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68話 月月月

 実家に到着後、約3時間。天王寺姉妹が到着した。


 ちなみに、村に着いたのが午前11時くらいだったので、今は午後の2時くらい。なので、もう昼食は頂いている。


 今日のお昼は、母さんからメニューを聞いていたので、それを手伝う形だった。

 内容は、素麺、胡瓜の揚げ浸し、茹で鶏笹身の胡麻だれ和えだった。さっぱりしていて、夏場で食欲減退していたとしても完食出来る味で、とても美味しかった。


 で。今は、先に車から出てきた、いかにも執事な格好の、見た目初老くらいの男性が運転席から降りてきた所だ。


「駐車場所は、こちらでよろしかったでしょうか?」

「ええ、そちらでお願いします」


 執事としか聞いていなかったから、勝手にロマンスグレーな高齢な方を想像していた。まあ、色素の薄い青髪だし、雰囲気的にも達観したものを感じるから、見た目よりもお年を召しているかもしれないけど。


「了解しました。では……失礼致します」


 応対していた父さんへ綺麗な礼をひとつして、後部座席側に向かい扉を開き、手を差し出す。


「お待たせ致しました、お嬢様。足元お気を付け下さい」

「もうっクヅキさん。何度も言いますが、そこまでされなくても、もう一人で降りられます。いい加減子供扱いはやめて下さい。皆さんの前ですし……」

「そうは言われましても蒼月様、これがわたくしの仕事ですので」

「……はー」


 少し恥ずかしそうにしながら手を取り、蒼月さんが降りてきた。変質者ムーブをする蒼月さんに慣れてしまっていたけど、こういう姿を見ると、やっぱりお嬢様なんだなあ、と思った。


「月影様」

「ん……」


 蒼月さんに続いて、月影ちゃんも同じように降車する。


 それにしても、うーん……執事さん、声が低くて渋い。なんかそれだけで強そう……いいなあ、カッコイイなあ……


「クヅキさん、皆さんに自己紹介を」

「畏まりました」


 クヅキさんが扉を閉めたのを確認してから、蒼月さんがそう告げる。


「お初にお目にかかります。わたくしは蒼月お嬢様、月影お嬢様のお世話をさせて頂いております、執事の青崎あおさき 葛月くづきと申します。どうぞお見知り置きを」


 深々と綺麗で格好良い、深い礼儀を感じるお辞儀と共に自己紹介する執事の青崎さん……クヅキって名字かと思ったら名前か。


「執事さんも、名前に月が付いてるんですね」


 月影ちゃん、蒼月さん、葛月さん……ふむ。


「もしかして、天王寺姉妹の父親にも?」

「いえ、お父様の名は『真喜雄まきお』なので、月が付いていないどころか月とは全く関係ないですわ」

「うーんでも、3人も月が付いてるし、意図的なものを感じるような」

「なんといいますか……私達が、孤児院から引き取られた身なのは、お話しましたよね。青崎さん、実は私達の名付け親なんですよ」

「そうなんだ?」

「確かにそうなのですが、最終的にお決めになられたのはご当主様に御座います。わたくしは、名前の候補を挙げさせて頂いただけです」

「んー。天王寺家の使用人のみなさんで候補を出して、その中から決めた感じですか?」

「はい、その通りで御座います」


 ……他の候補がちょっと気になる、けど、それより気になるのは。


「ところで、引き取られる前、2人は施設ではなんて呼ばれてたの?」

「私は黒、月影は銀と呼ばれていました」

「ん……(こくり)」


 蒼月さんが綺麗な黒髪、月影ちゃんが綺麗な銀髪だからだろうけど、うーん。


「……わかりやすいけど、ちょっと雑だね」

「ふふっ、ですわね」


 笑顔でそう返す蒼月さん。どうやら、旧名に関しては特に思い入れはないようだ。


「はじめまして、お待ちしていました。ようこそいらっしゃい」


 そろそろ来たかなと出向いてきたらしい咲さんが、いかにもお嬢様かヤクザな人が乗っていそうな黒塗りの高級車に近付き挨拶していた。


「咲さん、今車には誰も乗ってませんよ?」

「あら? ……あらあら本当だわ、ついまだ乗っていると思い込んでしまったわ。それで、そちらの方達で全員かしら?」


 なんか今日の咲さん、ポンコツ度が上がってるような……そんなにお客さんをお迎えするの、楽しみにしていたんだろうか?


