められていた。
まあ、つまりはそれが、蒼月さん流の「お泊まりのお返し」なのだろう。月影ちゃんも、料理に対する感謝なら同じく料理で、という理由で、料理を僕に教わっているし。血の繋がりがないとはいえ、やっぱり姉妹、感謝の表し方は似通うようだ。
「ふむ……執事殿の運転は紳士的だったな。なんとも言えぬ安心感があったので、良く眠れた」
「お褒めに預かり恐悦至極でございます、瑞希様」
「うむ、良きに計らえ」
ちなみに静海は、首都にある静海が生まれた研究所?で、メンテナンスというか身体検査的なのを受けるために泊まり込んでいるので、天王寺家お泊まり会には参加しない。
「なんか、蒼月さんより瑞希さんの方が、青崎さんのご主人様みたいですね」
「ん……(こくり)」
「まぁ、葛月さんは、私の執事というより、天王寺家の家僕ですので」
姉さんと執事さんのやり取りを見て、ヒロがそう感想を述べる。
今回蒼月さんが招待したのは、僕と姉さんだけだと聞いていたけど、何故かヒロもきていた……いや。ヒロと月影ちゃんは、鷺宮村でかなり仲良くなったから、何故と言うことはないか。
僕らが蒼月さんから個人的にお誘いを受けたのと同じく、月影ちゃんから個人的に招待されたらしい。
「さて……みなさん、ようこそ天王寺家へ。実は、優輝さんに鷺宮村に誘われた時から、私の地元にもいつかお誘いしたいと思っていたんです。こんなにも早く念願が叶ってとても嬉しいです、ふふふ♪」
門構えの前で振り返り、嬉しそうにそう言う蒼月さん……うん、まあ、あの天王寺家なわけだから、ある程度予想はしていたけど。
「立派な大和風お屋敷だね。築何年かな」
天王寺家は予想通り、かなり大きなお屋敷で、古めかしくも奥ゆかしさとワビサビを感じる、本格的な大和風建築だった……このあいだのパジャパ時にロリータ系の服ばかり着せられたから違うかもと思ったりもしたけど、大和撫子な容姿の蒼月さんのイメージ通りの家屋だった。
ちなみに『大和』というのは、精霊国の旧名の旧名である、陽の国のさらに古い国名だ。現在でもこの地域一帯は大和地方と呼ばれ、蒼月さんのような古風な黒髪ロングの美少女は、大和地方が産地の撫子という可憐な花になぞらえて、大和撫子と呼ばれている。
さらにちなみに。精霊国のもう1つの旧名の旧名である、栄の国の首都があった地域名は、『信濃』。大和地方と同じく、現在でも信濃地方と呼ばれている。
さらに東、現在の首都と僕の実家含む周辺は、栄の国に吸収される前の旧国名である『武蔵』から取って、武蔵地方と呼ばれている。
武蔵地方より北や大和地方より南にも、それぞれの地方名があるけど……まあ、僕らの主な生活圏の呼び名は、だいたいそんな感じだ。
「詳細は聞いていませんが……魔神大戦の時代に一度全壊して建て直したようなので、最低でも200年以上前、でしょうか」
「ご当主様の話によりますと、約250年、と聞いております」
蒼月さんの話に、執事さんが補足する。約250年となると、咲さん家と同程度か。
「なかなかの古民家ですねー。あー、変に触れるとどこか壊しちゃうかも、気をつけないと」
「いやいや、普通に触れればいいじゃない」
「ま、まぁそうですよねー……うーん、まぁ多分大丈夫なはず、です」
「なんだ、室内でアクロバティックな鍛錬でもする気か?」
「んー、なんていうか……最近月影さんに、「史上最強の格闘家を目指すなら、普段から気を抜き過ぎない事」と教え込まれているので。つい何かの拍子に反射的に反撃しようとして、家屋を傷付けちゃったら申し訳ないなーとか思って」
「……月影ちゃん、ヒロにどんな教え方してるのさ」
「…………。……ヒロさんの、飲み込みが早い、ので……つい……」
