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74話 恐怖心という名の壁

「いやぁ、月影ちゃんは強敵でしたね」

「だねー……もうちょっと喰らいつきたかったね……」

「んみゅ、わかる」


 あそこまで翻弄されまくったせいか、アキはいっそ清々しい声と笑顔でそう話す。

 一方ヒロは、アキと同じく笑顔でそう言っているけど、それは苦笑いで、悔しさが感じられる。


「仕方ない部分はありますねぇ〜。前回の遠足以降、加藤さん含むクラスS代表の3人とも、さらに実力を付けたようですし〜」

「それでも、アキちゃんと2人でなのに掠りもしなかったのは、ショックです……」

「気持ちはわかりますけど〜、本当に仕方ないですよ〜。何せ月影さんの潜在力は、在校生で1番でしょうから〜」

「えっ?」

「マジですかネイさんっ! 1年生最高じゃなくて!?」

「マジもマジ、大マジです〜」

「マジかー、なるほどねぇやっぱりねぇ!」

「だね。月影さん、ほんと凄かったもん……」


 直接手合わせしたアキヒロも、月影ちゃんの規格外さを肌で感じたからか、納得した顔でそう頷く……


(んー……)


……けどやっぱり。ヒロの振る舞いからは、悔しさを感じられた。


「ん……お褒めに預かり……恐悦至極……」


 しばらく黙って僕らの会話を聞いていた月影ちゃんが、感謝を述べてカーテシーをする。


「ん……ヒロさん……」

「…………。えっ、わたし? な、何かな?」


 その優雅な姿に見惚れていたらしいヒロ……僕を含めたここにいたみんな見惚れていた気がするけど……まあそれはともかく。月影ちゃんの呼びかけに、ワンテンポ遅れてヒロは返事をする。

 それを気にした様子もなく、月影ちゃんが話を続ける。


「その……友達として、言います……」

「は、はい」

「……今のままのヒロさん、では……私には、絶対に届きません……」

「そっ! そんな、こと……そう、だけど……」


 唐突に、お前では私に勝てない通告をされたヒロ。反射的に言い返そうとしたけど、現状を理解しているのか、悔しそうに尻切れで、月影ちゃんの台詞を肯定する。


 突然の月影ちゃんの発言に、みんなも僕も驚いていたけど……月影ちゃんは「友達として」と言っているし、「今のままでは」とも言っている。

 それはつまり。ヒロには、まだまだ伸び代があると言いたいのだろう。台詞の後半が強いせいで、ヒロにはショックの方が大きくて気付いていないようだけど。


「月影、なんか言葉が足りないようです」

「……あ」


 蒼月さんに指摘され、ヒロの様子を見て、上手く伝わっていなかったと理解したようだ。


「……ん……えっと……」


 けれど、上手い言葉が出てこないのか、俯くヒロを見たり視線を逸らしたりする。可愛い。


「……ヒロさんは、その……とても、力が強い、です……ので……自分の力に、自信を……」

「……うん……ありがとう、月影さん」

「んっ……(こくり)」


 今の台詞で、月影ちゃんがヒロを貶めるつもりで言ったのではない事は、伝わったようだけど。それでも、相変わらずヒロの顔は優れない。


「……うん。アキちゃんも雅君も頑張ってるし、私も頑張らないと……」


 自分に言い聞かせるように、そう呟くヒロ。


(ここ数日の訓練時のヒロ、なんか変だな。何か悩みがあるのかな)


