27話 仲違い?
「当時は伊勢……龍海老は買わなかったようだが。今日買った龍……高級海老はどう調理するつもりだ?」
一々言い直すのが面倒になったのか、途中で高級海老呼びにしだす姉さん。気持ちは分からないでもないけど、そんな面倒がらなくても。
さて。昔買い渋った反動で衝動的に伊勢海老4尾も買ってしまったけど、何料理にするかは決めてない。
「そうだね……まだ生きてるし、お刺身は外せないかな。後はお味噌汁でしょ。他には……」
少し悩む。エビチリ、姿焼き、天ぷら……トマトパスタもいいなぁ。んー……けどやっぱり。
「昔出来なかった伊勢海老フライは、やっぱり作りたいかな。アキヒロがいないのが残念だけど」
「うむ。優輝なら最高のエビフライを作れるだろうな。まあいつものエビフライも最高なのだが」
「優輝さんのご自由になさって下さい。料理をしている優輝さん、素敵なお顔をされていて好きなので」
「ん、了解」
「優輝様、お手伝い致します」
「いつもありがと、静海」
「勿体無きお言葉」
いつもすぐ手伝うと言ってくれる静海に感謝を告げる……料理の手伝い、といえば。
「そうそう、あの時のお昼の調理中の事だけど……」
――――――――――
「お〜、結構片付いてるねぇ。早い早い」
「昨日の夜、母さん達が手伝ってくれたからね。雑談しながらやってたから、日付変わる位の時間まで夢中でやっちゃった」
買い出しから部屋に戻り、現在。アキヒロがそのまま僕の部屋に買った食材を持って来て、室内の感想を述べた。
「優輝の私室覗いて良い?」
「ダメ」
「だよね〜……ちぇ」
「別に面白いものはないよ。何よりまだ整頓途中だし」
それになにより。途中だからこそ、秘密がバレるものを発見される確率が高くなってる、と思う。リスクは少しでも省かなきゃ。
「さて、もうすぐ11時だし。少し早めだけど、始めようか」
そう言い、清涼感のあるエメラルドグリーンのエプロンを手に取る。入学に合わせて購入した新品なので、今回が着るのは初めてだ。
「♪〜」
と、アキが背負っていたリュックの中を開け、エプロンを取り出した。茜色が鮮やかな、アキらしい色だった。
「アキ、手伝ってくれるの? というより手伝う気満々で来たんだね」
「そだよ〜。あっもしかして優輝は、全部自分でやりたいタイプだったり?」
「そういう訳じゃないけど。母さんを手伝ったり手伝ってもらったりしてたし」
ただ、ご馳走するつもりの人に手伝わせるのはどうなのかなーと思っただけだ。
「じゃあ遠慮しないでよ〜。さっきレシピ教えてくれる約束したんだしさっ」
「まあ、いいけど」
という事で、一緒に作る事になった……のはいいんだけど。ちょっと予想外の事態になった。
「…………」
今は、海老の方の下処理が済み、タルタルソースの材料を刻んでいるのだけど……アキがちょっとムスッとしていた。別に喧嘩した訳じゃないんだけど……
「ん? アキ、海老の尻尾の尖ってる部分切り取ってない?」
「えっ切るの? そのままでいいじゃん」
「切り取っておいた方が調理中とか食べる時に怪我しにくいし、油ハネ防止にもなるらしいよ」
「ほー」
「じゃ、海老揉み洗いしといて」
「ほいほいって何この粉……片栗粉?」
「そうだよ」
「これも使うの? 塩だけで良くない?」
「塩だけより汚れや臭みがとれて、美味しくなるよ」
「ふーん」
「お酒を使うのも良いらしいね。うちは姉さんがお酒の匂い好きじゃないから、あんまり使わないけどね」
「……あたしは、洗った後にお酒振ってるよ」
「……? うん、いいと思うよ」
こんな感じで、僕の普段のやり方を教えながら仕込んでたんだけど、なんか途中からアキの機嫌が微妙に悪くなって来ていた。
で、現在。黙々と作業を続けてくれているけど、何かが気に入らないのか納得出来ないのか、アキにいつもの笑顔はない。
そしてアキの機嫌が悪いから、ヒロが不安そうな顔でオロオロし出した。僕とアキが仲違いしないか気が気でないのだろう。
(大丈夫、怒ってないよ)
声に出してヒロに伝えるとアキがさらに不機嫌になる気がするので、笑顔を向ける。それを見たヒロは、まだ不安そうながら頷いた。
何にしても、この状況は良くない。料理は楽しくやらないと。
(うーん。理由は……レシピが違うから、かな)
多分だけど、僕のエビフライレシピがアキのとかなり違うんじゃないだろうか。あたしならこうするのに、とか、手間かけすぎ、とか思っているのかも。
アキ自ら僕のレシピを知りたくて手伝いを申し出たのに、それが原因で機嫌を悪くするという、なんとも奇妙な事になっている。
