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71話 月影の夜の思い出

「男3人、密室。何も起きないはずがなく」

「いや起きないから、起きてないから」

「だよねぇ」


 エリスが唐突にそんな事を言い出した。なに言ってるんだか……


「何か起きていたとしたら、深夜の道場で、ですわよね…………くふっ、捗ります」

「うむ、わかる」

「いや起きないから、起きてないから。蒼月さんも姉さんも、その場にいたんだからわかってるでしょ」

「ぐっすり眠っていたので、わかりませんでしたわ」

「同じく」


 ……姉さんはともかく、蒼月さんはどうだか。


「とはいえ優輝さん……後からではありますし、具体的に何があったかは知りませんが……気付きましたよ?」

「……なんの話?」


 と惚けてみたけど、さすが蒼月さん。センサーはなかなか高精度だなあ。


「優輝さん。夜に、月影と密会していましたわよね?」

「……その言い方は人聞き悪いかな。会ったのは、ほんとたまたまなんだよ?」

「えーなにそれなにそれ! 気になりますっ!」

「うーん」


 月影ちゃんは、この世界にはもういないから、許可は得られないけど……まあ、今となっては、あの本の存在はみんな知っているし……うん、話しても問題ないだろう。


「ま、いいかな。ただ、ご想像にお任せする場面とかあるから、上手く伝わるかどうかはわからないけどね。ああ、時系列的に、先にその日のパジャマパーティーの話をするけど、良いかな?」

「うむ」

「はーい」

「ああ、アキさんのあのお話ですね。了解しました」


 というわけで。あの真夏の夜の事を、話すことになった。





       ――――――――――





 水城家で、夕飯のトマトの味噌汁、胡瓜の浅漬け、親子丼を食べて、少し雑談したら順次お風呂に入って。

 そして今は、珠洲野守家の道場。軽食とお茶を用意し、お布団敷いてみんなパジャマに着替え、準備万端。


「みなさんお待ちかねー! 第2回パジャマパーティー、いよいよ開催ですっ!!」


 アキが、前回とは違いテンション高めにそう開始宣言する。


 ちなみに、ついさっきまで雅と、何故か父さんがいて雑談に参加していたのだけど。


「パジャパ開始するから、男子禁制!」


とアキに言われて、仕方なく帰っていった。主に渋々していたのは父さんだけど。


 ちなみに咲さんは、珠洲野守宅にはいない。


「ちょっと首都とか、色々行かないとなの。家も道場も、好きに使って構わないですからね」


と言って、お昼の片付けをしたら早々に出かけていってしまった。数日は戻らないっぽい。忙しい身なのは知ってるけど、やっぱりちょっと残念。


「にしてもさー……いつになったら優輝は着替えシーンを見せてくれるのん?」

「いやいや、いつと言われても」


 今回も僕は、「やっぱり恥ずかしいから」と断って、姉さんと一緒に別室で着替えた。姉さんに一緒してもらったのは、覗き(主にアキ)の見張り役としてだけど……やっぱり正解だったかな。


