63話 月影ちゃん可愛い!!
話している途中で、静海がマドレーヌと紅茶を持ってきてくれて、それをみんなでいただきなから話していた。
うろ覚えな期間の事ながら、懐かしくも優しい思い出話は、やはり楽しいものだ。つい話し込んでしまい、昼の12時近くになってしまった。急いでお昼の準備しないと……
「あれ、この食材は」
昼食は、いつの間にかある程度仕込みを進めていた静海のおかげで、手早く仕上がった。
とはいえ、当初予定していたメニューではなく、静海が準備していたのは、オムライスの食材だった。
「皆様、優輝様のお話を楽しそうに聞いていらっしゃいましたので。誠に勝手ながら、変更致しました」
思い出話でついさっき出てきた料理の食材を、機転を利かせて用意してくれたらしい。
「ありがとね、静海」
それに、オムライスなら手早く作れるから、話の続きを早く聞きたがっていたエリスへの配慮にもなっている。さすが静海、好き。
「もぐもぐもぐっごくんっ。んで……話の区切り的に、夏休みのお話かな?」
真っ先に一人前を食べ終えたエリスが、早速話の続きを促してきた。
「もくもくこくんっ……んー、その前に、終業式の日の話だね。僕的に、あの日の話は絶対外せないから」
「ふみゅ?」
――――――――――
「は〜い、それではみなさん。学園長さんも言っていましたが、栄陽学園生らしく、ハメを外し過ぎないように、元気で過ごして下さいね〜?」
『はーい』
ネイ先生の最後の一言をもって、一学期終業式は完全に終了。いよいよ、
「ぬわつやすみのはぁじむぁるぃどぅああああああっ!!!!」
「なにその言い方」
「喧しい黙れ」
「アキちゃん毎年コレやるよねー。いつもは私だけだったけど」
学舎から出た途端、何故か右腕に僕を、左腕にヒロを抱きしめながら、アキが変な言い方で思いの丈をぶちまけていた。
「だってさ、夏休みだよ!? それはつまりっ夏休みであり夏休みでもあり夏休みでもある!!」
「そうだね、夏休み以外の何物でもないね、それはそれとして暑いから離して」
「ユッキーテンション低いよ何やってんの!? もっとアツくなれよおおおっ!!」
「これ以上あつくなるな、内部から焼け死ぬぞ」
「アキちゃん、学食で終業式記念でふわふわかき氷サービス中だって。食べて一旦クールダウンしよ?」
「マジで!? いぇいっ!!」
夏に入ってからのアキはテンション高い日多いなあ。そこが元気可愛くて素敵だけど。
「ぬわんじゃこの人数わあああああ!!」
「だから喧しい」
学食は既に、生徒でごった返していた。冷房効いてるのに少し暑いくらいだ。
後で料理長さんに聞いたのだけど、栄陽学園学食では伝統として、終業式の日に1人一人前スイーツサービスをしているらしい。
要するに。すでに学食にいる生徒のほとんどは、この状況を過去に経験している者。つまりは上級生だ。
ちなみに、スイーツの種類は季節毎に変わり、夏はかき氷、冬はアップルパイ、春はベリーのレアチーズケーキらしい。
「ふ。こんな事もあろうかと、すでに人数分の席は確保してある」
得意満面にそう言う姉さん。まあどうせ、静海にやらせたのだろうけど。
「おおっさすミズありミズ!」
「略し過ぎて違う人の名前みたいに聞こえるね」
「ところで、どうやって確保したんですか?」
ヒロが不思議そうにそう言う。
「静海でしょ?」
「うむ」
「あー、なるほど」
「さすシズさんありシズさん!」
「さん入れると語呂が微妙に悪いね。それはともかく、この人混みの中1人静海を待たせるのは可哀想だから、早く行こっか」
「お待ちしておりました、皆様」
静海が確保しているらしいテーブルに行くと、
「お〜、待ってたよ〜4人とも〜」
「はやっ!」
静海とパフィンさんが待っていた。
ってあれー? 僕らが教室出た時は、まだ教室でサチさんとかとお話してたような……
「ふふふ〜、スイーツのニオイがプンプンすんのにぃ、アタシが出遅れるわけないじゃ〜ん?」
「……かき氷の匂いってなんだろ?」
「ふむ、気配とか予感的なヤツじゃあないか?」
「あはっかもねぇ」
「なんかわかりますっ」
ヒロだけ納得顔でうんうん頷いていた。
というか、スイーツに対する臭覚だけは、ヒロよりパフィンさんの方が上かもしれない。おそるべし、スイーツジャンキー。
先にパフィンさんとヒロに取りに行かせて待っていると、天王寺姉妹が近付いてきた。
「お待たせしました、凄い人ですね」
「ん……(こくり)」
「いらっしゃい、2人とも」
というか、席は9人分確保してあったので、ここにいない4人にケータイで連絡していたのだ。
で。すぐに来れると言っていた天王寺姉妹が来た、というわけである。
ちなみに、サチさんと雅は部に顔を出しているらしく、遅れるらしい。
「2人増えたし、あたしも取りにいくねん」
「ふむ、私も同行しよう」
「では私達は、幸子さんと雅さんが来るか、先行組が戻られるまで待ちますね」
「ん……(こくり)」
そう言って、各自動き出す。僕は……
「…………」
……姉さんと一緒に行こうかと思ったけど、月影ちゃんが妙にじーっと見つめてくるので、無言の圧力で一歩出遅れた。な、なんだろ?
