17話 素敵なティータイム
この話が1番描きたかった。
「それが食堂にバタバタとやって来た経緯でしたか」
「まあね。そういえば、蒼月さん達も同じくらいに来たけど、特に慌てた感じはなかったね」
「瑞希さんの意見と同じですわ。1年生全員分用意しているでしょうから急ぐ理由はないと」
「僕らは姉さんに煽られたパフィンさんに急かされたのが理由だけどね……ケーキといえば、さっきの野菜ケーキ。なかなか美味しかったね」
「悪くはなかったな。少々物足りなさは感じたが」
「そう? あーまあ、普通のケーキと比較しながらだとそうかも。野菜ケーキだって意識して食べてたから特に気にならなかったかな。と、紅茶が切れたね」
「ご用意しております。蒸らし時間終了までもう少々お待ち下さい」
「ありがと静海。そういえば学食の紅茶も、結構本格的に淹れてたよね」
「その代わり、朝のうちに予約する必要がありましたけどね。その分美味しかったですが」
「うむ、そうだったな。まあ優輝や静海の淹れたものには敵わないがな」
「ふふ、愛情は最上級のブレンドですからね。ああ、紅茶とケーキといえば……あの時までは、月影はお茶のみだったんですよね。懐かしいですわ」
――――――――――
ケーキは、ガトーショコラ・チーズケーキ・ラズベリームースケーキの、3種のミニケーキと紅茶のセットだった。
「やっぱり姉さんが言った通り、急ぐ必要はなかったね」
「はぁっ……けっ結果論、じゃんっふぅ……」
「はぁ……ふぅ〜」
ケーキ受け取りの列に並び、息を整えるパフィンさんとヒロ。ヒロはもう落ち着いて来てるけど、パフィンさんはまだ荒い。
ちなみに僕含め、他のみんなは特に息は乱れていない。
「……瑞希さん、なんとなくインドア系な感じしてたけど、結構体力あるんだね」
「いや、私はインドア派だと自覚しているが。インドア=運動不足ではないということだ」
ドヤ顔でそう言う姉さん。天才を自称するだけのスペックも、才能に見合う努力もしてるってことだ。
「けどよ、ここまで大した距離でもないよな。パフィンさん、いくらなんでも体力なさすぎじゃないか?」
「だって頑張るのっふぅ……疲れんのめんどい、ふぅ……」
「甘いものが関わる時だけ全力出す感じかしら。せっかく本校に入れたんだから、もう少し体力つけましょう? 私でよければ付き合うわよ」
「んっうん……ま、そだね〜……ふぅ」
お互い苦笑いを浮かべなが談笑するサチさんとパフィンさん。新しく友情が芽生えた瞬間を見た気がして嬉しくなる。
「ご機嫌よう、皆さん。やっぱりケーキと紅茶の魅力には引き寄せられますよね」
「……(ぺこり)」
「ご機嫌よう。2人共さっきぶりです」
そう挨拶しながら、僕らの後ろに並ぶ天王寺姉妹。
「私ははじめましてね。クラスDの塩谷 幸子よ」
「ども、パルフェ・キッシェンで〜す。気軽にパフィンって呼んでね〜」
「……ツノメドリ……?」
「んぅ? なにそれ?」
「…………」
月影ちゃんがパパパっとケータイをいじり、一羽のペンギンに似た鳥の画像を出して見せてきた。
「なにこれカワイ〜。あ、この鳥がツノなんとか?」
「……(こくり)」
「ツノメドリの通称がパフィンだね」
「へぇ〜そなんだ〜。ま、アタシの方がダンゼン可愛いけど〜」
「人間への可愛いと小動物への可愛いはまったくの別物なんだから比較するのはお門違いよ、パフィンさんわかったかしら?」
突然サチさんが早口でまくし立てる。どうしたんだろ?
