56話 とある好色男『と』失恋の話
前回の後半です。
……ていうかまた寝過ごしました本当に申し訳ないですすいませんすいませんすいません……
《エ》話の腰を折るようで本当に申し訳ない、けど、一言言わして。さっちゃんGJ! スカッとしたっ!
《瑞》うむ、確かに。
《優》はは……にしても。僕のことで怒ってくれたのは嬉しいけど、サチさんにしてはかなり過激な発言だね。
《瑞》そうだな。その辺は発したサチ自身、自分でも驚いた、と言っていたな。
さて、続きだが。
「うおっ! 突然何言ってんだよ、お前……」
「何を言ったかですって!? …………。えっ」
《瑞》突然激昂するサチに、唖然とする佐藤。サチ自身も、自分が今までにない程激怒している事に、そして自分が発した言葉に驚き、お互いしばし沈黙する。
思わず発生した間に、少し冷静になったサチは、さらに精神を落ち着かせるために、自身の暴言の理由を分析し出した。
(仲の良い友達を手篭めにしたいだなんて目の前で言われたら、誰だって怒るわ……でもさっきの私、いくらなんでも怒りすぎな気がする。なんであんなにも怒りを爆発させたのか。それは……それは、私が――)
《瑞》サチは、真剣な恋がしたいと思っていた。だがサチ自身は、本当の意味で恋心を抱いた事はなかったのだろう。
一番近しい異性が、幼馴染の佐藤だったから、恋する相手は佐藤にしよう、と思い込もうとしていた節があったのを、サチはその時やっと自覚した。
そして理解する。恋とはするものではなく、いつの間にかしてしまっているものなのだ、と。
(優輝さんが男だったら、理想の男子なのになって、何度も思ったけれど)
《瑞》その時サチはふと、いつかの雑談を思い出す。確か内容は、「理想の恋人は?」だったはず。
その問いに対し、優輝は「好きになった人が理想の人」と答えていたはずだ。
今ならそれに強く共感出来る。なぜならーー
(ふふっ……まさか私が、同性に恋するなんてね)
《瑞》サチはこの時、自分は優輝に恋をしているのだと、はっきり自覚したらしい。
同性に恋心を抱いている事への驚きと戸惑いもあったらしいが、それ以上に、自分が優輝へ抱いていた感情の正体を知り、最近ずっと抱いていたモヤモヤが晴れてスッキリしたのでむしろ良かった、とまで言っていた。
(私は優輝さんの事が好き、大好き。この「好き」は、他の友達に対する好きとは、全然違う。あぁ……誰かに恋心を抱くって、こういう事なのね)
《瑞》そして自問自答する。佐藤に対して抱いていたのは、果たして恋心だったのだろうか。
(恋しようとしてた訳だし、見た目も嫌いではなかったはずよね。女の子にだらしなさ過ぎるけど、逆に言えば私以外の女の子には、基本優しいように見えたし……うーん)
《瑞》そのように佐藤の事を想うと、少しモニョっとするというか、ムズムズするというかを感じたらしい。
《優》……それってやっぱり。でも、うーん?
