表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
81/124

77話 夏休みはまだ続いていく

 ……とまあ、そう意気込んでみたものの。


「……なんで僕らは見学待機なんですか?」

「ふふ、見る事もまた大事な訓練ですよ?」

「まあ、それは分かるんですけど」

「見るだけなら面倒臭くはないので、私としては楽出来て良いが。優輝は不満だろうな」


 寧さんの割り振りで、僕と姉さんだけ見学組だった。今寧さんが言った通り、今回は見て学ばせたかったのが、理由の一つだろうけど。

 もう一つの理由は、僕らまで参戦すると戦力過剰気味で、友人達が戦闘から得られる経験値が減ってしまうと判断したから、らしい……咲さんがいる時点ですでに十二分に過剰だけど、敢えて気にしない……まあ一応、


「他の皆さんにとっては実力差があり過ぎて参考にならなくても、今のお二人の実力なら、母様の戦闘から、何かしら気付けることがあるかも。でしょうか?」

「思考を先読みしないで下さい」


 ……うんまあ。寧さんが言った通りの事を考えていた。こう、ズバリ言い当てられると、なんとなく悔しい。


 ちなみに、今回の魔獣に対する振り分けだけど。


 猪型は、魔獣の中で一番危険とされている。特に危険、というか厄介な所は、避ける事も当てる事も困難な突進力と、下手な攻撃を通さない剛毛と脂肪という鎧にある。


 そんな一番厄介な猪型が、今日は5体もいるので、誰も大怪我しないように、咲さんが纏めて全部倒す事になった。

 1対1なら、どうあがいても咲さんが瞬殺してしまうので参考になり辛いけど、5体を相手にするのなら、いつもとは違う動きをせざるを得ないはず。学ばせてもらおう。


 鹿型、特に雄鹿型の角での突撃は要注意だ。複数雄鹿型がいる場合の危険度は、熊型の次くらいか。


 鹿型の担当は、蒼月さんと月影ちゃん。体格の良い雄鹿型が4体いるのが気になるけど、実力もバランスも完成度も絆度も高いこのツーマンセルなら、何も問題はないだろう。


 犬型は、今日のは数は多めだけど、狼のような巨体の一体を除いて、中型犬サイズだ。野犬の時は、あの大型が群れのボスだったのだろうけど……生前の習性か、群れで行動しているけど、魔獣に知性はほぼないから、統率力はない。犬型の危険度は魔獣では中の中だし、あの大型だけ特に気をつけていれば大丈夫だろう。


 犬型の担当は、アキサチパフィのスリーマンセル。この三人での組み合わせは、結構珍しい。サチさんとパフィンさんのツーマンセルは見慣れたものだけど、アキは大体毎回、ヒロ雅と組んでいるしね。

 珍しい組み合わせだから、上手く連携が取れるかが不安要素ではあるけど、手数と素早さのアキ、堅実なサチさん、中・遠距離支援型のパフィンさんと、なかなかバランスの良い組み合わせだし、大きな問題はないだろう。


 猫型は、魔獣の中では最弱と言われている。魔獣化する動物の中では、最もサイズが小さい以外は特筆する所がない。魔獣になって変に身体が肥大しているせいか、猫本来の俊敏性が失われており、かなり余裕な相手だ。まあそれでも、鷺宮村のは他所よりは強いし、油断は禁物だけど。


 猫型の担当は、駐在さん達だ。いつもより数は多いけど、所詮元は野良猫。油断が命取りなのを十分承知している人しかいないので、問題はないだろう。


 最後に、熊型だけど……猪型の次に危険度が高い魔獣のタイプだ。

 熊型は、猪型に次ぐスピードと、猪型以上の剛毛&筋肉の鎧が厄介だ。元が熊だけに、攻撃力は魔獣の中で最も高く、防御結界もなくマトモに受けたら、人間の体は一撃でズタズタになる。

 ただ、猪型のような手のつけられない突進力はないので、一体を複数人で囲んで叩ければ、割となんとかなる。相手が大型で人間側が新人ばかりだと、さすがに厳しいけど。

 なんにしても、熊型の一番厄介な所は、タフネスさだろう。僕も前回、一撃必殺を微妙に失敗したしね……あー、あの時の咲さんの指摘が胸にちくりと……まあ、今はそれは置いといて。


 今回の熊型担当は、ヒロと雅、そして駐在さんの1人である菱形さんだ。3体いるので、1人1体相手取る事になる、のだけど……正直、雅1人では熊型はまず倒せない。だから雅の役目は、足止めだ。回避に徹底すれば、少なくとも大怪我はしないはず。

 菱形さんは、駐在さんの中ではトップクラスの実力を持っているし、長槍型の9級精霊剣『邪気』と契約している。油断しなければ、1人で熊型を倒す事も可能だったはず。

 要するに、菱形さんかヒロが、相対した熊型を倒し次第、雅の救援に入る、という流れなのだけど……んー……


(ヒロ、大丈夫かな)


