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【完結】ラプラスの魔物 千年怪奇譚   作者: お花
第六章 溟海大龍帝国 インテリオール
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ラプラスの魔物 千年怪奇譚 81 つよがり

イブキが自分の気持ちを吐き出したり緑珠が必死に応えようとしたり再び謁見と新たな進展しかないお話!

それでも。上手く飲み込めない。変わりに涙だけが溢れてくる。


【真理には……いえ。もうこの事を知っているでしょうね。言わなくて良いわ。貴方が、解決してあげて。】


「……僕に、出来ますか。」


まぁーねー、ともう一人の彼女は辛そうに言う。


【完全回復は無理でしょうね。多分ずっと薬物依存症でしょうし。でも。毎日の服用は、上手くいけば減らすことは出来るでしょうね。】


「……。」


もっともっと、抱き締める。もう抱き締めている自分自身が辛いくらいだ。


【戻るわね。あんまり魂が身体から離れてたら危ないから。】


もう一人の彼女は、彼女へ入る前に、一言呟いた。


【……この子のお薬は、貴方達と居ることよ。……それじゃあね。】


ふわん、ともう一人の緑珠は消えた。んん、と呻き声に似た声を上げて、腕の中の緑珠は目を開ける。


「……いぶき。おみず。ほしい。」


声も出さずに水を渡す。緑珠は足元に転がっている錠剤を物色すると、一つ選んで飲み込んだ。


「……どうしたの。なにかいって。」


「………………僕、やっぱり貴女の事を何も知らないんですよね。貴女の、内面のこと。」


見えないように涙を拭ってイブキは立ち上がった。だが、緑珠は彼の腕にしがみついたままだ。


「どう、されました?」


その手が緩んで、彼女の手が足元の砂に向かう。立ち上がる為に、手で足元の砂をを押す。濡れた土で手が滑る。きっとそれで立てないのだ。そうだ、そうに違いない。


否、そうでなければ、救われない。

薬のせいなんかにしたくない。


「ご、ごめんねイブキ。手を、貸してくれないかしら。」


「……は、い……。」


もう、何を言えば良いのか分からない。イブキは緑珠に手を差し出した。全体重をかけて立ち上がる。


「えへへ。ごめんなさいね。上手く立ち上がれなくて。変よねぇ。」


また、歩きだそうとしても、足が上手く上がらない。大丈夫、歩ける。さぁ、足を差し出して?イブキは俯いたままだ。


「何かね、偶にこういうことがあるの。あんまり気にしな、きゃあっ!」


べちゃん、という泥水に人が倒れ込んだ音が聞こえて、イブキは顔を上げた。


目の前には、見たくもない事実。


「ご、ごめんね、ごめんね……何かね、歩けないみたいなの。」


必死に歩こうとして足をばたつかせる緑珠。そんな光景は見たくない。そんな光景を目にして、手を差し伸べることしか出来ないのが嫌だ!


「……おんぶで、良いですか。」


「あ、だめよイブキ。ねぇ笑って。泣かないでよ。」


上手く私は笑えているのだろうか。緑珠はイブキに手を伸ばす。


「……嫌いだ。貴女なんか。一番重い物を背負ってる癖に、それを痩せ我慢して黙っている貴女が。何も言わない貴女が。」


目を見開いて、緑珠はただ呆然としてイブキを見ている。


「大っ嫌いだ。」


イブキはぽつりぽつりと呟く。


「今こんなことを言っても無意味だってことは分かってる。傷口に塩を塗るってことも分かってる。でも俺は。貴女に笑っていて欲しい。だけどそれは、『ただ笑え』という訳じゃない。……そんなの人形だって出来る。」


あぁもう、何て言えば良いんだろう、とイブキは緑珠へと続けて言う。


「僕は、貴女に『辛い事を忘れて笑ってほしい』んです。何もずっと笑い続けて欲しいわけじゃない。辛い時は泣いて欲しい。嫌な時は怒って欲しい。ただもう、僕は、何かを恨み続けて妬み続けて怒り続けて泣く貴女が見たくないだけなんだ。」


