19話 死ぬ恐れがありますゆえ
「お邪魔しまーす!」
「お、お邪魔します」
寮の自室にアキとヒロが来て、一緒に食堂行こうと誘って来た。
「ふみゅ、あたし達の部屋とあんまり変わんないね」
「それはまあね、荷解きもしてないしね」
時刻は17時半。食堂棟の開放時間が45分からだから、後15分。5分前に出るつもりだから少し時間がある。
「そういえば、アキの部屋もキッチン使用許可、当然出してるよね?」
校内の調理室もだけど、寮の自室で料理したい場合も許可が必要だ。まあ火を使うわけだし、イタズラしない子がいないとも限らない。
調理室は料理部に入るか、都度許可を得ないといけないけど、寮は一度許可を得られれば問題を起こさない限り3年間使用可能だ。
「モチ! やっぱ自由に料理したいもん。ヒロもいるしねぇ」
「毎日アキちゃんの料理が食べられるから私、それだけで満足です」
「ん? アキ達はお昼毎日作るつもり?」
「ん〜ん、料理長さんのランチも食べたいから一日置きくらいかな〜」
「まあ、だよね」
そんな感じで雑談してれば、10分はあっという間に過ぎた。
40分に部屋から出て戸に鍵をかけたところで。
「そいえば、お風呂何時に行く? あたし達は20時半位に行こうかって話してたけど」
やっぱり来たかこの話題。言い方からして大浴場行く事前提で話してるし。
「僕らは大浴場行かないよ。内風呂使うから」
「ナンデ⁉︎」
絶望顔された。そこまで残念がらなくても。
「んー、色々と理由はあるけど……」
さて、ここがポイントだ。アキは大した理由ではないと判断したら、改善提案出してきたりゴリ押しして来たりすると思われる。
「まず、人に素肌を晒すのに抵抗があるからかな。その……小さいし」
「確かに2人共お胸慎ましやかだねぇ。ヒロがおっきぃから余計にそう感じるってのもあるけど」
「……お、おっきくても良い事ないよ。肩凝るし、運動に邪魔だし、へ、変な目で見られるし」
「持っているモノにしかわからない事があるように、持たざるモノにしかわからない事があるんだよ……」
「ふみゅ、なるほど納得」
「な、なるほど……?」
アキも大きいとは言えないし、理解してくれただろう。でもこの理由だけじゃ弱い。
「もう1つ。姉さんが見せたがらないから」
「それは……やっぱり優輝のを、だよね」
「うん。姉さん、自分の裸は誰に見られても構わないみたいだけど、僕のは絶対見せたがらないよね」
「うむ、当然だろう」
「ふーみゅ。過保護過ぎない?」
「そうか? 優輝自身が見せても問題ないと判断した相手にのみ見せるように、と家族で言い聞かせているが。何か変か?」
「家族揃って過保護なのねー……」
「まあ世間一般の価値観などどうでも良いが」
ちなみに、家族からそんな事を教え込まれた覚えはない。姉さんが僕の話に合わせて上手く嘘を織り交ぜて補足してくれているだけだ。
まあ姉さんと父さんが僕の素肌を他人に見せたがらないのは事実だし、母さんからも気をつけるように言われてるから、完全な嘘では……あれ? 半分嘘だと思ったけど、実質全部事実なような……まあいいか。
「でも、気持ちはわかるかも。優輝さんも瑞希さんも、女の子から見ても凄い可愛いお近付きになりたいって思うし」
「あ〜まぁそだねぇ。ふみゅ……確かに、身内だったらつい過保護になっちゃうのかも」
……よし。これでヒロは納得しただろう。
さて、次で〆だ。
「最後にもう1つ。最悪僕が死んじゃうから」
『死んじゃう⁉︎』
うん、死んじゃうんだ。社会的に。
まあ姉さん父さんが全力で死ぬ気でガードしてくれるだろうから、本当に最悪の場合だけども。
「死ぬって何よノロイにでもかかってんの⁉︎」
「えーと……これに関しては深く聞かないで欲しいな。特殊な理由があるんだよ…………はぁ」
