60話 栄陽学園式遠足 その3
体調不良で寝過ごしたので、今投稿です。
「そこ!」
いかにも重そうな戦鎚を手に先行して駆け出した加藤さんが大きく振りかぶる直前、蒼月さんが手早く矢を構えて瞬時に放つと、加藤さんが狙いをつけていた一体の後ろ足に直撃する。
「砕っ!」
グシャア!!
動きが止まった犬型に、加藤さんが戦鎚をスタンプする。胴体の中心から潰された犬型の体色が色褪せる。
一瞬動きが止まった加藤さんに群れの残り3体全部が一斉に飛びかかる、けど、
「……」
ヴォンッ
『ギャンッ!?』
牙が届く直前に空間が熱気を持って揺らぎ、半透明の赤い障壁が発生しそれを阻む。気配を消して加藤さんの背後にピタリと張り付き追走していた月影ちゃんの、防御結界だ。
「2つです」
ガガガガガッ!!
『ギャウンッ!?』
炎熱障壁に阻まれ弾かれた犬型の上空から矢が降り注ぎ、射抜かれたうち2体の体色が抜ける。
「……ん」
「破っ!」
ゾンッ!グシャッ!
なんとか矢を掠るだけで避け切り着地した残り一体の胴体を、月影ちゃんの長剣が上から貫き地面に縫い付け、頭部を加藤さんがスタンプする。
こうして、クラスSのスリーマンセルは、あっという間に群れ1つを殲滅した。
うーん、流石クラスS。スリーマンセルでの戦い方の見本と言った感じな上に、鮮やかだ。
いや、3人は入学前からの知り合い、それも幼馴染兼ライバルのような関係らしいし。お互いの性格をよく知っているからこそ、はじめての魔獣討伐でも息の合った動きが自然と出来るのかもしれない。
「アキヒロマミヤさん組は……流石に経験者、問題なさそうですわね」
蒼月さんがアキヒロ雅のチームをチラ見し分析して呟き、心配無用と判断し別の群れに視線を移す。
そんなアキヒロ雅チームの戦いぶりは、なかなか激しいものだった。
「はああっ!」
ザシュ!
雅が相手の注意を引きつつ手傷を負わせたり、時折深手を負わせたりして隙なく攻撃し、
「ほいっほいっほーい!!」
ザザザザザッ!
アキが雅をフォローするように雅の攻撃の合間に絶妙なタイミングで入りつつ、手数で相手を翻弄して細かい手傷を負わせながら動きを制限し、
「イヤッ!!」
ボッ!
ヒロが、2人が作った隙を突いて、強烈な一撃で一体一体確実に仕留める。まあ要するに、鷺宮村の時と同じ戦い方だ。
いや、前は強力な個体1体とはいえ3体1だったけど、今回は弱いとはいえ小型で素早い群れ、しかも3対4での戦いだ。当然取るべき動きは変わってくる。
けれど3人の動きは、以前より洗練されているように見える。お互いの信頼関係の強化、状況に合わせてどう動くかを綿密に相談をしている等、あらゆる鍛錬を毎日怠っていない証拠だ。
(みんな頑張ってるなあ、凄い……うん、負けてらんない)
アキヒロ雅対僕個人で対戦しても、まだまだ負ける気はしない、それだけの自信はあるけれど。呑気してたら、いつの間にか追いつかれてるかも。
そう思うとーー
「嬉しそうだな、優輝」
「そりゃまあね。親友達の成長を喜ばないわけないよ」
「ふ、そうか。そうだな」
多分姉さんも、似たような感想を抱いていると思う。あくまで似た、だから、
「まあ、奴らが加速度的に強くなろうとも、私の実力もまだまだ発展途上。大天才たる私にどこまで迫れるか、興味深くはあるな」
姉さんは僕と違って、いつでも自信満々な答えを返すけど。
「あっちなみに、武将の末裔組相手だと、どんな印象?」
