46話 もう一人の自分
「海老江 茜葵。友として、同じ双子の姉として伝えよう」
最初に口を開いたのは、意外にも姉さんだった。というか。
(……なんか、今までアキに話しかけていた時の雰囲気と違う)
姉さんはアキに対して、「優輝の友人だから自分も友人として接する」的なスタンスだったと思う。
けど、今の姉さんの雰囲気というか声色は、何というか……対等な位置にいる人物への接し方な気がする。
多分、今日この時間に、姉さんにとってアキは、「自分にとっても友人」になったんじゃないだろうか。
そんな姉さんは、一体アキに何を伝えるつもりなのか。
「私と優輝は、最初から仲が良かった訳ではないぞ」
あー……そう来たか。
『…………。えっ?』
あまりに予想外だったのか、アキヒロ二人共、姉さんが何を言ったかすぐに理解出来なかったようだ。
「というかむしろ、私は優輝を嫌いなくらいだったな」
「懐かしいね。僕は逆に、あの頃の姉さんの方が好きなくらいだけど。まあ、今の姉さんも大好きだけどね」
「……えっと。冗談、だよね? だって二人は、物凄く仲良しで、お互いを大切にしてて……」
「冗談ではないぞ。あれだな、可愛さ余って憎さ百倍の逆、と言ったところか」
「えーうそー」
「アキちゃん、瑞希さんも優輝さんも、嘘は言ってない、と思うな」
ヒロはわりとすぐ信じたようだけど、アキはまだ信じられないとでも言いたげな顔だ。
「少し、昔語りでもしてやろう。そうだな……こんな会話をした事がある」
――――――――――
「お姉ちゃーん」
「擦り寄ってくるな鬱陶しい。私と同じ顔で軟弱そうな笑顔をするな胸糞悪い。そもそも私と同じ顔なのが気持ち悪い」
「えー? 私はお姉ちゃん好きだよ?」
「ちゃんを付けるな、私が弱者のように聞こえる。様にしろ」
「お姉様?」
「頭の「お」も親しげで不愉快感があるな」
「えー……うーん、じゃあ……姉さん」
「おい、なんで様でなくなっている?」
「だって、双子なのに様付けるのはおかしい気がするし」
「私は天才だからな、近い将来偉くなるから、様を付けるのは当然だ」
「じゃあ私も、姉さんの双子だから、様付けしてよ」
「お前は天才と言える程ではないな。秀才なのは認めるが」
「それって言い方変えただけだよね。だから私も様付け!」
「お前に様付けはしない、私が姉だからな」
「えー、双子でちょっとだけ早く出てきただけじゃない」
「あー……面倒だ、好きに呼べ」
「お姉ちーー」
「「姉さん」と呼べ」
「はーい姉さん、ふふふっ」
「ふん」
――――――――――
「……昔の優輝さんの一人称、「私」だったんですね」
「にゅ、そういや」
うっ、あまり突っ込んで欲しくないとこ突かれた。
「んー、なんていうか……反抗期前だったから、かな」
「うむ。優輝の一人称「僕」は、反抗期の名残りみたいなものだな」
「へぇ〜」
うーん、この話題はあまり続けていたくない、うっかり秘密がバレるかもだし。
「話戻そ?」
「うむ、そうだな。私が優輝に愛情を抱くようになったキッカケだが……まずは優輝から話してもらおうか」
「う……ま、まあ確かにそれを語るなら、僕の「最初に作った料理」の事を話さないとだね……ちょっと恥ずいけど」
「おー聴きたい聴きたいっ!」
「気になります!」
「そんな期待に満ちた顔されると話辛いなあ……えーと……」
――――――――――
「お母さん、今度私に料理作らせて」
「んー、優輝にはまだ早いかな」
うーん、ダメかー。それじゃあ……
「じゃあ、料理のお手伝いさせて」
「ふむ、まあお手伝いなら……ちゃんと私の指示を守れる?」
「うん、守る!」
「ん、良い返事だね」
やった!