「それよりも」

「なによりも?」

「もっとパジャマパーティーらしい話をしようよ」

「ふみゅふみゅっ例えば!?」


 妙にウキウキというかソワソワというか、声と体を弾ませてそう言うアキ。アレの報告をしやすい話しの流れを振って欲しいのかな……せっかくなので、ノッてあげる。


「まあ、定番は、恋バナかな?」

「だよねだよねっ! にゅふふふー!」


 アキってば、どんだけ話したいのさ。可愛い。


「実はあたしから、重大発表がありますっ! えっとねーそのねーなんてゆーかねー。にゅふふふふー」


 恥ずかしそうにくねくねして、勿体ぶってなかなか話さないアキ。


「その緩み切った顔がムカつくな。いいから早く言え」

「アタシタツキャイハジムァシタッ」


 早口で言ったので、よく聞き取れなかった。まあ、2人の関係に気付いているから、なんとなく分かるけど。


「その速いではない。あまり巫山戯るなら聞かんぞ」

「んもー瑞希はセッカチだなー! えーあー、ごほんっ! ではっそろそろ真面目に報告致しまーす!!」


 一言前置きをしてから直立し、ようやく話し始める。


「私、突撃系元気爆発女子海老江 茜葵と天然男子間崎 雅ことマミヤは、現在男女交際をしておりまーすっ!!ってきゃーなんか自分から言うのって結構恥ずかしーー!!」

「いいですね〜、青春ですね〜」

「アッキーおめ〜。ひゅ〜ひゅ〜甘〜い」


 ネイさんとパフィンさんが、プレッツェルを齧りながらローテンションでそう茶化す。


「あーどもどもー! んふふー、こういう報告ってテンション上がりまくっちゃいますなーあはははは〜〜!!」


 恥ずかしそうだけど嬉しそうな、緩み切った顔で布団の上をコロコロしだすアキ。可愛い。


 んー、それにしても。


「もしかして、夏に入ってから妙にテンション高かったのは、季節以外にもそれが原因かな?」

「だろうな」

「確かにアキちゃん、いつもの夏よりテンション高いかなぁとは、思ってたけど……やっぱりマミヤ君が原因かぁ」

「……っていうか、なんかみんなあんま驚いてなくない? もしかして、気付いてた?」


 ピタっと止まり、そう尋ねて来た。


「なんとなくだけどね。まあ、そのうち付き合い出す気はしてたよ」

「うむ」

「友達歴長いもん、気付くよー」

「まぁ、彼とは朝練仲間だし。最近雑談していて、アキの話の時だけ妙に嬉しそうだったから、それとなく予想はしてたわ」

「同じく〜」

「むぅ、なんかつまんなーい」

「私は気付いてはいませんでしたが、とてもお似合いだと思いますわ」

「……(こくり)」


 どうやら、天王寺姉妹以外の友達全員、勘付いていたらしい。まあね、2人とも基本的に、隠し事が苦手なタイプだし。同じクラスで友達やってれば、気付く確率は高いと思う。


「まあなんにしても、おめでとう。ずっと仲良くね」

「アキちゃん、おめでとう!」


 みんな口々に、お祝いの言葉を送っていく。


「ありがとみんなー! おめでとあたしー!!」

「今度改めて、おめでとう記念でなにかしようか? 幸せなお付き合いがいつまでも続きますようにって気持ちを込めてさ」

「ありがと優輝! んでも、みんなにこうして祝福してもらえただけで、私は十分幸せだよっ!」

「んー……」


 アキの様子から、本当にそう思っている事は伺えるけど……それでも。


「じゃあ、今度ホールケーキを作るよ。それを2人のお付き合い記念を兼ねて、みんなで食べよ?」

「ふみゅ。まぁみんなでワイワイしながらなら、いっかな?」

「ん、決まりね。楽しみにしててね」

「んみゅ! 大いに楽しみにしてるねん! あははっ♪」


 ぱぁっと向日葵の花が咲くような、アキらしい元気で明るい笑顔だ。凄く可愛い。


 さて、どんなケーキがいいかな。アキに似合った、夏の爽やかさを感じられるような……そうだ、母さんのベリージャムを使おう。


「あ〜そだアッキー。ケーキと言えばぁ、喫茶モリビトの新作パンケーキがねぇ、マジ激ヤバなんだよ〜」


 その後は、パフィンさんがスイーツ談義を始めたり、姉さんが被写体僕の写真集を見せて自慢し始めたり、蒼月さんが衣装を取り出して僕や月影ちゃんが何度も着替えさせられたり、その格好で撮影会が始まったり、最後の方は全員がロリータファッション系の服に着替えさせられ、記念撮影したり……なんか主に、僕と月影ちゃんばかりが着せ替え人形扱いされてた気がするけど……まあ、みんなが楽しそうだったから良いんだけど、ちょっとだけ精神的に疲れた。