「うぇ、お? あ〜うん、たぶん」
「多分?」
「か、可愛いにも種類があるってことっしょ?」
「ええそうよ」
「ほっ……」
パフィンさんの答えに満足して、サチさんのちょっと怖い雰囲気がやわらぐ。どうも、「可愛い」にこだわりがあるらしい。
雑談しているうちに僕らの番が回って来た。ケーキセットと1人用ポットを受け取り、テーブルへとみんなで向かう。
ちなみに雅はいない。一緒に並んでたけど、男子のグループに誘われて行ってしまった。まあさすがにこの人数の女子に男子1人は肩身が狭いだろうし、仕方ないね……僕もちょっとあっち行きたかったな……
「ちょ〜うまそ〜だねヒロちゃ〜ん……」
「うんそうだね〜パフィンちゃ〜ん……」
パフィンさんとヒロの目と声がうっとりしてる。可愛い。
「ん〜、確かにどれも美味しいそうだねっ。優輝は何から食べる? あたしはラズベリー!」
「うーんそうだな……チーズ、ガトー、ラズベリーの順かな」
「ふみゅ、理由は?」
「最後に酸味が強めなので口をさっぱりさせたいからかな。単純に好きな順でもあるけど」
「なるほど〜。瑞希は……優輝と同じ?」
「うむ」
アキもちょっとずつ姉さんの思考パターンがわかって来たみたい。なんか嬉しい。
「…………」
月影ちゃんが座らずに紅茶を入れ、蒼月さんに渡していた。
「ありがとうございます」
「……ん。……(じー)」
そして、自分の分……はまだ入れずに、隣に座っていた僕の方を見る。これは……
「僕も月影ちゃんにお願いしようかな」
「ん……失礼、します……」
短く断りを入れて僕のポットを受け取り、カップに注いでくれる。
「ありがと月影ちゃん。もしかして、これもお近付きの印かな?」
「ん……(こくり)……(じー)」
小さく頷き、今度は姉さんに視線を向ける。
「ふむ、ならば私のも頼む」
「あっもしかして、みんなのやってくれるの?」
「……迷惑で、なければ……」
「ん〜、それはこっちの台詞かな。月影ちゃんが迷惑に思ってなくてやりたくてやってるなら、断る理由なんてないよん」
「可愛い給仕さんに入れてもらった方が、もっと美味しく感じられるだろうしね」
「だねっ」
「……っ……」
僕とアキの台詞に、視線をそらしてほんのり頬を赤らめる月影ちゃん。可愛い。
月影ちゃんは頬を染めたまま姉さんのそばに行き、紅茶を入れ始める。
「月影は昔からお茶を入れたがるんですよね。理由は聞いても教えてくれませんが」
「そうなんだ?」
「てか、ツキちゃんドールみたいでチョ〜可愛いねぇ。抱っこしたい」
「……そうね」
「ふふふ……もっと可愛い月影の写真、ご覧になりますか?」
「それはなかなか興味深いね〜。んでもまずケーキと紅茶。食べた後みせて〜」
「わ、私も見せてもらっても?」
「ええ、是非」
蒼月さんがまた月影ちゃん可愛い自慢を始める中、月影ちゃんがみんなの紅茶を入れ終えて戻って来た。自分の話題で盛り上がってるからか、まだ頬が赤い。
月影ちゃんは、自分の分を入れてから席に着き、本を取り出した……んー、これ聞いていいのかな……うん、気になるから聞こう。
「ところで月影ちゃん。ケーキ食べないの?」
「…………」
本を開いたところで動作を止め、こちらを見る。月影ちゃんがカウンターで貰って来たのはポットだけで、ケーキ皿は貰って来てない。
「……読む時、お茶以外を口に入れると……ん、没入出来ない、ので……」
「ふーん……」
「ティータイムの時に限らず、月影はほぼ間食をしないんですよ」
「そうなんだ?」
「というか、間食以外でも甘味を避けている気がしますね」
「え、マジ? 甘いもの食べないなんて人生9割損してるようなもんじゃ〜ん……はむはむ」
「言いたい事はわかるけれど、9割は言い過ぎじゃないかしら」
「甘味は強い……口内に余分な情報、不要です……」
話は終わったとでも言うように、本に視線を落とす月影ちゃん。
今の月影ちゃんの台詞から言って、本を読むのに集中できないからってだけで、甘味が嫌いな訳じゃないっぽいけど……んー……
「月影ちゃん。この3つの内、食べたことないのある?」
「……?」
まだ口をつけていなかったので、僕のケーキ皿を月影ちゃんの目の前に出す。
「……ガトーショコラ……チョコレート自体、ないです……」
「ふむ」
多分、チーズやラズベリーはケーキとして加工してない生の状態は食べたことある、のかな? で、チョコはまったく口にしたことない、と。
……ちょっと興味が湧いて来た。
「月影ちゃん。ガトーショコラ食べていいよ」
「…………⁇」
ケーキをじっと見てから顔を上げ、僕の顔を見ながら僅かに首を傾げる。
頭の回転が速い月影ちゃんも、さすがに僕が何を考えているのかわからなかったらしい。なんか嬉しい。
「一口だけでも良いよ。食べてくれたら、僕の1番お気に入りの本を貸してあげる」
「いただきます……」
即答する月影ちゃん。やっぱり食い気より本なんだ……本の虫だなぁ。
僕から皿とフォークを受け取り、一口分……よりもさらに小さく、かけら程度切り分けて口に運ぶ。
「……はむ」
ゆっくり咀嚼する……なにか新鮮な反応してくれないかな〜と思いながらその様子を眺める。
「…………(じー)」
飲み下してからしばらく、ガトーショコラを見つめ続ける……ん、若干頬が赤い?
