76話 新生ヒロと、羨望
「カラテ、ボクシング、ジークンドー、ですか」
「ん……(こくり)」
翌日以降、ヒロは早速、月影ちゃんがチョイスした格闘技の教本を読み込み、月影ちゃん相手に実践する日々を過ごした。
その間、本以外に組手稽古の際にも、月影ちゃんから近接格闘の知識を頭と体に叩き込まれていた。月影ちゃん、普通の会話は苦手だけど、頭にある知識の披露は得意らしい。まあ、相手が友達のヒロだから、ていうのもあるかな。
ヒロは最初こそ、全ての攻撃を完全に見切られ躱されていたけど、素質があったからか頭と体に徹底的に格闘術を叩き込まれた成果か、はたまた月影ちゃんの動きに慣れたのか。村に滞在予定の最終日前日には、掠ったり受け流させたり出来るまで腕を上げていた。
「すごいね、ヒロ」
「うむ。奴もまた天才だった、ということだな」
ヒロはこの数日ですでに、棍を使っていた時の実力を超えつつあるように見える。月影ちゃんが一生懸命に教えているのもあるけど、どうやら、近接格闘がヒロに色々と合っていたらしい。
それと。
「ヒロさん、頑張っていますね〜。目に見えて強くなっていると思いますよ〜?」
「はい! 私自身、強くなれているって実感があります!」
ヒロが短期間でここまで上達出来たのは、素質があっただけじゃなく、咲さん寧さんの読み通り、近接格闘に切り替えて、メンタル面が強化されたから……でもあるけど。
「ここ数日のヒロ、すげぇなぁ。月影さん相手に食らい付きかけてるぜ」
「そうね。爆発的に強くなっていると言っても過言ではないわね」
「だよね〜。ま最初から強かったけどぉ。棍手放してからは、鬼ヤバってカンジ?」
「んふふー! ヒロ、いつも以上に気合い入れて頑張ってるもん、当然よね! まぁあたしはいつかこうなるって思ってたけどねっ!」
「ふふ。私達もうかうかしていられませんわね、月影」
「ん……今のヒロさんは、強い……」
やっぱり一番の理由は、優しい親友達からの、暖かな声援があったからだろう。
「もーみんなして褒めすぎですよーえへへー。まぁ、これからもっと強くなっちゃいますからね! その内月影さんを追い抜いちゃうかもしれませんね!」
元々、食がかかわると精神的に図太くなっていたけれど。今のヒロは、食事モードの精神が、全面的に表に出ている状態らしい。
けど、うーん。波に乗っていて調子付く事自体は悪くないけど……チヤホヤされて調子に乗った発言し出すのは、ちょっと困り者かな。
というわけで。
「こらこら、あんまり調子に乗らないの」
ペチッ
「あいたっ」
お灸の意味も兼ねて、ツッコミチョップを入れる。まだ可愛いものだけど、度が過ぎると不和を生みかねないし、調子に乗っている時に足元を掬われると、立ち上がるのが困難になるかも知れないしね。
「もー優輝さんいきなりヒドいですよー。えへへー」
苦笑いで軽くチョップしたからか、頭をさすって文句を言いながらも、嬉しそうな笑顔でそう返すヒロ。うーん、注意した意図、伝わってるかな?
「さぁみなさん、休憩はこれくらいにしましょう! 月影さん、引き続きお相手、お願いします!」
「(こくり)」
まあ、せっかく心身共に絶好調なのだし。今はこれ以上、水は差さないで置こう。
「あっ優輝さん!」
「うん?」
訓練に戻る直前、ヒロに呼び止められる。
「叱ってくれて、ありがとうございます。確かにちょっと調子に乗っちゃいました。けどこう見えて、分を弁えてはいますよ。私が今すごく頑張れてるのは、優輝さんが励ましてくれたおかげですから。えへへ」
どうやら伝わっていたようだ。笑顔がとても可愛い。
うん。まだ不安定かもしれないけど、きっともうヒロは大丈夫。
そんなこんなで、帰宅予定日。魔獣発生は何度かあったけど、毎回すぐに討伐されてしまっていたので、参加の機会はなかった……のだけど。
『偵察隊より入電。複数の魔獣の群れが確認されました。戦闘可能な方は、至急観測所まで連絡をお願いします』
そう考えていた矢先の、魔獣発生放送。しかも今回の村内放送は、いつもの詳細な発生情報ではなく、端的なものだった。これは、駐在の者だけでは対処が困難かもしれないと判断された場合の放送で、最後に救援が求められるのが特徴だ。
(うーん……今日は午前中ゆっくりして、お昼を食べた後に学園寮に戻りたかったんだけど……)
仕方ない事だけど、魔獣はこちらの望み通りには発生しないものだね。
「あらあら、間の悪いこと」
咲さんも同じ事を思ったらしく、そう呟く。
「いえいえ! むしろナイスタイミングですよー!」
逆に、待ってましたとばかりにふんすっと鼻息荒く息巻いているのは……ヒロだ。ほんと、近接格闘に切り替えてから積極的だね。
