99話 喫茶アルストロメリア
学園祭2日目。開店してから30分程度にもかかわらず、すでに店内には満席に近いお客さんが座って注文を済ませて料理を待っていた。その大半以上は男子で、料理する僕らを……というか僕の方を見て、頬筋を緩ませている。
「ほとんどの男子は、優輝目当てみたいねん。まっアタシが彼氏持ちだからってのもあるけどねぇ」
「フリーなユキさんならぁ、ワンチャンあるかもだし〜?」
「……まあ、ちゃんと注文してくれてるし、眺めてくるだけだから良いけどね。それはそれとして……」
チラッと調理室入口を見る。そこから見える店外には、すでに数人入店待ちをしてもらっている状況だ。今現在、接客担当が姉さんだけしかいないからだ。ので、宣伝に出たヒロ月コンビには、ケータイですぐに帰還してくれるように頼んでいる。
その後も客足は途絶える事なく、当初は1日目の1.5倍量の予定だった食材を2倍量に増やしたのに、初日と同じくらいの時間にすべて捌けてしまった。
食材残りわずかで昨日と同じくジャンケン大会になり、僕が最後の食材を調理している現在、午後1時過ぎ。
「ンアー疲れたもおおおおおーー……」
「もうアキったら、ダラけるのはまだ早いよ」
アキが天井を仰ぎ見て気の抜けた呻き声を上げる。まあ、忙しすぎて昼食まだ取れてないし、仕方ない部分はあるけど。
「アッキー、お客さん全部帰ってからがぁ、お店終了だよ〜」
いつものゆるふわ口調でそう言うパフィンさんは、余裕そうだった。まあ、あの忙しさの中わずかな隙を見つけてクレープ食べてたのを見つけてるので、アキより余裕があって当然なのだけど。おっとりしてるようで抜け目ないパフィンさんなのであった。
「もっもっもっもっもっもっもっもっもっもっ」
「……もぐ……」
ちなみに、接客はほぼ終わってるので、先にヒロと月影ちゃんにはカウンター内で食事を取ってもらっている。食材はクレープの以外使い切ってしまったので、裏方の部長副部長さんに買ってきてもらった屋台飯だ。
姉さんは、いまだ外にいるお客さんに明日のお食事優先券を配っているので、まだ戻ってきてはいない……よし、これで完成。
「お待たせしました!」
最後のお客さんに僕が料理を運んで、僕の分もこれで終了した。
そんなこんなで2日目も無事乗り切り全員昼食も済ませて、現在午後2時。今日は、姉さんと一緒に周る予定だった。
「ふむ……なかなか見所はあったな。試着出来ないのは不満点だが」
「まあ、あくまで展示会だからね」
僕らは、服飾部の展示会場で飾られているドレスを見学した。つまり蒼月さんの作品を見るためと、蒼月さんに会うために来た、のだけど。
蒼月さんは休憩に出てしまっていたようで、会場にはいなかった。ウキウキで出て行ったらしいので、月影ちゃんとデートの約束をしていたのだろう。月影ちゃん、僕らが調理室を出た時はまだいたので、どこかですれ違ってしまったようだ。
「……でだ。学園祭最終日に、展示衣装を販売すると蒼月から聞いているんだが。キープは可能か?」
「うーん、ほんとはダメなんだけど。時期部長の天王寺さんの友人の頼みを無碍には……」
姉さんは、服飾部の副部長さんだという人と予約交渉をしていた。ていうか、既に次の部長は蒼月さんで決まっているらしい。
文化系部活の役職は、次の年に2年生か3年生になる生徒で、部への貢献度の高い人から選ばれるシステムらしい。つまり蒼月さんは、それだけ部に貢献しているということだ。
今回の学園祭の出店で積極的に企画提案していた僕も、次期部長最有力候補だっりする。来年3年生の副部長さんは漬物の事しか考えてないし。
「全部一点モノだから、製作者と交渉したり、着る人とのサイズ合わせとかしないとですし。どうしても明日でないと……」
「大丈夫だ、問題ない。蒼月は優輝のサイズを完璧に把握しているからな」
「あ、やっぱり僕用のなんだ……」
副部長さんは姉さんと僕の台詞に、チラと僕に視線を向けて頬を赤らめ、
「はわぁ……やっぱ噂通り、凄い美少女姉妹……」
と小さく呟いていた。言われ慣れてはいるけど、やっぱり直接言われるとちょっと照れる。まあ、だいぶ小さい声だったから、言った本人は聞こえてるとは思ってないのだろうけど。
「どうしたの?」
「あ、部長!」
交渉していると、部長と呼ばれた水色セミロング髪の大人びた雰囲気の少女が会話に入ってきた。彼女が服飾部の現部長らしい。
「……ああ、貴女達が噂の。くすっ、なるほどね、天王寺さんが着せ替え人形として惚れる訳だわ」
……どうやら、部長さんは歯に絹着せぬタイプの人らしい。
それにしても……昨日の漫研部長さんもここの副部長さんも口走っていたけど。僕の噂とやらは、いったいどんな内容なのだろうか?