「僕達と一緒した2人は、今は家の中でお茶……というか、スイーツざんまいしてると思います。この3人は」

「珠州野守様、初めまして、ご機嫌よう。わたくしは天王寺 蒼月と申します。以後お見知り置きを」

「……はじめ、まして……天王寺 月影と、申します……よろしく、お願い致します……」


 2人はお嬢様らしく、綺麗なカーテシーと共に咲さんに挨拶する。可愛くて綺麗、実に絵になる。素敵だ。


「お嬢様のお世話をさせて頂いております、執事の青崎 葛月と申します」


 執事さんも、左手を腹部に当てて優雅にお辞儀をする。女性のカーテシーに当たる、なんだっけか……ボウアンドスクレープ、だったかな。


 あのお辞儀……僕がやっても似合わないんだろうなー……


「ご丁寧にありがとうございます。珠州野守 咲です。守護者をやらせていただいてます。よろしくお願いしますね」


 咲さんもゆったりと綺麗なお辞儀を返し、顔を上げて、柔らかな笑顔で締めくくる。


「ふふっ、2人とも、綺麗な女の子ですね。瑞希さん優輝さんにも負けていないんじゃないかしら」

「守護者様にお褒め頂き、恐悦至極ですわ」

「うーん……礼儀正しくされるのはなれているのだけれど、蒼月さんは優輝さんのお友達ですよね? 出来ればあまり畏まらないでくれると嬉しいわ」

「え? えーと……」


 蒼月さんが戸惑ったような表情を浮かべ、僕の方を見る……うーん、既視感デジャヴ。アキヒロ雅も、最初にそう言われてたなあ。


「蒼月さんさえ良ければ、咲さんの希望に応えてくれると、僕も嬉しいかな」

「そうですか……と言われましても、どのように話すのが、畏まっていない話し方なのか……」

「んー、確かに、蒼月さんいつも礼儀正しい喋り方だしね……まあ咲さんは、無理して敬語使わなくて良いですって言いたいんだろうから、蒼月さんが話しやすい口調で構わないと思うよ」

「はー……それでしたら、話し方はこのままで良いでしょうか?」

「普段からそういう話し方なら、構わないわ。変なこと頼んでしまったわね、ごめんなさいね」

「いえ、気にしていませんわ」


 うーん。畏まってない話し方っていうのも、改めて考えると難しいのかも……まあ咲さんは、親しくしたい人に敬われ過ぎるのを避けたいのだろうし、よそよそしい気持ちが含まれてなければそれで良いのかもしれない。


「それにしても、口調や仕草もそうだけど。お二人とも、服装も綺麗で整っていますね。天王寺さんは、上流階級なお家なのかしら?」

「えぇ、はい。一応、戦国武将の天王寺の家の者でして……」


 自分の家柄に関しての説明を始める蒼月さん。


 今咲さんが触れた、2人の今日の服装だけど。


 蒼月さんは、長袖の白いサマーブラウスの上に、黒のノースリーブロングワンピースという、実にお淑やかなお嬢様といった感じの組み合わせだ。長く艶やかな黒髪に、よく似合っている。


 月影ちゃんは、戦闘着と同じデザインのゴスロリ服で…………いやよく見たらこれ、まんまいつもの戦闘着だ。


「月影ちゃんはなんで戦闘着なの?」


 月影ちゃんは、平日昼の手料理の日に来る時は制服姿だけど、休日の時は、長袖タートルネックの黒シャツに白のミニスカートと、わりとラフな格好だった。

 まあミニスカでカーテシーしたら、その……中が見えてしまうと思うので、その点は良かったのだけど。


「……。鷺宮村、なので……一応、警戒して置いた方が、と…」

「ふふ、咲さんがいるのに心配性だなあ。まあ、初めてなら警戒しちゃうのも仕方ないかな」


 僕的には慣れているけれど、ここは、精霊国で最も危険な魔獣発生地に一番近い村なのだ。

 それに、咲さんは村を留守にしがちだし、もしもが無いとは言い切れない。そういう意味でも、油断していないのは好印象、というか、守護者候補として相応しい精神かもしれない。