「そうね。短期間とはいえ咲様に鍛えられた実力、試したくて疼いていたのよ。本当、丁度良かったわ」
ヒロに同意するのは、サチさんだ。まあサチさんの目的の一つは、鷺宮村の魔獣討伐参加だったし。彼女にとっては最高のタイミングだろう。
「確かにそうですね〜。みなさんが、特にヒロさんがどれくらい強くなったか。本物か上辺だけか。確認するのには、丁度良いかもですね〜」
寧さんまで乗り気だった。というか、
「よっしゃ、やってやるぜ!」
「んにゅ、より強くなったあたし達の絆を見せつけてやろー!」
「ここの魔獣がどれ程強力なのか、やっと確認出来そうですわね」
「ん……(こくり)」
「え〜なんでみんなテンアゲしてんの〜? スイーツ食べながらゆっくりしよ〜よ〜」
「うむ、面倒臭い」
僕と姉さんとパフィンさん以外の友人達は、要請を聞いた直後から乗り気だったようだった。
まあ僕も別に、何が何でもゆっくりさせたいと言うわけでもなかったし。止める理由はない。
「ふふ、そういう事でしたら……はい大さん、この子を使ってあげて下さい」
「はい?」
咲さんが、赤銅色の籠手のようなモノを、ヒロに手渡した。
「これは……結構重いでーー」
キンッ
ヒロが感想を言い終えるより早く、一瞬甲高い音を放ち、籠手が炎を纏ったかのように赤く揺らめく。
「もしかして、精霊剣? てあれっ、軽い?」
ヒロが、持った瞬間感じた重さを否定し、不思議そうな顔になる。契約者以外には重く感じ、契約許可者には軽く感じる。つまりこれは、精霊剣が、手に持った存在と契約しても構わないと判断した時の現象だ。
「どうやら、ヒロさんの事を気に入ったようですね。その子の名前は『羨望』。私の友人が、上級精霊剣に変えるまで使っていた子です。等級は確か……8級だったかしら」
「その、ご友人というのは」
「エリスっていう名前の娘なんですけどね。神話級精霊剣と契約するために出て行ったきり、行方が分からないんです。私が金剛と契約する前の話よ」
「そう、ですか……あの、そんな、形見みたいな子、私が預かって良いんですか?」
ヒロが、寂しそうな表情を見せる咲さんに、申し訳なさそうな顔でそう尋ねる。
「エリスがいなくなってからだから、300年以上ね。今まで契約者に恵まれなかった子なの。かなり寂しい思いをしているはずだから、ヒロさんさえ良ければ、契約してあげて欲しいわ」
「そうですか? そういう事なら……私と契約しましょうか、羨望さん」
キィィン……
ヒロがそう言うと、陽炎のような揺らめきと共に赤色のオーラが『羨望』から滲み出て、ヒロに纏わり付く。最初からお互い合意の上なので、なんの問題もなく契約完了したようだ。
「やっぱり炎属性なんですねー、私は地属性です。これからよろしくお願いしますね!」
8級だから、小動物程度の精神しかないだろうけど、ヒロの反応からして、かなり友好的な性格なようだ。咲さんの言う通り、寂しかったのもあるかもだけど。
「この3人で最初に精霊剣と契約出来たのは、ヒロになったかぁ。おめでとうって気持ちもあるけどさ……やっぱ、ちょっと嫉妬しちまうよな」
「そだねー。んもーヒロったらあたし達を差し置いて一気に強くなりおって! 羨ましいぞーうりうりー!」
「もっも〜ふたりともやめてよ〜」
ヒロが、咲さんとのやり取りが終わったのを確認して近付いてきたアキに、抱き付かれつつ頬を指で高速ツンツンされ、同じく近付いてきた雅には、頭をクシャクシャと少し雑に撫でられていた。
ヒロに対する嫉妬を述べているものの、行動にも声にも、ヒロを祝福する感情を感じる。友情は美しい。ほっこり。
さて。そんなこんなで、魔獣討伐参加のため、観測所までやって来た訳だけど。
「状況はぁ、どうなっていますか〜?」
「現在先行して来た鹿型の群れと交戦中です。それ以外に確認されているのは、鹿型12、猫型10、犬型11、熊型3、猪型5です」
予想以上に多かった。梅雨明けでもなかなかない規模だ。確かに咲さんの話通り、魔獣の発生数に、今までにない流れがあるように思える。
「ふむふむ、そうですか〜。救援もやむなしですね〜。さてさて〜……」
魔獣の情報を確認した寧さんが黙り込む。魔獣と僕らの戦闘力を加味して、チームの振り分けを考えているのだろう。
約2分後。
「――以上の組み合わせで臨む事とする。参戦は、現在戦闘中の群れの討伐が完了後、入れ替わるようにして出るように!」
『了解!』
教官モードの寧さんに振り分けをされた後、時が来るまでその場で待機となった。と言っても、もうすぐ鹿型の群れ第一陣は倒し終えそうだし、間もなくだろう。
さて。5月以来の地元での討伐だし、頑張らないとね。