 そんなこんなで、みんなでファッションショー的なのをしていたら、いつの間にか日付が変わる寸前になっていた。


「……みなさ〜ん……さすがに……そろ、そろ、寝ま……すぅ……すぅ……」


 予想通り真っ先に寝落ちしていたネイさんに、寝言?で指摘されたので、そこで今回のパジャマパーティーはお開きになった……僕と月影ちゃんは、ほとんどの時間パジャマじゃなかったけど。


 ちなみにネイさんも、寝ぼけながらも姉さんと静海に手伝ってもらって、甘ロリ系の服に着替えていたのだけど。先程の寝言の時は、いつの間にか最初のパジャマに着替えていた。


 僕らも再びパジャマに着替え、歯を磨いてから揃って就寝となった。僕は、何度も着替えさせられて疲れていたからか、あっという間に寝落ちていた。





「……ん」


 だいたい午前3時くらい。夜明け前で、まだまだ暗い時間……もよおしてきたせいで目が覚めた。そういえば、寝る前にトイレ行ってなかった気がする。


 みんなは……起きるにはまだ全然早いし、熟睡しているようだ。みんなを起こさないように、注意して慎重に動かないと……


(……あれ?)


 蒼月さんの隣、月影ちゃんが寝ていた布団が平らで、整いすぎている気がする。

 寝ぼけて見間違ったかと思ったけど……うん、やっぱりいない。いくら月影ちゃんが小さいからと言っても、布団の盛り上がりは出来るだろうし……月影ちゃんも目が覚めて、おトイレ行ったのかな?



 トイレに行ったけど、灯りは付いていなかった。ノックしても反応はないし、鍵も掛かっていない。普通に誰もいないようだ。


 とりあえず用を足してから部屋に戻ったけど、月影ちゃんはまだ戻っていない。月影ちゃん気配消すの上手いし、気付かないですれ違った可能性も、なくはないけど……ふむ。


(なんか眠気覚めてきちゃったな……ちょっと探してみよっと)



 玄関を開けると、湿気を感じた。寝ている間に一雨降ったようだ。

 そして、玄関のその先は、冷たい光で満たされていた。

 外に出て、視線を上に向ける。夜空は綺麗に晴れ上がっており、西に傾き始めた綺麗な丸い月が浮かんでいた。


(そっか、今夜は満月だっけか……確か月影って、月の光って意味があったような)


 月影ちゃんの姿を探して、月影の中を歩く。珠洲野守邸からそれ程離れているとは考えにくいけど……



 月明かりに導かれるようにゆっくり歩いていくと、縁側に座っているのを見つけた。


(…………)


 軒先から時折滴り落ちる雫は銀の月光により煌めき、その幻想風景に1人静かに佇む儚げな銀の少女は、今宵天上よりお忍びで舞い降りた、月のお姫様のよう……それはまるで、東洋芸術と西洋芸術が融合した絵画のような……


(……綺麗……)


……神秘的とも言えるその光景に心奪われ、声を掛けるのを忘れてしばし魅入る。


 割と近くまで来ているのに、こちらにはまだ気付いていない様子の月影ちゃんは、ノート……と言うより、大きく分厚いことで有名な某辞書のようなサイズのものに、羽ペンのようなもので何やら夢中で書き込んでいた。


