61話 家に帰るまでが云々
「さて、そろそろですね……ふうぅぅ〜……」
目視できる範囲の魔獣のほとんどを倒し終えたのを確認し、寧先生が教官モードになる。
「…………。よしっ! 生徒諸君、待機位置まで下がれ!」
前に出て数秒待機し、範囲内の魔獣の討伐を目視確認してから、後退命令を出す。
『り、了解っ寧教官!』
疲れているからか進撃前の一時的高揚感が冷めたからか、みんなの反応が少し鈍い。それでも、寧教官の声に緊張感が戻ったのか、後退は速やかに完了した。
「生徒諸君、ご苦労! 皆の活躍により、本日の魔獣討伐は実に速やかに完了した! 上手く戦えた者、思ったように動けなかった者、大失敗した者……は、今回はいなかったようだが。個々で様々な感想・課題を抱いただろうが、ここ、高代望楼の魔獣は国内にて最弱! 今日の経験全てを余すところなく糧とし、今後の強敵に備えて更なる成長を遂げる事を願う!」
『はい、寧教官!』
「さて。先程、魔獣討伐完了と言ったが、正確にはまだ数体残っている。ここからはエキシビションだ! 諸君に、レベルの違いというものを見せてやる!」
ザワッ……
今まで、口調こそ威圧感があったものの、内容自体はみんなを気遣うばかりのものだったから、ここに来ての厳しい言葉にみんながザワつく。
(ただでさえトリで目立つのに、ハードルまで上げないで欲しかったなあ)
予想の範囲内とはいえ、少し緊張が増した。
「水城 瑞希、水城 優輝、前へ!」
『はい』
「この2人はあの鷺宮村出身で、守護者・珠洲野守 咲に直接指導されて育ち、入学前に何度も鷺宮村周辺の強力な魔獣を討伐してきた、言わば魔獣討伐のエキスパートだ! 単騎でオールラウンダー的活躍をしたいと思っている者は、彼女達の戦い方を見て、それがどういうレベルの事かをよく学ぶように!」
更にハードルが上げられた……まあ、やる事自体は変わらないし、いいか。
さてっ! 思い切り行きますか!
報告にあった鹿型を確認っと。んー……距離的に後15秒程で、見学しているみんなにも、相手が倒されたのを十分確認できる距離……4・3・2・1――
「『迅雷』!」
バヂッ!
ーー雷を纏い雷そのものになり、鹿型に突撃し、
「はぁっ! ふっ!」
ザジュッ! ゴッ!
少しづつ間隔を置いて突進して来ていた鹿型の先頭の1体の首を斬り飛ばし、胴体を並んで突進していた後方の2体の方へ蹴り飛ばす。1体目の胴体につまずき、2体同時に前方一回転し静止した所にーー
「はあ!!」
ザムッ!!
踏み込み飛び込み、綺麗に並んだ鹿型の首を2体同時に斬り飛ばし、終了。
(……弱いなあ、物足りない)
一応、前回の失敗を踏まえて確実に仕留める動きをしたつもりだけど。それにしたって呆気なく終わりすぎだ。
鷺宮村の鹿型なら、1体倒されたらその瞬間散開するので、刹那の内に倒せるのはせいぜい2体までなんだけどねえ。やはり最弱。
「ふむ、終わったか。では私だな」
姉さんは、僕が倒し終えるのを待っていたらしい。まあ、『迅雷』使って3秒程度で終わったから、待っていたという程でもないか。
「猫は自由だ、故に私とは最も相容れない」
相手が猫型だからから、唐突に猫嫌いをカミングアウト(僕は知ってたけど)しながら、
パンパンパン!!