 話を聞いて、相談に乗ってあげたいけど、


「は〜いみなさん、水分補給は十分ですね〜? 休憩はぁ、このくらいにしましょ〜」


ネイ先生が休憩終了を告げる方が早かった。


「この後は各自、自己鍛錬中心でいきましょう〜」

『はーい』


 んー。タイミングを逃しちゃった感じだけど、やっぱり気になるし。訓練時間が終わったら、すぐに話しかけよう、


「あら、元気にやってますね。今日も暑いから、みんな頑張り過ぎないようにね」


と考えていたら、帰ってきた咲さんが、労いに来てくれた。のは、いいんだけど……


「ちょうどいいです〜。母様、ヒロさんの鍛錬の様子、一緒に見てくれませんか〜?」

「大さんの? ええ、いいですよ」


……なんとなく、ヒロにすぐには話しかけられない気がした。



 予感通り、訓練後ヒロは、咲さん寧さんに話しかけられ、オヤツ休憩が終わっても3人は戻って来なかった。


「何話してるんかなー……ちょい心配」

「まあ、心配ないよ。きっと、ヒロのためになる話をしてくれているだろうし」

「うむ」


 ……けれどヒロは、夕飯時も元気なさげで、いつも当たり前のようにしていたおかわりを、なんと一回もしなかった。



「ヒロがおかわりしないなんて、絶対普通じゃないよ……40度近い熱があっても、一回はおかわりしたのに……」

「話しかけても、ずっと反応鈍かったよなぁ」

「うん。流石に心配だね……」


 就寝の準備をしながら、食後、水城家リビングでボーっとしていて、いまだ道場に来ないヒロについて話し合う。


「アキ、心当たりは?」

「んーみゅ……最近の訓練中、なんか元気ないかなーとは思ってたけど……それくらいなら、当然優輝も気付いてたよね」

「まあね」

「あーでも最近は、色々と浮かれててヒロに構ってあげれられてなかったとこあったし……もしかして、そのへんかなぁ……」

「えっ、もしかして、俺達が原因なのか?」

「んー、多分違うんじゃないかな。ヒロ、普通に祝福してたと思うよ?」

「うーみゅ……わからん……」


 話が平行線になって来て、お互いしばし無言になる……直接ヒロから聞ければ早いけど、今のヒロは、打っても響かないし……


くいっ


(うん?)


 軽く、服の裾を引っ張られる感覚。振り返ると、予想通り、月影ちゃんが僕のすぐ側にいた。


「どうしたの?」

「……」


 再び軽く一回、今度は袖辺りを引っ張ると、何も言わずに道場の廊下へ行ってしまった。


(これは……付いて来て、て事かな)


 今し方会話していたアキと雅の顔を、サッと伺う……ふむ。どうやら、月影ちゃんが近くにいた事には気付いていないらしい。僕も触れられるまで全然気付かなかったし、気配を消して近付いていたようだ。


 となると。僕だけ来て欲しいって事かな。


「姉さんなかなか来ないから、ちょっと探してくるね」

「んにゅ、わかったー……」


 アキが、ちょっと元気のない生返事をする。まだ道場に来ていないヒロが、気になって仕方ないのだろう。僕もその気持ちはあるけど……とりあえず、今は月影ちゃんを追いかけよう。



 導くように時折振り返りながら先を行く月影ちゃんの姿を追いかけていると、たどり着いた先は、僕らが昼間訓練をしていた場所だった。

 そして、ネイさんがガーデンパラソルをさして寝椅子に横になりながら、僕らの訓練を監督していたその寝椅子に、今はヒロが座っていて、夜空を眺めていた。


(あれ……月影ちゃん、どこ行ったんだろ?)


 遠目には、今ヒロがいる真後ろ辺りに、月影ちゃんがいたはずなんだけど……瞬きしたくらいしか視線は閉ざしていなかったはずなのに、姿を見失ってしまっていた。


(幻を追っていた、なんて事はないよね……着いた先にヒロがいるし。きっと、ここに導きたかったのだろう)


 月影ちゃん、思い詰めた様子のヒロを見つけたけど、口下手な自分では上手く励ます事が出来ないと判断して、それで僕を連れて来たのかも。昼間の件で気不味かったのもあるかもしれない。


 消えるように姿を隠してしまった月影ちゃん……キョロキョロと辺りを見回しても、やっぱり見つからない。

 どうやって身を隠したのか、何故隠れたのか。気になる所ではあるけれど――


「はぁ〜〜……」


――今はそれよりも、深いため息を吐いたヒロを、気遣ってあげたいと思った。


 けど、どうしよう。夕飯をあまり食べなかったし、話しかけても上の空な感じだったし。普通に話しかけても、また暖簾に腕押しかもしれない…………ふむ。


(腕押し、じゃなくて、掴んでみたら……?)