 ヒロは本当に、この数日で爆発的に強くなったと思う。けど、実力を測るためとはいえ、いきなり熊型とタイマンは、ハードルを上げすぎじゃないだろうか。ヒロは戦闘スタイルを変えたばかり、精霊剣と契約したばかりなのに。


「うー」

「どうした優輝、唐突に可愛い声を上げて。ヒロがそんなに心配か?」

「そうだよ。今のヒロの精霊剣込みの実力を、それだけ高く評価しての判断だろうけど……熊型相手は、やっぱり不安だよ」


 仮に致命傷を負ったとしても、駐在所には、高レベルの治癒術を行使できる人員を、最低二人は待機させないといけないから、命を落とす事はないだろうけど……出来れば、そんな事態にはなって欲しくない。


「友達思いなのは、とても素敵ですけど。この程度のハードルを越えられないようでは、神話級との契約は難しいでしょうね」


 少し辛辣に思える物言いをする寧さん。寧さんの言う通り、熊型1体相手にしくじるようでは、ヒロに守護者としての精神的器が無かったということになる。わかってはいるんだけど……うーん。僕は過保護、なんだろうか?


「咲殿と寧殿のお墨付きだ。友だと言うなら、ヤツの強さを信じてやれ」


 ……姉さんの言う通りだ。ヒロの強さが本物であると信じなくて、何が友達か、親友か。今のヒロは、熊型なんかに負けたりなんかしない。


「うん……そうだね」


 熊型を前に対峙するヒロの勝利を信じて、祈るように一度瞳を閉じ、その動きをしっかと見るため目を向け――


ドゴオウッ!!


「……へ?」


――ると、轟音と衝撃と共に、熊型が火達磨状態で吹っ飛んでいた。熊型に対して火属性の攻撃が出来るのは、今はヒロの『羨望』だけだから、当然やったのはヒロだ。


「ふぅ〜っ」


 大きく息を吐き出し、残心をとるヒロ……たっぷり10秒程観察してから、


「雅君、救援に入りますよー!」

「ああ、助かる!」


雅に一声かけ、そちらに向かって駆け出した。


「ふむふむ。一切の油断のない、素晴らしい一撃でしたね。ヒロさんの強さは本物でしょう」

「……ですね」


 しかし、一撃のもとに倒すとは……まあ、元から重いヒロの一撃に『羨望』が合わされば、当然ではあるけど……うん。

 一撃で倒せたのは、確かに『羨望』のお陰ではあるけど、やっぱヒロ自身が、精神的に十分な成長を遂げているからこそ出来た芸当だろう。


 正直僕は、ヒロの事を侮っていたのかもしれない。ヒロはいつまでも、気弱で控えめなままな娘なのだと。

 でもヒロは、恐怖の壁を突き破って、望んだ強さを手に入れた。僕やみんなからの激励と、月影ちゃんとの特訓があったからなのは間違いないけど、辿り着けたのは、ヒロの懸命な努力と固い決意の結果だ。だから今は、ヒロの強さを素直に喜び、祝福しよう。


「頑張ったね、ヒロ。今のヒロのは、とても強くて格好良いよ」





 さて。ヒロがある意味鮮烈な夏休みデビューを果たした訳だけど、他のみんなはどうだろう。


「ふむ、天王寺姉妹は流石だな。ほぼ終わって……終わったな」


 体に矢を数本生やしながら突進してきた最後の雄鹿型の突撃を、月影ちゃんは優雅に踊るような動作で避け、すれ違いざまに炎を纏った剣を滑らせるように走らせると、その首を温めた包丁でバターを切るかのように斬り落とした。流石、鮮やかだ。

 月影ちゃんが使っていた長剣は、第7級精霊剣『堅固』。地属性で、契約者の防御結界をより強固にしてくれるらしい。

 ちなみに、蒼月さんの長弓は精霊剣ではなく、普通の長弓だ。ここでも蒼月さんは、月影ちゃんのを優先して用意させたので、自分の精霊剣はまだ用意していないらしい。


 アキサチパフィ組も、順調なようだ。アキがかき乱して隙を作り、サチさんが的確に急所を狙いダメージを負わせ、パフィンさんがアキのフォローやサチさんが仕留め損ねたやつに止めを刺し、危なげなく順調に数を減らしていっていた。


 というか、何気にキル数では、サチさんよりパフィンさんの方が多い。それもそのはず、実はパフィンさんの銃は本物、というか、精霊剣だったりする。

 対人訓練ではもしもがあるので、殺傷力の高すぎる銃は使えないし、普通の銃に霊力を乗せて撃とうとすると、結構な確率で暴発するらしく、魔獣相手の実戦で使うなら、本物の銃型精霊剣でないと使い物にならないらしい。