《エ》ふみゅ……やっぱ乙女心は複雑だよねぇ。
《瑞》私の予想だが、半ば無理矢理思い込もうとしていたとはいえ、それもある種の恋だったのかもしれないな。
だがそれよりも。その時サチが佐藤に抱いていた一番大きな感情はーー嫌悪。
(女の子にだらしないのは元から許せないし、優輝さんに手を出すなんて絶対に許さない。今まで、矯正出来るかもしれないと僅かな希望を抱いて、先延ばしにしてしまっていたけどーー今日で、綺麗さっぱり終わらせよう)
《瑞》そう決意したサチは、佐藤に切り出す。腐れ縁の終わりを。
「ねぇ佐藤君。私、小さい頃、貴方に恋しようとしてたわ」
「んだよ、それならもっと媚びろよーー」
「……ここ最近、貴方に言い寄られて。昔の恋心を思い出して、ちょっと浮かれたりもしたわ 」
「……うん? なんかさっきから過去形じゃね?」
「そう、過去の話。今まで腐れ縁で、なあなあで、接して来たけど……今回の事で、貴方には完全に愛想が尽きた。もう何も面倒を見る気が起きないくらいに。だからーーさようなら」
「はあ?」
「佐藤君。今後は、極力話しかけないで」
「え、なんだよそれ」
「そのままの意味よ。それじゃ」
「おい塩谷! ……ったくよう。なんなんだよ、訳わかんねぇよ」
《瑞》一方的に別れを告げ、去って行くサチ。すでに、佐藤への未練はなかった。
(とりあえずの目標は、優輝さんと親友同士になるところから、よね。でも、いきなりアキみたいに頬擦りしたりとかは、流石に難易度が……いえでも、物は試し、というか、優輝さんも、親友同士ならアリって言っていたし。拒否されるようなら、まだその段階でないというだけでーー)
《瑞》その時サチの思考を占めていたのは、「優輝とさらに仲良くなる方法」だけだった。
……少し離れた場所から隠れて事の成り行きを見ていた佐藤の友人が、佐藤に近付き話しかけていた。
「見てたぞ〜佐藤。会話内容的に、手遅れではなかったけど機会を無駄にしたってとこだな! ははっメシウマだぜおい!」
「お前も意味わかんねぇけど、なんかムカツク……というかお前、盗み聞きしてただけなのに随分訳知り顔だな……なぁ。さっき塩谷が何を言いたかったのか、お前わかるか?」
「いやいや、なんでわからないかねぇ……「あんたなんか嫌いよ、顔も見たくない」って事だよ。要するに、絶交だな」
「え……マジか?」
「ああ、マジだな」
「えー……失言した気はするけど、絶交までされるいわれはないと思うんだけど」
「そういうとこだぞ」
「えー? 俺はただ、可愛い女の子とヤリたいだけなんだけどなぁ」
「だから、そういうとこだぞ」
《瑞》そしてこの日の寮部屋にて、サチとパフィンとの間でこんな感じのやり取りがあったらしい。
「……というわけで、佐藤君との関係は、これで終わりにしたわ」
「おぉ〜、さっちゃん頑張ったねぇ……お別れは、つらくなかった?」
「そう、ね……まぁ、多少はね。でも大丈夫よ! 私は今、本当の……あ、パフィン。私がもう他の人に、今度は本気で恋してるって言ったら、どう思う?」
「んぅ? 良んじゃない?」
「そ、それと……自分でも戸惑ってるんだけど。実はその、恋してる相手が、ええと……お、女の子だって言ったら、どう思う?」
「んっとぉ……アタシ?」
「……パフィンは友達よ。まあ、その……親友って言ってあげても良いくらいには、好き、だけど」
「あたしもさっちゃん大好きだよ〜。まぁアタシはノーマルでメンクイで、スト様狙ってるし? 迫られたりしたら、さすがにちょい引いちゃうかもだけど〜」
「大丈夫よ。私も、女の子が好きっていうんじゃなくて、たまたま恋心を抱いたのが、1人の女の子だったていう話、だから……な、なんか自分で言ってて恥ずかしくなって来た……」
「わかってる〜、ユキさんっしょ?」
「あぅ……もうバレてるのね」
「アタシも、ユキさんが男の子だったら、狙ってたかもだしねぇ〜。だから、なんかわかるよ〜」
「そう、なのね。そ、それでね? 私は今後、優輝さんとどう接すれば良いと思う?」