僕の質問に、視線を逸らしながらそう答える月影ちゃん……どうやら、ヒロを鍛えるのが楽しくて、ついちょっと悪ノリしちゃったようだ。
「ヒロ、月影ちゃんとの鍛錬は楽しい?」
「はいっそれはもう! ちょっと厳しめですけど、丁寧に教えてくれますし、何より強くなってるって実感出来ますし! 私今、とっても充実してます!」
「そっか、なら良いけど」
悪ノリしている自覚がある上で続けているのなら、少なくともヒロにとってプラスになっているのだろう。なら、これ以上言うことは特にない。
「ふえ? なんです?」
「その調子で頑張ってねってこと」
「はいっありがとうございます!」
なんにしても。仲良きことは美しきかな、だね。
さて。着いた時点で12時近くだったので、荷下ろしする前に食事休憩となった。
料理を用意してくれるのは、長年天王寺家お付きの料理人をしてくれているという、三葉 九郎さん、御歳80。
僕は、栄陽学園に入学するまで武蔵地方以外の地方に出た事はなかった(飛行機で国外に出たことはあるけれど)から、他地方の郷土料理に興味があった。ので、同じく料理に興味津々な月影ちゃんと一緒に、調理を見学させていただいた。のだけど……
『……(じーー)』
「……」
『…………(じーー)』
「…………むぅ」
『……………………(じーーーー)』
「……えー……見ているだけでは何ですし、調理の補佐をしてみませんか?」
「やらせていただきます」
「……ん(こくり)」
……僕らの視線の圧に耐えられず、手伝いを許可してくれた。嬉しい反面、ちょっと申し訳なくもあったけど……結果、料理が早めに出来上がったから、お腹を空かせたヒロを待たせ過ぎずに済んだのは良かったかな。寛大な三葉さんに、感謝。
ちなみに、手伝わせてもらった料理は、大和鍋という郷土料理。大和地方の特産品をふんだんに使用した豆乳仕立てのスープが特徴で、濃厚なのにヘルシーなお鍋料理だ。
大和鍋を堪能し、十分まったり過ごしてから荷下ろしし、現在午後2時。
「さて……そろそろ本題の、頼み事について話しましょうか」
蒼月さんがそう切り出す……ついに来たか。まあ、なんとなく予想はついてるのだけど。
「先週のお泊まり会のパジャマパーティーにて、私の自作衣装を皆さんに着ていただきましたが……あれらの衣装はほぼすべて、私の目測の元作りました」
目測で違和感なくサイズを合わせられるとは、さすが蒼月さん、と言いたいところだけど。
「なんか不満そうだね。普通に着れた……というか、割とぴったりサイズだったと思うよ」
……フリッフリなのばかりで恥ずかしかった点に目をつむれば。
「優輝さんの分は、以前瑞希さんを直接測らせていただきましたので。瑞希さんとはほぼ同サイズと聞きましたので、お友達の中では、よりフィットしたかと思います……」
僕の容姿に一目惚れしたという蒼月さんから、一切採寸の要望がなかったのが気にはなっていたけど、そういうことか……それでも不満気ということは。
「……が。一卵性の双子とは言っても、100%同じサイズという事はないでしょう。ということで」
一拍置き、僕ではなく姉さんの方を向きながら、要望を口にする。
「優輝さんの正確なサイズが知りたいので、直に採寸させていただけませんでしょうか?」
僕に頼むのではなく姉さんに頼むということはつまり、「優輝に頼み事をしたいなら、まず私を通してもらおうか」とか言っていたのだろう。まあ、服作りが趣味の蒼月さんは、僕の秘密に気付く可能性の高い人だし、姉さんが釘を刺しておくのも当然か。
「ふむ……」
蒼月さんの、期待に満ち満ちた表情をじっと見つめる姉さん。直に、なので、秘密がバレる危険性はかなり高いけど……姉さん判定は?