 うん、さすが月影ちゃん。僕も見習わないと。


「ていうか、姉妹揃って夏でも長袖なんだね。天王寺家の家訓的なやつで、人前で肌を晒さないように言われてたりする?」

「そう、ですね……長袖、とは、言われていませんが……似たような事は……」

「あ、やっぱりなんだ」


 必ず長袖でなければならない、という訳じゃないらしい。無闇に他人に肌を晒すな、的な感じかな。


 まあ、蒼月さん結構色白だし、月影ちゃんはもっと白いし。長袖なのはただ単に、肌が弱いから日に焼かれたくないのかもしれない。強化術や治癒術を使えば早めに治せるとは言っても、痛いのはやっぱり嫌だもんね。


 さて。そうなると、今日も真夏らしく日差しが厳しいし。


「暑い中立ち話もなんだし、みなさん室内うちにどうぞー」

「そうですわね、お言葉に甘えさせていただきます」

「ん……(こくり)」

「お邪魔致します」

「……というか、天王寺家の3人とも黒服ですし。炎天下だと、結構暑くないですか?」

「……実は少し」


 蒼月さんは、澄ました顔でちょっと我慢していたっぽい。


「ん……火属性、なので……」


 月影ちゃん、表情変わらないから分かり辛いけど、実際火属性の人は暑いのに強いらしいし、本当に平気なのだろう。アキなんか元気有り余ってるしね。


「執事ですので」


 この人はまあ……出会ったばかりなのでなんとも言えない。表情からも台詞からも、無理している感じは見受けられないけれど。


 まあとにかく。早く入って涼んでもらおう。


「ということで。ようこそ、水城家へ!」



「失礼致します」

「……失礼、します……」


 執事さんがドアを開け、先に蒼月さんと月影ちゃんが入っていき、閉じる。執事さんは、車に積んである2人の荷物を降ろすため、まだ入らないらしいけど。


「咲さんもどうですか? 母さんの焼き立てお菓子がありますよ。咲さんが好きな、カボチャを使ったのもありましたし」

「あら素敵ね。それじゃあ、ご相伴に預かろうかしら……その前に」

「……咲さん?」


 咲さんはすぐには入らずに、荷物を取りに行った執事さんの方へ向かう。


「少し、よろしいですか?」

「どうか致しましたか?」

「青崎さん、でしたか。貴方……相当お強いですね?」

(え……!)


 咲さんが、初対面の人にこんな事を聞くなんて……初めて見た。咲さんに一目見て強いと思わせるなんて、執事さん、何者?


「はて、どうでしょうか。一応、そこらの若い者には負けないと自負しておりますが。栄陽学園本校という狭き門を通った上に、クラスSに入られたお嬢様とは、比べられるべくもありませんな」


 それに対して執事さんは、とぼけた様子もなくそれが当然であるかのように、自然な口調でそう返した。


「そうですか。謙遜なさっているのかしら、それとも……いえ、初対面でいきなり詮索するように聞くのは、さすがに失礼でしたね。ごめんなさい」

「いえ、守護者様に強そうだと言っていただけるとは光栄です。ただ私は、一介の執事ですので。では」


 そう言って荷降ろしに戻る執事さん。


 あくまで主人を立てる執事精神に、圧倒的なダンディズムを感じる……ああ、カッコイイ……理想の男性像だなあ。


 まあそれよりも。


「咲さん的に、執事さんはどのくらい強そうに見えました?」


 執事さんとの会話を終えた咲さんがこちらに近付いてきたので、思い切って聞いてみた。


「そうね、あくまで予想だけれど。もしかしたら、優輝さんより強いんじゃないかしら」

「そう、ですか……そんな人でも、守護者になれるとは限らないんですよね……」

「そうね。そればかりは、精霊神剣に認められるかどうかだから。どちらにしても、剣に気に入られるためには、心身共に鍛え抜いていなければならないわ」

「ですね……わかっています」

「ふふっ、青崎さんが気になるかしら?」

「えーと……まあ、その、はい」


 自惚れているつもりはないし、世界は広いのだから、今の自分より強い人がいるのは分かってはいるけど。


 実際目の前に、咲さんや父さん以外の実力者が現れると、どうしてもこう……対抗心、だろうか。そんな感情が頭を出してくる。


 とはいえこの感情は、言い換えれば向上心だ。悪いものではないはず。


(うん……みんなも頑張ってるし、僕も頑張らないと!)


 咲さんが強いと感じ取った執事さんの登場で、僕のやる気に火が付いた。

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