41話 静海さんがやって来た
次の日は、魔神の襲撃があってあまり時間が取れなかったけど、幸い超越者に成り立てな上に粋がってるだけであまり強くはなかったので、午前中で片付いた。
とはいえ、午前が丸々潰れたので、昨晩仕込み始めた豚の角煮の調理の続きが午後からになってしまった。そのせいか、ちょっとだけフラストレーションが溜まっている。
ので、調理再開前に、リビングのソファーでしばらくぼーっとしていた……
「優輝様、こちらをどうぞ」
……していたら、静海が缶飲料を渡してきた。
「んー……ありがと」
何缶なのかよく確認せず受け取る……トマトジュースだった。わぁい、トマト大好き。
「機嫌がよろしくないようでしたので。そのような時は、好みの飲食物を摂取するのが良いかと」
「ふふっ、ありがと静海」
その気遣いだけでだいぶ気分良くなれたから、改めてお礼を言う……うん? なんか既視感。
「どうした優輝?」
「んー、なんか前にも、こんなやり取りしたような気がして」
「ふむ……静海と優輝が出会った当初のやり取りではないか?」
「あー、そうかも」
確認のため日記を開く……前回見た所の、ちょうど次のページ。つまり翌日の日記に、静海とのファーストコンタクトについて書いてあった。
――――――――――
「みんなおはよー」
「おはよー……あれっまた瑞希いないの?」
「うん、昨日のお昼にみんなと解散した後、すぐ出ていっちゃったからね」
「入学してもうすぐひと月だけれど。瑞希は土曜から日曜にかけて、だいたい不在よね」
「……そうだね」
村にいた頃も、首都へ行くと言って数日戻って来ないことはたまにあったから、僕としては珍しくは無いのだけど。ただ、最近はちょっと気になる点がある。
なんか、前以上にやつれているというか、凄い疲れた状態で帰宅するのだ。
要するにいつもかなり疲れた様子で帰って来ていたのだけど……今月に入ってからは、帰宅時の目の隈が酷い気がする。
次の日の午後くらいには元に戻ってるから、あえて聞いてはいない、というか教えてくれないから聞かないけど……僕のためになる何かだとしても、姉さんが無理し過ぎて体壊さないか少し心配だ。
光曜日、その日の午後の自己鍛錬を終えて、学生寮に戻る途中。
「ん、あれは姉さん、と?」
寮の前に姉さんと、姉さんにはべるように横に立つ、長い黒髪にクラシックな感じのメイド服に身を包んだ人がいた。
黒髪ロングでメイド服だから、最初はコスプレした蒼月さんかと思ったけど、よく見ると違う。蒼月さんより髪の長さが短めだし、色合いも、蒼月さん以上に黒が濃くて、墨を流したような漆黒だった。
「おおっ優輝じゃあないか! そうか鍛錬の帰りかはははお疲れ様だ!」
「ね、姉さん?」
いつになくテンション高めな姉さん。そしてやっぱり隈が気になる。
「もしかして、また徹夜した?」
「確かに昨晩寝てはいないが、私はそれだけでこうもハイにはならない!」
「まあそうだね、それはそれとしてすぐ寝なさい」
「まだ大丈夫だ!」
「はぁ……まったく、しょうがないなあ」
ここまでテンション高くはないけど、たまにするやり取りだ。けど……いつもよりおかしいから結構心配してるのに、もうっ。
「それよりもだ、コイツを紹介しよう!」
僕の気を知ってか知らずか、大きな声でそう言い、黒髪ロングメイドさんに手を向ける。
「自己紹介を許可する!」
って姉さんが紹介してくれるんじゃないのか。まあいいけど。
「お初にお目にかかります。わたくしは静寂の静に海で、「静海」と名付けられております。マスターである瑞希様からは、シズカ、と呼ばれております。末永くよろしくお願い致します」
そう言って、静海さんは綺麗なカーテシーをしてくれる。さすがメイドさん、僕の咄嗟のなんちゃってなヤツとは違うなあ。
「あ、ご丁寧にありがとうございます。水城優輝です、よろしくお願いします」
「優輝、敬語やさん付けは必要ないぞ。私が静海の製作者であり、主人なのだからな」
「はあ……は? どういう意味?」
「ゆえに、優輝も今日からご主人様だ!」
答えになってないし、意味がわからない。
「瑞希様の言葉に恐れながら補足いたします。わたくしは瑞希様に造られた、世界初の人型精霊剣に分類されます。また、瑞希様と契約しているので、二重の意味でマスターとなります」
「……ちょっとまってね」
一応意味はわかったけど、頭にはすぐに入って来ない。とりあえず冷静に思考を巡らせよう。
(静海さんは、姉さんが造った人型精霊剣……うん、この時点で普通に考えたらあり得ない、けど。姉さん天才だしなあ)
