ラプラスの魔物 千年怪奇譚 85 影と戦闘
不穏な男女の影が二つ。そしてイブキが本気を出したり戦闘に塗れたりと波乱まみれのとんでもないお話!
「えっと……今日は、宜しく頼んだ。」
「えぇ。此方こそ。」
翌朝海岸で落ち合った緑珠達とアルメハは何時も通りの格好で言った。
「ちゃんとしゃん、となさいよ。貴方に足りないのはそれだわ。」
「そうか。気を付ける。さて、探すんだが……。」
そそくさと離れた緑珠に、アルメハは懐疑的な目を向ける。
「何故離れる。」
「いや、私達が居たら邪魔だし。護衛はそっと見守るものなのよ。」
「場所が分からんのだが。」
多分、と真理は大きな岩礁のとびきり大きな岩を指さして言った。
「あの奥だよ。朝五時から待ってる。」
「朝五時から待ってるって……。また凄いですね……。」
「凄い熱意の入りようだし、私達は遠くから見ておきましょうか。」
緑珠の言葉を真理は遮った。
「ごめん。僕ちょっと行ってくるね。多分あのままだと歩けない。あと君達に不可視の魔法かけておいたから。」
「抜かりなしね。」
「こういう時は純粋に凄いと思います。」
真理はアルメハに追いつくと、暫くの間会話をする。そして、岩礁の奥へと入って行った。
「退屈だししりとりしましょ。」
「どうせまた一人増えますよ。」
「護衛を仕ったでござる!」
「ほら増えた。」
緑珠とイブキの間に才蔵が現れる。にこにこの笑みは耐えないままだ。
「もしかしてエルフィア様からお話聞いたの?」
「そうでござる。王子は分かりやすいでござるからね、見てて楽しいでござる。」
「純粋ですよね。……あ、出て来た。」
三人の会話が終わると……いや、才蔵は何処とも無く消え去ってしまったが、綺麗な足が見えるルーザが此方に歩いて来ている。
「御伽噺を読んでるみたいだわ。」
「それは僕も同意見かな。」
ひゅん、魔法で真理は二人の背後に立つ。そして街へと促した。
「さて、護衛と観光両立させようか。」
三人で歩きながら、ある程度街に踏み入れた後、不可視の魔法は解ける。緑珠はそれを見計らったように言った。
「ねぇ二人ともー!私氷菓が食べたいわー!」
「好きですねぇ、それ。」
「美味しいじゃない。」
ファステーラは小国と言えど、城下はそれなりに大きい。緑珠は隣の通りから、恥ずかしそうに手を繋ぐ二人を眺めた。
「……初々しいわね。うん。大丈夫そう。」
「あんまり心配しなくても良さそうですよ。」
「伊吹君、聞こえてるでしょ。彼等の会話。」
三人は街が一望出来る喫茶店の甲鈑に座ると、緑珠は氷菓を、真理は苺鬆餅を、イブキは無糖珈琲を頼んだ。
「聞こえてますよ。結構意気投合してるみたいです。」
「そう。なら良かったわ。」
運ばれて来た色とりどりの氷菓を、緑珠は口に運んだ。イブキが見ていない内に珈琲も飲む。頭にチョップが何時もの流れだ。
「痛い……。」
「人の物はつまみ食いしない。餓鬼道逝きですよ。」
「ほら緑珠。僕の苺鬆餅、食べる?」
「食べる!」
きらきらとした目で緑珠は頬張った。時に、と彼女は従者達に問う。
「貴方達、苺鬆餅の苺は先に食べる派?後に食べる派?」
「僕は後ですかね。甘い物を食べた後に酸っぱいものが食べたくなる感じです。」
「逆かな。先に食べる派。」
イブキは山盛りになっていた氷菓を、四分の一消費した緑珠へと問い返した。
「緑珠様はどっちです?」
「私は時と場合派、かしらね……。」
「そんな一派があるんですね。」
んっ、と緑珠は苦々しい顔をして詰まる。
「この味知らない。苦手だわ。イブキ、食べれる?はいあーん。」
