10話 武将の末裔
「しかし、このケーキはどこのだ? スポンジが妙にカラフルで体に悪そうに見えるが」
「日本はちょっと異常を感じるくらいに健康志向な部分あるし、あんまり体に悪い着色料とかは使ってない……と思うけど」
「これは、最近オープンした、野菜を使用したスイーツ専門店のですわ。野菜由来の自然な色らしいです」
「へえ……じゃあ僕の赤っぽいスポンジはトマトの色かな。で、姉さんのがほうれん草、蒼月さんのがカボチャ。合ってる?」
「ええ、ご明察です」
「ふむ……この色合いで思い出した。クラスSに、月影とは真逆な感じに派手で目立つヤツがいたな」
「……彼女ですか」
――――――――――
「む、こちらにいたか」
「うわ」
飯屋峰君が来た。さっきまで同じテーブル席で食事してたわけだから、当然僕を探していたわけじゃないだろう。
「天王寺 月影、だったか」
「……?」
「お前を我が嫁としてやろう!」
あ、と思った時にはすでに月影ちゃんにアゴクイしていた。と思ったら、
「かはっ⁉︎」
「…………」
ずだぁん!という派手な音を立てて飯屋峰君が床に仰向けに倒れていた……一応、何が起きたのかは見てたけど。
「あら。無謀な方がまた1人現れましたね」
「また、なんだ。まあ月影ちゃん可愛いから当然か」
「お前も可愛い」「優輝も可愛いよ!」
「ありがとアキ」
「……イケズ」
ありのまま起こったことを話すなら。月影ちゃんがスっと動いたら飯屋峰君が倒れた。
「つ、月影さんがやったの……? あんなにちっちゃいのに、すごい……!」
「月影は護身術の達人ですから」
「うん、見てたからわかるけど。でもまあ、ギャップもあってちょっとびっくりしたけど」
「……一目で見切りますか。優輝さんもかなりの実力者のようですね……ふふっ。可愛くて強いなんて、月影同様最高ですわね!」
「優輝だからな」
「すごいな〜……私みたいなマグレ受かりみたいなのと違って、本物の実力者なんだ……」
「またそういうこと言う〜。ヒロは自分を過小評価しすぎっ」
「そうなんですか?」
「うん! ここぞという時のヒロのパワーは凄いんだから!」
「そ、そんなことないよ〜。アキちゃんに比べたら私なんて、ミジンコみたいなものだよ……」
「……実力はともかく、その発言は卑屈になりすぎですわね……それゆえのDですか」
「あはっかな〜」
さて。月影ちゃんの鮮やかな護身術から話が盛り上がってるけど、飯屋峰君にこのまま床にいられるとみんなの邪魔になるし。
「ほら飯屋峰君、みんなに迷惑かかるから起きようか?」ばぢんっ「おあっ⁉︎」
電気ショックで無理矢理目覚めさせる。
「……み、瑞希さん」
「どうした?」
「優輝さんは彼がお嫌いなんですか? なんと言いますか、彼に対する扱いが、かなり雑なような……」
「苦手とは言っていたな。理由はまあ……ヤツが月影にしようとしたことを、蒼月はどう思う?」
「これ以上ないくらいよくわかりました」
あー……極力嫌わないようにしてたつもりだけど、その会話聞くと、飯屋峰君のこと気にかけていたかも。悪い意味で。うーん。
と、ちょっと彼への接し方について悩みはじめたところで、
「見つけましたわ! あなた、わたくしに迫っておいて他の女性のところに行くとはいい度胸していますわね!」
なんかアキとは違う雰囲気で騒がしい娘が来た。緩くウェーブのかかった金髪ロングにアクアマリンのような碧眼の、高飛車お嬢様な感じの美少女だ。
「……ってなんですのこの美少女軍団⁉︎」
「ふむ、軍団か。言い得て妙だな」
「確かに、戦闘もこなせるから軍団はあってる気がするね。それはともかく……どちら様?」
「よくぞ聞いてくれましたわね、わたくしは――」
と、多分自己紹介しようとしたところで、
「トーカさまー、置いてかないで下さーい!」
「あらあらアンズさん、そんな大声出したら品性を疑われますよ?」
なんかさらに2人来た。1人は、ショートの緑髪に小麦色の肌の、一見男の子かと思うようなボーイッシュな女の子。アキが賑やかな女の子なら、この娘は騒がしい男の子のような女の子って感じかな。
「僕の名前の読みはアンズじゃなくって杏だ! それに、トーカ様は元気いっぱいな僕が好きって言ってくれたもん。これでいーの!」
「皆様、躾を守れないだらしない子犬がやかましいのを許して下さいな」
「むうー!」
もう1人、ちょっと毒を吐きながら謝罪のような何かを言う、セミロングのワインレッドな赤黒髪に糸目の、飄々とした雰囲気の少女。
「牡丹、杏の躾がなっていないと言うのならわたくしの責任ですわ。杏いじめはほどほどになさい」
「イジってはいますが、いじめてはいませんよ? ですが透華様が仰られるなら控えます……今は」
最後にクスッと笑って、透華と呼んだ、最初に来た少女のそばに控える牡丹と呼ばれた少女。
「にひ〜」
子供のような無邪気な笑顔で、牡丹さんとは逆位置に控える杏さん。
「さて。わたくしが何者か、でしたわね」
2人が側に控えたのを確認してからこちらとの会話を再開する。
「まず、人に名を尋ねるなら自分から名乗るのが筋ではなくて?」
さっき自ら名乗りそうだった気がするけど、ツッコまない方がいいよね。わざわざ波風立てるメリットはないし……アキがムッとした顔、ヒロが不安そうな顔をしてるけど、今は気にしない。