「お母さん、姉さんは、ホワイトシチューが好きだよ。だからホワイトシチュー作りたい」
「……瑞希の好物を断言するんだ。まあ確かにホワイトシチューが好きな気はしてたけど」
お母さんも何となくは気付いてたかー。でも、どれだけ好きなのかはわからないみたい。
「それでねー。ホワイトシチューは、姉さんがちょっと好きな料理のひとつなんだけど……それを姉さんの、「一番好き」にしたいなって」
「……へえ。どうしてかな?」
「姉さん、私の事あんまり好きじゃないから。だから、私の作る料理だけでも好きになって欲しいなって」
「あーもう優輝可愛いっ!」
突然ガバッとお母さんに抱きつかれた。ちょっとびっくり。
「わっ。えへへ、ありがとお母さん。あ、姉さんには秘密ね?」
「ああ、そうだね」
ふむ、今夜はホワイトシチューか。比較的好みの料理だ。うむ、良い気分だ。
「あむ……ん!?」
な、なんだこれは……いつもより美味く感じるっ口に運ぶスプーンが止まらない!!
「あっ」
と言う間に一皿平らげてしまった……満腹だと頭の回転が鈍るので、いつもはここまで、なのだが……
(も、もっと食べたい……くっ)
……恥を忍んで、頼む。
「お、おかわりをお願いします」
「やった!」
私の台詞に、なぜか優輝が喜びの声を上げる。
「……何故お前が喜ぶ。お前が作った訳ではないだろう?」
「お手伝いしたよ?」
「それだけだろう」
「瑞希。味の最終調整は、優輝がやったんだよ」
……素直に、驚いた。
「えへへ。味見しながらねー、姉さんの好きな味はこうだよーって、お母さんに教えたんだよー」
「……つまり。このホワイトシチューは、優輝が私の舌の好みに合わせた、と……」
「ふふっ、そうなるね」
自慢げにそう語る優輝と肯定する母殿を見て、私が抱いた感情は。
(尊い)
何故だろう。何故今まで、私は優輝を毛嫌いしていたのだろう。
(ああ、そうか……優輝と私は、一卵性双生児だが。容姿が瓜二つなのに私と違う、私のしたくない言動をするから、優輝は私の「不要な部分を写す鏡」だと思っていたのだ)
だが、違う。優輝は、私の好みの味を理解していた。母殿でもまだ辿り着けていなかったにもかかわらず。
(つまり優輝は、私の不要な部分ではなく。もう一人の私、「もう一つの可能性を写す者」だ)
そう理解した時から、私は。
(愛しい……私自身のように、優輝が)
――――――――――
「というわけだ。ふふふ……」
「そういう事がありました……」
な、なんだろ……今まで生きてきた中で一番恥ずかしい告白をしている気がする。まるで、自分の恥部を自ら晒しているような……うー恥ずい。
「あたしの人生相談的なヤツの助言的な流れで始まったのに、いつのまにか水城ズのノロケ話を聞かされていた件。パジャパっぽくはなったけど」
「あ、あはは……あっそうだ瑞希さん」
「ん?」
「そのお話をして、結局瑞希さんはアキちゃんに何を伝えたかったの?」
「うむ。一卵性の双子だからと言って、必ずしも今の私達のようにラブラブになる訳ではない、という事だ。実際、昔の私は優輝が嫌いだったからな。ゆえに、葵とやらが存在していたとしても、仲が良いかは別問題だ」
「そ、それは……」
アキが言葉に詰まっているから、僕の「アキが双子と友達になりたかった理由の本質」の予想は、合っていたようだ。姉さんも、アキのタラレバに気付いているからこの話をしたみたいだし。
(……ここからは、僕が話したいな)
幼い頃の姉さんとの関係を話しながらも考えていた、アキに贈る言葉。
姉さんは、アキへ少し厳しめの助言をした。なら僕は、前向きな助言をする。
「アキはさ、いつも元気いっぱいだよね」
「へ? 突然なに?」
「なんでそんなに元気なのかって、不思議に思う時があるくらい元気で明るいよね」
「確かに……最近は慣れちゃったけど。私も、出会ったばかりの頃はそう思ったよ」
僕の台詞に、ヒロが同意する。
「ねえアキ、それはなんで?」
「なんでって言われ……ても……」
言葉が尻切れになるアキ。僕の予想通りかな。
「そっか……うん、そうだった。初心はそうだったのに、なんで忘れてたかな〜。うん、きっと、水城ズと出会っちゃったからだね。私達の……ううん、あたしの「理想の双子の姉妹」と出会っちゃったから」