「部長の深海 水羽よ。蒼月さんから貴女達の話は聞いているわ。水城姉妹……というか、水城 瑞希さんが来たら、希望の衣装をキープさせてあげて欲しいってね」
「うむ、流石は蒼月、よくわかっている」
「彼女は欲しい衣装があったら絶対に引かないから、面倒を避けるためも是非に、ともね」
「はは……」
うーん、ほんとに歯に絹着せぬ人だ。でもまあ、嫌いじゃない。
部長さんが来てから交渉はスムーズに速やかに終わり、2点キープして展示会場を後にした。
で。現在僕らは、屋台で買ったタピオカカフェオレを飲みつつ、調理室への帰路を早歩きで進んでいた。突然姉さんが帰ろうと急かしたからだ。
「もう良いの? まだ3時ちょっと前だけど」
学園祭は、1、2日目は5時まで、3日目は6時までだ。つまり、まだ2時間は巡れる。
「うむ。少しやりたい事があってな」
「ふーん……」
……まあ、昨日は2人と遊んだのに、今日は姉さん1人とだったし。予めこのくらいの時間に、何やらサプライズを企んでいたのだろう。
調理室に戻ると、雅と連れ立ってデートに行ったはずのアキと、同じくサチさんと一緒したパフィンさん、蒼月さんと一緒した(はず)の月影ちゃんも戻っていた……つまりは全員である。僕以外グルかあ。
「で。僕に内緒で、何を企んでたの?」
「ふふ、流石は優輝。薄々感付いていたようだな」
「ふふ、姉さんとは双子だもの。具体的に何する気かはわかってないけど」
まあ、自由行動中に料理部のメンバーがほぼ揃っていれば、誰だって何かしら勘繰るだろうけど。
「それで、何をするの?」
「うむ。優輝に気付かれないように、慎重に計画を進めていたのだが」
そう言い、開店中は調理室前に置いてあった、折畳式立看板に貼り付けたメニュー表をペリッと剥がす。どうやら二枚重ねだったらしい。
剥がされて現れたメニュー表には、まずこう書かれていた。
「喫茶アルストロメリア……営業時間、15時〜終了時間まで…………クレープの材料多めな本当の理由、これかあ」
「うむうむ、流石は優輝。そこにすぐに気付くか」
姉さんが実に嬉しそうな顔で、腕を組んでウンウン頷く。
というか。よくよく考えたらパフィンさん、基本は食べる専門だし、スイーツ求めて学園祭を彷徨っているし。自由行動時にまで自分でクレープ焼いて食べる訳なかった。盲点だった。
「見ての通り、2日目と3日目の15時から終了時間まで、ライブキッチン・アルストロメリアは、喫茶店として営業する事になっている」
「あれ。でも、申請した出店内容……あー……」
学園祭のパンフを広げて、出店案内の料理部の部分を改めて確認する。
(アルストロメリア。コース料理とスイーツを提供……だけで、営業時間や営業形態については詳しく書かいてない。なら午後から喫茶店として営業しても問題はない、のかな?)