「……話せば良い?」


緑珠は海水に涙を混ぜた。イブキはしゃがんで、背を向ける。


「……どうせ立てないんでしょう?……今はおんぶで許して下さい。お姫様抱っこで帰れる自信がありません。」


湿って冷たい足元を手で引き摺りながら、緑珠はイブキの背に手を伸ばした。そして、彼は緑珠を背に負う。


「……あのね。私、昔からね。少しだけ他の子と比べて情緒不安定だったの。」


「…………そうでしたね。」


それしか言えない。緑珠はそんな事も知っているのか、とイブキへと心の中で笑った。


「だから、少しだけ気持ちが昂ったら一人で居ることにしたの。知ってるわよね。」


「……そう、でしたね。」


イブキの声が一定の調子で続く。喜びも、悲しみも無い声。無感情な、渦巻く気持ちを押し込める声。


「それで、宮廷で『あの事件』があって。私はあれ以来、赤い絵の具を使って絵を描けなくなっちゃったり、お薬無しじゃ生きていけなくなっちゃったのよね。」


イブキは何も言わない。そう、それで良いんだ。緑珠は少し安堵する。


「このお薬はね、お医者様がくれたの。もしもの事もあったらと言って調合の仕方が書いた紙も下さったわ。……でも、このお薬は依存性がとても高くて。」


緑珠の下のイブキが、唾を飲む音が聞こえる。しかし、緑珠は続ける。


「これは精神に作用するお薬と言っても、麻薬に近い物なの。……此処二年はずっとこのお薬だけ飲んでいたから。」


「地上に来ても、飲んでいましたか?」


「うん。切れないように。上手く貴方達の目を盗んで。中々バレなかったでしょ?」


ぴたり、とイブキは足を止めた。歩けるだろうか。この先を。ずっと。


「上手く誤魔化すつもりだったの。……やっぱり上手くいかないわね。難しいわ。貴方達を、騙す、こと。」


またイブキは歩き始めた。回復してきた緑珠は、少し寂しそうに思い出を語る。


「昔ね。薬が切れた時に立ち上がれなくなってね。その様子をお父様とお母様に見られたの。慌てて薬を飲んだけど、回復した私を見て、お父様とお母様は悲しそうに笑っていたわ。」


あぁもう、何か言ってよ。折角昔の貴方が知らないであろう話をしたって言うのに。でも先刻さっきは話さないでって言ったかしら?