「ふむ。3対1なら、恐らく負けるだろう。私と優輝とで組めば負けないだろうが……まあ、今のを見ただけでは、武将組の実力全ては測れんから、予測ではあるがな」
「だね、僕も同じ意見だよ。特に月影ちゃんの実力の高さがどれほどなのかがよくわかんないんだよね。強いのはわかるけど、今は最低限の動きしかしていないように見えるし」
「うむ。だが」
「僕と姉さんとなら、負ける気はしないけどね」
「ふ、その通りだ」
まあこれまでの話は、組手形式の模擬戦をしたらの話だ。
お互い本気で、殺す気でやりあったら……
(……この考えは駄目だな、そんな状況になる訳ないのに。こんな事考えちゃった自分がいやだ)
殺し合いの想像をちょっとでもしてしまった事に、自分で思いついた事なのに、少し気分が悪くなった。
ダメダメっ。あり得ない未来なんか考えてないで、今は2組の討伐見学に集中しよう。
後の群れ2つも、すぐに討伐し終える。だいたい5分くらいかな。
「見ての通りだが、クラスS選抜組はスリーマンセルにおいての理想的な戦い方をしていたと言えよう。討伐経験者組の戦法は、攻撃は最大の防御と言ったところだな。どちらの戦い方も荒削りながら見事だったと言えるが、戦法は組む者、相対する魔獣によって相性が変わる。2組の戦い方は良い見本の1つとして捉え、最適な戦法を取れるよう、各自精進を怠るな!」
『了解!』
「加藤 透華、天王寺 蒼月、天王寺 月影、海老江 茜葵、鯨井 大、間崎 雅、ご苦労だった。後は体を休めつつも、他の生徒の戦い方をよく観察し、己の糧とせよ!」
「『了解、寧教官殿』了解……」
さて。6人が戦っている間に、後続も接近して来ている事だろうし、新たに発見された魔獣もいるかもしれない。見て学ぶのも楽しいし得る物もあるけど、やっぱり実戦が一番の糧だ。
というわけで。ようやく僕らのーー
「ああ、それとだ。水城 瑞希と水城 優輝は、その場で待機! お前達の出番は最後だ! 呼ばれるまで引き続き見学せよ!」
「はい! ……はい?」
さあ行こうか!と意気込んだ直後に待ったをかけられた……というか、なんか既視感が。
座学で魔獣の恐怖を映像付きで教わるとはいえ、ほとんどの生徒は魔獣討伐どころか魔獣を生で見るのも初だから、生で恐怖を体感する事で、怖気付いてしまう人がそれなりにいる。
その後自分を奮い立たせられれば良いけど、絶対出来ないと恐怖に負け、退学まで考える生徒も毎年出るらしい。
今回の遠足は、生の魔獣を見て、自分は魔獣と対峙出来るかと、魔獣を退治出来るのか、両方を見極める機会でもある。
それはつまり、栄陽学園式最初の遠足は、自主退学するかどうかの最初の分岐でもあるということだ。
ゆえにこの遠足は、よほどの事情がない限り強制参加だったりする。生に肌で感じる恐怖に勝るものなどないのだから。
「さて、編成は完了したな。生徒諸君の健闘を祈る。総員、進撃開始!」
『了解!!』
寧教官の号令を火蓋に、参戦者が一斉に駆け出す。
魔獣頻発地域とはいえ、生徒全員が満遍なく参戦出来る数が湧いていたら、国に人が住めなくなってしまう。生徒1人に対して1体の魔獣が湧くなんてゲームじみたことは、普通起こらない。
なので実際に参戦するのは、各クラスの立候補した2組づつのツーマンセル、もしくはスリーマンセルのみだ。2組が1つの群れを相手取り、精神的に余力のある組が他の組を援護、もしくは残りの魔獣を討伐、という流れだ。
ちなみに、僕らが出撃を止められた理由は、僕らでは魔獣討伐に慣れ過ぎていて参考にならないから、らしい。
