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112話 小話集その1

 ロールさんの歌霊術の話の後は、再び僕の日記の内容へと移っていった。


 日記を見ながら、あの時はこうだった、あれは面白かった、あれが美味しかったと、他愛もない話題が続いた。しばらくの期間、特に山と言える程のイベントも事件もなかったからだ。


 一応、多少盛り上がった話題はいくつかある。端的に、箇条書きにすると、


・加藤家トリオ――の、杏ちゃんと萩さんの話


・まひるさんから聞いた真貴さんに関する秘話


・癒円さんと姉さんの親交の話


・飯屋峰君のアプローチをどう躱していたかの話


てとこかな。せっかくだから、順に話の内容を思い返してみよう。





       ――――――――――





  萩さんとあんころ餅。


 加藤家トリオはとても仲良しだ。加藤さんにとって杏ちゃんと萩さんは、いわゆる親友に近い関係と言えるだろう。


 そんな3人は、何をするにも常に一緒――というわけでもなく、時折加藤さんと、杏ちゃんか萩さん、どちらか1人が側に付いた、2人組の場合がある。つまり、夕食後の解散時以外では、加藤さんが完全に1人きりでいることはほぼないらしい。

 理由は……蒼月さん情報だけど。加藤さんはちょっとぽんこつ気味な所があるから、変な虫が付かないように、らしい。


「あ! アキおっはよー!!」

「お! キョウちゃんおっはー!!」


 朝の昇降口、僕が生徒会長のお仕事でみんなに笑顔を振りまいていると、アキと杏ちゃんが手を振り合って元気良く挨拶している場面を毎回のように見かける。2人は性格的に気が合うのか、出会う度に大声で挨拶&スマイルを交わしている。


 そんな元気っ娘で僕っ娘で、人懐っこく一見警戒心が無さそうな杏ちゃんだけど。ああ見えて、番犬気質があったりする。

 具体的に言うと、加藤さんに相応しくない相手がすり寄って来ようとしたら、本能的に気付くのか威嚇行動を取るらしい。

 そんな忠犬ぶりから、アキや僕のように比較的仲の良い人からは「なんか犬っぽいから」という事で、ちゃん付けで呼ばれていたりする。


「今朝もやかましい犬っぷりですね、アンズさん。どうせなら付け耳付け尻尾に首輪も付けて、見るからに犬のような格好をしてみては?」


 一方の萩さんは、加藤さんにとって+になりそうな人物だろうと関係なく、近寄ろうとする相手を片っ端から遠ざけようと動いているらしい。これも蒼月さん情報だけど、僕の目にもそう映る。一種の独占欲だろうか。


「あら、それはそれで杏の可愛らしさを引き立てて良いかもしれませんわね。いわゆる「こすぷれ」と言うものですわね!」


 そして、ちょっとズレたぽんこつ気味な発言をする加藤さん。可愛い……のはともかく。加藤さんのぽんこつ発言を頻繁に目の当たりにしているのなら、萩さんが過保護になってしまうのも仕方がないのかも知れない。それでも多少、度が過ぎている気がしないでもないけど。





 そんなある日の昼食時。加藤さんトリオから、萩さんが離席していくのを見かけ、なんとなく気になって目で追った。方向的に、お手洗いかな。


 それはそれとして。


 栄陽学園の学食には、食事の注文カウンターに併設して、売店コーナーがある。ケーキ屋さんのショーケースのような物には、有名パン屋の出張販売の惣菜パンや菓子パンが数点、有名洋菓子店の出張販売のケーキが数点、さらには有名甘味処の菓子が数点、週替わりで陳列されている。

 生徒の半数以上は学食の方を利用する傾向にあるけど、売店のパンで済ませる生徒もそれなりにおり、昼の開店30分後には9割方捌ける。逆にケーキや大和菓子(日本で言うところの和菓子)は、みんなの食事が終わってからが本番で、定食に付いてくるプチスイーツとは別に、食後のデザートの追加として買われていく。僕らも食後にたまに利用し、甘味(別腹)入手組と学食の席確保維持組に分かれて行動したりする。


 で。今日は僕と蒼月さんが甘味入手組として作戦行動していた。


(……うん?)


