20話 料理長さんは二刀流
「確か、その日のお夕食の時……正確には食後の出来事ですが。衝撃の真実がありましたよね」
「アーウンソダネー」
食事中、唐突にそんな事を言い出した蒼月さん……あまり思い出したくない内容だったので、つい変な口調になってしまった。
「何故カタコトに?」
「ああ、優輝にとってあの事は忘れたい事の1つだったか」
「……そう言えばあの時、何やらあの方に耳打ちされていましたが」
「…………。何を言われたか、聞きたい?」
「あまり話したくはないように感じますが……そのような、悲しんでいるんだか笑っているんだかわからない絶妙な表情をされては、気になってしまいますね」
「それなら、まあ……今は昔の事だし……うん、話そうか」
――――――――――
食堂棟で夕飯をいただきながら雑談をする。昼はクラスの出席番号順に座らされていたけど、夕食からは空いている席に自由に座っていいらしい。
なので、僕らは今日友達になったみんな+加藤トリオで固まっていた。
「――つまりまとめるとですね。姉さんの着せ替え人形扱いから精神を安定させるために一人称「僕」になった……んじゃないかなぁと思ってます。自分でもいつからこの一人称なのかうろ覚えなので、あくまで予想ですけどね」
「なるほど、そう言う経緯ですのね。それにしても瑞希さん……あなた、いい性格してますわね」
「優輝が可愛すぎて愛しすぎるのがいけない」
「さっきも言いましたけど、ちょっと僕が恥ずかしさに耐えれば姉さんが大喜びしてくれるなら、大した問題ではないです」
「そう……それがあなた達の幸せのカタチなら、これ以上わたくしから言うことはありませんわ」
「よくわかんないけど、ユーキは苦労してるんだなー。僕で良かったらいつでも話し聞くからな!」
「ふふっ、ありがとキョウちゃん」
「にひひ〜」
「それは単にアンズさんが優輝様とお話したいだけでは? あまりグイグイ行って鬱陶しがられない様になさいね」
「むうー、わかってるよ……って僕はアンズじゃなーい!」
そんな感じでみんなと楽しく雑談を続けていると、気がつけば20時近く。
19時半頃に加藤さんが「今日はまだ日課のハーブティーを淹れていませんの」と言って3人抜けた以外は特にないけど、食堂の閉まる時間も近付いてきた。
「さて……だいぶ人も少なくなって来たな。これなら迷惑にはならんだろう」
そう言って姉さんが立ち上がる。
「姉さん何する気?」
「料理長殿に確認したい事があってな」
えーと……多分、昼に姉さんが後回しにするって言ってた「料理長の気になる視線」について、かな。
「ふーん……ついて行っていい?」
「あー……まあ、構わないが」
「珍しく歯切れ悪いね」
「料理長殿に答えを聞けばわかるだろうからな。一応覚悟はして置け」
「あ、うん」
覚悟が必要な内容なのかぁ……尚更気になる。
「料理長殿、少し良いか?」
「ええ、構いませんよ。何か聞きたいことが……これはまた、大勢で来られましたね。期待に応えられると良いですが」
姉さんと僕だけではなく、雑談していた友達全員来ちゃった。それぞれの言い分は……
「覚悟云々言ってたら気になって仕方ないじゃん!」
「アキちゃんと同じです。あと、お料理美味しいので感謝を言おうかなって」
「あー、みんな動くから何となく」
「月影のガトーショコラを食べる姿が尊すぎたので感謝の言葉を」
「ガトーショコラ……至高の美味に出会わせてくれた、ので……」
「彼が栄陽学園本校の料理長になった理由や経緯が気になったのよ」
「スイーツ作れるイケメンとは〜、やっぱお近付きになっておかないとっしょ〜」
……こんな感じ。1人を除いて恋愛対象として見てないあたり、僕の友達は変わり者だらけだと思う。自分も含めて。
「何、時間は取らせない。私が聞きたい事だが……」
さて。姉さんが気になっていた事とは……
「料理長殿。貴方は両刀使いだな?」
『ぶっ‼︎』
思わず吹き出してしまった。僕以外にも吹き出してる人いたけど、多分アキとサチさんだ。
「姉さん何聞いちゃってるの⁉︎」
「え、アキちゃんどういう意味?」
「ちょちょっまってまって混乱してるから!」
取り乱す僕とアキに、不思議そうな顔のヒロと雅。サチさんはそっぽを向いている。
「貴女は……確か、水城 瑞希さんでしたか。よく気付きましたね」
『エエエエ⁉︎』
普通に肯定されちゃった……あー、驚きすぎて冷静になって来た。
周りのみんなの様子を見る。さっき吹き出してなかった人以外では、蒼月さんとパフィンさんが驚いた顔してる。
「一目で見抜かれたのは、今まではネイ先生のみでしたね。いやあ、懐かしいな」
「すんません、そもそもバイってなんすか?」
雅の質問に、ヒロもコクコクと頷く。
「バイセクシャルの略語ですよ。精霊国語で言うなら両性愛者ですね」
「両性愛…………プヒュ〜!」
「えっ、何そのえーと、鳴き声?」
「ちょっヒロ大丈夫⁉︎」
意味を理解したヒロが顔を真っ赤にして奇声を上げ、フラフラし始めた。慌ててアキが抱きつく。
「……」
雅は月影ちゃんにケータイを見せて貰っていた。
「あ〜、なるほど。男でも女でも行ける人なのか」
