ラプラスの魔物 千年怪奇譚 82 人魚の故郷
緑珠の姫としての気概と、旅人としての気概が混じりあったりイブキが若干呆れたり真理が焦ったりと砂のお城を作る話!
「着いたわねー。」
「着きましたねー。」
「着いたねぇー。」
相変わらず顔パスで門を通ると、抜けた先には扉がある。そして変わらずその扉を抜けて廊下へと出た。
突き当たりの王子の部屋の扉を、緑珠は叩く。
「アルメハ王子。」
入っても宜しいでしょうか、と聞く前に、くぐもった声が響いた。
「入れ。」
昨日よりも断然良い表情で、良い笑顔でアルメハは緑珠達を迎えた。
「先日は取り乱して済まない。改めて紹介をしよう。ボクはファステーラ王国の第一皇子、アルメハ・フォルトゥーナ=ファステーラだ。」
イブキと真理が名を言おうとする瞬間だった。アルメハが制す。
「言わずとも良い。貴公等の名は既に承知している。光遷院伊吹と朧月夜真理よ。」
「私は昨日自己紹介したわね。」
「……ふふ、そうだな。」
イブキは緑珠にそっ、と耳打ちした。
「もしかして仲良くなりました?」
「なったのよね。」
くすくすと楽しそうに緑珠は微笑む。アルメハが席を指さした。
「座って欲しい。インテリオールの話をしよう。内情が分かっていないとは言っても、ファステーラの調査によりある程度の事は判明している。」
「でも、そんな資料、私達に見せても構わないの?」
緑珠のその言葉を待っていましたと言わんばかりの表情をアルメハは作った。
「なぁに。心配する事は無い。もし少しでも変な気を起こせば、貴公等は即刻銃殺の刑に処すからな。」
アルメハは意地悪い笑みを浮かべて、部屋の片隅に置いてある小型銃を指さす。
「……あれで死ねますかね。」
「図り兼ねるなぁ。」
「威力弱そうだものね。」
アルメハの目が見開かれたのを緑珠は見計らって、目を細めて一言。
「……という訳よ。私は貴方の条件を飲むと言っても、平等で無ければ飲まないわ。国民に愛されている貴方だからそんな心配はしなくても良いと思うけれど、」
ぐるり、とした渦巻く異形の目で緑珠はアルメハを睨む。
「ねぇ?」
その目を見て、アルメハは怯まずに続けた。
「……勿論、承知の上だ。これは国として頼むのでは無い。インテリオールの内情を知っているボクから貴公へ頼む話だ。個人間の話なら問題あるまい?」
「心得ているじゃない。それでは話を進めましょう。」
先程の雰囲気とは打って変わって緑珠は柔らかく笑った。アルメハが資料を取り出す。
「インテリオールは人魚の国だが、治めているのは海龍だ。」
「海龍。海に住む龍なのね?」
「そうだな。此方の言葉で言うレヴィアタンだ。」
イマイチその言葉にピンとしない。アルメハは慌てて発音を探った。
「えっと……こうかな。『リヴァイアサン』だ。雄の。」
「えっ!?雄のリヴァイアサンだって!?」
真理ががたっ、と椅子を鳴らして立ち上がる。アルメハの姿をチラと見ると、杖を顕現させた。
「済まないが王子。説明は省く。これで証明になったろう?」
「え、あ、その杖、創造神しか、持てない、つえ……。」
呆然として口を開いているアルメハを横目に、緑珠は不思議そうに問うた。
「どうしたの真理?そんなに雄のリヴァイアサンはダメなものなの?」
「あぁ。ダメだ。許されざる者だ。……いや、雄のリヴァイアサンは許される。問題は、雄のリヴァイアサンが国を作っている事だ。」
説明してと言わんばかりの視線を真理はアルメハへ送った。
「あ、あぁ、説明しよう。そもそもリヴァイアサンは世界創世記から居る怪物だ。三頭一対と呼ばれる怪物達で、レヴィアタンが海、ベヒモスが陸、ジズが空を守護している。だが……。」
アルメハの言葉を真理が受け継いだ。
「確かに僕は人が地を治めるまで怪物で地を治めた。それ等はまだこの世界に居るよ。眠っている。永遠にね。死んだ訳じゃ無い。ちゃんと居るんだ。だが、問題は……。」