「あーんって……ん。」
暫く味わった後に、一言。
「……これ落花生ですね。」
「落花生氷菓とは珍しい……。」
卓上には緑珠の山盛り氷菓だけが残っている。
「食べましょうか?」
「食べてくれる?」
緑珠は使っていない匙を差し出すと、一気にイブキは食べ尽くした。
「これ酒と合いそうだな……。」
「まー落花生だしね。」
「相変わらず飲んだくれのコメントね。」
さて、残すは猪口と苺だけだ。だが、それが緑珠の口に運ばれる事はもう暫く後の事になる。
「っ!?」
がたん、と緑珠は立ち上がった。その視線の先は、一つ。
「な、何で彼奴が、こんな所に……。」
「どうなされました?」
だが人の波に直ぐに飲まれて見失ってしまう。緑珠はよろよろと座り込んだ。
「……あ。……いえ。気にしないで。人違い、だと思うから……。」
そして猪口と苺の氷菓を食べ終わる。綺麗に手を合わせて。
「御馳走様でした。」
「そんなのでお昼食べられるんですか?」
「お腹壊さないようにしなよ。」
一気に言って来た二人に、緑珠は不貞腐れた顔をして答えた。
「もう!大丈夫だから!そんな子供扱いしないでよ!」
「はいはい。怒らないで下さいよ。おっと……あんな所に居る……。」
イブキが指さしたその先には、漁港に居る二人の姿が見える。緑珠は足を投げ出して言った。
「うーん……私達、護衛する必要無かったかもねー。」
「有るに越した事は無いよ。」
「それは同感なのだけれどね……。」
ひゅう、と潮の風が吹く。それがとても暖かくて、眠たくなってしまう。
「ふわ……眠いわねぇ……。」
「寝ないでくださ、」
いね、と言い切れなかった。
パンッ!
大きな銃声が響く。緑珠は飛び起きた。
「……今のは銃声?」
「……に、聞こえます。伏せて下さい。」
「伊吹君は相変わらず早いね……もう伏せてるじゃん……。」
街の活気が止まった。人の元気な声が、たちまちどよめく声に変わる。イブキはただ街をじっ、と見詰めていた。
「イブキ、真理、これ何なの……?」
「……分かりません。」
「何者かがこの街に危害を……いや、この国を占領しようとしている。」
真理の言葉に緑珠は信じ難そうに目を見開く。
「……それって、人魚目当てって事よね。」
耐え切れずに真理は立ち上がる。そして杖を顕現させると、透視した扉の先に居る存在を無に帰した。緑珠も立ち上がった。その声ははっきり、この街に響く。
「占領者を撃退するわよ。」
イブキはそれを聞いて緑珠へと膝まづいた。
「お言葉ですが、我が主。相手は恐らく占領を生業とする者。三人では……。」
進言したイブキを、緑珠は挑発的な笑みを零す。
「あら。私を救う為に国を陥落させた人が何を言うの。あの時は四人で来たでしょう?」
そう言うと思った。と、イブキは顔を上げて緑珠を苦笑している。ただその苦笑には、未知の期待たるものがあった。
「貴方は救う為に街を見ていたのでしょう?地図として頭に入れる為に。」
「……相違ありません。」
緑珠は刀を抜いた。イブキも神器『神鳳冷艶鋸』を取り出す。
「真理。状況は。」
「あんまり良くない。港の男衆が頑張ってくれてるけど。王子は姫を連れて上手く逃げてる。」
それを聞いて緑珠はイブキへと言った。
「貴方は王子に付いて頂戴。私達への依頼は『王子を守る事』。理解してくれるわね。」
「御意。」
イブキは短く言うと、甲鈑から落ちて一気に走り去る。緑珠は真理へと言った。
「真理。貴方は私に付いて欲しいの。」
「了解だよ。」
ふふん、と緑珠は自慢げに笑って、一言。
「さて。服ろわぬ神がいざや参るわよ。道を開けなさい。何者であっても私を止める事は出来ない。」