何故そんな事になっているのか。僕とアキの料理の方向性が違うからだろう。
「僕が料理好きになった理由は、僕の料理を食べて笑顔で美味しいって言ってくれた人がいたからだよ」
「……優輝?」
アキが怪訝な顔で僕の名前を呼ぶ。
「アキが料理好きになった理由、改めて聞かせて欲しいな」
「えっ? まぁいいけど……美味しいものを自分で作れれば良いなって思って……あっ。あーあー‼︎」
怪訝そうに答え出したと思ったら、突然大声を出した。
これも多分だけど、アキ自身何で機嫌悪くなっていたか分からなかったんじゃないかな。理由がわからないからさらに機嫌が悪くなって……て感じかな。
「ごめん優輝、ちょっと自意識過剰になってたかも」
「そうなんだ?」
別に気にしてないよとでも言う感じにアキにそう答えると、アキはやっと笑顔になった。
「あたし、料理の腕に自信あるんだよ。ヒロはいつも美味しそうに食べてくれるし、自分でも、実際美味しく作れてると思ってるしね。それ自体悪い事とは思ってないけど……」
一度区切り、考えを整理するかのように数秒目を閉じ、
「優輝、あたしのレシピより手間かけててさ。そんなに手順多くしなくても美味しいの出来るのに、とか考えてて」
「うん」
「そう考え出したらそればっか考えちゃって。でもそっか、料理好きになった理由が違うからかぁ」
なんか納得したようで、うんうんと頷くアキ。
アキは、美味しいものが好きで料理好きになった。僕は、美味しいと言って貰えるのが好きだから。
好きになった理由、キッカケで料理の腕に差が出るとは思わないけど、レシピは結構変わると思う。
「という訳で」
「という事で?」
「アキのレシピを今教えてよ。教え合って話し合って、一緒に美味しいもの作ろ?」
そう提案してみた。話し合い、大事。
「……優輝、ほんっと良い娘! あたしをこれ以上大好きにさせてどうする気っ⁉︎」
「うーん、そうだね。親友になりたいかな」
「もうすでに親友だよ〜‼︎」
「もう、だからいきなり抱きつかないでってば」
またガバって抱きつくアキ。今回は予測出来たのでされるがままにされたけど。
「優輝さん、素敵です……!」
「ん、ありがとヒロ」
仲違いせずに済んで安心したのか、笑顔で感動を伝えて来たヒロに、僕も笑顔でそう返した。
「さ、そろそろ調理再開しよ? 生海老は鮮度が落ちやすいしね」
「んにゅ、りょーかーいっ‼︎」
その後は特にトラブルもなく、賑やかに和やかに料理は進んだ。うん、楽しい。
「よっし、完成っ‼︎」
「だね」
「はぁ……とっても美味しそうです……」
全ての海老を揚げ終え、お皿に盛り付けてからアキが大声でそう告げた。と同時、
「ただいまだ。ベストタイミングのようだな」
玄関の扉を開け、姉さんが入って来た。入るタイミング計ってたな、これ。
「お〜おかえりっ! 瑞希は何してたのん?」
出会い頭、いきなり直球で尋ねるアキ。さすがの積極性だ。
「優輝にも秘密にしているのに、アキに言う訳ないだろう」
「だよね〜……さすが瑞希、いきなり聞けばポロっと言うかな〜って期待したんだけどな〜」
「油断はせんよ」
アキの奇襲質問にもいつも通り冷静にあしらう姉さん……だけど、なんかいつもより上機嫌みたいだ。
「だがまあ、そうだな。もうじき、とだけ言って置こうか」
「んも〜気になる言い方しないでよ〜」
「へえ……」
機嫌が良いのはそれか。天才の姉さんの行動は、双子の僕でも全ては理解出来ないけど、企みが実を結ぶ目処が立ったのだろう。
「ま、今はいいや、エビフライ冷めちゃうし。けどさ、どんな悪巧みしてるか知らないけど、その内教えてよね〜」
「悪巧み、ではないがな。うむ、目に見えるカタチでお披露目するさ……ふふ」
悪巧みではないと言いつつ、悪巧みしているとしか言いようのない含み笑いをする姉さん。でもまあ。
「もう、姉さんたら……いつもありがと」
「……ふふ」
姉さんがしている事は、間違いなく僕に有益な何かなのは理解出来る。だから、とりあえず先にお礼を言って置いた。
「なんか……やっぱり良いね、それ。短い言葉だけで分かり合えているっていう感じ。とっても素敵」
「……アキ?」
唐突にアキが、憧憬のこもった視線と声で呟く。
その雰囲気に、何となく、僅かだけど「壁」を感じた。
「さっそんな事より出来立てエビフライだぁ! ヒロがヨダレ垂らして待ってるだろうし、早くいただきますしよ〜!」
一瞬の、別人のような寂しそうな顔は何処へやら。いつものアキらしい元気いっぱいの声と笑顔で、そう催促した。
ちなみに、ヒロは本当にオアズケを命令されている犬の様にヨダレを垂らして待っていた。可愛い。