「アタシあんま頭よくないし、女の子ラブになった事ないから、良いセリフ出ないけどぉ……ん〜〜……とりま、焦んないのが無難なんじゃん?」
「ふふっ、マイペースな貴女らしい答えね。でもまぁ確かに……そうね。とりあえずは、親友認定から目指す事にするわ」
(……ユキさんはもうさっちゃんを、親友て思ってそだけどねぇ)
「パフィン、話聞いてくれてありがとうね」
「気にしない気にしな〜い。友達しょ?」
「ふふっ、そうね。でも、感謝を口にするのは大事な事だから」
「ほんと、生真面目だねぇ〜」
――――――――――
「その会話の次の日より、サチの優輝に対する接し方が少し変わる。もとより友人である優輝に対して好意的に接していたが、より積極的になっていた」
「ふみゅ、具体的には?」
「ボディタッチが増えた」
「あー。サチさんが、アキのを参考にしたっぽいスキンシップしだした、あの頃の話なのね」
「ちなみに、佐藤はその後も相変わらずだったようだな。女にだらしなく、容姿は中の上の下程度だが、何故かそれなりにモテた。俗に言う、モテ期という奴だったのかもしれんな」
「ほーん……ていうか、そんな奴がよく栄陽学園入れたねぇ」
「佐藤自身の、守護者としての精霊術士的な意味での資質は……まあ本校に合格しているのだからカケラ程度はあったのだろうが、本校内では最底辺だったろうな。だが、精神的資質については、もしかしたら中の上はあったのかも知れんな。あのスケコマシの才は、不愉快ながら認めざるを得ないしな。サチのような生真面目すぎる奴や、相手の本質を見抜ける者――月影やヒロには、効果がなかったようだが」
「みゅ、そっか」
まあ、精霊術士としての資質とか、文武の才が多少秀でていても、それが精神の強さと直結するわけではないんだよね……だからこそ、面白いのだけど。
それはそれとして、姉さんの言だと月影ちゃんまで口説いてたっぽいなー……ふーん。
「腕っ節は確かだが精神が弱い者など、よく居るものだ。出会ったばかりの頃のヒロが良い例だな。逆も然りだ」
「その点佐藤君は精神だけが図太かったって事だね。なんだかんだで生き残ってたし」
「とまあこうして、ひとつの小さな恋が終わり、新たな恋が始まっていた、という話だ」
そう言って、姉さんが話を締めた。
「そういやさぁ。私的にはそれなりに楽しめた恋バナだったけど、瑞希的にこの話、どの辺が「少し面白い話」だったの?」
「サチのような生真面目な奴が、恋心を自覚した切っ掛けの話なのだ。私的に、そこが面白い。後は、好色男が、捕まえかけた大きな魚を逃したのは実に愉快だな、ふふ」
「1個目の理由はともかく、2個目は性格悪っ。んまぁさっちゃんが害虫に食べられなくて良かったけども」
「うん、僕もエリスの意見に同意かな」
「あ、それとさ。なんかタイトルと内容微妙に違くない?」
「ん?」
「だってこれどっちかって言うと、サトウ君のっていうよりさっちゃんの失恋話じゃん?」
「別におかしくはないと思うよ。だって、誰の失恋の話かは明言されてないし」
「えっ? だって、「好色男の失恋の話」でしょ?」
「……見事に引っかかってるね」
「えっどゆこと?」
「私が述べたタイトルは、「とある好色男『と』失恋の話」だが?」
「…………あー。むぅ〜、きたない流石瑞希汚い」
「優輝はすぐに気付いていたのだから、お前が凡人思考というだけの事だな。ふっ、それで優輝の嫁の座を狙っているなどと片腹痛い」
「……ケンカ売ってんの?」
「はっ。この程度の煽りで怒っているから凡人だというのだ」
「OK望むところよ、ケッチャコーー」
「あーはいはい二人共そこまで! もうすぐ22時だし、騒ぐのは今日はなし! ね?」
「はーい」
「うむ、そうだな」
本気で言い争う気は無かったのだろう、即矛を収める二人。というか、僕が止めに入るの前提でのやり取りだったのだろう。仲良いなあ。
あー、それはそれとして。
(今度会った時、サチさんにこの話聞いちゃった事、言っといた方が良いよね。暗くて悲しい雰囲気はあまりなかったけど、一応、失恋の話だし)
サチさんの好きそうな、甘さ控え目の焼き菓子詰め合わせを作って持って行こう、うん。