でも申請書には、どういう営業形態にするかを明確に記すように、てあったし。レストランとして出店するとしか書かなかったし、勝手に喫茶店として開いて大丈夫なのだろうか……と思ったけれど。姉さんがその点抜かるはずないよね。
となると。
「……姉さん、僕が申請書出した後に、僕に成り済まして別の申請書、部長さんに渡したでしょ」
「うむ、正解だ」
「はあぁ〜〜……」
思わず長めの溜息をついてしまった。姉さんたら、勝手なんだから……
「新しい申請書出す時、私達も一緒したんですけど! 瑞希さんの変装、凄かったんですよー!」
「だよねー! さすがは一卵性双生児って感じ!」
「よね〜」
「ウィッグは勿論カラコンまで入れてたので、変装途中を見てなかったら私達でも優輝さんだと疑わないレベルでした! 優輝さんっぽい言動も完璧だったですよねー!」
「……(こくり)」
「ほんと何やってるのさ姉さん。というか、何で変装して新申請書を出したの?」
「当然、優輝へのサプライズのためだ。後は、部長と副部長に隠し事は無理だと見てだな。あたかも優輝が皆と話し合って改案を出したと思わせれば、サプライズが成功しやすいと判断した」
「そのためだけに変装するとか、リキの入れる方向おかしくない?」
とまあ、ツッコミはこの位にして。
「……まあ確かに、お昼で全部捌けちゃって、若干の物足りなさはあったし。午後から喫茶店に切り替えるのは、僕もアリ寄りのアリだけれど」
「うむ、優輝ならそう感じるだろうと思ったからな」
どうやら姉さんは、現在の僕の心境まで読んで申請書を差し替えたらしい。その先読みと僕への理解度に、思わず苦笑を浮かべてしまう。
喫茶店にするにあたり、当然メニュー内容にも少し変更があった。
クレープは、既存のミックスベリーのと、チョコソースとバナナチップを粗く砕いたものを振りかけた、変わり種チョコバナナクレープが追加されていた。
ドリンクの方も、アイスティー以外にラベンダーティーが追加されていた。
ラベンダー、つまりはハーブ。ハーブティーといえば、
「わたくしが! 来て差し上げましたわ!!」
「うわ早速来た」
「ボクもいるゾー!」
「お邪魔します」
ちょうど思い浮かべていた3人組が登場し、ちょっと驚く。今日のレストラン時は来なかったけど今来たという事は、多分蒼月さんあたりに、午後は喫茶店になる事とハーブティーがある事を聞いていたのだろう。
(……あれ。そうなると、友人間でこの事を知らなかったのって、もしかして僕だけ……?)
……なんか、のけものにされたように感じて、ちょっとだけ寂しくなった。まあ、僕へのサプライズなのだから仕方ないのだけど。
時計を見ると、時間は午後3時3分。喫茶開始時間を少し過ぎていた。店外を見ると、すでに数人並んでいた。
「さて。それではこれより、喫茶アルストロメリアとして営業再開だ」
立看板を持ち上げながら、姉さんが開店準備を始めた。
喫茶営業は、昼に比べれば大忙しというほどではなかったけど、クレープ用ホットプレートをもう一つ出さないと焼きが間に合わない程度には忙しかった。要するに、店内は満席である。
現在パフィンさんは休憩中で、僕とアキがクレープ焼き入っている。
「ふう……お客さん、行列というほどには並んでないけど、途切れないね」
「だねぇ。にしても、んーみゅ」
アキが店内を見渡す。客層は昼の時よりは女子の方が多いけど、男子も半数近くいる。
「……やっぱり、今いる男子の半数以上は優輝目当てよねぇ。アタシも美少女だと思うんだけどなー」
「ふむ。男共の視線的に、優輝3ヒロ2月影2、アキパフィン私1づつと言った所だな」
「はは……」
手の開いた隙に、姉さんがそう報告してきた。好意的な視線というだけなら嬉しいのだけど、邪な感じの視線もあるからちょっと複雑。
「それと。恐らく女子の半数程も、優輝目当てだな」
さらに反応に困る事を報告された。
「……内訳は?」
「だいたい3パターンだな。主に嫉妬、憧れ、性的だ」
「せっ!?」
「優輝は中性的な雰囲気で、僕っ娘だからな。そういう視線は当然ある」
「当然なんだ……」
「んみゅわかる」
「アキにはわからないでいて欲しかったかな……うー」
女子にまでそういう目で見られてると思うと、なんとなく落ち付かなくなる。気恥ずかしさで、顔が少し熱くなるのを感じる。
「『『か、かわいい……』』」
近場と遠くから、そんな呟きが聞こえてきた。近場はアキと姉さん、遠くは……熱い視線を向けてくるあの辺りの男子グループ……と、同じく熱視線のあっちの女子グループかな。ほんとに女子いるし。
(まあ、すでにヒロとサチさんから、女子として見られた上で恋する視線を向けられてるし。今更かな……)
深く考えても仕方ないと判断し、クレープ焼きに集中して気を紛らわせる事にした。