 それと月影ちゃんは、何故かパジャマではなくゴスロリ服、それも、パジャマパーティーの時のではなく、戦闘着だった。


「……ふぅ……」


 疲れたのか集中が切れ始めたのか、書くのを止めて目を閉じ、小さな溜息を吐く。その何気ない姿も絵になるなあ。


「はぁ……」


 呼吸を忘れて魅入っていたのだけど、その綺麗の中に可愛いを見た時、呼吸を思い出したかのように小さく息を吐いた、


「……?」


その音に反応し、月影ちゃんがゆっくりこちらに視線を向ける。


「あー……こんばんは、ていうのも、なんか変な感じだね。目が覚めたらいなかっから、探しに来たよ」


 一瞬言葉に詰まりそうになったけど、別にやましい気持ちはないので、ありのままここにいる理由を述べる。


「無心で集中して何か書いてたみたいだから、声掛けにくかったんだけど……何してたの?」

「……これは…………ん……日記、のようなもの……です……」

「そうなんだ、僕も日記付けてるよ。そうだ、僕のも見せるから、見せてもらっても良い? 家の自室にあるから、時間帯的にすぐには持ってこれないけど」

「…………」


 月影ちゃんは、逡巡するかのようにゆっくりと視線を彷徨わせ……数秒後、


「ん……」

「ありがとね」


分厚い冊子を差し出される。さて、のようなものって、どういう意味かな…………


(………………。わかんない……)


 薄暗くて読みにくいとか字が汚くて解読出来ないとかではなく、精霊国語ではなかった。さらに言えば、象形文字と西洋文字の中間な感じの、見たことのない文字だった。まあ、文字自体は綺麗に書かれている、のだろう、多分。

 日記帳?も、植物性ではないのか紙質が微妙に硬く板状で、楽譜のような五線が引かれており、音符のように段を変えて、その謎文字が書かれていた。


 うん、なんていうか。月影ちゃんが、最初は躊躇したのに見せてくれた理由が、なんとなくわかった。古代文字の専門家でもなんでもない僕には多分読み解けない、と判断したのだろう。


「えっと……あんまり知られていない言語で書いて、誰かに見られても内容がわからないようにしてる、とか?」


 日記帳(仮)を返しながら、そう尋ねてみる。


「…………。内容を……知られて困る、とかでは……ですが……ん、他言無用で……」


 そう言う月影ちゃんだけど、恥ずかしがるように視線を逸らしたので、実際は内容を知られたくないのかも知れない。なら、詮索するのはやめよう。


「ん、わかった。一応聞くけど、月影ちゃんがこういうの付けてるの、蒼月さんは知ってる?」

「恐らくは……内容はわからない、かと……」


 ふむ。まあ、日記を見られるのは、家族でも恥ずかしいしね。


 会話が終わったと判断したのか、月影ちゃんは再び日記を付け始めた……んー……


「しばらく一緒しても良いかな?」


 夜空を見上げながら、そう尋ねてみた。せっかくこんな時間に会えたんだし、すぐに帰るのは勿体無い気がしたから。月も綺麗だしね。


「…………」


 月影ちゃんが文字を書く手を止め、僕に倣って夜空を見上げる。


「……ん(こくり)」


 数秒眺めてから、小さく頷いてくれた。


「ありがと」

「ん……」


 再び小さく頷いてから視線を下ろし、日記付けに戻る月影ちゃん。


「………………」

「………………」


 月影ちゃんが文字を書く音をBGMに、しばし無言で夜空を見上げる。


 それにしても、月が綺麗だ……月光は、月影とも表現する……さっきも考えた気がするけど……


「月影が綺麗だね」

「……っ」


 ……なんか、そう口走っていた。驚いたのか、文字を書く音が止まっている。


「……あー、月影ってあれだよ、月光のことね」

「…………。はい……」

「まあ、月影ちゃんも負けないくらい綺麗で可愛いけどね」

「……(ぷい)」


 そう言いながら笑顔を向けると、恥ずかしそうに顔を背ける。とても可愛い。


「…………。あ……ありがとう、ございます……」

「っ!」


 数秒後、不意打ち気味にそう呟かれて、今度はこっちが驚かされた。こちらに顔を向けながらも恥ずかしそうに視線を逸らして顔を赤らめて、んもうっ!


(月影ちゃんほんっと可愛い可愛い!!)


 ……騒いだら近所迷惑な時間帯なのでグッと我慢し、夜空に視線を戻した。


「………………」

「………………」

「………………」

「………………」





 その後はお互い無言で夜月を眺めて過ごし、空が瑠璃色になり始めてから、一緒に戻った。

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