「……まあ、蒼月なら、おそらく問題ないだろう。うむ、許可する」
「ありがとうございます!」
僕第一な姉さんがそう判断したのなら、多分大丈夫なのだろう。ただまあ、
「僕の体の事なんだから、僕にも許可を得て欲しいんだけど」
「それは道理ですわね。という訳で……お体に触りますよ……?」
……言い方と表情に、若干の身の危険を感じた。だ、だいじょうぶ……だよね?
「ごくり……」
「……あ、ヒロさんの採寸もしたいのですが、よろしいですか?」
なぜか熱のこもった眼差しで僕らのやり取りを静観していたヒロが生唾を飲み込み、その音に反応して、ついでみたいにヒロに頼む蒼月さん。
「ふぇ!? あっはいどうぞどうぞ!」
「ヒロ、あんまり勢いで返事しない方が良いよ?」
「あー、まぁそれはそうですね……ということなので、理由を聞いても?」
「理由ですか……やはり、ヒロさんの正確なサイズも知りたいというのが理由ですね。特にヒロさんは、私の周りにいないタイプの方ですから」
「というと?」
「私を含め、知り合いにはどちらかというと胸部が慎ましやかな方が多いので。新たなジャンルの開拓がしたいのです」
「あーなるほど確かに…………ま、まぁ構いませんよ! ちょっと恥ずかしいですが、格闘家は度胸ですので!」
……ほんと、月影ちゃんどんな教育をしてるんだろう……まさか、格闘漫画とかも教科書に使っているのかな……あり得る。
でもまあ。
(ヒロ確か、胸が大きい事がコンプレックスだったはずだよね。ちょっと前だったら顔を真っ赤にして「そんなに触られるなんて恥ずかしくて無理ですぅ!」ってわたわたしてただろうなあ。ヒロの精神の成長が著しくて、嬉しいような寂しいような……)
まあ……同性だとしても、こうもペタペタと身体のあちこちを触られたら、さすがに……うん?
「ふむふむ……やはり目測通り、AAAですか。それにしても……鍛えられた、ですがゴリゴリではないしなやかな筋肉。素敵ですわ……はー……さわさわさわさわさわさわ」
いつの間にか、蒼月さんのお触り……もとい、正確な採寸のための直触りが始まっていた。
「うわっちょちょ! 蒼月さんいきなりっていうかあんまりたくさんまさぐらないでなんか恥ずっあっあっはははっ! そっそこらめっくっくすっくすぐったいってばああらめええっ!!」
「はぁ……はぁ……」
「……じーー……」
そして、いつの間にかヒロが興奮したように息を荒げ姉さんが食い入るようにじーっと見つめていたっていうか誰かとめてくすぐったくてしかたがないのおおおおぎにゃあああーー!!
「はー……な、なんといいますか。優輝さんの艶っぽいお声を聞いて、その……少々下品な話なのですが、ふふふ……興奮してきましたわ……!」
「あっあははっやだやだっなんか蒼月さん顔も声も完全に危ない人だよこわいこわいこわあはははっ!」
パチッ
「いっ……はっ!? も、申し訳ありません、つい粗相を!」
つい我慢できなくて静電気を発生させてしまったけれど、その痛みで蒼月さんは我に返ってくれたようだ。
「本当に申し訳ありません。直に触れた優輝さんの肉体が、目測以上に美しかったもので……」
「はぁ、はぁ……そ、そうなんだ……ふう」
弄られ続けて荒くなった呼吸を整え、平静を保つよう努める。というか、我ながらかなりの痴態を晒してしまった気が……油断が過ぎたかも、反省。
ま、まあ、ギリギリ下半身の危険ゾーンを弄られる前に止まってもらえたし。バレてない……よね?