「これは失礼しました。水城 優輝です。貴女のお名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
相手が上から目線な感じなので、それに合わせてお嬢様に対するお辞儀……カーテシーだっけ。スカートの両裾を軽くつまんで持ち上げて頭を下げるヤツをしてから応える。
「あら……クラスDの方は先程のような痴れ者ばかりかと思ったら、礼儀を理解できる方がいらっしゃるのね。いいでしょう、特別に教えて差し上げますわ!」
どうやらお気に召したらしい……痴れ者と言われたのは、多分飯屋峰君のことだろう。彼女にも僕らと同じ事しようとしたのかなー……
「わたくしの名は加藤。加藤 透華よ。勿論クラスSで、いずれ学園最高で最強になる者ですわ!」
「ほう、大きく出たな。しかしいずれ、か」
「まだ入学したてですもの、他の方の実力がかけらもわからないうちに断言する程驕ってはいませんわ」
あ。姉さん波風立ちそうなこと言う気がする。
「姉さん」
「……うむ、わかった」
「ありがと」
以心伝心といった感じで、僕の声の雰囲気で何を言いたいのか察して引き下がる姉さん。
「え? 突然なんですの?」
「会話の途中でごめんなさい。先に、後から来た2人の紹介をしてくれたら、と思ったので」
「なるほど、そうですわね。では杏、牡丹。自己紹介なさい」
「わっかりましたー!」
「仰せのままに」
ちなみに、多分姉さんは「優輝がいるから最高も最強も無理だろうな」とか言ってたと思う。
「僕は小椋 杏! トーカ様と同じクラスSで、昔からトーカ様にお仕えしてるんだ!」
「私は萩 牡丹です。素敵な透華様を敬愛し、お仕えしている者です。皆様お気付きでしょうが、キョ……アンズさんが言葉足らずなので補足しますが、私達は加藤家に代々仕える家の者です」
「なんで間違ってる方に言い直したの⁉︎ ワザと⁉︎」
「ワザとです♪」
「むうー!」
「……まあ、少々騒がしいところもありますけれど。2人共わたくしの信頼する可愛い従者ですわ!」
誇らしげに言う加藤さん。主人と従者の良き関係はよくわからないけど、仲が良いのは伝わって来た。
「小椋、萩……てことはもしかしてっあの加藤⁉︎」
「だね。萩さんの台詞が本当なら、だけど」
加藤の名字は特に珍しくもない。ただ、加藤・小椋・萩が揃うと、栄陽戦国時代の有名武将を思い浮かべる人が多数だろう。そして萩さんの台詞、加藤さんの自信満々さからして、武将加藤の末裔なのだろう。
「加藤と天王寺、か。なかなか面白いのが同時に入学したな」
「……も、もしかして蒼月さんと月影さんって」
「ええ、まあ……御察しの通りかと」
「……(こくり)」
そして、加藤は北方の栄の国、天王寺は南方の陽の国の武将で、雌雄を決したライバル同士の家だ。つまり両方とも、本物のお嬢様と言って良い。
「時代は変わりましたから、もう家同士でいがみ合ったりはしていませんけれど。それでも蒼月さんとは、良きライバルですわ。月影さんは……何を考えているかよくわからない娘という印象が強過ぎて、なんとも説明し辛いですわね……」
「私達は養子なので、透華様のように血筋で誇れないのが、少し申し訳なく思いますけどね」
私達、か……どっちか片方だと思ったら、蒼月さんと月影ちゃん、2人共養子だったか。
「血で誇れないのなら、天王寺の名に相応しく力で示せば良いだけでしょう? その点お2人の実力なら、天王寺の名に泥を塗ることはありませんわ!」
「ふふっ、ありがとうございます」
「……ん(こくり)」
「うっふふ! もっと感謝しても良くってよ?」
うーん。こんなところで戦国武将達の行き着いた先を見ることになるとは……精霊国は結構狭いなあ。
登場人物紹介
小椋 杏
容姿:緑髪ショート 小麦肌 可愛い系
身長:147cm
性格:子供
好物:梅干しおむすび
嫌い:ニラ
趣味:透華に褒められる行動
属性:水
加藤 透華に付き従う、子供っぽくて子犬っぽい中性的女子。一人称は僕。
加藤家の家来の家系で、子供の頃からいつも一緒にいる。透華を慕い、よく犬のようにじゃれついている姿を目撃されている。
普段の言動は子供っぽいが、戦闘等では、普段とは打って変わって慎重なバトルスタイルを好み、確実な勝利を得ようとする。
逆に不測の事態に弱く、テンパってしまうことも多々ある。
萩 牡丹
容姿:ワインレッド髪セミロング 糸目 美人系
身長:157cm
性格:飄々
好物:あんころもち
嫌い:小骨の多い魚
趣味:杏いじり
属性:風
加藤 透華に付き従う、いつでも笑顔の飄々とした雰囲気の少女。強そう。一人称は私。
加藤家の家来の家系で、杏と共に子供の時から仕え続けている。透華を敬愛していると公言し、透華の命令ならだいたいなんでも聞き従う。
いちいち子供っぽい反応をする杏をイジるのが日常。杏以外には当たり障りのない態度で接している。
よく観察すればなんとなく感情を読み取れる月影と違い、いつでも張り付いた仮面のような笑顔をしているので、本心で語っているのかどうか判断がつかない。透華曰く「声の微妙な高さである程度判断出来る」らしい。