 売店の先頭に並んでいた生徒がふと気になった。女子は制服のスカーフの色で、男子はネクタイの色で学年が識別出来るのだけど……スカーフの色的には一年生、眼鏡、キリッとした表情をした女子だ。一年生だしまだ入学式してひと月も経っていないのだから、僕的には当然見覚えのない生徒、のはずなんだけど。


「どこかで見たような。んー……」

「どうされました?」


 思わず呟いた声を拾って、蒼月さんに尋ねられた。


「あの娘……なんか、萩さんに似てないかなって」

「そうでしょうか? ……言われてみれば、背格好は似ている気がしますが、髪型も髪色も、」

「あんころ餅を1つ、貰おうか」

「声色も違いますわね」


 聞こえて来た彼女の注文の声から、蒼月さんが判断する。


 確かに声色から感じ取れる印象は、萩さんとは全く違うけど。遠めだから蒼月さんにも判別出来なかったのかもだけど、僕の耳は声も似ていると判断していた。


(んー……なんとなく気になる)


 ちょっと悩んだけど。今日は好奇心に負けてみようか。


「ごめん蒼月さん、抜けて良いかな?」

「えぇ、構いませんわ。今日は買う量も少なめですし、お任せ下さい」

「ん、ありがとね」


 という訳で、萩さんっぽい少女の後をつけてみることにした。



(トイレか……)


 少し距離を置いて、彼女を追う。そういえばさっき萩さんも、お手洗いに行ったっぽいけど……


(萩さんはいない、と)


 加藤さんと杏子ちゃんは、先程と同じ席でハーブティーを嗜みながら談笑を続けている。萩さんは戻っていない。



 現在地、学食のトイレ。足音と気配を極力殺して潜入……使われている個室は一つ。あんころ餅を買っていた少女が入って以降、誰も出入りしていないから、あんころ餅の娘で確定だろう。

 気付かれないように慎重に動き、洗面所前で佇み耳を澄ませる。聴力に自信ありなので、この距離でも僕の耳は音を拾えている。


もちゃもちゃ


 かなり静かながら咀嚼音が聞こえる。お餅を食べているような音だ。


(便所飯かあ……よくトイレ内で食べられるなあ)


 学食のトイレは、食事時前には特に丁寧に掃除されているとネイ先生から聞いた事があるけど。それでもやはり、ここで何かを食べるのには少なくない忌避感を覚える。

 そんな場所でモノを食べると言うことは、人目を気にしているということだ。


「ふぅ」


 十数秒後、咀嚼音が終わり小さなため息が聞こえる。数分衣擦れ音が聞こえた後に流水音、解錠音が響く。中から出てきたのは、


「あら生徒会長さん、こんにちは」

「うん? ……ああ、萩さん。こんにちは」


出てきたのは、萩さんだった。トイレで聞き耳を立てているという失礼な行為を悟れないように、さも今入ってきましたよ、という風を装う。入口近くにいたので、聞き耳を立てていたとは思われていないはず。


「…………」

「…………」


ジャー


 しばらくお互いが手を洗う音のみが響く。特に仲良しという訳ではないので、会話は弾まない。


(んー……勘が当たっていたのは良いとして)


 あんころさんしかいなかったはずなので、あの娘は変装した萩さんだった訳だけど。それが判明したとして、だからどうと言うことはない。一応理由も予想出来るし。


 加藤さんと杏ちゃん、2人とも甘いのをあまり得意としていない。萩さんも苦手、と、前に加藤さんから聞いていたけど、2人に隠しているだけで実は好きなのだ。要するに、2人に気を遣って隠れて食べていたのだ。


(この情報、どうするべきかな)


 萩さんの「甘味好き」という秘密。もしかしたら、普段何を考えているのか分かり辛い萩さんと仲良くなるためのきっかけになるかもしれない。

 ならば、甘味を隠れて食べている理由をあえて彼女の口から聞くべきか。とはいえ、隠している行動を暴くのはやはり失礼な行為であるし。そもそもトイレ内の音を聞き耳立てる行為自体が失礼極まりないし。