「寧殿、討伐完了しました」
いつもの早打ちをして一瞬で終わらせる。
「ご苦労! さて生徒諸君、2人の戦い方は参考になっただろうか?」
『なりません!』
「だろうな。これが潜在能力と実力、両方を併せ持つ者の戦い方だ。今は彼女達と他生徒諸君の間には、参考にならない程の実力差があるという事が理解出来れば良い。しかしだ……諸君は高い潜在能力があるからこそ、栄陽学園に入れたのだ。努力次第では、現在の2人の実力に追い付く事も決して不可能ではないという事を、よく覚えて置くように!」
『……! はい、寧教官!』
うーん、現在の自分の実力を思い知らせつつ、強くなれる希望を思い出させる。飴と鞭って感じだ。
「すうぅぅーー……はい、これにて1年生最初の遠足は完全終了です。少し厳し目な事も言ってしまったかもですけど、めげずに頑張って欲しいなって、先生は思います。皆さん本当にお疲れ様でした!」
最後に目を閉じ深く息を吸い、寧先生モードになってから優しい言葉と雰囲気で〆た。やっぱり寧さんは、お人好しな先生である。
討伐後、食事処に行く前に、その場で小休止する事になった。
あれだけ目立ったので、みんなから質問責めされるかとちょっと身構えていたのだけど、特になかった。はじめての魔獣討伐で、みんな疲労困憊だったからかな。
ただ、先行討伐組+αは、近寄って話しかけてきたけど。要するに、アキヒロ雅に天王寺姉妹、それと、加藤家の皆様だ。
「最初にお会いした時の所作からして、他の方とは違うモノを感じましたけれど。とんだタヌキですわね、水城 優輝さん?」
「わかりづらいけど、トーカ様は褒めてるぞ! やったなユーキ!」
「一言余計ですアンズさん。それはともかく、お2人共圧倒的で、とても美しかったです」
「私も、2人はとても強いんだろうな、とは思っていましたが……正直、あそこまでお強いとは思いませんでした。ふふっ、お二人の事、益々気に入りましたわ。捗りそうです」
「ん……瑞希さん、クール……優輝さん……その……可愛い?」
「ええっとその。あ、ありがとう?」
「うむ、私は大天才だからな。もっと褒め称えても良いぞ?」
口々にそう褒め?られた。姉さんはいつも通りだけど、僕はちょっと恥ずい。
ていうか、珍しく月影ちゃんの感想だけなんか謎だけど……まあいいか。
「んふふー、あたし達は知ってたもんねー!」
「えっとその、以前に、瑞希さん優輝さんが魔獣を瞬殺するの、見させていただいたので……」
「でもなんていうかさ。前よりさらに磨きがかかってる気はしたけどなー」
「まあね、日々の鍛錬は怠ってないし、何より前回咲さんに慢心を指摘されちゃったしね。緊張感を持って当たらせていただきました」
「……まぁ1、2ヶ月程度で追いつけるとは思ってなかったけどさぁ」
「もっと頑張らないとだね、アキちゃん、雅君」
「おう」
「ふふん、わたくし達は加藤の名に誇りがありますわ。ゆえに! 杏、牡丹! 水城姉妹とスタートラインに差があったとしても、それを言い訳にするのは許しませんわよ?」
「わっかりましたー!!」
「心得ております、仰せのままに」
「うふふ、私達も頑張りましょうね、月影?」
「ん……私……勝ち負けは、特に……」
「月影さんっ志が低いですわっ! ……と言いたいところですけれど。そのマイペースさでわたくし達の中で1番の実力者なのだから、やはり天賦の才を持っていらっしゃるのでしょうね、月影さんは。で・す・が! 水城姉妹という新たなライバルが出来たところで、天王寺姉妹が変わらずライバルな事に変わりはありませんわ! それを忘れなきよう!」
「うふふ、もちろんですわ、透華さん!」
いつの間にか、加藤さんにライバル視されていた。いや、いつの間にというか、ついさっきから、だけど。
「は〜いみなさ〜ん、一時休憩はここまでで〜す。そろそろお食事処に移動しましょ〜」
そんな感じで雑談していたら、ネイ先生に集合をかけられた。
予定より少し遅めの昼食時。この時のメニューは確か……コンソメスープ、トマトレタスクレソンの玉葱ドレッシングサラダ、多分高代望楼ブランド牛切り落としと葉野菜の甘辛炒め、と、ちょっとだけお高い焼肉定食って感じ……で合ってるはず。
何故うろ覚えなのか、だけど。
「優輝さんさっきの動きナニ!?」
「んぐっ!? ……ごくんっ。と、突然だね、サチさん」
「最初の訓練の時から強いのはわかっていたけれど、その予想を遥かに超えていたわ! とても1年が出来る動きじゃなかったわよ!?」
「いやいや、そう言われてもーー」
「確かに凄かったよな! 3年生の上位陣レベルなんじゃね?」「普段から朝鍛錬頑張ってるなぁとは思ってたけどさ、それだけであの強さは説明できないよなぁ。どんな秘密の鍛錬してんだよ?」「というか、守護者珠洲野守様の鍛錬ってどんなの?」「私としては、ネイちゃん先生の豹変ぶりが気になるっス」「ミズ姉さんの銃捌き、めちゃカッコ良いよ〜、アタシにもコツ教えて〜」「瑞希よ、貴様あれ程の実力を隠していたとはな。何故訓練では短剣を使用していた?」