 ちょっと勇気がいるし、ちょっとリスクもあるし、何より……ちょっと気恥ずかしい。けど……うん、やろう。


「ヒロ〜」


ぎゅっ


「ふぇっアキちゃ……じゃなくて優輝さん!?」

「ん、正解」


 アキを真似て、抱き付いてみた。アキみたいに正面から勢い良くぶつかるようにではなく、後ろから優しく抱擁するようなイメージで、だけど。


「なっななななんですか優輝さんっ!? わたしこんなゴホウビもらえるよなことしてないですぅ!!」


 なんか、ヒロにとって抱き付かれる事はご褒美らしい。でもまあ、真っ赤になってテンパっているけど嬉しそうな顔でもあるし、問題ないかな? ヒロ可愛い。


「それは良かった。思ったよりは落ち込んでなかったのかな?」

「あ……」


 僕がそう言うと、テンパっていたのが嘘のように静かになり、表情も沈む。悩みは深いようだ。


「よしよし」

「……優輝、さん?」

「上手くいかない事なんて誰にでもあるよ。落ち込んじゃう事も、悩みで不安になる事も、誰にだってあるよ。なでなで」

「…………」


 抱きしめながら頭を撫で、優しく言い聞かせるようにそう囁く。

 悩みの内容を尋ねたりはしない。引っ込み思案気味なヒロに、根掘り葉掘り聞き出すのは酷だろう。



 しばらくなでなでぎゅーしていると、ヒロは気持ちが落ち着いたのか、とつとつと内心を打ち明けだしてくれた。


「……みんな、着実に実力、付けてます」

「ヒロがいつも頑張ってるの、僕は知ってるよ。アキだって雅だって、知ってるよ」

「でも……私は、あんまり成長、出来てないです。目に見えて、伸び悩んでます」

「そうかもね」


 優しく言いながらも、成長出来ていない云々の部分は否定しない。

 スリーマンセル時の連携は良くなっているとは思うけど、最初の訓練の授業の時から、ヒロ個人の実力は、大きく向上してはいないと僕も思う。なによりヒロ自身が、自分が伸び悩んでいる事実を正しく理解している。

 だから否定しないし、出来ない。下手な慰めは、かえってヒロを傷付けるだろう。


「寧さんと咲さんに、何か指摘されたかな」

「……はい」


 ヒロの話によると、だいたいこんな会話があったらしい。





「大さん、少し良いかしら」


 訓練後、私の素振りを見学していた咲様から、話しかけられました。咲様の隣には、寧さんも一緒です。


「大さん。前にも言ったと思うけれど、貴女の棍には、恐れと躊躇が見られます」

「はい……」

「そして、何度か実戦を経験したからでしょうね。その恐れや躊躇が、以前より強く棍に乗っているわ」

「……はい」


 ……ここまで言われれば、咲様の次の言葉はなんとなく予想出来ました。


「厳しい言葉かもしれないけれど、はっきり言いますね。今のままでは、これ以上の成長は見込めないわ」

「……っ! は、い……」


 ……予想通りとはいえ、やっぱり実際に言葉として聞かされると、堪えますね……はぁ……


(けれど……今のままって、最近どこかで言われたような……あぁ、そうだ。月影さんに、言われたんだ……あれ?)


 咲様にも似たような事を指摘されて、今になってようやく、月影さんが咲様と同じ様に、私に何らかのアドバイスをしたかったのだと気付きました。


「それでね。これは、寧と話し合って出した意見なのだけど」

「つまりは、私と母様、2人からの提案、という訳です〜」


 意見、提案……な、何を言われるんでしょう?


「大さんは今まで、棍を使ってきたけれど。思い切って、やめませんか?」

「……え?」


 一瞬、何を言われたのか理解出来なかった。


「え、えっと……棍は、私とは相性が悪い、とかですか……?」

「相性、とは、少し違うのだけど、そうね……意味合いとしては近いかしら」

「私の見立てではですね〜。ヒロさんは、棍を使う事で、恐怖を紛らわせている印象なんです〜。棍で、恐怖という壁の隙間から、なんとか敵を攻撃しているような。そんな風に感じます〜」

「恐怖は力に変えられるわ。けれど、克服するのではなく紛らわせていては、その壁の先にはなかなか辿り着けない。貴女が棍を使う事は、貴女が強くなる手段としては、とても遠回りな道になってしまっていると思うの」


 遠回り……うん、それはダメ。それじゃ優輝さんに追い付くどころか、アキちゃん雅君にも置いていかれてしまう。けど……


「大さん。貴女が今まで棍を使っていたのは、何故ですか?」

「えっ? えっと、確か……昔から他の人より、腕力とかが強かったからです。あと……リーチの分、相手にそれほど接近しなくても攻撃出来たから。それに、直接殴るという攻撃方法が……とても、怖いと……なるほど。だから、やめないか、なんですね」


 そうだ。私が棍を選んだ理由自体が、恐怖心から来ていたんだ……確かに棍を使い続けたなら、恐怖心を克服するのに、かなり時間がかかってしまう気がします。


「貴女が恐怖の壁を克服する……というより、突破するためには、かしら。その手段として、至近距離での近接格闘は、打って付けだと思うわ」

「ちょっと荒療治的ですが、効果的だと思いますよ〜」


 守護者である咲様と、長年訓練教師として活躍して来た寧さんという、経験豊富で確かな実績を持つ二人からのアドバイス。今より強くなりたいなら、避けて通れない選択肢、な気がします。けど……


「……考えて、みます」


……それでもやっぱり、直接相手を殴る蹴るの格闘戦は、とても怖いから……この時は適当な返事しか、出来ませんでした。

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