「んにゅ? 優輝は来ないのん?」
姉さんが動いたから僕も動くと思っていたのだろうアキにそう言われた。けど、ふむ。
「月影ちゃんとお話ししたい事があるから、後で良いや」
まあ、正確には月影ちゃんが、だろうけど。
「ほーい」
「うむ」
一言残して、2人はかき氷受け取りの列に並びに行った。
「それで……月影ちゃんは座らないの?」
蒼月さんは、姉さんと入れ替わりですぐに座っていた。
ちなみに、多分最初に席確保で座っていた静海は、今は端の席で微動だにせず置物状態で確保を続けている。全員が揃うまではいるらしい。
「ん……その……優輝さんに、頼みたい事ある、ので……頼み事、するのなら……間近の方が……と、思いまして……」
頬を少し赤らめ時々視線を彷徨わせ、ゆっくりと理由を説明する月影ちゃん。可愛い。
「何かな? 僕に可能ならなんでも聞くよ?」
……どうでも良いけど、言い終えてから、この台詞を絶対に言ってはならない人物が数名思い浮かんだ。まあ月影ちゃんなら問題ない、はず。
「ん……優輝さん……夏休みの期間中、だけで良い、ので……料理を、私、その……教えて、いただけませんか……?」
「月影ちゃん、料理したいの?」
「……(こくり)」
「ふむ」
んー……月影ちゃんが料理に興味を、か。
「はー、なるほどそうでしたか。最近、料理本を読んでいる事が多かったのは、気のせいではなかったのですわね」
「……(ぷい)」
蒼月さんの台詞に、恥ずかしがってか、僕らから視線をそらす月影ちゃん。可愛い。
「……駄目……でしょうか……」
「いや、ダメって事はないけど」
少し考え込んでいたからか、僕が渋っていると思ったようだ。
僕としては全然駄目じゃない、むしろ凄く嬉しい。月影ちゃん、料理本は読んでも、知識欲を満たすためだけだと思ってたし。
別に、無償で料理レッスンしてあげて全然構わないのだけど……うん。
「ひとつ、条件があるよ」
「……?」
「月影ちゃんが料理をしたいって思うようになった、キッカケ。それを教えてくれるかな」
どうしても、本の虫な月影ちゃんが料理に興味を持った理由が気になる。
「……。なんと、言いますか……三徴七辟、でしょうか……」
「さんちょ……んん? えっと……四字熟語だっけ?」
なんかで見た気がするけど、意味とかはすぐに出てこなかった。
「…………。優輝さんや茜葵さんに……とても美味しい料理、いただいている、ので……礼には礼を、と……それで、その……料理への感謝、なので、私も……」
んー……月影ちゃんの言葉を組み立てて要約すると、つまりは。
「僕とアキが、いつも月影ちゃんに手料理をご馳走しているから、月影ちゃんも感謝の気持ちとして、僕らに手料理をご馳走したい。だから教えてほしい……で合ってるかな?」
「あっ……あの、その……あ、あうぅ……」
月影ちゃんが頬を更に赤くし、珍しくアワアワする。凄い可愛い。
「ふふっ、どうやら合っているようですね」
「っ……(かあっ)」
蒼月さんの台詞に、月影ちゃんがさらに頬を、というか顔を赤く染めて、俯いて斜め下に視線をそらす。ていうか!!
「月影ちゃん可愛い!!」
なにこのなんていうかっかわいい! すごいかわいいっ! ちょうかわいいキュンときたっ!!
「うへへぇ」
「うわ」
蒼月さんの怪しい笑い声で我に帰る、あーでも頬のニヤニヤはまだ治ってない、蒼月さんは治す気ない。まあ仕方ないね、今の月影ちゃん超可愛いから。
「あー、えっと、えへへ……まっ任せてよ!」
なんか嬉しすぎて笑いながらになっちゃって、不真面目っぽくなってしまったけど。僕の返答に対して月影ちゃんは、
「ん……よ、よろしく、です。優輝先生……」
俯きながら、こちらに握手を求めて来た。とても可愛い。
「うん、こちらこそ。というか、夏休み中なんて言わず、いつでも教えてあげるよ。そういえば月影ちゃん、確か部活未所属だよね? 料理部入らない?」
「……。検討します、けど……最初は優輝さん、が……その、良い、です……(かあっ)」
「月影ちゃん可愛い!!」
「うへ、うへへへ……はっ!? ビデオ、ビデオです!!」
以後、サチさんと雅が来るまで似たようなやり取りが延々続いた。