「……泣いてるの?」


「……………………えぇ。」


掠れた声の奥に、確かな涙声が存在している。緑珠は寂しそうに、辛そうに、言った。


「優しいのね。強いのね。貴方。」


「……いいえ。」


だって、と緑珠はイブキの背に頬を当てた。


「私は、貴方達の為に泣く強さを持っていないもの。自分の足で動けない奴が、他人を憐れむなんて……ごめんなさいね。もっと強くなるわ。」


あぁ、もう足も動く。緑珠は足をバタつかせて言った。


「私達、『あの事件』から何も成長してないわね。だから煙草をしてみたくなったのかも。私なんてまだ歩けないし。」


でもまだ少し心許こころもとないか?まだ足の動きが少しだけ鈍い。


「でもね、イブキ。この地上に来てから、貴方達と会ってから、私は薬を飲む回数が減ったのよ。」


あれはねー、と緑珠は回想を始める。


「初めてこの地上で服用した時の話なのだけれどね。妙に足が動かなくて、でも貴方達と話すのが楽しかったから服用を延ばしたの。そんな事しちゃダメなのにね。」


何も言わないイブキが少しだけ、救われた様な声を出した。


「……そう、ですか。」


緑珠は絞り出すような、か細い声を上げる。


「………ごめんなさい。」


俯いていた彼の顔が上がった。そして、問うた。


「それは何に対しての『謝罪』ですか?」


そんなの決まってる。言える。今度こそ、はぐらかしてきた気持ちを伝えるから。


「ずっと、黙ってきたこと。」


「……宜しい。」


イブキの言い方に、緑珠は笑った。とてもとても、楽しそうに。


「何その言い方ー!お父さんみたい!」


「貴女が娘なら……多分心配で夜も寝れないでしょうね。」


イブキの声に若干の呆れが混じっている。それと、元の口調と。


「両陛下も御心配をしていらしたでしょう。」


「なーにーよー。もう終わった話でしょー!そうだ!」


緑珠はぴょい、とイブキの背から飛んだ。足の脚力は元通りだ。


「追いかけっこしましょ。海ではそうするのが鉄則らしいわ!」


イブキの手には濡れた緑珠の服の感触だけが残った。今の目の前に居る主は、あんな事を仕出かしても元通りだ。


「……良いんですか?僕が本気出したら貴女なんて直ぐに捕まえられるんですよ?」


何か気に食わない事がある様だ。あからさまに緑珠は不機嫌そうな顔をする。


「その『貴女』って言うの。気に食わないわ。ちゃんと私の名前を呼んでよ。」


だって、と緑珠は満面の笑みで言った。


「イブキは私の名前をちゃんと呼んでくれる。イブキは私の名前が変わってくれた時からちゃんと呼んでくれるから!それは真理もだけど、ね。嬉しいのよ。」


仕方が無い。一つ遊ぶ必要があるようだ。イブキは苦笑した。


「分かりましたよ。僕が十秒数えますから、その間に走って下さい。」


「やったぁ!ま、捕まえられるものなら捕まえてご覧なさい!」


「はい一二三四五六七」


「待って待って早いったら!」


緑珠は後ろを振り向きながら走り出す。そんな心配しなくても、僕は追いかけると言うのに。何時までも、貴女の傍に居ると言ったのに。


……さぁ、もう十秒は経った。成程、主とならこんな事も悪くない。


「ほら、行きますからね。」


「あはは!」


そして、イブキは駆け出した。








「と言うのが、昨日のお話なのよ。真理。」


「……海岸で追いかけっことかやってたのか……。でもそれって恋人通しでやるものでは?」


「そうなの?でも主従関係って恋人関係よりも濃いものだと思うのよね、私。」


「あー……まぁSPも守る相手のことを好きにならないと守れないって言うし。そういう事かな。……で。」


緑珠と真理の一歩後ろを歩く、あからさまに不機嫌そうな顔をしているイブキを見る。


「どしたの。不機嫌みたいだけど。」


「…………いえ。べつに。」


「あーうん。多分不機嫌だと思っていたわ。」


「いや本当に不機嫌では無いですよ。」


不機嫌過ぎる顔をしながら不機嫌では無いと言う。意味が分からない。


「どういうことなの、緑珠。」


潮騒の街をゆるゆると歩きながら、緑珠は言った。


「あのね。昨日追いかけっこしたって言ったじゃない?」


「言ったねぇ。」


「途中で捕まりそうだったから、崖登って家に帰ったのよね。」


「……は?」


「多分それで負けたから悔しいんだと思う。」


「……ん?いやちょっと待って?悔しいとかいう下りはまだしも……。」


緑珠のとある言葉に惹かれて、真理は言った。


「『崖、登った』の?」


「そうよ。登ったのよ。浮遊魔法使いながら。」


「だから僕は別に不機嫌ではありません。あと駆けっこは僕が勝ちました。」


さりげなく自分の勝利を誇示しながら、イブキは続ける。


「僕が不機嫌なのは足が痛くてですね。筋肉痛で。」


「サラッと今不機嫌って言ったね。そりゃ痛いだろ。……というか君も崖登ったのか!?」


「……登りました。何かの訓練に等しい……。」


イブキは怪訝そうな顔をしながら緑珠へと問うた。


「緑珠様、足痛くないんですか?」


「まぁー私、竜の血混ざってるし色々身軽なんでしょうね。イブキが四階くらいの高さから落ちても死なないみたいに。」


「いや僕五階までならギリギリいけます。」


「何の張合いなの、それ……。」


というか、と真理は目の前の王城を見詰めた。


「そんな話してる間に、着いたよ。」







次回予告!

緑珠の姫としての気概と、旅人としての気概が混じりあったりイブキが若干呆れたり真理が焦ったりと砂のお城を作る話!

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