普通の人には思いつきもしない事を始めるし、なんだかんだ成し遂げちゃえるのが姉さんだ。だから、静海さんは嘘をついてはいないだろう。
多分、最近毎週首都に出かけていたのは、静海さんの完成に目処が立ったからなんだろう。というか、ここ数年父さんとたまに首都に行っていたのも、同じ理由かな。
(精霊剣、人型か……そう言われてみれば、人間とは違うというか、映画とかのアンドロイド的な雰囲気があるかも)
静海さんをじっくり観察してみる。
髪色は不自然に思えるほどの漆黒。顔立ちは、月影ちゃんレベルに人形的というか、整いすぎている。肌の色は、血色が悪いと言って良いほど異様に白い。
そして、喋り方というか、声のトーンに感情が感じ取れず、どこか機械的に感じる。まあ精霊剣らしいし、わかり辛いだけで感情はあるのだろうけど。
(なるほど。それらの特徴を総合的に見るなら、確かにアンドロイドっぽいかな)
というか、アンドロイドって「人のカタチをした人ではないもの」を指すはずだから、人型で人間と遜色ない思考能力を備えている精霊剣なら、アンドロイドと言っても間違いではないか。
(んー……静海さんの特徴がアンドロイドっぽいなら、月影ちゃんにもあてはまるような……まあ、さすがに考えすぎか)
月影ちゃんの感情の起伏もわかり辛いけど、身振りや視線そらし、赤面などである程度は読めるから、静海さんよりは読み取れる。
まあそれはそれとして。
「そういえば、もうじきお披露目出来る企みがあるって言ってたよね」
「うむその通り! 静海こそが、私が今まで優輝にすら秘密にしてきた計画の集大成! 今まで私は自身を天才だと公言して来たが、静海の完成によって! 私は今後! 大・天・才であると、大手を振って公言できるのだははははは!!」
「嬉しいのはよく伝わるけどやっぱりテンションおかしいよ姉さん、部屋に戻って寝なさい」
「まぁだ語り足りない!!」
「……はあ〜〜…………んーと」
まあ、姉さんが大をつけても良いほどの天才なのは、僕も意義はない。徹夜でなくともテンション上がっていたとは思うし、姉さんが嬉しいと僕も嬉しい。
そう。それ自体は、なんの不満もない。
(姉さんが今まで秘密にしていたのは、僕を驚かせて喜ばせる、サプライズ精神もあるのだろう。けど、多分……いや、間違いなく姉さんは、かなりのリスクを侵している)
なぜなら、「人と会話出来る程の心を持った精霊剣」なんて代物、世界に数えられる程度しか確認されていないからだ。
理屈は解明されていないけど、すべての精霊剣は、感情ーー心を持っている。
10級〜6級の下級精霊剣はなんとなく気配を感じるか、精々小動物程度。
5〜3級の中、上級は、知能の高い動物か、小さな子供程度の知能を持つと言われ、触れた者の精神に直接意思を伝えたりする個体もある。
そして最上級、1級2級ともなれば、普通の人間とほとんど変わらない精神を持っていて、趣味嗜好を持っているらしい。
最上級なんて世界的に見ても十数本しか確認されていないし、僕も触れた事はないのであくまで伝聞情報だけど……まあ、咲様の神話級精霊剣の『金剛』さんと会話?したことあるから、上級精霊剣に人間レベルの精神があってもおかしくはないのだろうけど。
でまあ、要するに。静海さんが本当に精霊剣なら、感情の起伏が読み取れないとはいえしっかりと受け答え出来ているので、まず間違いなく心を持っている。つまり静海さんは、1級か2級だ。
そんな最上級精霊剣だけど。それを作ろうとしたら、全国の名だたる天才精霊剣鍛治師達と、最高純度の彩光精霊石を使用した神霊石を用意する事が最低条件と言われている。
それだけの人材・物を集めても、最上級に至るにはかなりの運が必要らしい……うん、普通に国家プロジェクトレベルだ。まあそこは、うちにはコネがあるからプロジェクトの立ち上げ自体は不可能ではない。
とにかく、そんなとんでもない代物なわけだから、大天才の姉さんであっても容易に生み出せるものではない。
けれど、双子の片割れである僕はよく知っている。姉さんは「運」だとか「偶然」に頼るのが大嫌いな性格だっていう事を。どれだけ困難に見える道でも、ゴール出来てしまう人だと。
なら、静海さんを造り出すための「運」の代わりに、姉さんは何を使ったか。
(姉さんが静海さんを――最上級精霊剣を造って契約まで済ませてる理由なんて、「僕のため」以外にない。姉さんは、僕のためなら冗談抜きになんでもしちゃうし、出来てしまう。それこそ、必要に迫られれば自身の命だって――)
……。自分の中で答えは出たけど。今まで僕に心配されたくなかったから秘密にしてきたのだろうし、姉さんに直接聞いてもはぐらかされるか。
なら……いけるかな?