その「特殊な理由」を思い出したら、自然とため息が出てしまった。
「な、なんか重いため息だね……アキちゃん、残念だけど仕方ないよ」
「はぁ、楽しみにしてたんだけど……そだね」
……2人してこうも残念がられると、さすがに罪悪感が湧いてくる。でも無理なんだ、ごめんね。
「お詫びと言ってはなんだけど、明日のお昼ご馳走させてよ」
「おぉ、いいの⁉︎ ヤッター!」
「あれ、良いの? アキちゃん明日のお昼2人にご馳走したいってさっき」
「あっ……あ〜う〜どうしよ〜」
頭を抱えて唸り出すアキ。どうやら僕と似たような事考えていたらしい。なんか嬉しい。
「お風呂一緒出来ないお詫びも兼ねてるから、今回は僕にご馳走させて欲しいかな。そのかわりじゃないけど、何かリクエストあったら自由にしてよ」
「エビフライー!」
「はやっ。好きなの?」
「なんとなく!」
ふむ。好きではあるけど、無茶苦茶好きというわけでもなさそうかな。
「アキお前、自分の名前に海老が含まれてるというだけで選んだだろう」
「おっ瑞希さすが、正解だよん」
「ふふっ、そうなんだ? ヒロは何か食べたいのある?」
「わ、私は、優輝さんが作ってくれるものなら何でも食べたいです。好き嫌いないし……あえて言うなら白飯に合いそうな……今の気分は豚の角煮です」
ふむふむ。やっぱり2人共自己紹介通り「美味しければなんでも好き」で「これが何より大好き」な料理はなさそうかな。
「豚角煮はさすがに仕込み時間が厳しいかな。なのでエビフライで決まりね。タルタル必要?」
『当然いります』
「あははっ、了解」
「話がまとまったか。45分過ぎている、移動するぞ」
おっと、玄関前でつい話し込んじゃった。
「配膳開始まではまだあるし、焦らず行こ?」
「うむ」
「そだね〜」
「ふぅ、お腹ぺこぺこです」
ということで、僕らは雑談しながらのんびりと食堂棟に向かった。
――――――――――
「ふふっなるほど、確かにかなり特殊な理由ですね」
「あ、戻って来てる」
いつの間にか正気に戻っていた蒼月さんが話に割り込んで来た。
「ご安心下さい優輝さん、私はその「特殊な理由」も含めてあなたが好きですよ。むしろだからこそ一目惚れしたようなものです」
「そういう話してた訳じゃないんだけど……まあ、ありがとうお友達」
取り敢えず感謝は大事だ……「好き」の理由が多少不本意だけど。
「こちらこそです。あなたと学生時代に出会えたから、今現在私はここに存在出来ているのですから」
「……ん。それは多分、僕らもかな」
「…………」
「…………」
……何故かしんみりした雰囲気になった。
「そういえば、話は食堂棟に夕飯を食べに行った所までした訳だが。優輝、そろそろ現在でも夕飯の仕込みした方が良くないか?」
姉さんが雰囲気を変えるかのように別の話題を振った。
「ん、もうこんな時間かぁ」
時計を見ると、17時50分だった。やっぱり楽しい時間はあっという間に過ぎるね。
「蒼月さん、夕飯はウチで食べるでしょ?」
「そのつもりです。そうそう、今日からひと月位は新作衣装のアイデア集めと製作以外に予定ないです」
「しばらく趣味に時間が取れるという事か。うむ、趣味の時間は大事だ」
「姉さんは趣味のみに生きてる気が……まあそれは昔からか。とにかく蒼月さんは、しばらくウチでご飯食べる気なんだね」
「ええ。よろしくお願いします」
「うん、任せてよ。腕によりをかけて作っちゃうよ」
蒼月さんが長期間ウチで過ごすのは久々だ。自然と気合が入る。
「じゃあ今からお料理してくるね。今日は大根と白菜のお味噌汁に白菜サラダ、メインは鮭のムニエルだよ」
「ふふ、楽しみですわ」
「優輝様、お手伝い致します」
「ん、ありがと。じゃ、話の続きはお夕飯の時にね」
そう言い残し、僕らはキッチンへ向かった。