「うーん……アキちゃん、自己完結されるとさすがにわかんないよ」
「あーごめんヒロ、置いてきぼりにしちゃって。んみゅ、そだねー説明するなら……」
言葉を選んでいるのか、目を閉じ頭を揺らし、うんうん唸って考えるアキ。
「あたしさ、両親に葵の事説明された時から、ずっとしてきた事があるのよ。「あたし、茜葵は、茜と葵でアキだから。だから葵の分も生きよう」ってね。だからあたしは、葵の分を上乗せして元気で明るくいたいのよ! 実はあたしが一人称に「私」を使うときがあるのは、「葵」の一人称なんだよね。あくまであたしの妄想の「葵」の、だけどねっ!」
んー、相変わらずアキは言葉足らずというか、ちょっとわかり辛い説明だ。
けど、言いたい事の大体は伝わった。そして、やっぱり予想通りかな。
アキは、葵さんの人生を背負って生きている。生きて行くと決めている。元々の性格が明るく元気なのは確かだろうけど、葵さんの分過剰に元気に振る舞っている。
葵さんの分まで、人生を謳歌するために。
「えーと。アキの名前の中に葵さんがいるから、アキは茜であり、葵でもある……で合ってる?」
「えっ? ……そう、かな?」
「そうなると……姉さんが、僕を好きになったキッカケの話で言ってたけど。アキは一卵性の双子だから、葵さんはアキのもう一人の自分、「もう一つの可能性」ってことで……ならアキは、ある意味葵さんと同一人物のようなもの、だよね」
「な、なんか哲学的な話になってきたような……要するにどゆこと?」
「アキが葵さんでもあるなら、「もし葵が隣にいたらな」とか考える意味、あんまりないんじゃないかなって。だって、葵さんはアキなんだし。屁理屈かもだけどさ……そう思えば、寂しくはないんじゃないかな?」
「……」
僕の台詞に、呆然とした顔をするアキ。なかなか上手い言葉が出てこなかったけど……これで伝わっただろうか。アキは、何も寂しく思う必要はないって。
この言葉でも足りないなら。
「それでも寂しく感じる瞬間があったら、いつでも僕らを遠慮なく頼ってね。葵さんにはなれないけれど、僕らはアキの親友なんだから。ね?」
最後にウインクをして、想いを伝え終える。
「っ!!」
それに対して、アキは顔を赤くして目を潤ませた、と思ったら、
「……うー! うううー!!」
両目を閉じて両手を握りこぶしにして上下にぶんぶん振りながら、うーうー言い出した。
「夜中にうーうーうるさい黙れ」
「ひどっ!? 溢れる感動にむせび泣いてるだけなのにぃっ!」
「あ、感動の表現だったんだ」
「ふふっ、アキちゃんのうーうー見るの久しぶり。優輝さん、アキちゃんの水城さんズへのフレンドポイントはかなり高得点ですよ!」
「なにそのソシャゲの無料ガチャ引けそうなポイント名は」
まあ、僕の言葉で感動してもらえたなら、こっちもとても嬉しいけど。
「最高のユウジョウを噛み締めたところでしめっぽい話題はここまでにしてっ! もっとパジャパっぽい事話そう!」
「お前が始めた話題だろうに」
「まあまあ姉さん。取り敢えずお菓子と飲み物まだ手をつけてないし、食べよ?」
「どうぞマスター、ハーブティーとやらを淹れました。皆さまもどうぞ」
「うむ」
「ありがと静海さーん、お〜落ち着く香り〜」
「みんな、クッキーもどうぞー」
「これは……シンプルなバニラクッキーですね」
「うまうまサクサク……ところで瑞希さんや、実際のとこ優輝のことどんな風に好きなのん?」
「ふむ、どんな風に、か。出来るならヒトツになりたいくらいに、だな」
「……お、おぉう、マジかー」
「ね、姉さんあんまり恥ずかしい事言わないで」
「ふふっ、優輝さんの恥ずかしがる顔、かわいくて好きです」
「おぉヒロ、いつもより積極的じゃない?」
「え、そ、そうかな? で、でも、ほんとにそう思うからで……」
「も、もうこれ以上恥ずかしい話禁止!」
「それじゃパジャパっぽくないから却下っ」
「むー。それならアキはさ……雅の事、どう思ってるのさ」
「へ?」
「なんか今日咲さんと雅のやりとり見てて、アキの反応ちょっと気になったんだけど?」
「エーナンノコトカナー」
……出だしこそ重めの話題だったけど。こうしてパジャマパーティーの時間は楽しく過ぎていった……まあ、朝鍛錬に響かない程度の時間に切り上げたけど。