なので、最後の〆として、最後に確認された中型鹿3体の群れを僕に、中型猫の群れ5体を姉さんに、それぞれ単騎で討伐させるらしい。
魔獣討伐は基本として、最低ツーマンセルで戦う事になっている。攻撃役と支援役で役割分担をして、大怪我のリスクを避けられるからだ。
ただし、状況によってだったりその方が能力を十全に発揮出来るからだったりで、単騎で戦う人も結構いる。
僕らは、単騎で挑めるのはこれくらいのレベルに達してから、の1例の代表として選出した、らしい……けど。多分、寧さんが身内の実力を自慢をしたいってだけの、個人的な理由が強いような気がする。僕らが身内なのを知ってるのってクラスDのみんなくらいな気がするから、意味あるのか不明だけど。
そんなこんなで、討伐は順調に進んでいた。このペースなら、当初の昼食予定時間ちょっと過ぎるくらいには終わるかな。
「……例年より魔獣の数が多いですね。それに、個体毎の強さもいつもより高い……まぁそれでも、地元よりはまだまだ全然弱いですけど」
もう細かく指摘をせずとも問題ないと判断したのか、寧教官が寧さんモードになって近付き、話しかけて来た。
「咲殿も言っていました。今年は質・量共に豊作だとか」
「姉さんそんな農作物みたいに言わないでよ」
「ふふっ、そうですね。とはいえ今年は、生徒の方も全体的に質が良いんですよね。のでまぁ、プラマイゼロな感じなので、問題はなさそうです」
ふーむ、そうなんだ。去年までとの違いは僕にはわからないけど、教師歴数十年のーー
「ユウキチャン?」
ーー心を読まないで欲しい……こほんっ。
寧さんの教師としてのこれまでの経験からの判断だから、今年の1年生全体の実力は間違いなく高いのだろう。
「ミズキーズを別にしても、かなりの実力者揃いですよ。まだ磨き始めたばかりの原石ですが、すでに現3年生と遜色ない輝きを放ち出している生徒もいます。今日の先行討伐代表に選んだクラスSの3人は、特に抜きん出ていますね」
「そうですか……ふふっ」
「上機嫌だな、優輝」
「そりゃあまあね」
「そういえば、テンノーズの2人とは、お友達でしたね」
「はい」
3人共知り合いな上に、2人は親友だ。親友を良く言われて嬉しくならないわけがない。
「ではせっかくなので、教師間でだけ交わされている情報も、特別に聞かせちゃいましょう。本当に特別に、ですから、他言無用ですよ?」
「えー、なんです?」
この話題で特別に話してくれるという事は、蒼月さんか月影ちゃんの話だろうけど……
「天王寺 月影さん。彼女の潜在能力は、全校生徒中最大と評価されています。いえ、歴代の全生徒含めて過去最大、ですね」
「ほう……?」
僕よりも先に、姉さんが反応した。まあね、世紀の大天才を自負している姉さんにとっては聞き流せないよね。
「寧先生はどう見てます?」
「そうですね……私の目では、現在の総合的実力は、優輝さんと瑞希ちゃんがほぼ同列でトップ。2人とも潜在能力はとても高いですし、実戦慣れしてるのもありますからね。次点で月影さんです。彼女凄いですよ、今日の魔獣討伐時、無駄な動きが一切ありませんでした。自分の役割を完璧に理解して、冷静に的確に動いていました」
「なるほど……」
寧さんがこれ程高評価するとは……月影ちゃん相当だね。
うん、やっぱり負けてらんない。気合いが自然と入る。
「ふふふ」
ふと気付くと、姉さんが不敵な笑みを浮かべていた。あの顔……どうやら姉さんも、僕と同じ気持ちらしい。
「やっぱり双子ですねぇ」
寧さんが僕らの表情を見て、そう呟いた。