真理は腕を組んで眉間に皺を寄せながら言った。
「リヴァイアサンが強すぎた。だから僕はこれ以上数を増やさないようにと、雄のリヴァイアサンを殺したんだ。」
「……生殖機能を止めれば良かったのでは……。」
ご最もな意見をイブキは呈した。その発言に真理は呆れ果てた様に言った。
「そう出来たら良かったさ。でももう気付いた時には数が多過ぎた。だから狩ったんだよ。リヴァイアサンを。雌だけ残して雄は全て狩った。残った数頭の雄は不死身にした。だから全ての世界の海をまだ漂っている筈なんだ。それは分かってる。でも……。」
真理は杖を直し、身を乗り出してアルメハへ問う。
「それ、本当にリヴァイアサンなんだね?雄の。知能を持った。」
アルメハは深く息を吸うと、重みのある言葉を言った。
「そうだ。雄の、高知能を持った、リヴァイアサンだ。」
アルメハの発言を聞いて、真理は静かに椅子に座る。緑珠が思考を纏わせた言葉を放つ。
「という事は……今回の地震もリヴァイアサン関係なのかしら。」
「その可能性も否めない。兎に角この海にはリヴァイアサンが居る。……次にコレだ。」
木の様な物が描かれた紙をアルメハは差し出した。枝には金の雫の様な物が描かれている。
「……コレが、調査で発見された『命の木』だ。人魚の聖地とされているらしい。」
「……『命の木』?」
きょとん、と緑珠は聞きなれない言葉に首を傾げた。
「そうだ。『命の木』だ。人魚は此処から産まれる。」
「生殖行為をしないということですか……。」
そうだ、とイブキの言葉にアルメハは頷く。隣に表がある。
「この『命の木』の黄金の雫の様なものがあるだろう。実態は果実の様なもので、この皮を破って人魚は産まれる。そして周期はバラバラだったが、数十年に一回……と言っても五十年以上の物だが、リヴァイアサンがこの木に接近しているのが観測された。」
あと、とアルメハは付け加える。
「人魚は生殖行為をしない。即ち、『とある感情』が存在しない。」
「『とある感情』……。」
あぁ、と緑珠は考えながら顔を上げた。
「……『他人に好意を寄せる』。これかしら。」
「…………そうだ。」
もう誰も彼も分かっているのだ。王子の恋があまりにも不毛過ぎること。幸せな結末で終わらないのが人魚の物語だから。
「親密になるという感情があっても、人を恋い慕うという感情が無ければ仲良くもなれない。……言っておこう。親密になるというのは、何時も恋慕が隣り合わせなんだ。」
「……もしかして、ねぇ。インテリオールが国交を絶っている理由って……。」
一通りの話が終わったところで、アルメハは険しい表情で言った。
「そうだ。それが理由だ。……それで、ボクが提示する条件は……。」
一拍置いて、一言。
「……ボクを、インテリオールに連れて行って欲しい。」
緑珠達が言わんとせんことを理解して、慌ててアルメハは被せた。
「確かにボクは自分の身を守れない。お荷物になるだろう。だが、ボクはインテリオールの事を一番よく知っている。……使えると思うが?」
緑珠は少しの間、アルメハを見詰めていた。そして、一言。
「……えぇ。良い案ね。乗ったわ。」
「本当か!」
ぱあっ、アルメハの顔が輝く。成程、何かの条件の際に自分を出すというのは自身の主と良く似ている。
いい加減自分ではなく『知』を差し出して欲しいのだが、とイブキは若干の呆れ顔で緑珠とアルメハを見ていた。
「よし!それなら今からでも行こう!」
「えっ!?今からなのかい!?」
真理の慌てた言葉に、アルメハは首を傾げた。
「善は急げと言うだろう?」
「あぁいや、私達が言っているのはそうではなくて……。」
緑珠と真理が顔を見合わせると、イブキが変わりに言葉を紡いだ。
「貴方の御政務が完了しているのかを問いたいのですよ。」
アルメハは手元の書類を見た。どれもこれも提出期限は来週までだ。