緑の瞳が、獣欲に光った。
「全く……王子は何処へ走ったのか……。」
イブキは屋根の間を飛びながら、辺りを見回していた。至る所で煙が上がっている。
「……煙の臭いで場所が分かりませんね。」
後ろから飛んで来た賊を、イブキは振り返らずに投げると、足を進める。
「……『港の男衆が頑張ってくれている』か。」
ちら、とイブキは城を見遣る。まるで戦争だ。砲台も出ている。が、敵戦力の力が強過ぎる。
「あれでは城も落ちる。さてはて、どうするか。」
聡明な王子だ。篭城戦は持ち堪えないと分かった上で逃げ回っている気がする。なら、なら、行く先は一つだ。ふとイブキの視界の端に何かが映る。
「あれは……!」
イブキも港へと走り出した。この先は港だ。あの、走っている敵兵に男衆は気付いていない。
「クソっ……間に合うか……!?」
神器を屋根へ滑らせると、空いた両手で匕首を引き抜く。さぁ、気付く前に絶命だ。
「っ!」
イブキは屋根を飛び上がると、敵兵が振り返るその首元に、四本の匕首が舞う。
一本が酷い音を立てて刺さった。落ちて来た神器をイブキは上手く掴んだ。
「……ふぅ。」
「あんちゃん!助っ人か!」
一息ついた後に、イブキは男衆の声の方向を向いた。匕首を首元から抜いて、何時もの仕込み場所に直す。
「そうです。首尾は。」
「何とか持ってる。王子は地下だ。何とか下水道をやりくりしてる。」
イブキは目を見開いた。そして彼らしく無い絶叫が出た。
「待って下さい!下水道があるんですよね!?なら上水道もあるという事ですか……!?」
「あ、あぁ、そうだが?」
拙い、拙い、思っているよりは想像以上に拙い!
「絶対に水は飲まないで下さい!毒が盛られている可能性がある!」
自分一人が傷付くよりも、他人が傷付く事がこれ程嫌になったのは何時からだろうか、とイブキは目を伏せると、周りの男衆へと言った。
「お願いがあります。貴方達は賊を倒しながら付近の住人に水を飲むなという事を伝えて欲しいのです。」
「あんちゃんは……どうするんだ?」
更に険しい表情になって、イブキは答えた。
「此処は僕が持ちます。僕、一人で。」
何時も通りの『好青年』の、嫌味ったらしい笑顔でイブキは続ける。
「安心して下さい。僕は貴方々(あなたがた)よりも何倍も強い。一人で持ちます。持てます。……ですから貴方々はこの街を守って欲しい。」
その笑みが促す物であって挑発するものでは無いと男衆は悟ると、そのまま街のあちこちへと走る。
「一人だけか?おもんねぇな。」
ぞろぞろと溢れた賊を、イブキはぼんやりと見遣っていた。銀髪が揺れ、赤眼が相手を見据える。
「……そうでも無いと思いますがねぇ。」
あぁほら、もう遅い。こんな本気になるのは何時ぶりなんだろう。だから、そうだ、僕は。
「こぉんなか弱い人間を、蹴散らすのが大好きなんだ……!」
全て、全ての敵兵を計算する。ふわり、とイブキの周りの風が温くなった。
「右……0.23……南の風、五兵……。」
ニィッと口元が歪むのが分かる。そして、足を強く踏み出した。
『鬼』が嗤った。
「相変わらず骨の無い奴ばかりね。」
気を付けるべきなのは、時々出てくる伏兵だ。それ以外は二人居れば倒せる。
「こういう地道な作業が大切なんだよ。」
「まぁ、私達の目的は『敵地に乗り込むこと』だからね。」
確かに戦闘力の高い兵隊が多いが、その分動きがのろまだ。蝶の様に舞い、蜂のように刺せば造作もない。
「銃声がしたのはあちらだったわね。」
「うん。あっちから兵が出て来てる。……ん?アレ、負傷してないか?」