どうやらティータイムの時みたいに、ネット辞書か何かのサイトを見せてあげているらしい。
無口だけど気配り上手だよね月影ちゃん。そういうとこ好き。
「料理長殿の性癖が当たっていた所でもう1つ聞きたい。貴方は基本「見る専」だな?」
「……そこまで見抜きましたか。素直に驚きです」
「私も「見る専」のようなものだからな。それで十分満足でね」
「わかります。私も多くを望まなくとも満足出来てしまうタチでして」
笑顔で頷き合う2人。よくわかんないけど、なんか意気投合したっぽい。
「他に聞きたい事は?」
「特にはないな」
もう満足したのか、スッキリした顔の姉さん。他のみんなは逆にモヤモヤしちゃたけど……
「……私から、1つ……」
……と思ってたらそうじゃない娘が1人。全く動じていないのか、表情ひとつ変えず発言する様は大物感を感じる。素敵だ。
「はい、なんですか?」
「ガトーショコラ……とても美味、でした……なので……ん、今後共、よろしくお願いします……」
「気に入っていただけましたか、ありがとうございます。こちらこそ、3年間どうぞご贔屓に」
「……(こく)」
小さく会釈し、蒼月さんの後ろに回る月影ちゃん。
『…………』
月影ちゃんが話し終えてから、数秒の静寂の後。
「わ、私も……そっその、美味しいお料理ありがとうございます」
ヒロが当初の予定通り、感謝の言葉を告げた。
月影ちゃんとヒロをキッカケに、その後みんなもそれぞれの質問を料理長さんに話し始めた。
キーンコーン……
1人1質問づつし終わった所で、食堂棟閉館のチャイムが鳴る。
「なんか質問責めにしちゃった感じですいませんでした。それと、答え辛い内容の話題にも丁寧に答えてくださって、感謝です」
「いえ、こちらこそ感謝です。守護者候補の皆さんに料理を作れるだけでも私にとっては身に余る光栄なのに、雑談まで出来るのですから」
「ふふっ、謙虚ですね。ではそのお言葉に甘えさせて頂きます。今後も料理、楽しみにさせて頂きますね」
「はい、ご期待下さい」
最後に僕が謝罪と感謝で締めて、料理長さんへの質問会を解散とした。
ていうか、僕がみんなのまとめ役みたいになってるのは何故だろう?
「すいません、水城 優輝さん。あなたに伝える事がありました」
食堂棟を出た直後、料理長さんに呼び止められた。
「え、なんですか?」
「あまり人に聞かせられない内容なので、耳を」
「?」
言われた通り、顔を横にして耳を近付けると、料理長さんが僕にしか聞こえないように耳元で囁く。
「確かに私は基本「見る専」ですが……あくまで基本的には、です」
「…………」
……嫌な予感。なんか、料理長さんの声に若干の「艶」を感じる……
「もしそちらの趣味にも目覚めたなら、私の事を思い出して下さると幸いです。優輝様のような人だけは、私は見る専でいられない程好きなのですよ。勿論手を出すのはあなたが成人してからですが」
あ。この人絶対僕の秘密に気付いてる。
その上で誘って来るとか……あーなんか血の気が引くってこんな感じなのかー……
「そのような不安そうな顔をなさらないで下さい、そそられてしまいます」
「ひっ‼︎」
Sっ気を感じる熱のこもった囁きに、本能的に身の危険(性的な意味で)を感じ、ズザザーと漫画みたいに音を立てて飛び退いてしまった。
「おや……脈はなさそうですかね」
冷静、平常心、取り乱さない、落ち着け。
「ありません」
普通に返事出来た、と思う。姉さんには勘付かれてるだろうけど。
「ですか。それは残念です」
声色からして残念そうにそう言いつつ、笑顔でちょいちょいと手招きして来た。あんまり近付きたくないけど……みんな見てるし、仕方なく近寄る。
「この事は極力言いふらさないようお願いします、基本見る専なので。私も、あなたの秘密にしたい事は命にかけて口外しません」
再び耳に口を近付けて、そう呟かれた。
「そうですね、わかりました。ちなみに――口外したら、本当に命にかかわると思って下さいね」
「……なるほど」
チラッと姉さんを見ながら言うと、すぐに理解したようでそう短く呟き、僕から離れる。
「みなさん、お引止めして申し訳ありませんでした。では良い夢を」
「はい、ありがとうございます」
……悪夢見ませんように。
登場人物紹介
ジョナサン・ストゥルガノフ
容姿:黒髪セミロング オールバック 超絶イケメン
身長:188cm
性格:穏
好物:バター
嫌い:マーガリン
趣味:マンウォッチング
属性:水
栄陽学園本校の学生食堂料理長。男女両方から信頼される、見た目的にも精神的にもイケメンな人。戦闘能力だけは平凡。
守護者候補である栄陽学園生に料理を振る舞うことが何よりの生きがい。生きがいなので趣味ではないらしい。
男女どちらでもイケるバイセクシャル。
来るものは拒まず去る者は追わず。ただし公序良俗はわきまえており、未成年(精霊国では18歳)には絶対に手を出さない。
基本見る専で、楽しく会話出来るだけ満足出来てしまうので、バイである事を知っている者は少ない。
好みのタイプは中性的。男前女子や男の娘が大好きで、そう言った性格の人物にだけは積極的になる。