「安心してくれ。問題無い。だがほら、ボクにも準備がある。少し待っていて欲しい。直ぐに向かおう。」
「それじゃあ私達は城の外で待っているわね。ねぇイブキ、真理。砂遊びしましょー!」
「構いませんよ。城でも作ります?」
「さんせーっ!僕もやりたいなー!」
三人の声が遠ざかっていくのを、王子は安堵した表情で見ていた。そして、胸を撫で下ろして一言。
「きっ、きっ、緊張したぁ……。」
「ねぇ王子。」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
がちゃん、と緑珠が扉を開けた。アルメハの悲鳴を聞いて、彼女は少し挑発的に微笑む。
「……もしかしなくても、緊張した?」
「ううっ……最後まで気を抜かないつもりだったのに……で、何だ、どうした……。」
「準備にどれ程時間が係るのかと思って。ほら、今から砂遊びするから。」
能天気な緑珠の言葉に、アルメハは微笑んだ。
「全く……貴公等は何時も楽しそうだな。」
皮肉では無い。そういう所も自分に似ているのかもしれない、と緑珠は思った。
「でしょう?楽しいことは好きだもの、私。……あ、で、時間は……。」
「三十分もあれば。」
「有難う。」
扉を閉める前に、緑珠はアルメハの方へと振り向く。
「……ねぇアルメハ王子。」
「何だ。」
これだけは言っておかねばならない。逆光で顔が見えないアルメハに、緑珠は言った。
「今回の調印は難しいものになるでしょう。何より分からないことが多い。けれど、私ははっきり言っておくわ。」
続けて、一言。
「もしインテリオールが出した調印の条件がファステーラを脅かす物ならば、私は調印を諦める。」
「それでは貴公等が此処まできた意味が無いではないか。」
緑珠の目は、あの目だ。冷たい冷たい、薬を飲み続けていたあの昔日の目。
「……貴方はこの国を愛しているのでしょう。そして貴方は国民に愛されている。なら、なら。貴方はこの国を守るでしょう。」
「それは、そうだが……。」
あぁ、とアルメハは気付いた。この月の真珠姫は分かっているのだ。普通の人間の気持ちと、為政者としての気持ちが。
「私は普通の旅人で、元お姫様。他国の国民を危機に陥れることなど、絶対に許されない。ノルテでそれを実感したわ。私は存在が異端だから、どうしても逃れられない物はあるけれども。」
そして、扉を閉めるその前に、
「……貴方は私が成し得なかったことを成さい。国を守るということを。」
王子の耳には潮騒の音と、閉められた扉の音が揺れていた。閉じられた扉を見詰めて、王子は。
「……そういう所が、ボクと貴女は似ているんだよ。国を第一に考えてしまうのも考え物だな。」
「いぇい!この山作って腕通すの楽しいわねー!」
緑珠は白いブラウスと青いベストを拭って、何度も山を作っては手で穴を作っている。
「砂遊びとか何時ぶりでしょうね……。」
「もう何百年振りレベルだよ。」
イブキは緻密な城を作って、小さな歓声を上げた。
「おぉ……出来た……!僕凄い……!」
「凄いわね伊吹!」
「でしょでしょ?えへへ、もっと褒めて下さい……!」
「よしよーし!凄いわよー!」
まるで子供のようにじゃれている緑珠の袖を、真理は指摘した。
「あ、緑珠。お袖が汚れてるよ?」
「あら本当だわ。手も汚れちゃった。でもこれ海水で洗えば……。」
「海水はベタベタするよ。おいで。神様マジカルパワーでどうにかしてあげよう。」
緑珠はとたとたと近付くと、真理は手を被せた。泥だけが見事に消えていく。
「わぁっ!凄いわね真理!泥だけが消えたわ!」
「えっ、何ですかその力……洗濯に使えないですかね……。」
「いやこれ日常的に使うとなると僕がしんどいかな……。」
他愛ない話をしている海岸に、アルメハの声が響いた。
次回予告!
新キャラが登場したりわちゃわちゃはしゃいだり緑珠が叫びまくったりインテリオールを目指すお話!