訝しげに緑珠はその言葉を聞くと、森を伝い茂み超えて、敵地へと赴いた。のだが。
「……誰も居ない、ですって?」
伏兵に気を付けながら、緑珠は敵陣地を彷徨く。本当に誰も居ない。
「こんな事が……。有り得ないだろ、普通に考えて。」
本部らしき適当に建てられた小屋に緑珠は入る。皆恐ろしい表情で絶命しているのだ。
「……なに、これ……。」
地図の真ん中には白い手紙が置いてある。それを緑珠は拾うと、宛先には。
『俺の許嫁へ。』
「……これは。」
びりびりと封を切ると、短く手紙が綴られていた。
『この国の調印が終われば会いたいんだ。少し、話したい事がある。
ナムル。』
「……………私の、許嫁の……。」
の、名前だ。とは言い切れなかった。緑珠はその手紙を持って、焚き火が消え切れていない場所へ持っていき、燃やした。
「緑珠?どうしたの?許嫁って聞こえたけど……。」
「此処にはもう敵は居ないわ。次に行きましょう。」
「え?う、うん、分かった……緑珠がそう言うのなら……。」
緑珠が険しい顔になる、その十分前のこと。
「ふっふんふーん!本部の盗賊はこの俺様が倒してやったぜ!緑珠に会えるのも楽しみだな!」
「……手応えの無い相手でしたね。」
ふう、と女が手をぱんぱんと払った。
「……なぁホント、アイツ誰なんだ?あの若草の衣来たヤツ。紫の魔道士も気になるけど。アイツの匂いが緑珠から凄いするんだよなぁ。」
じぃっ、とイブキを見詰める男。女は書類を幾枚か取り出した。
「調べておきましたよ。狼王子。」
「助かるぜ、ライラ。……まぁ俺狼王子だけどさ、その呼び方好きじゃな」
「では犬王子。調査結果を申し上げますね。」
ライラと呼ばれた女は、王子と呼んだ男の言葉を無視して続ける。
「スルーかよ。んで。誰なんだ、アレ。」
「『光遷院 伊吹』という日栄四大貴族の一人と、『朧月夜 真理』という奇妙な魔道士だそうです。」
「……ニチエイヨンダイキゾクって何なんだ?」
「それは御自分でお調べになって下さい。それくらいは常識の範囲です。地上の人間ですら知っている案件ですから。」
相変わらずの無感情な声で女は言った。それに対して王子は叫ぶ。
「あーあー知ってるよ!あれだろ!愛しの緑珠と光遷院って奴と倶利伽羅って奴と来仙を合わせての家のことだろ!紅鏡にも似たような奴ら居るじゃねぇか!」
「よく分かっておいでですね。」
「あったりまえだろ!にしても。アイツ変なんだよなぁ。常世の匂いがする。光遷院って奴と緑珠からも。」
しみじみと王子は言った。ライラは適当に進言する。
「匂いが移ったのでは?」
「……いや……違うな。緑珠の方からは化粧品の匂いが混ざっているから、全く別の人の匂いだ。」
全くよォ、と男は木漏れ日の合間から、戦っている合間の、少しだけ微笑んでいる緑珠を見詰める。
「あんな笑顔見せちゃってよぉ……ちょっと妬けちゃうじゃねぇかぁ……。俺の前ではそんな顔見せなかったのに……。」
「状況も状況でしたしね。」
あの冷たい王宮の時代。分かっているけど、それでも。
「……分かってるけど、羨ましいなぁ。」
「…………開口一番に『私、貴方の事が嫌いだから』で始まった人が何を言いますか。」
「ぐっ……心に刺さる……。」
ざく、ざく、と遠くから足音が聞こえる。
「ん。それじゃ、行くか。俺の出番はこれで終わりかな。」
「えぇ。帰りましょう。」
男女の影は、消えた。
次回予告!
緑珠とイブキが共闘して大空に舞ったり主の元に足早に向かったり緑珠がまたまたとんでもない事をするなど波乱が終わらない話!