 そんなパフィンさんのライフル型精霊剣は、第6級『緩怠かんたい』。地属性で、契約者の集中力を高めてくれ、そのお陰で銃弾の命中精度が上がるらしい。


 僕の友人達は全員、遠足時にもかなり活躍していたけれど。今回の討伐も、同じ印象かな。

 それはつまり、鷺宮村の強力な魔獣でも大して問題ないくらい、高い実力を付けているという事だ。みんな一生懸命頑張ってるもんね、流石だね。


 猫型を相手していた駐在さん達も……うん、多少負傷者は出たようだけど、特に問題はなさそうだ。


 ちなみに、咲さんだけど……うん、まあ。真っ先に殲滅し終え、笑顔でみんなの様子を伺っていた。5体を一度に相手していたから、いつもよりは動きを観察出来たけど……うん、相変わらず、圧倒的としか言えない。

 とはいえあれでも、真の意味での全力ではないのだから、恐ろしい。神話に出てくるような神がかった力を持っているからこそ、神話級と呼ばれているわけで……そんな咲さんが神性開放をした状態で力を振るったら、国が物理的に崩壊してもおかしくない、らしい。


 今回の咲さんの戦闘から得られたものは、神話級と下級の精霊剣との間には、覆しようのない圧倒的な力の差があるということの再認識が出来た、て感じか。

 つまるところ……同じ精霊神剣の超越者である魔神と対等に渡り合い世界を守るには、咲さん1人だけでは厳しい。だからこそ僕らは、咲さんと並び立つため、精霊神剣と契約するために、心身を鍛錬しているのだ。それをより強く意識できたのは良かった。


「いやはやおネイさん、彼女、とんでもなく強くなりましたね。というか……今年の本校一年生、強い子多過ぎやしませんか?」


 今日の見学で抱いた感想を思い巡らしていると、雅への増援はヒロだけで十分と判断したのだろう菱形さんがこちらに来て、友人達を眺めながらそう切り出してきた。


「まぁ、確かにそうですね。例えば……黒髪の刀使いの彼女、塩谷さんは入学時、クラスA判定でしたけど。例年でしたら、クラスS判定でも構わなかったはずです。それだけ今年の1年生は、実力派揃いです」

「ほう、それは凄いですね」

「まぁその中でも、水城姉妹と、あちらの黒髪で弓使いの蒼月さんと、小柄な銀髪の月影さんの天王寺姉妹は、特に飛び抜けています。ふふふ」


 誇らしげな笑顔でそう返す寧さん。可愛い。


「ふふ、お褒めに預かり恐悦至極です」

「優輝君は可愛いなぁ……」

「ドーモ」


 菱形さんにしみじみとそう言われて、なんかゾゾっと悪寒が走ったので、反射的に寧さんの側に近寄る。

 僕の行動に一瞬少し残念そうな顔をしたけど、すぐに真面目な顔になり、話を続ける。


「ですが……それだけの強者が今年集まったというのは、なんというか……得体の知れない不安を覚えます。合わせるかの様に、今年は各地の魔獣の発生率が高いですしね」

「ふむふむ……因果関係は不明なので、ハッキリとした事は言えませんが。こんな風に事象が重なるとそう感じてしまうのは、人として仕方ない事です。あまり気にし過ぎない方が良いですよ」

「それはそうなんですが」


 確かに、良い事と悪い事が同時に起きたら、何かの前兆と考えてしまうのも仕方ない。けど――


「悪い事の先触れだったとしても、僕らは――守護者候補生は、そのために守護者を目指しているんですから。僕らに出来るのは、その時がいつ来ても良いように、備えて置く事くらいですよ」

「はい、その通りです。なので今は、頼もしい守護者候補がいっぱいいる事を喜びましょう!」


 討伐を完了して戻って来る友人達を見ながら、本当に誇らしげに微笑む寧さん。


「……そうですね。じゃあ俺達先輩も、情けないとこを見せないよう気張るとしますか!」

「はいはいがんばってくださーい」

「つれないなぁ」


 そう言って、好青年然とした爽やかな笑顔を僕に向けて来る菱形さん……その瞳の奥に僕に対する劣情が潜んでいる事を知っているので、真顔で感情を乗せない声でそう返す。


 さて。そんなことより、大活躍したみんなを労いにいこう。特に、褒めて欲しそうな顔をしながら僕の方に駆けてくるヒロを、いいこいいこしてあげないと。





 そんな感じで、午前中は予定外に過ぎて行ったけど。その後は特に何事もなく、シャワーを浴び、昼食に冷麺を食べて、道場の掃除をしてから咲さんに挨拶をし、少し休憩してから寮へと出発した。

 ちなみに帰りは、父さんと寧さん、それと執事さんの車で、全員一緒に出発した。行きとの違いは、ヒロが天王寺家の車に乗り込んだくらいかな。月影ちゃんとヒロは、このお泊まり会で、さらに仲良しになったようだ。


 各々、なかなか充実した帰郷だったと思うけれど、夏休み自体はもう少し続く。


 はてさて。次はどんなイベントがあるかな?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