 仲良くなれるか、軽蔑されるか。どっちに転ぶだろう……うーん、悩める。


「(ぺこり)」


 悩んでたら、萩さんが会釈一つ残して退出しようとしていた。


「あっ」

「はい?」


 思わず声を上げて、すでに背を向けている萩さんを呼び止めてしまった。何を言えば……あ……んころ、はさすがに。あ……あ……


「あ〜……あなたの事、応援してます」


 「あ」から始まる当たり障りのない言葉を出そうとしたら、そんな事を言っていた。


「…………」


 案の定、萩さんにきょとんとした顔をされた。


「えっと……萩さんは、」


 もう思い切ってあんころ餅の事を聞いてしまおうかと切り出すと、


「……水城さんにそう言っていただけるとは思いませんでした。ありがとうございます」

「あっはい」


 なんか、いつもの仮面のような笑顔よりも幾分嬉しさが強く出ている気がしたので、つい言葉を飲み込んでしまった。


「では、ごきげんよう」

「うん、またの機会に」


 まあ……一か八かの賭けなんてするもんじゃない。本気で仲良くなりたいと思ったら、真正面からが僕らしい、はず。


 という訳で、その日は勝負に出る事なくみんなの所へ帰った。別れ際にかけた言葉通り、また機会はあるだろう。





       ――――――――――





「……と思っていたんだけど。その時以降、萩さんと仲良くなれそうな機会には、一度も恵まれなかったなー……」

「……そうでしたか」

「まぁなんていうか、そんなこともあるよね」

「まあ、仲良くなれたらなれたで、今の僕らの状況とはかけ離れた可能性もあるし。ifで頭を悩ませても仕方ないよね」

「うむ、優輝があの程度の小物の事で気に病む必要などない」





       ――――――――――





  ライブ後の真貴さんは持て余している。


「実はマッキー、ライブした日の夜には、発散してるんだよ〜」


 とある日のライブ後、次回のBurning Heart、略してバニハのライブに関して打ち合わせをしていると、ショルダーキーボードを弄りながら長瀞がそう語り出した。


 ちなみに、ロール殿は少し離れた位置で成田博士と何やら話し込んでいる。


「どういう意味だ?」


 流石の大天才の私でも、その程度の情報では解を導き出すまではいかないので、尋ねる。


「マッキーてね。性欲強いんだよね〜」

「うむ大体理解した。真貴殿のライブ日の自家発電は激しいと」

「バンドを組んでからは、前以上にすごいムラムラするらしくて〜。だからライブの日は、最近はピカリんの部屋にお泊まりしてるんだ〜」

「ふむ……真貴殿は両刀だったな。つまりは襲われないためか」

「あー、それはだいじょぶ」

「ん?」

「マッキー結構ウブだから。本番は、結婚したいくらいぞっこんで好きな相手じゃないとダメ、なんだって〜」

「ほう、貞操観念は強いのか」

「私がいると集中出来ないかなって。だから気にせずいっぱい発散出来るように、ライブの日は他のお友達のとこにお泊まりしに行ってるんだよ〜」

「うんまぁ、気遣いはまぁ、正直ありがたくはあるんだけどね……とはいえシモ関連で気を遣われてるのは、流石に恥ずか死レベルよねー」

「あ、マッキーいぃぃ〜〜」


 近付いて来ていた真貴殿が、背後から長瀞の頬を左右に引っ張る。


「そーんな恥ずか死情報を勝手に暴露する軽い口は、これかなー?」


 長瀞の丸顔の頬が付きたて餅のように伸びる。


「い〜は〜い〜お〜」

「ん〜? 反省の色を感じないなぁ〜」


 ふむ、真貴殿だいぶ顔が赤いな。口が軽い友への若干の怒りに、自身の性事情を尊敬している私に知られた事への羞恥か。とはいえ、本気で怒っている風ではないな、いわばじゃれあいか。


「仲の良い事だな」

「まね、幼馴染みで親友だから。まひるの口が軽いのも承知の上。だが今回は許さ〜ん」


うにょーん


「いふおよいふぁへひいい〜〜」


 長瀞の頬を更に引っ張る。なかなかよく伸びるな。


「まあなんだ。溜め込んで不調になるよりマシだろう、気にするな」

「流石の私も気にするわよ……ほ、他の人には言わないでよね、瑞希さんっ」

「そんな下らん事を他人に言いふらす意味はないな」

「ま、瑞希さんならそう言うと思ってたけどね」


 そう言ってから長瀞を解放し、長瀞の正面に回り、今度はそっと頬に触れて伸ばして赤くなった部分に治癒術をかける……ふむ、真貴殿の表情からして、ライブ後は確かに性欲を持て余しているようだな。長瀞は気付いていないようだが、長瀞を見る真貴殿の視線に若干の艶を感じる。


(つまりは、直接手を出しはしないが脳内でなら親友でもおかずに出来る、か。ふ、これが若さか)





       ――――――――――





「……とまあこんな事があったな。こういう内容の雑談は大体すぐに忘れるタチだが、その時私は「真貴殿は私もおかずにしているのだろうな」と感想を抱いていたからだろうな、意外にも思い出した」

「ロールさんめっちゃ瑞希の事好きじゃん! もしかしてライバルじゃない? なんか安心した!」

「私と同じレベルで優輝を慕っていると見ているが」

「やっぱライバルじゃん! 安心して損した!」


 意見と表情をくるくる変えるエリス。可愛い。


 それはともかく。


「姉さんダメじゃない、真貴さんとの約束破ってるじゃない」

「優輝は他人じゃあないからな、ノーカンだ」

「私達も聞いてしまったのですが」

「学園生の頃の話だ、すでに10年以上前なのだし、時効のような何かだ」

「えぇ……まあ、ロールさんの事だし、姉さんの行動にならちょっと怒って恥ずかしがってから即許すだろうけどさ」

「うむ、だから問題は――」

「――ないかもだけど、約束破ったのは事実だし、親しき仲にも礼儀あり、だよ。今度会った時ちゃんと謝りなさい」

「優輝にそう言われたら仕方ないな。うむ、そうしよう」

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