サチさんの一言を皮切りに、クラスDのみんなして僕らを質問責めにし始めたからだ。なので味をよく覚えていない。
食事前の小休止時に何も言ってこなかったのは、この時間のいわば「溜め」だったのだろう。
(はは……入学初日を思い出すなあ。今の方が激しいけど)
一応すぐ答えられる質問から順に答えていたのだけど、いつの間にか何故かアキも回答者として質問に答えていたり、ヒロと雅まで得意げな顔で僕の強さの程について語り出したりと、なかなかカオスな事になっていた。なんか熱心にメモ取っていた人もいたような。
「はいはいみなさ〜ん。気持ちはとってもよく分かりますけど、そろそろ食事を再開しないと、食べ終わらないですよ〜。体調不良でない人のお残しはぁ、厳禁で〜す」
その質問責めは、ネイ先生の注意が入るまで続いた。
というか、クラスDのみんなどころか他のクラスのみんなも中途半端に食べ残しているようだ。生徒みんなして、僕らの話に集中して聞き耳立てていたらしい。
(うーん……しょうがないとはいえ、やっぱり目立つのは苦手だなあ)
でもまあ。悪い意味で目立っていた訳ではないので、ちょっと嬉しかったりもする。
――――――――――
「ちなみにだが。この時の私達の圧倒的実力に触れた事で、私達のファンクラブ会員は爆発的に増えた。まあ、生で私達の美しく可憐な勇姿を見れた上に、分校の1年もいたからな。至極当然ではある」
「知らなかった、そんなの……」
「まぁ優輝さんを煩わせないように、瑞希が巧妙に隠してたんだろし。なんにしても、瑞希が関わってたなら仕方ないねぇ」
「ですねー」
「さらにちなみに。テンノーズファンクラブは、この遠足を切っ掛けに発足したらしいな」
「はー、そうで……えっ? あれってジョークなのでは?」
「事実だぞ?」
「はー……そうでしたかー……」
少し前に言っていた、天王寺姉妹のファンクラブがあったという情報が冗談ではなく事実と知って、蒼月さんの意識が宇宙の彼方に飛んでいた。数分は戻って来なさそう。
「んで。遠足の話ってこれでおしまい?」
「まあ、大体は……一応、帰りのバスでのちょっとしたエピソードはあるけど」
「おーなになに聞かして?」
――――――――――
帰りのバスでの事。
「すぅ……すぅ……」
座席に座るなり、ネイ先生が熟睡していた。寧教官モードで気を極限まで張っていた弊害で、その後じっとしていると、糸が切れたように寝落ちてしまうのだ。
「今日のネイちゃん先生、別人みたいに頑張ってくれてたっスからね。静かに寝かせてあげたいっス」
バスで質問責めが再開されるかと思ったけど、巻さんの台詞がキッカケで、ネイ先生を気遣って騒がしく会話をするのは控えてくれた。
どうやら、みんなネイ先生が好きみたいだ。それがなんか、無性に嬉しい。
そうして静寂が訪れると、僕とアキヒロ以外のほぼ全員、寝落ちしていた。
まあ当然かな。最弱の魔獣達だったとはいえ、ほとんどみんな、命のやり取りなんてはじめてだったろうし。
極度の緊張が解け、そこに食事と食後の幸腹感が合わされば、眠くなるのは自然だ。
僕もちょっとだけ眠い、というか姉さんはすでに寝ている。姉さんはいつもの事だけど。
「アキヒロは眠くないの?」
「まぁないこともないけどねん。こんな風に、みんなの無防備な寝顔を観れる機会なんて早々ないじゃん? 特に男子なんかはさ。そう思ったらなんか楽しくなって来たっ」
元気に、でもみんなを起こさないように少し声量を抑えてそんな事を言い出すアキ……視線は、雅を見ている気がする。
ふーむ……やっぱりアキって。
「わ、私は……アキちゃんの気持ちもわかるけど。優輝さんが起きてるのに寝ちゃうのは、なんか勿体ない気がして……へっ変な意味じゃないですからね?」
「ふふっ、なんかちょっと照れ臭いけど、嬉しいな」
「……それに最近、幸子さん積極的だし……」
「うん? 確かにサチさん、スキンシップ多くなったね。それが気になるの?」
「う、うぅぅ……ひ、独り言です、気にしないで下さい〜……というか優輝さん、耳凄く良いですよね。私、ボソッと小声だったと思うんですけど……」
「えっ、やっぱりそうなのかな?」
「んにゅ、あたしもそれは前から思ってた。難聴系ラブコメ主人公にはなれないタイプだねぇ」
「ぷっ、何それ?」
「変わりに、天然ジゴロ系ラブコメ系主人公の素質はあるけどねっ」
「何それなんか不名誉な響きなんだけど」
「優輝の普段の言動を間近で見てれば、誰だってそう思うよ? ヒロ、自分が思う優輝のステキポイントを上げてみなさい」
「いっぱいあるよ。優輝さんの素敵な所と言えばまずーー」
「ちょっヒロやめてっただでさえ恥ずい内容をみんなの前で言うのはやめてっ寝てるとはいえ恥ずいっ」
……みんなが寝落ちしている間、僕らはそんな他愛もないガールズトークをして過ごした。