と思った瞬間、再びケーキにフォークを伸ばす月影ちゃん。これは……ふふふ。
「気に入った?」
「……っ」
僕の声にピタッとフォークを止める。
「…………ん」
数秒ケーキを眺めた後、小さく頷いて席を立ち、カウンターへ向かい厨房へ何か話しかけてから戻って来た。手にはケーキ皿。
「…………」
席に戻ってから、僕が渡したケーキ皿からチーズケーキとラズベリームースを、今持って来た皿に移し替えて返して来た。
「ガトー、好きになった?」
「……苦さと甘さが絶妙、です……素敵な味……」
そう答え、座ってガトーショコラを食べ始める月影ちゃん。
「はむ……♪……」
フォークを咥えムグムグする。頬を赤らめ、目はうっとり……まるで恋を知った少女のような雰囲気を出しながら、夢中で味わっている。
んー……すごい可愛い。ずっと眺めてたい……ん?
「ふへへへぇ♪」
「うわ」
気がついたら、蒼月さんがビデオカメラを構えて月影ちゃんを撮っていた。まあそれはまだ良い……表情がヤバイ。
うっとり、じゃない、ねっとり蕩けたと表現した方がしっくりくるような……まるで変質者のようだった。大和撫子系美少女が台無しだよ……
「はっ⁉︎」
突然サチさんが頬を軽くぺちっと叩く。
「ど、どしたのサチさん?」
「いえ……私も、今の蒼月さんみたいな危ない表情なのかしら、と思って……だ、大丈夫だったわよね?」
「あー……ま、まぁ正気に戻れてるし、大丈夫だったんじゃないかな」
と思う。自分も見惚れていたからそう思いたい。
「あのさ優輝」
「え、なにアキ」
「他人事みたいに言ってるけどさ。自分も蒼月さんにあの顔される対象だって忘れてない?」
「……」
なんとなく上を見る……えーーと……
「………………」
なんとなく下を見る……5つのケーキが視界に入る……うん。
「そんなことよりケーキを食べよう」
なんだかんだでまだ一口も食べてなかった。
「現実逃避ね」
「だね」
「うむ」
(それは違うよ、喜んでくれるならまあいいやと諦めてるんだよ)
口に出すと某2人の行動がエスカレートしそうだから出さないけど……いやまあ諦めてるってことは現実逃避と大差ないかな〜まあいいやとにかくケーキ食べようケーキ大好き。
(そういえばケーキ、5つあるんだよね)
月影ちゃんがくれたから、チーズとラズベリーが2つに増えていた。食べれなくはないけど、さっき部室でもおやつ食べたし……うん。
「チーズとラズベリー食べる人は手――」
『はい!』
即座に2人手を挙げる。当然、ヒロとパフィンさんだ。
「どうぞー、あ、言っておくけど1つだけだからね」
「わ、わかってます、そこまで食い意地張ってないです」
「……うん」
ヒロは顔を赤らめ、パフィンさんは残念そうな顔で答えた。
「パフィンちゃん、半分こしよ〜」
「お〜、おっけ♪」
うん、2人共すっかり仲良しさんだ。なんか嬉しい気持ちが溢れてくる。仲良きことは美しきかな。
そんな感じで、僕らはそれぞれ素敵なティータイムを過ごした。
登場人物紹介情報更新
天王寺 月影
好物:特になし→ビターチョコレート




